読書録 松本清張 『点と線』(文春文庫)
金澤ひろあき
JRが国鉄だった頃の話です。東京と博多を結ぶ「あさかぜ」という夜行特急がありました。昭和50年代まで私は福岡にいましたので、博多駅で「あさかぜ」の青い車体を見ています。その頃は九州に新幹線もなかったので、東京へ行く最高の列車でした。
『点と線』の頃は、新幹線自体がなく、東京~博多が17時間以上もかかるので、当時は食堂車を連結していました。この食堂車の領収書に不審を抱いた福岡の鳥飼刑事が、心中事件にみせかけた殺人事件を解く鍵になって行きますから、大切な役を果たします。
当時の東京駅13番ホームから、向かいの15番ホームを見渡せるのが、たった4分間であること。犯行現場の博多近郊の香椎に、国鉄と西鉄の駅があり、駅同士の間がゆっくり歩いても7分しかかからないこと。青函連絡船の乗船名簿、飛行機を使えば九州から移動して小樽の列車にアリバイ工作ができるように乗れること。鉄道ファンやミステリーファンにしてみればたいしたことではないかもしれませんが、当時の日本は新幹線もない、スマホやネットもない時代です。旅が今以上に「非日常」で、しかも不便だったのです。当時の読者はワクワクして読んだのではないでしょうか。制限の多い中で、犯人も犯人を追う三原警部補も、北海道と東京と九州を往復し、その描写がリアルなのです。今なお読んでひきつけられるのは、旅への想いと、このリアルさなのかなと思います。
リアルといえば、この小説は某省の汚職事件を背景に殺人が起こる設定です。事件の中心人物の高官には法の力が及ばず、殺人の実行犯は死に、全てを知る部下が犠牲になっています。どこかで聞いたような話ですが、後に「社会派」作家になる松本清張の出発点の作品でもあることを実感します。