ヌルボ・イルボ    韓国文化の海へ

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韓国内の映画 Daumの人気順位 と 週末の興行成績 [1月30日(金)~2月1日(日)]

2015-02-03 22:25:17 | 韓国内の映画の人気ランク&興行成績
 先週「王の涙 -イ・サンの決断-」を観てきました。観て損をしたということでは全然ないものの、なぜか全体的にイマイチの感が残るというか・・・。原題の「逆鱗」ではなく、ドラマでおなじみのイ・サンの名を邦題に入れたのは妥当なところ。ヒョンビンの時代劇初出演作というのもそれなりに注目かもしれないし、内容的にも目立ったマイナス点があったわけでもないんですけどねー。
 2014年公開の前評判から高かった時代劇4つ、つまり「逆鱗」「群盗:民乱の時代」「海賊:海へ行った山賊」「鳴梁」を観客動員数で比べると「逆鱗」384万人・「群盗:民乱の時代」477万人・「海賊:海へ行った山賊」866万人・「鳴梁」1761万人と差がつきました。符号をつけると、順に×・△・○・◎といったところでしょうか。観客動員数がそのまま作品としての「質」とか「格」を表しているわけではないのですけど、「商業映画」としては重要なモノサシであることはいうまでもないことです。
 「群盗」と「海賊」を観てないのではっきりとは言えませんが、「逆鱗」はオーソドックスでよくできてはいるものの、たとえていえばそこそこ勉強はできるが光るものに欠ける生徒といった感じですかねー。この数年観た時代劇の中でも「王になった男」には全然及ばず、「観相師」のような素材のおもしろさもなかったし、スケール感はないものの楽しめた「風と共に去りぬ!?」にも負けていたかもしれません。
 人気スターを起用して、大がかりなアクション等々を盛り込んで・・・だけではダメなことはわかるとして、じゃあどうすればいいのか?というのが作り手としてはむずかしく、またそこが肝心なとこなんでしょうね。いわくいいがたし。うーむ。

「朝鮮日報」1月30日掲載の「封切映画 ぴったり10字評」 (ハングル文も訳文も10字です。)
 「ビッグ・アイズ」
  ティムだから全て良し ★★★
 「劇場版 進撃の巨人 前編~紅蓮の弓矢~」
  原作のファンは満足ね ★★
 「私の心臓を撃て」
  何か少しずつ足りない ★★
 「ビヨンド・ザ・ライツ」
  「ボディガード」そっくり ★★☆
 「ウォーター・ディヴァイナー」
  親父の話がはやりかも ★★☆
 「イコライザー」
  創意性なき殺人の行進 ★★
 「西遊記~はじまりのはじまり~」
  周星馳西遊記、自己複製 ★★
 「AFFLICTED アフリクテッド」
  ゲームと映画、異種交配 ★★☆
「劇場版 進撃の巨人 前編~紅蓮の弓矢~」については説明省略。「AFFLICTED アフリクテッド」はカナダ・アメリカ合作のホラー。旅先で出会った女性と一夜を共にした男が身体を蝕まれていく一方で得た超人的な能力とは? 今ヒューマントラストシネマの【未体験ゾーンの映画たち2015】で上映中。(2月6日まで。) 他の6作品は以下の記事中で紹介しています。

           ★★★ Daumの人気順位(2月3日現在上映中映画) ★★★

     【ネチズンによる順位】

①その人、その愛、その時代(韓国)  10.0(20)
②クォ・ヴァディス(韓国)  9.5(144)
③犬どろぼう完全計画(韓国)  9.3(723)
④いのち(韓国)  9.3(106)
⑤ユー・アー・ノット・ユー  9.1(30)
⑥ポンヌフの恋人たち9.1(51)
⑦ビリー・エリオット ミュージカルライブ リトル・ダンサー  9.0(26)
⑧ハウルの動く城(日本)  9.0(881)
⑨アクト・オブ・キリング  9.0(48)
⑩あなた、あの川を渡らないで(韓国)  8.9(1130)

 若干の順位変動はありましたが、新登場の作品はありません。

     【専門家による順位】

①6才のボクが、大人になるまで。  9.5(8)
②サンドラの週末  8.6(5)
③クラウズ・オブ・シルス・マリア  8.3(6)
④鉄の夢(韓国)  8.0(5)
⑤アクト・オブ・キリング  7.8(6)
⑥自由が丘で(韓国)  7.7(4)
⑦インターステラー  7.6(9)
⑧アメリカン・スナイパー  7.5(2)
⑨マップ・トゥ・ザ・スターズ  7.4(5)
⑨ワイルド  7.4(5)

 順位・評点とも前回と同じです。

         ★★★ 韓国内の映画 週末の興行成績[1月30日(金)~2月1日(日)] ★★★

         「ベイマックス」がトップの座に

【全体】

順位・・・・題名・・・・・・・・・・・・・・・・・・・公開日・・・・・・週末観客動員数・・・累計観客動員数・・・累積収入・・・上映館数
1(2)・・ベイマックス ・・・・・・・・・・・・・・・1/21 ・・・・・・・・・・・611,389・・・・・・・・・・1,739,760・・・・・・・・13,821・・・・・・・・787
2(3)・・国際市場(韓国) ・・・・・・・・・・12/17・・・・・・・・・・・・420,456・・・・・・・・・12,719,606・・・・・・・・98,876 ・・・・・・・606
3(1)・・江南 1970(韓国) ・・・・・・・・・・・1/21 ・・・・・・・・・・・403,414 ・・・・・・・・・1,769,027・・・・・・・・13,341・・・・・・・・691
4(54)・・私の心臓を撃て(韓国)・・・・・1/28 ・・・・・・・・・・・168,686 ・・・・・・・・・・・273,620・・・・・・・・・2,019・・・・・・・・452
5(4)・・今日の恋愛(韓国)・・・・・・・・・・1/14 ・・・・・・・・・・・116,396・・・・・・・・・・1,801,832・・・・・・・・14,230・・・・・・・・374
6(5)・・ナイト ミュージアム ・・・・・・・・・1/14・・・・・・・・・・・・81,816 ・・・・・・・・・・1,056,542・・・・・・・・・7,841・・・・・・・・301
        /エジプト王の秘密
7(20)・・ウォーター・ディヴァイナー・・1/28・・・・・・・・・・・・61,118 ・・・・・・・・・・・101,129・・・・・・・・・・・749・・・・・・・・324
8(55)・・イコライザー・・・・・・・・・・・・・・1/28・・・・・・・・・・・・・37,368 ・・・・・・・・・・・・62,869・・・・・・・・・・・488・・・・・・・・255
9(75)・・ビッグ・アイズ・・・・・・・・・・・・・1/28・・・・・・・・・・・・・36,468 ・・・・・・・・・・・・54,973・・・・・・・・・・・422・・・・・・・・289
10(6)・・許三観(ホ・サムグァン)(韓国)・・1/14・・・・・・・・・・32,365・・・・・・・・・・・939,359 ・・・・・・・・・7,289・・・・・・・・208
       ※KOFIC(韓国映画振興委員会)による。順位の( )は前週の順位。累積収入の単位は100万ウォン。

 「国際市場」は先週の予測通り「王の男」、「王になった男」を抜いて韓国映画歴代5位に。今日「7番房の奇跡」(1281万人)を抜き、近々「10人の泥棒たち」(1298万人)、「グエムル –漢江の怪物-」(1301万人)も抜いて2位に上がるでしょう。ちなみに昨年の大ヒット作「鳴梁」は1761万人と図抜けています。
 今回の新登場は4・7・8・9位の4作品です。
 4位「私の心臓を撃て」は、女性人気作家チョン・ユジョンの同名小説の映画化。私ヌルボ、彼女の「7年の夜」(→コチラ)と「28」(→コチラ)はとてもおもしろく読み、記事にも書きましたが、この「私の心臓を撃て」は未読。しかし読んだ2作品はどちらも迫真のストーリー展開でイッキ読みしました。(といっても数ヵ月かかりましたが。) この作品の舞台はある精神病院。幼いころのトラウマのせいで過去6年間入退院を繰り返している模範的患者スミョン(ヨ・ジング)。一方、スンミン(イ・ミンギ)は家族との遺産争いの過程で無理やりに精神病院に入れられた患者。「動く時限爆弾」というあだ名を持つそのスンミンと関わるようになってスミョンの平和な病院生活は揺らいでいきます。病院での理不尽な監禁から抜け出そうと、スンミンは同じ部屋のスミョンをそそのかして脱出を図ろうとしますが・・・。君は2013年「ファイ:悪魔に育てられた少年」で青龍映画賞の新人賞を受賞したし、映画でも快調ですね。この作品では、1997年8月生まれ(17歳)の彼が1985年1月生まれ(30歳)のイ・ミンギと25歳の同い年の青年を演じるそうです。そういえば今日読んだ「韓流ぴあ」の記事によるとパク・ボヨンが彼と共演したいと言った(→関連記事)とか、少女時代のサニーがその件でヨ・ジングを追及した(?)(→関連記事)とか「太陽を抱く月」で共演したキム・ユジョンが彼にラブコールを送った(→関連記事)とか、おねーさま方にエライもてているようですね。ハハハ。あ、この作品の原題は「내 심장을 쏴라」です。しかし、ずいぶん前から映画化の話が出ている「7年の夜」はその後どうなってるんだろ? 「私の心臓を撃て」が刊行後6年目の映画完成だから、まだまだ先のことかな?
 7位「ウォーター・ディヴァイナー」(仮)は豪・米・トルコ合作の戦争ドラマで、俳優ラッセル・クロウの監督デビュー作。時代背景は第1次世界大戦中のガリポリの戦い(1915~16)。ガリポリはトルコのダーダネルス海峡西側の半島です。そこで上陸作戦を展開する英・仏・豪・ニュージーランド等に対し、オスマン帝国軍が頑強に抵抗し、結局は連合国軍が撤退を余儀なくされた戦いで、双方とも多くの戦死者を出しました。(→ウィキペディア。) この物語は、オーストラリア人のコナー(ラッセル・クロウ)がその戦いに参戦して行方不明になった3人の息子を探すためトルコへ向かうというもので、実話に基づいているとのことです。そういえばラッセル・クロウはニュージーランド出身。そして今年はガリポリの戦いから100年目ということで、彼は「この節目にトルコ側から見たガリポリの戦いを描いてもいいのではないか」と考えたそうです。で、トルコも制作に関わっているのですね。※「オーストラリアとニュージーランドは1901年と1907年にそれぞれ英国の植民支配から解放されたが、英国連合軍として第1次世界大戦に動員された」とのことです。タイトルの「ウォーター・ディヴァイナー」は「水の占い師」の意? 韓国題も「워터 디바이너」です。日本公開は未定のようです。
 8位「イコライザー」は、日本では2014年10月公開済みです。韓国題は「더 이퀄라이저」。「ド・イクォルライジョ」ね。
 9位「ビッグ・アイズ」も、日本では1月23日に公開されています。韓国題は「빅 아이즈」です。


【多様性映画】

順位・・・・題名・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・公開日・・・・・・週末観客動員数・・・・累計観客動員数・・・・累積収入・・・上映館数
1(1)・・シェフ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1/07・・・・・・・・・・・・・13,196 ・・・・・・・・・・・・109,534・・・・・・・・・・・・889 ・・・・・・・・・46
       三ツ星フードトラック始めました
2(2)・・あなた、あの川を渡らないで(韓国)・・11/27・・・・・・・・・・・・5,392・・・・・・・・・・・4,787,405・・・・・・・・・・37,274・・・・・・・・・70
3(新)・・ビヨンド・ザ・ライツ・・・・・・・・・・・・・・・・1/28・・・・・・・・・・・・・5,338・・・・・・・・・・・・・・10,517・・・・・・・・・・・・・78 ・・・・・・・・129
4(3)・・サンドラの週末・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1/01・・・・・・・・・・・・・1,018・・・・・・・・・・・・・・38,250・・・・・・・・・・・・311 ・・・・・・・・・15
5(新)・・学生王子 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・775・・・・・・・・・・・・・・・7,602・・・・・・・・・・・・・15・・・・・・・・・・・1

 3位と5位の2作品が新登場です。
 3位「ビヨンド・ザ・ライツ」(仮)は、トップスターに上り詰めた女性シンガーのノニ(ググ・ンバータ=ロー)が、プレッシャーと戦う中で出会った恋人との時間を通して自らを取り戻していくというアメリカ映画。ノニは10歳の頃母親(ミニー・ドライバー)に連れられてタレントショーに出演し、ニーナ・シモンの「ブラックバード」を歌って2位のトロフィーをもらい、自分でも満足だったが、母は1番目を取れなかったことでこっぴどく怒られたこともあった。成長した彼女はビルボードアワードいう大舞台で賞を受賞した。キッド・カルプリット(マシンガン・ケリー)の曲に客演したことが評価されたのだ。キッド・カルプリットとのゴシップもあり、レコードデビュー前から人気の彼女だったが、その夜、彼女はホテルのベランダから落ちそうになる。彼女を救ったのはたまたまその日の警備を担当していたLA市警のカズ(ネイト・パーカー)で、メディアには単に酔って落ちそうになったと説明してくれ、以後2人は恋に落ちていくのだったが・・・。韓国題は「블랙버드(ブラックバード)」。日本公開は未定です。
 5位「学生王子」は往年の名作ュージカルの再上映。1954年のアメリカ作品で、あの「アルト・ハイデルベルク」2度目の映画化。作曲は「朝日のごとくさわやかに」「恋人よ我に帰れ」等で有名なシグマンド・ロンバーグ。韓国題は「황태자의 첫사랑(皇太子の初恋)」なんですね。

[韓国の小説]イ・ギホの短編「ボニ(バニー)」はラップの歌詞そのまんま。ちょっとやるせなくて印象的!

2015-02-02 22:29:26 | 韓国の小説・詩・エッセイ

 久しぶりにおもしろい韓国小説を読みました。久しぶりにというのは、「おもしろい」と「韓国小説(原書)」両方の意味で、です。
 その小説はイ・ギホ(이기호)という作家の「チェ・スンドク聖霊充満記(최순덕 성령충만기)」という短編集の最初に収められている「ボニ(버니)」という作品です。
 ※<innolife>の記事(→コチラ.日本語)では「バニー」と表記していますが、とりあえず韓国語の発音に近い「ボニ」にしておきます。「バーニー」でもOKかも。
 「堪能」というにはほど遠い語学力の私ヌルボでもイッキ読みできたのは、正味33ページという短さだけでなく、それ以上に斬新な文体のゆえです。
 最初の1ページを丸ごとコピペして、拙訳を付けてみました。

 来たぞ来たぞ、あの娘(こ)が来たぞ、俺を訪ねて来たぞ、事務所に来たぞ、俺らに会いに事務所に来たぞ、あの娘のマネージャーも来たぞ、すげーヤバいクライスラーのミニバンに乗って来たぞ、マネージャーの子分たちも一緒に来たぞ、あの娘が俺らの愛人バンクに来たぞ、半年ぶりに来たぞ、自分を消しに、消しに来たぞ、新入りの娘(こ)たちは浮かれていたな、歌手が来たって、浮かれて舞い上がって、浮かれて叫んで、ところがあの娘は車から降りず、すげー真っ黒なミニバンの窓の中に、固まったように座っていたな、事務所に来たのはあの娘のマネージャー、マネージャーの下っ端ども、マネージャーが言った、俺を見て言った、俺らに言った、大声で脅してまくしたてた、
 韓国語だと「ワッソワッソ、クニョガワッソ、ナルチャジャワッソ、サムシロワッソ」ですからねー。あとで<yes24>の読者レビューを見たら「冒頭の数行どころか、1行で引きつけられる」という感想がありました。
 で、このリズム感、自然に歌になってる感じだなー・・・と思ったら、小説のキモもラップ(랩)の話じゃないの。次に一応あらすじを載せておきます。

 「俺」は高校生の時国史の試験で「七支刀」と答えるべきところを「サシミ」と答えて先生に馬鹿にされ往復ビンタを受けてブチ切れ、騒ぎを起こして中退し、ポドパン(보도방.愛人バンク)を運営することに。つまり売春斡旋業者。ある日、友人が妹のスニを連れてきて、彼の頼みでどこか体の不自由な彼女をやむなく引き取ることに。「歌だけは上手い」という友人の言葉通り満足に口もきけないスニだがラップでは自分を表現できる。やがて他の娘たちが出払っている時から彼女も「仕事」に出るようになるが、初めの懸念とは逆にスニの評判は(彼女が歌うラップゆえに)高まって店の一番手になる。そんな彼女がある夜ホテルに入ったまま行方不明になる。次に「俺」がスニを見たのは6ヵ月後。TVで見たスニは新世代の女性ラッパー「ボニ」となって登場している。彼女が歌っている歌のタイトルも「ボニ」で、そのラップの歌詞は「움파움파, 너는 버니, 너는 뭘 버니, 돈을 잘 버니・・・(ウンパウンパ、おまえはボニ、おまえは何をボニ(=稼ぐの)、お金をよくボニ・・・)」というものだった・・・。

 ・・・ということで、その「ボニ」のマネージャーが知られてはまずい彼女の過去を口止めするために乗り込んできたというのが上掲の冒頭の場面。
 そして1章の終わりが次の文章です。
 
俺は考えた、俺は念を押した、俺はボニを知らねえ、ボニというラッパーを知らねえ、ボニの本名がスニというのを知らねえ、スニが俺の下で働いていたことを知らねえ、スニが毎晩旅館に、旅館に出張してたのを知らねえ、知らねえ知らねえ、なんにも知らねえ、ラララララララ ラララララ
 「아무것도 몰라,랄랄랄랄랄랄랄 랄라라라라(アムゴット モラ、ラ ラララララ)」と、「モラ(知らねえ)」からそのまま「ラ・・・」と続くこの語感は日本語に置き換えるのは困難ですが・・・。

 こういう物語の部分、ラップの用語だとバースにあたるのかな? それに対し、フックつまりサビの部分が章の最後に繰り返して置かれています。
 俺のあだ名ははバスケット 水を入れれば水が漏れ
 米を入れれば米が漏れる
 竹で作った軽いバスケット
 俺のアタマが軽いから 俺のあだなはバスケット
 生まれた時から軽くて軽くて死んでるようだった
 俺のあだなはバスケット
 なんにも知らねえ親父も知らねえおふくろも知らねえ
 生きることも知らねえ世の中も知らねえ
 誰も俺に話し方を教えてくれなかった
 それでも俺はこんなに話してるぞ
 俺も軽くておまえらも軽い
 俺の言葉も軽くおまえらの言葉も軽い
 俺はバスケットおまえらもバスケット 水を入れれば水が漏れ
 米を入れれば米が漏れる
 世の中はバスケット

 結局は押し殺さざるをえない感情をこのようなリフレインに込めて・・・というところにやるせなさを感じましたねー。
 考えてみればヒップホップ系の音楽はアメリカの社会的に抑圧されてきた階層の間の抵抗等の自己表現として生まれたもので、こうした内容の物語には合ってるのかも。
 この小説が発表されたのは思ったより早くて1999年。1972年生まれのイ・ギホのデビュー(←韓国では「등단(登壇)」)作で「現代文学」新人賞受賞作とのことです。ということは、92~95年頃ソテジワアイドルが韓国でラップブームを巻き起こして「韓国音楽界に革命を起こした」ということもそれなりに関係ありそうですね。
 もうひとつ連想したのは町田康。ミュージシャンの彼がなんともユニークな文体の「くっすん大黒」で作家デビューしたのが1997年でした。(町田康の小説が韓国で刊行されていないのはその文体のためかな?)
 さらにもうひとつ。拍子に合わせ、節をつけて人生を語るといえば身世打鈴(シンセタリョン.신세타령)というのがあるじゃないの、と思ったら、<yes24>の感想の中にも「パンソリを思い浮かべた」と書いていた人がいました。やっぱり、でしたね。

 最後にこの「チェ・スンドク聖霊充満記」所収の他の作品について。他のもラップみたいな文体で書いているのかと思ったらさにあらず。しかし警察の取り調べ調書の形式の「ハムレットフォーエバー」、入社試験用の自己紹介文を借用した「告白時代」、聖書のような形式の表題作「チェ・スンドク聖霊充満記」等、ふつうの小説とは違った多様な形式を用いています。また、現代社会の中で疎外された人々を主に描いている点もこの作家の特色かもしれません。他の作品は読んでないのではっきりとは言えませんが・・・。

※作中に出てくる보도방(ポドパン)は一応「愛人バンク」と訳しましたが、この言葉及び業体について調べればいろいろありそうな感じ。

12月11~18日ヌルボの韓国日常の延長旅行 ⑩弘大入口駅近くの漫画専門店は驚くほど広い!

2015-01-31 11:09:01 | 韓国旅行の記録
◎12月18日(水)

 帰国後1ヵ月も過ぎてようやく最後の記事にたどりつきました。
 朝、龍山駅で天安の独立記念館に行くというX・S両氏を見送った後、駅とその周辺(←どんどん変貌しつつある)から、二村(イチョン)の国立中央博物館まで散策。しかし時間の都合上博物館は外回りとミュージアムショップを見てきただけです。

 夕方また弘大入口に行って、たまたま同じアシアナ便で帰ることになったY氏と再び合流し、さて金浦に向かうかという段にになって、「ちょっと漫画専門店に行ってみますか?」という誘いにもちろん乗って、入った店がここ。
 プクセトン文庫(북새통문고)です。こんな狭い入口。知っていなければ入る客はまずいないでしょう。
 ※북새통は「混雑・どさくさ」の意。それと북(ブック)の새통(新しい箱(?))といった意味もかけているようです。
    
 階段の横に何枚も掲げられているパネル(左写真)。右手前は日高ショーコ「憂鬱な朝(2)」(キャラコミックス)の表紙絵。階段下突き当たり(右写真)は韓国のラノベ。ナ・スンギュ(나승규):作・フク・ヨソク(흑요석):画「反物屋 銀狐の恋愛奇譚(포목점 은여우의 연애기담 1)」です。
 店内に入ってビックリしたのはこの広さ! お客さんもけっこう入っています。
    
 すべて漫画とライトノベル。出版社別に並べられていて、卸・小売を兼ねているそうです。
    
 床にもこんな絵が・・・。どちらも日本のラノベで、写真左は三原みつき(作)・CHuN(画)「魔技科の剣士と召喚魔王」(MF文庫)、右は賀東招二(作)・なかじま ゆか(画)「甘城ブリリアントパーク」(富士見ファンタジア文庫)です。
 大半は日本の漫画・ラノベですが、韓国作家の作品ももちろんあり、漫画評論等の本もあるようです。私ヌルボ好みのものもいろいろありそうでしたが、時間的余裕がなく、購入したのは下写真の2巻本だけ。
 「韓国の漫画家1・2」です。各10人ずつ計20人の韓国の漫画家たちについて書かれている本で、ホ・ヨンマン、カンプル、ユン・テホ、黄美那(ファン・ミナ)等知っている名前もあり知らない名前もあり・・・。
 このプクセトン文庫の公式サイトは→コチラ。ハングルが読めなくても、日本のコミックファンにはおなじみの絵柄がたくさん載っていると思います。
 なお、この店については、<エンハウィキミラー>(→コチラ.韓国語)に詳しく書かれています。それによると、2004年までは漫画マートという名前で運営されていて、当時は近くにある漢陽TOONKに押され気味だったが、2008年店舗拡大以降は売場面積、書籍点数、販売部数等、名実共に韓国最大の漫画書店となったとのことです。また、ヒット作の場合はこの店だけで1巻当たり千部以上販売していて、韓国の漫画出版市場のバロメーターのような役割をはたしているそうです。

 さて、上記の文中に出てきた漢陽TOONKという店。すぐ近くというので行ってみました。時間がなく、外から写真だけ撮ってきました。
   
 プクセトン文庫と共に韓国の「オタク系の聖地(오덕계의 성지로)」とされています。この店については、<コネスト>の記事「韓国漫画事情~後編~」(→コチラ)に少し書かれています。1998年にオープンし、「漫画をはじめアニメーションやイラスト、ゲーム関連の書籍、グッズなど約10万冊の蔵書を誇る」とあります。これまた<エンハウィキ>に説明があります。(→コチラ.韓国語) 1階が漫画専門書店で、地下に原書+絶版書コーナーがあるそうです。
 説明文中に余談として書かれているように、弘大入口駅近くにはこの2つの漫画専門店の他、画報・写真集系統の店として知る人ぞ知るヨンジン書籍コミックワールドのオフィスがあり、また韓国では珍しいミニチュアゲーム専門店オークタウン(→コチラ参照)、ドルフィー(球体関節人形)・フィギュア・プラモデル等を扱うボークスコリアもあったりして、やはり弘大入口一帯はまさにオタクの街ですね。1㎞あまり離れた所にはSF&ファンタジー図書館という施設もあるようですよ。

★写真を撮った時すでに暗くなっていたので、2つの店の昼間の姿を載せておきます。<DAUM地図ロードビュー>と<NAVER地図コリビュー>を利用して作った画像です。
    
 プクセトン文庫は入口が2ヵ所あります。

 コチラが漢陽TOONK。

★2つの店の位置は下図の通りです。Aはプクセトン文庫、Bは漢陽TOONKです。

★2つの店について比較した<한양툰크 vs 북새통문고, 홍대에서 만화를 팝니다>という記事は→コチラ
 ・・・以上、修徳寺と温陽温泉以外はこれといった観光ポイントにも行かず、最後まで日常の延長みたいだった旅でしたが、この日夜金浦発のアシアナ機で帰国してオシマイ。この記録もやっとケリがつきました。やれやれ。

12月11~18日ヌルボの韓国日常の延長旅行 ⑨江南そして龍山で飲み続ける(笑)

2015-01-29 23:46:21 | 韓国旅行の記録
◎12月17日(水)午後

 F氏の運転する車で温陽温泉を発ち、市場通りから近い所にあった今も残る愛人タバンには目もくれず(と言いつつ写真(下左)は撮ったけど)、まっすぐソウルに向かいました。
 途中に見えた石屋さんにはこんな造形物(写真下右)も・・・。(誰が注文するんだろ?)
        

 約2時間で江南駅へ。私ヌルボ、そこで降ろしてもらいました。この近辺で目にとまった「波打つ」建物=GTタワーについては12月31日の記事で書きました。
 当初の予定では国立中央図書館(と、その5Fの北韓資料センター)に行くつもりでしたが、人と会う約束もあるし時間的にとても無理。
 ・・・ということで、その待ち合わせ場所の新論峴(シンノニョン)駅方向(北北西)に向かって街歩き。ここでもUNIQLOMUJI(無印良品)のような日本のチェーン店が目につきます。

 そして12月22日の記事でも紹介した新タイプの古書店チェーン・アラディン中古書店江南店がありました。

 「1887」というのは今日入ってきた本の冊数です。
   

 いやー、ここも広い! 漫画の棚にはホ・ヨンマン「食客」や、日本以上に人気の「神の雫」等がたくさん並んでいます。どれも定価の半額以下です。
    

 上右の注意書きにもあるように「写真撮影 歓迎」です。

 鍾路店等と同様に階段横には著名作家の肖像が・・・。クリスマスが近いので皆サンタの帽子を被っています。
 金承鈺(キム・スンオク)、朴婉緒(パク・ワンソ)、朴景利(パク・キョンニ)、金龍澤(キム・ヨンテク)、奇亨度(キ・ヒョンド)、金洙暎(キム・スヨン)、趙世熙(チョ・セヒ)等々・・・。
 この店で購入した本についてはいずれ記事にするつもりです。
 ※この中古書店チェーンはどこも地下店舗なのかと思ったら、→コチラの記事(韓国語)で紹介されていた一山(イルサン)店のような地上のでかい店舗もあるようです。

 コーヒー店等でタラタラと時間つぶしをして、夕刻から新論峴駅で落ちあったアジョシX氏及び李先生と一緒に、李先生のご案内でキョドンジョンソンセン(교동전선생.校洞ジョン先生)というジョン(チヂミ)専門チェーン店の江南店へ。(店名の意味は店の公式サイトを見てもわからず。)

 こういう雰囲気の店。

 いろんなジョンを、こんな長い皿(?)に持って出すのがこの店独特、かな?

 マッコリが9種類。우국생(ウグクセン)とは何だ? ・・・と後から調べてみたら리쌀로 빚은 순당 막걸리(韓国米で醸したククスンダン生マッコリ)のこと。今度飲んでみることにしませう。

 この後李先生と別れてアジョシX氏と共に龍山へ移動。ここで同じサークルのS氏と合流し、今度は龍山駅前の屋台村だよ~。
   

 再開発で移転を余儀なくされた屋台が駅前に一時的に集められたということなのだろうか? この屋台村については<ソウル情報局>の記事(→コチラ)を参照されたし。

 午後11時近く(?)まで飲んで、この日の宿泊は有名な(?)ドラゴンヒルスパという話も出ましたが、結局は2013年9月の旅行の際にも利用したモーテルに投宿。ところがその後にもS氏と買い物に出たついでにこれまた前にも入った豚足専門店ヨンホチョッパル(용호족발)へ。

 いやー、すごい大盛りだわ~。と、ここでも飲んで・・・って何時頃まで? 考えてみれば、いや考えるまでもなく6時間くらい飲み続けでないの!? で、結局気がついてみればすでに翌朝になってました。ハハハ。

 この日はとくにここといった観光ポイントに行ったわけではなく、質的に横浜での日常とさほど変わらないようでもあるものの、いろいろあってまずはけっこうな1日ではありました。ハハハ。

12月11~18日ヌルボの韓国日常の延長旅行 ⑧温陽観光ホテルと温陽温泉の歴史

2015-01-28 21:50:14 | 韓国旅行の記録
温陽観光ホテルについて帰国後に調べてみたら、あらら!

 この旅行記録シリーズの前回の記事が1月17日。その後すんなりと最終日まで書き進むはずだったのが結局ここまで遅れてしまった一因は、前回載せた次の写真にあります。

 温陽観光ホテルで撮ったこの3枚の図(温陽温泉の歴史・温陽行宮図・朝鮮王朝と温陽温泉の関わり)の写真は前を通った時になとなく撮ったもので、内容は全然読んでいませんでした。(これがよくなかった。)

 そこで記事を書くにあたって一応何が書かれているか写真を拡大してみました。ここではとくに「温陽温泉の歴史」(上の写真左)について見てみます。

 記されているハングルの翻訳は次の通りです。

 ・百済時代 温泉として使用される。
 ・1396(太祖5年) 臨時行宮を建てる。
 ・1433(世宗15年) 行宮を建てる。
 ・1464 (世祖10年) 「神井」を発見、駐蹕神井碑(주필신정비)を建てる。
 ・1795年(定祖19年) 霊槐台(영괴대)築造。霊槐台碑(영괴대비)を建てる。
 ・1871 (高宗8年) 涵樂堂(함락당)と惠波亭(혜파정)新築。
 ・1904 温陽温泉株式会社温泉経営、温陽館新築。
 ・1927 京南鉄道株式会社が買収。
 ・1956 温陽鉄道ホテルにより営業開始。
 ・1967 民間に移譲、温陽観光ホテルに変更。


 訳していてわからなかったのは주필신정비영괴대という言葉。調べてみると、この温陽観光ホテルの敷地内にある文化財の名称ではないですか。
 たとえば、<visitkorea>の記事(→コチラ)には次のようなことが書かれています。

 ・温陽温泉は百済以来からの歴史のある韓国で最も古い温泉の一つで、朝鮮の王たちが楽しんだ温泉地としても有名で、温陽行宮(離宮)のあった場所に建てられたのが温陽観光ホテルである。
 ・温陽行宮は1396年に臨時に建てられ、1432年9月に温泉宮殿として増築された。温陽別試という科挙を行っていた王室専用の温泉宮殿である。


 ・・・と、ここまではよしとして・・・、

 ・ホテルの敷地内には、霊槐台神井碑という文化財がある。霊槐台は朝鮮英祖王が温陽行宮に出かけた際、一緒についてきた荘献世子(思悼世子)が武術を練磨した場所を記念して建てられた記念碑である。神井碑は世祖王が温泉の横に冷泉を発見し、神井と称したことを記念する碑である。

 ・・・ということで、神井碑と霊槐台の写真が載っているではないですか!
       
 左が神井碑、右が霊槐台です。正確にはこの建物ではなくて、その中の石碑が忠清南道の文化財です。
 さらに韓国サイトを見ると、この他にもこのホテルの敷地内には李忠武公事蹟碑温泉里石仏という2つの忠清南道文化財もあることがわかりました。
 うーむ、全然気づかなかったなー!
 そればかりではありません。<温泉が大好きおやじの独り言>というブログの管理者さんが一昨年の元日前後にこのホテルに宿泊した時の記事(→コチラ)を読むと、上記の文化財の他にホテル内にある資料室のことも書かれています・・・って、うーむ、そういう部屋があったのか!  全然気づかなかったなー!(その2)

 今回の温陽温泉宿泊はまったくの予定外だったということはありますが、少なくとも現地でもっと注意深くいろいろ見回してみるべきだったですね。

 ことのついでに近代以降現在に至るまでの温陽温泉の歴史を見ると、やはり日本の業者が日韓併合前から進出して日本風の温泉旅館として温陽館を設立したのがこのホテルの前身ということで、上掲の「温陽温泉の歴史」の図の背景にもその写真が用いられています。
 当地の研究者が2014年5月「温陽新聞」に寄せた記事(→コチラ.韓国語)には1920年代の温陽館と神井碑閣の写真や、1028年の温陽館とその周辺の見取り図が載っています。見取り図を見ると、温陽館の入口近くには「内地人湯」があり、道を隔てた南側にある「鮮人」用と区別されていたことがわかります。
 近代化により身分によって差別されることはなくなったのでしょうが、日本人と朝鮮人の「別扱い」はこうした所でも当たり前だったのでしょうか? ・・・と考えつつ、先の「温陽新聞」の記事を見なおすと「正祖大王が民間に温泉を開放するように命じた後、民が使用する民間浴場がされていたことを推察させる」という記述とともに「1904年日本人が温宮を奪取した際にも、朝鮮の民たちが使っていた浴場は継続して使用するように許可されたものとみられる」とありました。つまり朝鮮時代の支配者用施設部分を日本人用に、庶民用の部分を朝鮮人用としたということ? ま、それも差別の継続ですけど・・・。
 またこの記事には、昔の温陽行宮の敷地はこのホテルの敷地の約半分に過ぎなかったこと、1926年京南鉄道が買収した後「神井館」と名称を変更し、大々的に温泉設備が拡充されて敷地が拡大され、その時神井碑も南西に移設されたこと等々、この温泉やホテルの歴史について詳細に記されています。

 ま、3度目に行く機会があったら、今度はじっくり見て回ることにします。

※参考:鳥瞰図絵師・吉田初三郎が1929年の朝鮮大博覧会宣伝に合わせて描いた「朝鮮京南鉄道沿線名所交通図絵」にも、温陽温泉が詳しく描かれています。→コチラ