ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

大野病院事件 論告求刑公判

2008年03月22日 | 大野病院事件

コメント(私見):

今回の論告求刑の検察側の見解では、周産期医学や胎盤病理学の我が国における最高権威の鑑定や証言の数々、日本医学会日本医師会を含む多くの関連団体・学会から提出された声明・抗議文などをすべて、『それらの団体に所属する医師の証言には、一定方向の力が働いている。結果ありきで任意性に劣る』と一蹴しておいて、癒着胎盤の経験に乏しい専門外の医師の鑑定だけを唯一の判断の根拠としています。

おそらく、今までの裁判の過程で、検察も自分達の間違いに気が付いているはずです。そうだとすれば、間違いを公式に認めて謝罪し、この裁判を即刻中止すべきです。こんなことをやっていたんでは、日本の医療がどんどん崩壊していくのも当然の成り行きです。この国の医療裁判のあり方自体を根本から見直す必要があると思われます。

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癒着胎盤で母体死亡となった事例

第1回公判 1/26 冒頭陳述
第2回公判 2/23 近隣の産婦人科医 前立ちの外科医
第3回公判 3/16 手術室にいた助産師 麻酔科医
第4回公判 4/27 手術室にいた看護師 病院長
第5回公判 5/25 病理鑑定医
第6回公判 7/20 田中憲一新潟大教授(産婦人科)
第7回公判 8/31 加藤医師に対する本人尋問
第8回公判 9/28 中山雅弘先生(胎盤病理の専門家)
第9回公判 10/26 岡村州博東北大教授(産婦人科)
第10回公判 11/30 池ノ上克宮崎大教授(産婦人科)
第11回公判 12/21 加藤医師に対する本人尋問
第12回公判 1/25 遺族の意見陳述

論告求刑公判 3/21

【今後の予定】 
5/16  弁護側の最終弁論

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周産期医療の崩壊をくい止める会のホームページ
 第十三回公判について(08/3/21)

ロハス・メディカル ブログ
 福島県立大野病院事件論告求刑公判(1)

産科医療のこれから:第13回大野事件公判!

大野病院事件について(自ブロク内リンク集)

****** 共同通信、2008年3月24日

産科医に禁固1年求刑 福島県立病院の患者死亡

 福島県大熊町の県立大野病院で2004年、帝王切開手術を受けた女性=当時(29)=が死亡した事故で、業務上過失致死などの罪に問われた産婦人科医加藤克彦被告(40)の論告求刑公判が21日、福島地裁(鈴木信行裁判長)であり、検察側は「安易な判断で医師への社会的信頼を害した」として禁固1年、罰金10万円を求刑した。

 弁護側は無罪を主張しており、5月16日に最終弁論をして結審する。

 検察側は論告で、大量出血は十分に予見できたと結論付け「胎盤を子宮からはがす『はく離』が困難になったと認識した時点で、子宮摘出に移行すべきだった」と指摘。「『はく離に器具を用いたことはよくなかったかも』と捜査段階で述べるなど異状死を未必的に認識しながら、警察に届けなかった」と主張した。

 その上で「基本的な注意義務に反し過失は重大。公判で器具の使用をめぐって供述を変えるなど責任回避のため、なりふりかまわぬ態度に終始している」と批判した。

 論告によると、加藤被告は04年12月17日、手術の際、無理に胎盤をはがせば大量出血する恐れがあったのに、子宮摘出など危険回避の措置を怠り、はく離を続けて大量出血で女性を死亡させた。異状死だったのに24時間以内に警察に届けなかったとして医師法違反にも問われた。

▽県立大野病院事件

 県立大野病院事件 福島県立大野病院で2004年、女性が帝王切開手術中に大量出血し死亡。県警は06年、「癒着胎盤」を無理にはがしたとして、業務上過失致死容疑などで執刀した産婦人科医の加藤克彦被告を逮捕。各地の医師会から「難しい症例で不当」と抗議が相次いだ。深夜・長時間労働で訴訟リスクも高いため、診療から撤退する産科医不足に事件が拍車を掛けたとされる。医療事故の原因を究明する「医療事故調」創設検討のきっかけにもなった。

(共同通信、2008年3月24日)

****** m3.com医療維新、2008年3月24日

福島県立大野病院事件◆Vol.9

検察の求刑は禁固1年、罰金10万円

起訴事実通りに事実認定、「医師の過失も、結果も重大」

 福島地裁で福島県立大野病院事件の論告求刑が3月21日行われ、検察は被告の加藤克彦医師に対して、業務上過失致死罪で禁固1年、医師法第21条違反で罰金10万円をそれぞれ求刑した。検察は「産婦人科医としての基本的注意義務を怠っており、過失の程度は重大。また夫と子供を持つ女性の死亡という結果も重大である」とし、「厳正に対処する必要がある」と述べた。

 公判後の記者会見で、主任弁護人の平岩敬一氏は、「禁固1年罰金10万円の求刑は、予想よりはやや厳しいものだが、想定の範囲内。検察は自らの都合のいい事実だけを並べて組み立て、求刑している。次回5月16日の最終弁論では、その一つひとつに対して反論していく」との見解を示した。

 論告求刑を端的に形容するなら、「昨年1月の初公判における冒頭陳述をもう一回聞いたようなもの」(公判を傍聴していた人の意見)というのが一番妥当だろう。これまでの計12回の公判で、加藤医師の弁護人は、周産期医療や胎盤病理の専門家の鑑定書を提出し、証人尋問を行い、起訴事実への反論を展開した。しかし、検察は後述するように、これらの鑑定書・供述について、「中立性・正確性が保証されているとはいえず、首是しがたい」などとして、起訴事実にほぼ近い事実認定の下、求刑をした。

「論告要旨」は約160ページに及ぶ

 この日、27席の一般傍聴席を求めて並んだのは、171人。初公判時は26席に対して349人が並んだことを考えるとやや少ないものの、報道陣も多数取材に来ており、世間、そして医療界の関心の高さがうかがえた。

 公判は午後1時30分開廷、途中10分の休憩をはさんで、午後6時20分まで行われた。検察の「論告要旨」は160ページを超すものだった。これを計4人の検察官が交代に読み上げた。

 加藤医師は、業務上過失致死罪と医師法第21条違反に問われている。これらに対して、(1)どのような事実認定をしたか、(2)その事実認定に何の証拠を用いたか――という視点から論告求刑を検証する。

 検察による業務上過失致死罪の事実認定は、以下のように要約できる。これは起訴事実と変わっていない。

 1.死亡した女性は、帝王切開手術の既往があり、全前置胎盤だった。加藤医師は、手術前に、超音波検査などを行っており、癒着胎盤のリスクが高いことを予想できた。遅くても手術開始後、用手的剥離が困難になった時点で、癒着胎盤である認識したことが認められる。

 2.癒着胎盤は、子宮後壁から前壁にかかる、嵌入(かんにゅう)胎盤である。

 3.用手的剥離が困難になった時点で、そのまま剥離を続ければ大量出血の危険性があるため、子宮摘出術に切り替えるべきだったが、それを怠った。クーパーによる剥離を行い、結果的に大量出血を招いた過失がある。

 4.死因は大量出血による出血性ショックであり、心室細動に至り、死亡した。死亡結果と加藤医師の過失と因果関係があることは明らか。

「医療界が抗議している中では中立性が保障できず」

 これらの事実認定の根拠としたのは、「入院カルテ中の麻酔記録と、手術経過を記した医師記録」、さらには起訴前に実施された病理鑑定と鑑定、加藤医師をはじめとする関係者に取り調べを行った際の供述調書だ。

【警察・検察が依頼した鑑定】

 ・病理鑑定医:患者死亡直後の2004年12月末に摘出子宮の組織検査を実施、2005年6
  月に富岡警察署(県立大野病院の地元警察署)に鑑定書を提出、2007年1月に同鑑定
  に対する検察からの照会に対して回答。

 ・鑑定医:2005年10月に鑑定書を提出。

【弁護側が依頼した鑑定】

 ・病理鑑定医:2006年11月に鑑定書、2007年8月に鑑定書追加を提出。

 ・鑑定医A:2006年12月と2007年9月にそれぞれ鑑定意見書を提出。

 ・鑑定医B:2006年3月に意見書、2007年1月に鑑定意見書、同10月に鑑定意見書追加を提出。

 公判では弁護側が別途依頼した鑑定書を提出したが、検察は、(1)鑑定に使用した資料(各種診療記録類、病理組織のプレパラートなど)は不十分なものである、(2)2006年2月の逮捕、3月の起訴後に実施したものであり、立場上、被告に不利な内容を書きにくい状況にあった――などの理由から疑問視した。特に、(2)の点について、「日本産科婦人科学会などが、(加藤医師の逮捕・起訴に対して)抗議声明を出している中で、学会に反する結論を導きにくく、過失を認める供述もしにくい。中立性・正確性を期待することはできない」という見解を示した。

 さらに加藤医師をはじめ、関係者の公判前の供述調書と、公判での証言が一部異なる点があったが、「自己の責任を回避している」「被告人を有利に導きたいという考えから、事実に反する証言をした」などとして公判での証言には問題があるとし、供述調書を尊重した。

院長は産科の専門外、要否の判断は本人 

 次に医師法第21条違反について。当時の県立大野病院のマニュアルには、「医療過誤が疑われる場合に、院長が届け出る」となっていた。

 大野病院の院長は帝王切開手術後、「過誤はあったのか」と加藤医師に尋ねたが、加藤医師は「ない」と答えている。したがって、(1)院長は産科の専門外であり、届け出の要否を判断するのは加藤医師である、(2)そもそも本来、異状死の届け出は死体を検案した医師が行うものであり、加藤医師はそのことを知っていた――などと事実認定された。

 21条の関連では、弁護側が異状死に詳しい法律家の意見書提出や証人尋問を求めたが、一切認められていない。結果的に、21条については、加藤医師と院長への尋問以外の証拠はない。

「最初から結論ありき」は弁護側か検察か

 前述の通り、検察は、医療界が加藤医師の逮捕・起訴に強く抗議している現状にあって、弁護側が提出した鑑定書、手術関係者や鑑定人の公判での証人尋問は信頼性に欠けるとした。「最初から一定の結論を想定して、鑑定を行っている」(検察)。

 しかし、この日の論告求刑では、「最初から結論あり」は検察の方であると解釈できる場面があった。その象徴は以下の点である。

 検察は、「クーパーで無理に胎盤を無理に剥離したことが、大量出血を招いた」としている。前述のように検察は「麻酔記録」に依拠している。だが、血圧や脈拍の記載は正しいとしながらも、出血状況については、(1)出血→出血の吸収→出血量の計測→報告→麻酔記録への記載という過程を経る、(2)本手術の手術経過から判断しても、麻酔記録の記載と、実際の出血状況は必ずしも対応していない――などの理由から、「必ずしも実際の出血状況を記載しているわけではない」としているのである。

 その上で、「用手的剥離を約2分、続いてクーパーで14時40分から約10分間胎盤剥離を行い、クーパー剥離開始時に既に約2000mL(羊水込み)の出血があり、剥離終了後の14時55分ごろまでには約5000mL(羊水込み)に達していた」とし、「クーパーによる剥離開始を境に、1分間当たりの出血量が著しく増加した」と結論付けている。

 しかし、加藤医師が術後に書いた手術記録に「約15分。約5000mL」との記載があるなど関係すると思われる証拠はあるものの、麻酔記録には14時52分時点での出血量は「約2555mL」と記載されている。

 術前の診断から、帝王切開手術、死亡に至るまでの一連の流れで、「誰の意見、何の書類、どんな記載を証拠として採用するか」によって、「いったい何が起こったのか」という事実認定が、つまり加藤医師の過失の有無、および死亡との因果関係の有無が、当然ながら変わり得る。さて裁判所は、何を証拠とし、いかに事実認定するのだろうか――。

 次回の公判は5月16日で、弁護側の最終弁論が行われる予定になっている。判決は、今夏か秋ごろになる見通しだ。

 なお、論告求刑の最後に、検察は「情状関係」を述べ、厳しい対処を求める検察の姿勢がうかがえた。この点については、「被告は医師の社会的信頼を低下させた」で紹介する。

(m3.com医療維新、2008年3月24日)

****** m3.com医療維新、2008年3月24日

福島県立大野病院事件◆Vol.10

「被告は医師の社会的信頼を低下させた」

検察が“医療崩壊”を加速しかねない論告求刑を展開

 橋本佳子(m3.com編集長)

 福島県立大野病院事件の論告求刑が3月21日に行われたが、その最後の場面で検察は、約15分にわたり、「情状関係」を読み上げた。

 被告の加藤克彦医師の2006年2月の逮捕、3月の起訴に対しては、周知の通り、日本産科婦人科学会をはじめ、多くの医療関係団体が抗議声明を出した。しかし、検察にとっては、こうした現状は全く関係ないものだったのだろう。「情状関係」は、“医療崩壊”を加速させかねない内容だが、以下にあえて紹介する。

【3月21日検察の論告求刑「情状関係」】
 (※検察が読み上げたものを書き取った内容のため、完全に再現したものではなく、概要であることをご了承ください)

 本件は、産婦人科医の被告が、29歳の妊婦の第二子の帝王切開手術において、クーパーで無理に胎盤剥離を行い、大量出血を来して死亡させた業務上過失致死罪と、異状死の届け出をしなかった医師法21条違反の事案である。

 産婦人科医としての基本的注意義務を怠っており、過失の程度は重大。胎盤を用手的剥離する際、剥離を継続すれば大量出血し、生命の危険があることを十分に予見しながら、子宮摘出術に切り替える注意義務を怠った。安易にクーパーを用いて無理に剥離を行い、大量出血させ、被害者を死亡させた。

 帝王切開の既往がある前置胎盤の症例では、癒着胎盤の確率は24%と高い。被告人は、被害者が帝王切開既往で、全前置胎盤であり、胎盤が前回の切開創に付着していると認識していた。手術時、子宮前壁に血管の怒張があり、超音波検査で、このことを確認していた。さらに臍帯を引いても胎盤がはがれず、用手的剥離の際は、徐々に子宮と胎盤の間に指が入らなくなった。

 癒着胎盤については、無理に剥離すると、大量出血、ショックで死亡の原因となること、癒着胎盤を認めた場合には子宮摘出手術に切り替えることは、基本的な産婦人科の教科書などに書いてある知見。先輩医師からも、2万mLほどの大量出血の症例を聞いていた。

 産婦人科医としての基本的な知見からも、術前・術中の様々な状況などからも、大量出血の可能性を十分に予見できた。しかし、「手で剥離できない場合でも、剥離を継続しても大量出血しない場合もあり得るだろう」などとして、母体と児の生命の安全を委ねられた産婦人科医としては安易・短絡な判断により、クーパーで無理に剥離を行った。

 その結果、広範囲から湧き出るような出血となり、午後2時55分ごろには約5000mLもの大量出血になった。最終的な出血量は約2万445mL。午後2時55分ごろには、血圧は上が約50、下は約30まで下がり、出血性ショックになった。これは基本的注意義務に著しく違反した悪質な行為であることは明らかであり、被告の過失の程度は重大である。

 本件の結果も重大である。被害者は、夫と3歳の子供を持つ29歳の女性。第二子の誕生を心待ちにしていた。出産後、対面して、「小さい手だね」と声をかけた。しかし、その後、予期せず死亡し、最後に夫や子供に声をかけることもできなかった。今後、長い将来のあったはずの女性であり、何物にも代えがたい生命を奪った結果は重大であり、被害者の無念が察せられる。

 遺族との示談などは行われていない。被告人は公判で、自己の手技について、適切な行為であると主張している現状では、その見込みも乏しい。

 被害者の遺族は、手術開始から4時間経過して初めて、蘇生措置が行われていることを知らされた。さらに出血死した現実をいきなり突きつけされ、深い悲しみを抱き、被害者感情は厳しい。「まさか亡くなるとは思わなかった。今、蘇生しているとの言葉を聞き、衝撃を受けた」「子供たちが不憫で、母親を奪った被告人は絶対に許せない。厳重な処罰を望む」などしている。突然、被害者を失った遺族が、こうした感情を抱くのは当然。

 被告人は、自己の責任回避のため、供述を変えるなどしており、遺族に対して、真摯な反省をしているとは認められない。例えば、用手的剥離が困難になった状況、クーパーの使用目的、剥離中の出血や血圧低下の状況などについて、捜査段階の供述、手術当日の遺族への説明や手術記録などから変えており、信用できない弁解に終始している。こうした責任回避の行為は、本件の遺族だけでなく、わが国の患者全員に医師への信頼を失わせ、医療の発展を阻害する行為であり、非難に値する。

 被告は被害者を自ら検案し、その異状を認識していたが、医師法に基づく届け出も怠った。警察が本件を知ったのは、約3カ月後の2005年3月31日に、事故調査委員会の調査結果が公表され、報道されたのがきっかけである。24時間以内に届け出が行われなかったために、手術関係者の記憶は曖昧になり、胎盤もなくなるなど証拠も散逸、捜査に支障を来した。

 医療は侵襲行為を伴うもので、産婦人科手術は母体と児の生命に対する危険性を内包し、産婦人科医には高度の注意義務が課せられる。医師は社会的信頼を負うもので、患者の生命・身体の安全を全面的に委ねられる存在であり、その行為には重い責任が課せられる。しかし、被告人は安易な判断により、産婦人科医としての基本的な注意義務に違反し、医師に対する社会的な信頼を失わせた。

 さらに、術前のインフォームド・コンセントは不十分であるとされた。大量出血の状況などの報告も遅れたため、元気な姿を待ちわびていた遺族に最悪の事態を伝えることになり、遺族感情を厳しいものにした。この行動も医師の社会的信頼を低下させた。

 大量出血に至り、家族への説明の余裕がない状況になったものの、院長らが応援医師を依頼するかとの話があったが、必要がないと断った。これは不可解であり、専門家として重い社会的信頼を負う立場であるという認識を持っていたのが疑問だ。

 以上から、大野病院の産科医長として地域医療の大きな一端を担ってきたことなどを考慮しても、厳正に対処する必要がある。

(m3.com医療維新、2008年3月24日)

****** OhMyNews、2008年3月22日
http://www.ohmynews.co.jp/news/20080321/22400

産婦人科医に禁固1年、罰金10万円を求刑

大野病院事件、業務上過失致死と医師法21条違反で

                                                    軸丸靖子

 福島県立大野病院産婦人科で2004年12月、帝王切開手術を受けた女性が出血多量で死亡し、執刀した同院産婦人科医の加藤克彦医師が業務上過失致死と医師法21条違反(異状死の届け出義務)に問われた事件で21日、論告求刑があり、検察は「産婦人科医として基礎的な注意義務を怠った執刀医の責任は極めて重い」として、禁固1年、罰金10万円を求刑した。

 起訴状などによると、事件は、加藤医師が帝王切開手術で女児を取り上げた後、胎盤を娩出しようとしたがはがれず、クーパー(手術用はさみ)を使うなどして子宮と剥離させたが、出血が止まらず、死亡させたというもの。

 検察は、帝王切開の既往があった女性の癒着胎盤は予見可能だったにも関わらず、加藤医師が十分な医療体制を取らずに手術を行ったこと、癒着が分かった時点で速やかに子宮摘出に移るべきだったのに無理なクーパー使用を続けて大量出血を起こさせたこと――などを医師の過失として起訴。一方の弁護側は、「ミスはなかった」と医師の過失を全面否定し、争っている。

 論告で、検察は、加藤医師がこれまで法廷で行った証言は、警察や検察の取り調べでの任意供述とは変わっており、信用できないと重ねて主張。また、弁護側証人は同事件に抗議声明を出している医学界の意向を強く受けており、中立性や信頼性に欠けることを指摘した。

 その上で、求刑の理由として、

 「(用手剥離の)手指が入らないほど強い癒着胎盤だったのに、クーパーを使って無理な胎盤はく離を10分以上にわたって続け、次々とわき出るような出血を起こさせたのは、医師として基礎的な注意義務違反である」

 「癒着胎盤の無理な剥離には大量出血のリスクがあるので、直ちに子宮摘出すべきというのは産婦人科医として基本的な知識。大量出血を予見する事情は多数存在したのに、回避しなかったのは、被告は医師として安易な判断をしたといえる」

と、加藤医師の判断ミスを断定した。

 さらに、これまでの公判では触れなかったが、加藤医師が廊下で待っていた女性の家族に説明をしていなかったことについても触れ、

 「出産の喜びを期待して廊下で待っていた家族を、手術開始から4時間、何の説明もなく待たせ、いきなり『すみません、亡くなりました』と最悪の現実を突き付けた。それが遺族の厳しい感情を呼び起した」

と、医師の説明不足が患者家族の不安と怒りをあおったと糾弾。

 「被告は、公判が始まって以降、自分の責任を回避するために、クーパー使用にいたった供述を変遷させた。なりふり構わず、事実をねじ曲げようとする被告人の言動からは、遺族に対する真摯な態度はうかがわれず、厳しく追及されるべきである」

と結論付けた。
 
 また、書面審理のみだった医師法21条違反に関しては、

 (1)癒着胎盤自体で妊婦が死亡するわけではなく、被告の過失による失血死なのだから「異状死」にあてはまるのは明らか

 (2)被告は自分の無理な胎盤はく離によって大量出血が起きたことを認識していた。死亡後の検案も自ら行っており、失血が死亡原因であることを認識していた

 (3)被告は手術直後、「クーパーを使ったのが良くなかったのでは」と考えていたが、病院長に過失の有無を問われたときは「ミスはなかった」と答えた。病院長は産婦人科は専門外なため、被告の回答を信用して異状死の届け出はしなくていいと判断した

 (4)医師法21条は憲法38条(自己に不利益な供述は強要されない)に違反するとの意見があるが、過去の最高裁判決に照らして違憲ではない

――などの理由を挙げ、業務上過失致死とともに医師法21条違反も成立すると主張した。

「法廷での被告の証言は信用できない」

 論告で、検察が再三強調したのは、加藤医師がこれまでに法廷で行った証言の任意性の欠如と、警察・検察が取った同被告の供述調書の信頼性だ。

 加藤医師は、法廷でこれまで、警察・検察の取り調べのあいだは「長時間の取り調べで頭がぼーっとしたこともある」「訂正すると取調官が不機嫌になった」「違うところも訂正してもらえなかった」と、供述調書はすべてが事実ではないと主張していた。

 これに対し検察は、「被告は供述調書の読み上げを受け、サインもしている」「取り調べ中に長時間で疲れたなどの不満はなかった」「被告は弁護人との接見も行っており、弁護人から供述に関するアドバイスも受けていた」として、供述調書には任意性が認められると反論。

 特に、公判開始以降、加藤医師が「そうは言っていない」と否定した胎盤剥離の際の描写、『胎盤をはがそうと指3本を入れたが、徐々に入らなくなり指2本に、やがて2本も入らなくなり、指1本も入らなくなった』という表現について(第7回公判参照)、

 「被告は、供述と公判では発言を変遷させている。自己の責任回避のための事実のねじまげで、信頼できない」

と、繰り返し言及し、法廷での証言よりも、取り調べでの供述の方が信頼性が高いとした。


「抗議声明出した団体の会員の証言は任意性に劣る」

 もう1つ、検察が攻めたのは、弁護側が立てた証人の中立性だ。

 弁護側はこれまでの公判で、周産期医療や胎盤病理の専門家にカルテや麻酔記録、胎盤の顕微標本などの鑑定を依頼し、「加藤医師の医療行為は妥当だった」とする証言を得てきた。

 これに対し、検察側は、「この事件に関しては日本産婦人科学会など多数の学会が抗議声明を出している。それらの団体に所属する医師の証言には、一定方向の力が働いている。結果ありきで任意性に劣る」と主張。

 ・大阪府立母子保健総合医療センター検査科の中山雅弘主任部長が行った鑑定について
 「証人は、わずか4時間弱で、子宮片や顕微標本の観察、標本の写真撮影という多くの作業を行っている。撮影した写真をプリントアウトしたものを元にした鑑定では、写真の資料価値は限定的。試料の吟味に十分な時間が持てないまま、結果を優先させた鑑定に過ぎない」

 ・東北大学の岡村州博教授(周産期医学)が行った鑑定について
 「実際の事実関係に即した鑑定結果とはいえない。証言内容はことさらに被告に肩入れする内容で、被告人の過失を否定する立場から書かれている」

 ・宮崎大学医学部産婦人科の池ノ上克教授が行った証言について
 「胎盤はく離をいったん始めたら完遂するという証言だったが、本件がそれに当てはまるかについては明言していない」

などと、証人1人ひとり発言内容を細かく否定した。

  ◇

 医師不足や救急医療の崩壊に拍車をかけたとして全国的な注目を集めた同事件の求刑とあって、この日は27の傍聴席を求めて171人の傍聴希望者が並んだ。検察の論告は160ページにわたり、4人の検察官が順番に5時間がかりで読み上げた。

OhMyNews、2008年3月22日