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私と同世代で産婦人科医になるのはほとんど男性ばかりであったが、最近の若い産婦人科医では女性の占める割合が圧倒的に多くなってきた。
我々の世代の若い頃の産婦人科医の生活は仕事一色で、毎日、病院に寝泊りしているような仕事漬けの生活が当たり前だった。特に、一人医長時代は、一年中、毎日が当直勤務のような勤務形態で、ほとんど帰宅する暇もないくらいに忙しい仕事一色の毎日だった。
女性医師の場合は、若い一時期に、妊娠・出産・育児と仕事の両立が非常に難しくなる時期が必ずある。そういう時期には、フルタイムでの勤務が難しくても、数人の女性医師で互いに都合をつけあってワークシェアしたり、育児を互いに助け合ったりできれば、その時期も、比較的無理なく、乗り越えられるかもしれない。
やはり、産婦人科医の勤務形態も、男性医師ばかりであった時代とは大きく変えてゆかねばならないと思う。
****** 毎日新聞、2006年6月3日
有効な応急対策ない
期待できる若手女性産婦人科医の増加
自己管理できない妊婦が多いのも問題
仲井育子(佐久総合病院産婦人科部長)
産婦人科医(特に分娩に携わる産科医)不足が頻繁に報道されるようになり、おかげで、一般の方々にも認識していただける機会が増えた。しかし、ほとんどは「お産する場所がない」という現実が紹介されるにすぎず、行政への働きかけや要望が必要という文言で終わる。
産婦人科医の絶対数不足が存在し、減少傾向に歯止めがかからない以上、有効な応急手当はない。また、60歳以上の医師が3分の1を占める高齢化問題と30歳以下の若手の6割が女性であるという事実もさほど表に出されていない。今後、高齢医師の退職と女性医師自身の妊娠・出産問題が積み重なるため、産科医療体制の危機的状況が短期間で解決されることはありえない。この事実を、まず多くの方に認識していただきたい。
私自身は、産婦人科医として30年目に入り、地方基幹病院の勤務医として日々疲弊しつつも何とか奮闘している。女性という立場からみれば、この30年の変化は極めて大きい。妊娠・出産・育児をしながら仕事を継続してきた者の視点から、女性医師の増加について少し述べたい。
私が医師になったころは、女性医師自体が数%の存在にすぎず、外科系医局は門戸が閉ざされていることも珍しくなかった。産婦人科も典型的な男社会で、私の入局時、先輩は全員男性であり、私の後に続く女性入局まで6年間の空白があった。最近の急激な女性医師の増加は、多くの男性医師にとって予測外の現象であろう。現在、教授や病院長、部長クラスはほとんどが私と同世代の男性である。彼らが本音では非常に困惑し、できれば拒絶したいぐらいと思っていても不思議はない。
私はどの診療科においても、男女はほぼ同数の医師がかかわるのが理想的だと考えている。現状はあまりにいびつすぎるが、適正な状況に発展するまでには、まだまだかなりの年数を要するであろう。
若手女性医師がどの程度、産婦人科医であり続けられるであろうか。甘く見ても、半分が関の山だろう。自身の妊娠・出産・育児に直面した時、改めて男社会であることを実感し、厳しい現実の前に離職を選択していく。24時間拘束される産婦人科医療の現場は心身の負担を強いる。男性にとっても過酷なものである。しかし、産婦人科医を選ぶ女性は「やりがいがある」という理由で増えてきた。大いに期待できると言えまいか。
産婦人科医自身が安心して出産できる状況にあらずして、「安心してお産ができる」体制など提供できるはずがないと思う。まだまだお寒い情勢が続き、残念ながら多くの妊産婦さんに不安や不便を強いるであろう。
ただ、最近の妊婦さんには、自己管理ができない方も多い。その点は認識を改めてほしいと思う。
産婦人科医の願いは、元気な赤ちゃんをお母さんに抱いていただくことだ。産声をあげた赤ちゃんに「ようこそ!」と心から声をかけたい、そんな思いに共感していただけるとうれしい。
(毎日新聞、2006年6月3日)