トトヤンの家庭菜園

小旅行、読書、テレビ番組、家庭菜園のブログです。

メロスのように

2021-12-30 19:04:32 | 日記


政治腐敗の汚点、とり上げられる度に、思い起こす
暴君ディオニス王を改心させたメロスのことを。
政治家の原点にしていってほしいと常々、思う逸話。

信頼醸成は友情の証。
メロスのように語り、動いた無償のそれらの友情を決して忘れることのないように。

太宰作品『走れメロス』を書き上げるヒントとも言うべき原点。
メロスとセリヌンティウスの美談のもとはというと、宗教の教義流布にまつわるゴラス派の教団員ダモン(デイモン)とフィンティアス(ピシアス)の友情。
基になった伝承がそれ。
世代は近いと言っても馴染みのない物語でもあるのに、少し上の従兄弟とのつながりが事の始まり。
会うごとになにやら、気に入った読書本の交換の始まり、それが双方の文学好きのきっかけ。
その後学校でも、教科書の朗読に、授業では「走れメロス」が教材で。
当てられた級友のたどたどしい朗読を横目に、
胸の内で思い起こしていたことといえば
すでに従兄との会話の中でも議論と解釈の
やりとりをしていた内容のことだ。
当時は変にませたガキだったことを。

心の内では暴君ディオニス王はときに、政界の重鎮であったり、首相であったり。
そして、セリヌンティウスは地域の有力者でもないけれど、人々に信頼される憧れの教師や、
TVドラマの主人公や、脇役の俳優になり替わっている。
メロスは、もちろん、こころに演じる自分のことだ。

世相はというと、アメリカで公民権運動。
人種差別問題、黒人への差別が大きく政治問題化してきたという波を受けるようにして、
そういった情報に接するごとに、「それは遺憾な事だろう。」と憤慨していた。
だからといって、どうこうするでもなし、また、時が過ぎれば、流行りのプロレスや、サッカーに興じる日常性に安んじてもいた。
故郷を離れて、学ぶ機会を得た頃は、
両極端な、左右の論にかぶれる学友を横目に
ただただ、未来の道のことだけは考えていた。
それは、就職の事かと聞かれれば、否定しようもないけれど、
ちょっと、そんなにはっきりと割り切れるものでもないもの。
つまりは、暴君ディオニス王を改心させるような
人と人とのサークル的な心的繋がりを
学生の身分の内に

築き上げていくんだという誓いでもあったことを。
だって、王さまが、わしも仲間にいれてくれと
言わしめたんだから。
今ふたたび(ブラック・ライブズ・マター)
時を経ても変わっていなかったという
現実。

内政においても
国際社会においても
格差と、ネットでの陰湿な印象操作ある一方で
使う側のリテラシーでは
ネット環境は
人と
人との
繋がりを
たくましくして
普遍的な
人権とか
平和にも
有益な
貢献の
可能性を
秘めても
いることを。

メロスの勇気を
信じるように
そこは希望は持ち続けていたいもの


今年一年、ありがとうございました。
ブログ訪問の皆様がよいお年を迎えられますように

来年もよろしくお願いいたします。











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祝・復帰

2021-12-20 12:02:15 | 日記

タイガーウッズ。
交通事故による骨折。
息子さんとの復帰後のプレー



色々なことを乗り越えてきただけあって、喜びもひとしおといった絵姿。


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100分で名著

2021-12-18 11:13:02 | 学び

以前から、少々の番組ファン。

100分で名著」の番組宣伝予告が目についたので視てきた中で、思い起こすものといえば、近くは、作家のカミュ。小説「ペスト」を巡る解説のトーク内容に興味津々。それ以前となると、カントの「純粋理性批判」、マルクス「資本論」。または、内村鑑三「代表的日本人」、宮澤賢治の世界、「法華経」等々。


来年2月の放送予告には「日蓮の手紙」ということらしい。

学生の頃の日本史。『立正安国論』

というご著作、当時その中身まで知ることなく

只々記憶するのみ。


過去の番組では内村鑑三「代表的日本人」にも一部紹介されている。

「汝須く一身の安堵を思はば、先ず四表の静謐を禱らん者か」(あなたは、一身の安泰を願うなら、まず世の静穏、平和を祈るべきである)。振り返って日本の政治家や社会的立場の高い人に拳拳服膺してもらいたいような指針。それは、ふれられてはいた。

今回番組の予告では、数々の残されていた日蓮のお手紙から、その教えと人、思想を読み解こうといった趣向のよう。


息子ほどの歳の少年へ、夫をなくした女性へ、子に先立たれた母親へ。

当時の信徒へのお手紙は様々な年齢層とお立場の人へ。

お手紙の相手はお上にお仕えする立場の武士もあれば、

農民もありといった感じで、その古文を、現代文へと読みくだしていくという番宣内容。


解説担当の役は、確か、お名前からは、内村鑑三の解説のときと同じ人か。?来年

視るつもりにしている。


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薬価と創薬・企業の賃上げetc

2021-12-14 20:05:12 | 日記


国会中継以下
傾聴したもの








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太陽の塔

2021-12-12 18:57:05 | 日記


紀の川河川敷
師走の風景
「人類の進歩と調和」をテーマの「日本万国博覧会 」が開催された1970年。



昨日は過去のその万博について俳優佐野史郎が、1970大阪万博の膨大なアーカイブス映像を探索しながら、独自の視点でつぶやいていたのを視た。
岡本太郎、太陽の塔


個人的に振り返るのは
印象的なこの塔の姿、形で
あとは親に連れられて
長時間並んだことと
人の多さ。
 その年にあった出来事といえば

よど号ハイジャック事件。
市ヶ谷の自衛隊庁舎での作家・三島由紀夫の割腹自決。
おおさか天六ガス爆発事故。

佐野史郎のつぶやき、万博については
役者としてのこれまでを、これでいいんだろうかという振り返り自身にカツを入れるような当時の夢や希望。
しっかりと自身を振り返るひとつの起点でもある
その印象的な思い出が万博だと。つぶやかれていた。
あの頃と違うのは、という振り返りでは 
高度経済成長と等身大に国も個人も伸びて、より明るい未来に期待するように、より遠くをみていた。同じでなくとも
そういった人々の積み重ねの違いなんだろうなと。

番組でのその他の解説者、コメントも
日本が、個人も国も問われてきているのでは、というような締めくくり。
2025年の大阪万博は、どういった問題意識を世界に投げかけるか、投げかけれるか。


広く一般的にあった技術信仰
その進歩が文明であったあの当時に
岡本太郎が打ち出すところの
奇妙奇天烈なモニュメント。
生命が尊重されてこその文明なはず、あのにゅっと天井、突き抜けるような塔の姿は
進歩信仰へのアンチテーゼでもあったという解釈。


その後の原発事故も、震災避難で
確かにそのとおり突きつけられることに。
昨今の紙面飾る用語も判らないわけでもなく、それも、すでに承知されつつある国際社会にあっては、脱炭素社会・再生エネルギー。


あらためて、大阪発というような、それ以外の斬新な
あっと、いうようなテーマが掲げられれば面白いことは面白いなと。
どの展示館もこのように人のやまでした。
これはカナダ館。













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