弁理士の日々

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松野元著「原子力防災」(2)

2012-07-03 19:33:13 | サイエンス・パソコン
前回に引き続き、松野元著「原子力防災―原子力リスクすべてと正しく向き合うために」の2回目です。

第1章 原子力利用の概要
1.4 原子力利用のリスク
「原子炉施設は考えられる悪条件を想定して設計されているが、現実には想定外の事故が起きることがある。」「設計時に想定していなかった事態が発生した場合のために原子力災害対策が原子力防災として準備されていなくてはならない。」(45ページ)
「確率論で想定していないような安全ルールの無視や標準作業の不遵守といったヒューマンファクターが大きければ、単純な確率計算よりもはるかに大きな発生頻度になると考えられる。」(46ページ)
反原発運動と原発訴訟
エ、原子力安全委員会の役割
『基本設計しか見ていない原子力安全委員会が、・・・詳細設計や運転の責務を有する事業者を飛び越える形で、「日本はチェルノブイリ発電所事故と同様の事態になることは極めて考えがたい」としている表現は、ダブルチェックのために組織された安全規制のための原子力安全委員会が、「日本の原子炉でこのような事故は起きない」という原子力推進のための安全宣言を出しているような表現であり、原子力防災の遂行にあたって国民や原子力防災業務関係者に少なからぬ誤解を与えている。』(51ページ)

第3章 原子力災害
「我が国の原子炉はチェルノブイリ発電所と設計思想が違うから事故は起きない、と国がいっているから大丈夫だという前提で、原子力防災は体制の説明のみに終始している。」
3.1 原子力災害における住民の放射線被ばく
オ、晩発性障害
「甲状腺ガンの増加が事故時に小児であった人たちに対して、ベラルース、ロシア、ウクライナで事故5年後から顕著になっている。」(85ページ)
3.2 原子力災害からの住民保護
「日本の重大事故、仮想事故の安全評価は、無条件で原子炉格納容器の健全性を仮定しているため、どのような事故が発生しても原子炉格納容器は壊れず、環境への影響は敷地内(約1km)におさまるほどに低減されることになる。」
「日本の安全性評価は、原子炉格納容器さえ健全であれば大丈夫という危険な災害評価を採用していることになる。」(91ページ)
「チェルノブイリ発電所事故の場合にはEPZ(防災対策を重点的に充実すべき地域の範囲)は10kmでは不足し、この事故で実施された30kmの住民避難が必要であったことを示している。」(94ページ)

第4章 緊急時対応体制
4.3 原子力緊急事態の住民行動
「防災指針は・・・EPZを約8~10kmに設定している。同時に“原子力施設からの放射性物質又は放射線の影響は、放出源からの距離が増大するにつれ著しく減少することから、EPZをさらに拡大したとしても、それによって得られる効果はわずかなものとなる”としているが、これを防災の立場から見ればチェルノブイリ発電所事故の結果を反映しておらず、距離によって影響が著しく減少するというのは、これをただの点線源と考えているからであって、雲のような塊のプルーム状態で放射性物質が長距離を漂っていくことがあり得るという現実を無視したものであるので、周辺住民の実際の行動は現実の事態推移と過去の災害からの経験を十分に活かしながら、判断し決定されなければならない。」
『災害の最大到達可能性をただちに予測し、チェルノブイリ発電所事故のような大きい事故の可能性があると予想された場合は、例えばプルームが通過する前に避難することもあるし、プルームが通過する間は屋内待避にしておき、プルームが去った後に避難するとか、いろいろな組み合わせがあるはずである。「必ずしも避難が最良とは言えない」という簡単なものではないはずである。住民あるいは原子力災害現地対策本部への正確な情報と過去の災害例から状況判断が要求される。』(111ページ)
「大規模な災害が起きたときは、電話が不通になったり、道路・電気・ガス・水道施設が寸断され、消防などの防災機関が制限されることも予想されるので、地域住民が連繋しあって、初期消火、情報の収集・伝達、避難誘導、被災者の救出・救助、応急手当、給食、給水などの自主的な防災活動を行う必要があると考えるべきである。」(112ページ)

以上、第1章から第4章までで、私の印象に残った部分をピックアップしました。
「日本ではチェルノブイリ発電所事故級の事故は起こらないことになっている。」
「日本では原子炉格納容器は破損しないことになっている。」
上記2つの前提に立っているため、日本の原子力防災が実効力を持てずに来た状況がよくわかります。
著者の松野さんは、福島第一原発事故が起こる4年前に、この本を出版して世の中に発信しようとしたのですが、結局は黙殺されたのでしょう。

松野さんは、原発反対論者ではありません。原発が存在するという現状を認めた上で、それでも確率は低いとはいえチェルノブイリ事故級の事故が発生することを無視することはできず、そのような事故が発生したときは住民被害を最小限に抑えるための「原子力防災」が最後の砦になる、という信念でこの本を書かれています。
しかし、松野さんが掲げる前提で原子力防災を構築しようとすると、「原子炉格納容器が破損して放射性物質が放出される場合」を想定する必要があります。これまで、国も事業者も、「日本では原子炉格納容器は破損しない」と太鼓判を押してきたのは、そう宣言しないと日本で原発が立地できなかったためです。今になってこの前提を覆す勇気を、日本の原発推進者たちは持ちえませんでした。それがために松野さんが推奨する原子力防災体制を構築することができず、福島第一原発事故に際しても住民保護の対策が後手後手に回ってしまいました。

烏賀陽弘道さんによる『福島第一原発事故を予見していた電力会社技術者~無視され、死蔵された「原子力防災」の知見』2012.05.31(木)の6ページで、以下のように記されています。
『私(烏賀陽さん)にとって不思議だったのは、これほど事故を予見し尽くしていた人材が電力業界内部にいたのに、その知見が無視され、死蔵されたことだ。松野さんにとっても、自分の長年の研究と専門知識が現実の事故対策に生かされなかったことは痛恨だった。
「私の言うことは誰も聞いてくれませんでした。誰も聞いてくれないので、家で妻に話しました。しかし妻にもうるさがられる。『私の代わりにハンガーにかけたセーターにでも話していなさい』と言うのです」
松野さんはそう言って笑う。』

以下次号
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