弁理士の日々

特許事務所で働く弁理士が、日常を語ります。

「吉田調書」問題の推移

2014-08-24 18:08:37 | サイエンス・パソコン
朝日新聞が、入手した「吉田調書」に基づいて1面記事を最初に出したのが5月20日朝刊、「所長命令に違反、原発撤退 福島第一、所員の9割」でした。
朝日新聞デジタル 5月20日(火)3時0分配信
『東京電力福島第一原発所長で事故対応の責任者だった吉田昌郎(まさお)氏(2013年死去)が、政府事故調査・検証委員会の調べに答えた「聴取結果書」(吉田調書)を朝日新聞は入手した。それによると、東日本大震災4日後の11年3月15日朝、第一原発にいた所員の9割にあたる約650人が吉田氏の待機命令に違反し、10キロ南の福島第二原発へ撤退していた。その後、放射線量は急上昇しており、事故対応が不十分になった可能性がある。東電はこの命令違反による現場離脱を3年以上伏せてきた。』

私はこの記事に対し、5月26日のブログ記事『「吉田調書」と福島第2原発への退避』で意見を述べました。
角田隆将著「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日」と朝日記事を対比しつつ、以下のように述べました。
『「吉田調書」の記述は、「門田著書」の記述とずいぶん異なります。
「誰が残り誰が退避するか」という混乱についてはどちらも共通します。一方で、「どこへ退避するか」について両者で大きな隔たりがあります。
門田著書では、吉田所長の発言の中に避難先についての指示は出てきません。一方、伊沢氏をはじめとして残った人たちの発言では、退避先はいずれも2F(福島第2原発)です。
そもそも、第1原発構内で線量の低いエリアなど存在したのでしょうか。第1原発構内で最も線量が低かったのは免震重要棟の中だったはずです。吉田所長による退避命令は、「重要免震棟からの退避」です。そう考えると、免震重要棟からの退避先として福島第2原発が選ばれたことは理にかなっており、さほど非難されるべきとも思えません。

実際、午前9時前後から構内の線量が急上昇し、11930マイクロシーベルトの最高値を記録したわけですから、このとき、第1原発構内の免震重要棟以外の場所で600人が待機していたら、やばかったんじゃないでしょうか。』

その後、私のブログ記事に対して8月14日にxls-hashimotoさんからコメントをいただき、以来、xls-hashimotoさんと私との間でコメント議論を続けてきました。基本的に、「640人は福島第二に退避して正解だった」という内容です。

ちょうどそのときです。産経新聞が「吉田調書」を入手し、8月18日に記事にしたのは。
産経新聞 2014.8.18 11:02
吉田調書 元所員「誰が逃げるものか」菅元首相の絶叫に反発』(2)
『 ◆第1の環境悪化
 午前6時14分ごろ、2号機の方向から爆発のような音が聞こえ、原子炉圧力抑制室の圧力がゼロになったという報告が入った。格納容器破壊の懸念が現実味を帯び、複数の元所員によると、吉田氏は「各班は最少人数を残して退避」と命じ、班長に残る人員を決めるように指示、約650人が第2原発へ退避した。
 調書によると、吉田氏は「本当は2Fに行けと言っていないんですよ。福島第1の近辺で、所内にかかわらず線量の低いような所に1回退避して次の指示を待てと言ったつもりなんですが」と命令の行き違いがあったことを示唆している。朝日新聞は、吉田氏のこの発言などから「命令違反」と報じたとみられる。
 しかし、調書で吉田氏は「考えてみればみんな全面マスクをしているわけです。(第1原発で)何時間も退避していたら死んでしまうよねとなって、2Fに行った方がはるかに正しいと思った」と、全面マスクを外して休息できる第2原発への退避が適切だったと認識を示している。』

吉田調書の内容について、上記産経新聞記事の記述から「前半」と「後半」に分けます。
朝日新聞の5月20日記事では、このうちの「前半」のみが掲載されています。私はてっきり、朝日新聞は「後半」の存在を知りながらそれを隠蔽し、結論をねじ曲げて捏造したのだと思っていました。

ところが、調べてみると、朝日新聞は紙面には書いていないものの、デジタル版(登録者のみ見られる)にはアップしていたようなのです。6月7日JCASTニュース「吉田所長の命令に違反して福島第二原発へ「撤退」 朝日新聞記事を、ジャーナリスト門田隆将氏が批判」には以下のように記述されています。
『朝日新聞は2014年5月20日に特集企画「吉田調書 福島第一原発事故、吉田昌郎所長の語ったもの」を新聞本紙のほか、デジタル版でも配信している。朝日新聞は、非公開になっている政府事故調の吉田氏へのヒヤリング記録、いわゆる「吉田調書」を入手、それをもとに記事を掲載した。
問題になっているのは、記事の中の以下の部分だ。
「本当は私、2Fに行けと言っていないんですよ。ここがまた伝言ゲームのあれのところで、行くとしたら2Fかという話をやっていて、退避をして、車を用意してという話をしたら、伝言した人間は、運転手に、福島第二に行けという指示をしたんです。私は、福島第一の近辺で、所内に関わらず、線量の低いようなところに一回退避して次の指示を待てと言ったつもりなんですが、2Fに行ってしまいましたと言うんで、しようがないなと。2Fに着いた後、連絡をして、まずGMクラスは帰って来てくれという話をして、まずはGMから帰ってきてということになったわけです」(前半)
これに門田氏が2014年5月31日付けの自身の公式ブログなどで異を唱えている。生前の吉田氏に「ジャーナリストとして唯一、直接、長時間」のインタビューをした人物だ。調書の記述を読んでも「『自分の命令に違反』して『撤退した』とは、吉田氏は発言していない」と指摘する。
デジタル版には、3月15日に2号機が危機に陥り、約650人が退避したときのことを振り返る吉田氏の発言が掲載されている。
「いま、2号機があって、2号機が一番危ないわけですね。放射能というか、放射線量。免震重要棟はその近くですから、ここから外れて、南側でも北側でも、線量が落ち着いているところで一回退避してくれというつもりで言ったんですが、確かに考えてみれば、みんな全面マスクしているわけです。それで何時間も退避していて、死んでしまうよねとなって、よく考えれば2Fに行った方がはるかに正しいと思ったわけです」(後半)』

このデジタル版を見れば、650人が福島第二に退避したことは何ら命令違反ではありませんし、最善の選択でした。
前半と後半を通して読めば、吉田所長は「(福島第二ではなく)福島第一とその周辺に退避せよ」とは言っていないし、事後的に「福島第二に行ったことは正しい」と述べているわけです。
朝日がいう「第一原発にいた所員の9割にあたる約650人が吉田氏の待機命令に違反し、10キロ南の福島第二原発へ撤退していた。」などという結論には間違っても到達しません。
後半部分を隠蔽してはじめてなし得る捏造結論です。ところが実は、朝日新聞は紙面では隠していたものの、デジタル版ではこの後半部分をちゃんと公開していたというのです。私はそのことに気づきませんでした。しかし、言論界はもちろん、デジタル版のこの記載に気づいていなければなりません。

ところが、デジタル版のこの公開を根拠にしてその点について反論したのは、この記事にも紹介した角田隆将氏のみのようです。「お粗末な朝日新聞「吉田調書」のキャンペーン記事2014.05.31」

朝日新聞の5月20日記事は、海外でもニュースになったようです。
産経新聞吉田調書 「逃げ出す作業員」「恥ずべき物語」朝日の記事、各国で引用
2014.8.18 11:09によると、
『外国の有力メディアは、「吉田調書」に関する朝日新聞の記事を引用し、相次いで報道した。韓国のセウォル号事故と同一視する報道もあり、「有事に逃げ出した作業員」という印象が植え付けられている。
米紙ニューヨーク・タイムズ(いずれも電子版)は5月20日、「パニックになった作業員が福島第1原発から逃げ出した」と報じた。「朝日新聞によると」という形で、記事では第1原発所員の第2原発への退避を「命令違反」だと報じている。
英紙ガーディアンは5月21日付で「『フクシマ・フィフティーズ(福島の50人)』と呼ばれたわずかな“戦闘員”が原発に残り、ヒーローとしてたたえられた。しかし、朝日新聞が明らかにしたように650人が別の原発に逃げたのだ」と記した。
オーストラリアの有力紙オーストラリアンも「福島のヒーローは、実は怖くて逃げた」と見出しにした上で、「事故に対して自らを犠牲にし果敢に闘った『フクシマ・フィフティーズ』として有名になったが、全く異なる恥ずべき物語が明らかになった」と報じた。
韓国紙・国民日報は「現場責任者の命令を破って脱出したという主張が提起されて、日本版の“セウォル号事件”として注目されている」と報道。韓国で4月に起きた旅客船沈没事故で、船長が真っ先に逃げたことと同一視している。』

朝日新聞の捏造記事は、日本の誇りと国益をどれだけ損なったことでしょう。

「吉田調書」が来週にも公開されるようですね。
原発事故の「吉田調書」、来週にも公開へ
日本テレビ系(NNN) 8月23日(土)1時1分配信

角田隆将さんの最新ブログ
日本人にとって「朝日新聞」とは 2014.08.20」によると、吉田調書には以下のような記述もあるようです。
『吉田調書には、吉田さんが「関係ない人間(門田注=その時、1Fに残っていた現場以外の多くの職員たち)は退避させますからということを言っただけです」「2Fまで退避させようとバスを手配したんです」「バスで退避させました。2Fの方に」とくり返し述べている場面が出てくる。
そして、「本当に感動したのは、みんな現場に行こうとするわけです」と、危機的な状況で現場に向かっていく職員たちを吉田氏が何度も褒めたたえる場面が出てくる。そこには、「自分の命令に違反して、部下たちは2Fに撤退した」などという証言は出てこない。』

「吉田調書」を非公開としていたことから、朝日新聞が調書のつまみ食いで捏造記事を公表する残念な事態となりました。朝日の捏造記事を受けて、海外の新聞では「原発所員が命令違反で逃げ出した」と紹介されたそうです。
こんなことになるのなら、調書を早く公開すべきだったでしょうね。
コメント (44)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« NHKスペシャル2本(ペリ... | トップ | NHKスペシャル・加藤陽子... »
最新の画像もっと見る

44 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
福島第二(2F)への退避 (xls-hashimoto)
2014-08-30 00:11:51
角田隆将さんの5月21日のブログ
お粗末な朝日新聞「吉田調書」のキャンペーン記事
http://www.kadotaryusho.com/blog/2014/05/post_758.html
には次の様な文が記載されています。
「免震重要棟にいた700名には、総務、人事、広報など、事故に対応する「現場の人間」ではない“非戦闘員”も数多く、女性社員も少なくなかった。彼らをどう脱出させるか――吉田所長はそのことに頭を悩ませた。」

例えると
パイロットは、発電課(発電課しかバルブの開閉は出来ません)。
整備兵は、補修課(原子炉、タービン、電気計装等)。
兵站は、総務課、人事課、広報課他。

発電課の線量は大事に使わなければなりません。
全員でいっぺんに現場に入って、全員でいっぺんに250mSvあびると、残り1年は現場に入れなくなります。
バルブ操作できる人間がいなくなります。

放射線管理上は、非戦闘要員と交代戦闘要員は福島第二(2F)に退避させるのが最良の方策です。
現場では、今作業している作業者を残し、交代要員(次の直)が線源から退避する(身を隠す)事を「撤退」とは決して言いません。
使った事がありません。
したがって、現場側から発せられる事はありません。

線源から距離をとること。
作業時間を短くすること。
線源を遮蔽をすること。
は、放射線防護上の大原則です。

高線量の放射性プルームは、風向き次第でどう飛んでくるか分かりません。
福島第二(2F)に退避したのは、そんな線源から距離をとっただけです。
この賢い判断が、なぜ命令違反になるんですか?
返信する
トラックバックを送らせていただきました (白砂青松0715)
2014-08-31 09:39:05
はじめまして。本件についてブログ主さんとは違う見方をしている者であり、弊ブログにも記事を書かせていただいているので、トラックバックを送らせていただきます。

産経の記事、そしてブログ主さんが紹介している門田氏のブログでは、第二原発への退避が正しかったということを主張していますが、それが強調されればされるほど、産経曰く「15日昼ごろには第2に退避していた多数の人が戻った」という事実との落差が際立ってきます。誰が、どういう判断で戻るように命じたのか、それが明らかになれば、この問題の真相はおそらくわかると私は考えます。

朝日の報道の時点から、確かGMクラスは帰って来てくれと吉田氏が言ったとは報じられていましたが、産経が書くように実際に戻って来たのは「多くの人」ですから、やはりその「多くの人」が第二原発に行ってしまったのは、吉田氏・東電が意図するものではなかったという解釈をせざるを得ません。

これを吉田氏は後から、結果的には良かったといったようなことを言っていますが、それは後知恵であり、当初の第二原発退避が吉田氏の命令によるものではないという事実に変わりはないでしょう。
そして、第二原発の退避がそんなに良かったことなら、何故多くの所員をほとんど休息も取らせずに第一原発に戻したのかという点で、吉田氏の調書のこの部分は、会社、所員をかばうために正直に言っていないのであろうと私はみております。

ブログ主さんは、誰がどういう判断で、多くの人を第一原発に直ぐに戻す命令を下したのか、どのように解釈されていますか?


返信する
誰が待避すべきか (snaito)
2014-08-31 09:49:00
白砂青松0715さん、コメントありがとうございます。

私は5月26日、このブログに『「吉田調書」と福島第2原発への退避』記事を書きました。
http://blog.goo.ne.jp/bongore789/e/73d3ea15dda4db91aa84072c712557ef
その中で、
『「吉田調書」の記述は、「門田著書」の記述とずいぶん異なります。
「誰が残り誰が退避するか」という混乱についてはどちらも共通します。一方で、「どこへ退避するか」について両者で大きな隔たりがあります。』
と書きました。
即ち、「退避すべきでない人たちが退避してしまったのではないか」という点では、私も同意見なのです。退避すべきでない人たちにすぐに戻るように命令が下ったことについては、私も妥当だと解釈しております。
返信する
お返事ありがとうございます (白砂青松0715)
2014-09-02 06:52:48
snaitoさん

>「退避すべきでない人たちが退避してしまったのではないか」という点では、私も同意見なのです。退避すべきでない人たちにすぐに戻るように命令が下ったことについては、私も妥当だと解釈しております。

即ち、意図したものではなかった可能性が高いとはいえ、吉田氏の指示なく第二原発に退避してしまった多数の所員が存在したということです。
そして、すぐに戻るように命令したということは、第二原発に退避して結果的に良かったという趣旨のことを調書で述べている吉田氏の言葉は、当時の行動を反映していない、後知恵により自己正当化されたストーリーです。よって、それに依拠した産経新聞の朝日新聞攻撃に妥当性はないというのが、私の意見です。
産経と朝日、どちらが客観的な情報との整合性がとれているかと言えば、それは朝日です。

なお、線量が高いという理由で退避した以上、線量が下がったという事実が存在しなければ戻れという命令には正当性がありません。その事実が無いにもかかわらず、多くの人を第一原発に戻すには、「第二原発への退避は正当なものではなかった」と思い込ませるしか、私には思いつきません。
即ち、彼らは「勝手に持ち場を離れてしまった」という自責の念を抱いて第一原発に戻って行った。でも、退避した自分の行動を正当化するために、一生懸命、第二原発への退避は共通認識だったと言い張っているのでしょう。

私は、その自己正当化を批判するつもりはサラサラないし、誰でもそうするだろうと思っています。
でも第三者たるべきマスコミがそれに騙されてか、意図的に利用してかは知りませんが、その「証言」に依拠して自分の気にいらない人々を攻撃する姿は醜悪としか言いようがありません。
しかも、それが命令に従ったものなら、これまでの東電の全面撤退否定は嘘と言わざるを得ないはずなのに、そこには完全に頬被りですし。

では。
返信する
3月15日の状況 (snaito)
2014-09-02 22:08:40
白砂青松0715さん

3月15日に日が変わった頃、2号機が危機的状況に陥っていました。ベントのために弁を開いていたのですが、3号機の爆発の影響か電気回路が不調となって弁が閉じ、ふたたび開くことはありませんでした。そのためベントができず、格納容器の圧力が異常上昇していました。
吉田所長はこの日、2回にわたって第1原発からの要員の撤退を指示しています。
1回目は午前4時頃でした。格納容器爆発という最悪の事態に備えて、協力会社の人たちに帰ってもらうこととしました。
3月15日午前6時過ぎ。大きな衝撃音がした後、1・2号機中央制御室に詰めていた平野氏らが計器の数値を順次読み取ったところ、2号機サプチャン(サプレッション・チャンバー)の圧力が「ゼロ」になっているのを発見しました。格納容器とつながるサプレッション・チャンバーの圧力がゼロということは、「穴があいた」可能性があります。実際、このときに最も多くの放射性物質が放出し、飯舘村をはじめとする広い地域に放射能をもたらす原因となりました。
免震重要棟に詰める伊沢氏が「2号機のサプチャン圧力ゼロ」を大声で取り次いだ後、吉田所長の指示が飛びました。
「各班は、最少人数を残して退避!」大きな声でした。
「(残るべき)必要な人間は班長が指名すること」
吉田所長のこの指令で、免震重要棟は一種の混乱状態に陥りました。総務などの事務関係の人、女性などはもちろん退避の対象です。エンジニアについて、伊沢氏や吉田一弘氏は、若い人たちには“出なさい”と言っていました。一方で年を取って技術を持った人間は残らなきゃ行けないと思っていましたが、けっこう避難していったそうです。
およそ650人が退避して、免震需要棟に残ったのは[69人」でした。

女性を含む650人の人たちが「どこへ退避すべきか」という点について、「免震重要棟以外の第1原発付近のどこか」が不適切であることは、吉田調書の中で吉田氏自身が述べています。私も、第2原発以外に適切な退避場所がなかっただろうと推測します。
「誰が待避し誰が残るか」ということを吉田所長は指示していません。混乱の中で、本来残るべきだった人たちも退避しましたが、「所長命令違反」とはいえないでしょう。その人たちはその後順次第1原発の免震重要棟に戻ってきました。

第1原発付近の線量については、午前9時頃に大量発生を見ました。このとき、退避した女性を含む650人が免震重要棟以外の第1原発付近に残っていなかったことはラッキーでした。その後、線量は順次低下していったと記憶しています。ですから、線量の低下は実際にありました。

私は、産経新聞記事については直接読んでいません。主に、吉田調書の記載内容を参照して状況を判断しています。
返信する
朝日新聞の残念な所 (xls-hashimoto)
2014-09-02 23:35:22
週間文春WEB
池上彰氏が原稿掲載拒否で朝日新聞の連載中止を申し入れ
http://shukan.bunshun.jp/articles/-/4316

ジャーナリスト・池上彰氏が朝日新聞に対し、連載「新聞ななめ読み」の中止を申し入れたことが明らかになった。朝日関係者が明かす。

「月に一度の連載『新聞ななめ読み』は、池上氏が一つのニュースについて各紙を読み比べ、その内容を自由に論評するもの。8月末の予定稿では、慰安婦報道検証を取り上げており、『朝日は謝罪すべきだ』という記述があった。朝日幹部が『これでは掲載できない』と通告したところ、池上氏から『では連載を打ち切ってください』と申し出があり、その予定稿はボツになったのです。これまでも同連載は、『朝日の記事は分かりにくい』、『天声人語は時事ネタへの反応が鈍い』などの批評を掲載しており、今回の反応は異常ですね」

U+2003池上氏本人に確認したところ、事実関係を認めた。

「連載を打ち切らせて下さいと申し出たのは事実です。掲載を拒否されたので、これまで何を書いてもいいと言われていた信頼関係が崩れたと感じました」

U+20038月5、6日に朝日新聞が掲載した慰安婦報道検証記事について、謝罪が一言もないことがこれまで問題視されてきた。そんな渦中に、池上氏の「謝罪すべきだ」という論評を封殺していたことが明らかになり、今後、朝日新聞の言論機関としての見識が問われそうだ。
返信する
東電のプレスリリースによる3月15日の状況 (白砂青松0715)
2014-09-03 21:14:58
snaitoさん

>女性を含む650人の人たちが「どこへ退避すべきか」という点について、「免震重要棟以外の第1原発付近のどこか」が不適切であることは、吉田調書の中で吉田氏自身が述べています。私も、第2原発以外に適切な退避場所がなかっただろうと推測します。

命や健康を第一に考えれば、放射線量が高いところから、一刻も早く遠ざかるべきなのは自明のことです。
ですから、東電が「全面撤退」を決めたなら、snaitoさんがおっしゃる通り、第二原発への退避で全く問題ありません。

でも、東電や吉田所長は「全面撤退」など考えなかったと言い張っている。だったら、必要な要員は第一原発にとどまるようにさせなければならず、そのような要員にとっての「適切な退避場所」が第二原発であるはずがありません。
その「誰にとっての退避場所」かを、吉田氏もおそらく意図的にごちゃまぜにして、後になって「命令違反」の正当化を図っているというのが、私の認識です。


>「誰が待避し誰が残るか」ということを吉田所長は指示していません。混乱の中で、本来残るべきだった人たちも退避しましたが、「所長命令違反」とはいえないでしょう。その人たちはその後順次第1原発の免震重要棟に戻ってきました。

残念ながら「所長命令違反」でしょう。それが意図的なものではなかったにせよ、後から所長に呼び戻されるような行動を取ったということは、最初の退避は適切な行動ではなかったということです。
snaitoさんは「戻ってきました」と表現していますが、彼らが自発的に、何も言われずに戻って来たとでもお考えですか? そんな人は、最初から退避なんてしないはずでしょ?
実際には、彼らは命令されて戻って来たのであり、それは「最初の退避が命令違反だった」という意識があったから戻って来たのです。

吉田調書の吉田氏も、現在、産経などマスコミであれこれ言っている元所員も、あの退避で69人しか残っていなかった時間帯に、たまたま、大爆発のようなことが起きなかったから、今になって「第二原発への退避は正しかった」などと言えるのですよ。
今、流されている撤退判断に関する彼らの言葉は、後知恵に依拠した自己正当化を含んでいるものだと理解すべきです。

もし、あの時、第一原発で大爆発が起きていたら、残った69人は全員亡くなっていた可能性が高い。また、一旦退避して戻った人々にしたって、その可能性は十分にあった。
そういう命がけの行動に対して「命令違反」と言われることに反発を覚える気持ちはよくわかりますが、そういう感情と、あの退避が東電や所長の意としたものであったのかということは、全くの別問題。
後から考えたら正解だったといくら吉田氏が言ったって、それはたまたま69人しか残っていなかった時に、取り返しのつかない大爆発のような事象が発生しなかったという、幸運に恵まれたから言えたことであり、もし大爆発が起きていたら、「あの退避は命令違反だった、必要な人員がいなくて対処できなかった」と吉田氏は(生き残っていれば)言ったはずです。

ちなみに、この時の東電のプレスリリースは以下の通り。

--
福島第一原子力発電所の職員の移動について
平成23年3月15日
東京電力株式会社
福島第一原子力発電所

 本日、午前6時14分頃、福島第一原子力発電所2号機の圧力抑制室付近で異音が発生するとともに、同室内の圧力が低下したことから、同室で何らかの以上が発生した可能性があると判断しました。今後とも、原子炉圧力容器への注水作業を全力で継続してまいりますが、同作業に直接関わりのない協力企業作業員および当社職員を一時的に同発電所の安全な場所などへ移動開始しました。
 現在、福島第一原子力発電所では、残りの人員において、安全の確保に向け、全力を尽くしております。

(略)

http://www.tepco.co.jp/nu/f1-np/press_f1/2010/htmldata/j110315a-j.pdf
--

「一時的に同発電所の安全な場所などへ」です。
第二原発なんてどこにも書いていません。それが当時の東電の意志。
あれが「所長命令違反」と言われるのは、原発で飯を食っていた以上、甘受するしかないでしょうね。


>第1原発付近の線量については、午前9時頃に大量発生を見ました。このとき、退避した女性を含む650人が免震重要棟以外の第1原発付近に残っていなかったことはラッキーでした。その後、線量は順次低下していったと記憶しています。ですから、線量の低下は実際にありました。

snaitoさんの認識と「実際」には大きな乖離があるようです。
東電のプレスリリースにはこうあります。

--
3月14日
21:35 モニタリングカーで 500μSv/h を超える線量(760μSv/h)を計測

3月15日
6:50 正門付近で 500μSv/h を超える線量(583.7μSv/h)を計測
8:11 正門付近で 500μSv/h を超える線量(807μSv/h)を計測
16:00 正門で 500μSv/h を超える線量(531.6μSv/h)を計測
23:05 正門付近で 500μSv/h を超える線量(4548μSv/h)を計測

http://www.tepco.co.jp/cc/press/betu11_j/images/110618l.pdf(抜粋)
--

午前9時頃に大量発生を見たという事実が存在しませんし、順次低下なんてとんでもない。午後11時には、朝、第二原発に退避した時点での線量の8倍の線量が記録されています。線量が下がったからと戻らせたなら、この時、再度退避命令が出なかったことが説明できません。

>主に、吉田調書の記載内容を参照して状況を判断しています。

東電のプレスリリースも参照されることをおすすめします。こちらは、脚色する余裕なく、そのまま状況を発表したものが数多く見られます。
吉田氏の調書だけでは、申し訳ないけど、自分、東電、そして所員の行動を何とか正当化したいとする彼の思いに引きずられます。

返信する
吉田調書 (snaito)
2014-09-04 06:01:04
福島第一原発(1F)構内の放射線量について、時系列の推移グラフが知られています。3月15日についてみると、100μSev/h程度だった線量が突然上昇し、1万μSev/hを超えたのは朝9時前後でした。その後、その日の昼から夕刻にかけては線量が順次低下しました。
吉田調書の「2Fに着いた後、連絡をして、まずGMクラスは帰って来てくれという話をして、まずはGMから帰ってきてということになったわけです」は15日の午後と思われるので、線量が順次低下していた時点であることは確かです。再度1F構内の線量が1万μSev/h弱まで急上昇するのはその後、午前0時前後のことです。

白砂青松0715さんは、1F構内の線量推移グラフをご存じないようですね。

そうすると、「1F構内の線量が1万μSev/hを超えた朝9時頃、女性を含む650人が1Fの付近で免震重要棟以外の場所に滞在していたら、一体どんな大惨事になっただろうか」という問題意識はお持ちではないのですね。

下命者が命令したつもりでも受命者が聞いていなければ、受命者がその命令に違反する行為を行っても命令違反とはいえません。
「たとえ『GMは1Fにとどまれ』との明示の命令がなくても、GMが2Fに退避することは服務規程違反ではないか」との論点がありますが、そのGMが「ここにいたら確実に死に至る」と確信したとき、2Fに退避する行為が本当に東電の服務規程違反か、という点については検証が必要です。

1Fの現場で最も不足していたのは、消防車の運転員です。1Fでは消防車の運転は協力会社社員が行っていましたが、協力会社の社長が許可しない限り1Fに戻れません。消防車を運転できる社員が、泣きながら社長を説得して1Fに戻れた、という話もあります。

ところで白砂青松0715さんは、角田隆将著「死の淵を見た男」はお読みでしょうか。
返信する
人間は自己正当化します (白砂青松0715)
2014-09-04 22:41:03
snaitoさん

>3月15日についてみると、100μSev/h程度だった線量が突然上昇し、1万μSev/hを超えたのは朝9時前後でした。

すみません、私はテーブルの方を見ていましたが、朝9時のデータは見間違えていました。

>吉田調書の「2Fに着いた後、連絡をして、まずGMクラスは帰って来てくれという話をして、まずはGMから帰ってきてということになったわけです」は15日の午後と思われるので、線量が順次低下していた時点であることは確かです。

朝9時に線量が上昇していたのはその通りでしたが、この認識は誤りです。
新聞報道は見ていらっしゃらないのかもしれませんが、

産経『15日昼ごろには第2に退避していた多数の人が戻った。』
毎日『2時間ほど仮眠を取った後、上司に起こされ第1原発に戻ってくれと言われた。4号機で火災が発生し、人員が必要だという。』

戻れとの命令が下されたのは明らかに15日の午前中です。ちなみに、4号機の火災発生が確認されたのが9:38。
そして、第一原発の線量は10:15に8837μSv/hを記録しています。

彼らが線量が下がったから戻ったのではないことは、このデータと夜間に再度退避しなかった事実が証明しています。

>「1F構内の線量が1万μSev/hを超えた朝9時頃、女性を含む650人が1Fの付近で免震重要棟以外の場所に滞在していたら、一体どんな大惨事になっただろうか」という問題意識はお持ちではないのですね。

知っていても、問題意識は持ちません。
現に多数が戻った後に線量が大幅に増加しているのに、大惨事が起きたとは言われていませんから。
それともブログ主さんは東電が3月15日夜に起きたはずの大惨事を隠しているとおっしゃるのですか?

そして、そもそも、彼らは原発のプロのはずです。線量が増加したら大惨事では、お話になりません。
たしかに、そんな場所にいないで済むならそれにこしたことはありませんが、「線量が上がりました、後は何もできません」なら、そもそも原発なんてやるなってことです。

私も、自分の仕事の関係で、そのまま漫然と居続けていたら大惨事となる可能性のある環境に身を置くことが稀にありますが、その場合は事前に着装訓練を受けていた保護具を着けて、その大惨事の元が絶たれるまで待機するか、自分で元を絶ちに行きます。
もちろん、事態が制御不能になって、自分の身を守るために撤退しなければならない(幸いまだその経験はありませんが)ことも起こり得ます。
ただ、それをやるなら、「逃げた」という批判は甘んじて受けるしかないと思っていますし、「全面撤退」しましたと正直に言い、撤退の結果として周囲に迷惑をかけたなら、誠心誠意謝るしかない、と覚悟しているつもりです(本当にそうなった時、絶対に自己保身には走らないと言い切れる自身もありませんが)。実際、そういう問題を起こした同業他社は、世間からの強い非難を浴びて平身低頭、さらに巨額の賠償金を支払わされましたけど、内輪での責任の押し付け合いはしても、外部の介入の所為にしたり、不可抗力と言い張ったりはしませんでしたね。
まあ、逃げたっていいけど、それならそれで正直にギブアップしましたと言いなさいってことです。

とは言え、当事者が自己正当化してしまうのは致し方ない面がある。だからこそ、第三者は当事者のそういった感情に引きずられないように気をつけなければならないのに、それをマスコミなどが無批判に垂れ流すのは、事故の再発防止という観点からは非常に問題ありの行動であり、あれを「命令違反」と呼ぶ朝日の方が真っ当だということです。

>下命者が命令したつもりでも受命者が聞いていなければ、受命者がその命令に違反する行為を行っても命令違反とはいえません。

残念ながら命令違反でしょう。
そう言われたくないなら、はっきりした命令を出さなかった吉田所長の責任を、所員の皆さんは追及すべきです。
あいつがちゃんと命令していれば、こんなことを言われることはなかった、と。
それでこそ、次に教訓として生きるというもの。
朝日新聞に文句をつけるなど、筋違いもいいところです。

少なくとも普通の組織では、組織の意とするものと違う行動を構成員が取り問題となった時、まずその構成員の責任が問われます。そして、その構成員が上司の指示に従ったまで、あるいは上司の指示など聞いていなかったと主張したら、今度はその上司の責任が問われます。

起きてはならないことが起きた時、上司は指示した、部下は指示など聞いていなかった、だからどちらもお咎めなし、なんて主張が平気でまかり通る組織がこの東電以外にあったらお目にかかりたいものです。少なくとも私の所属する組織ではあり得ないことです。

>そのGMが「ここにいたら確実に死に至る」と確信したとき、2Fに退避する行為が本当に東電の服務規程違反か、という点については検証が必要です。

おそらくそれは服務規程違反じゃありませんね。
どの会社だって、社員が己の身を守る行動を否定などできないはずです。
逆にそれを妨げるような服務規程を設けているとしたら、それが公序良俗に反するということで無効とされるでしょう。

でも、そんなに重要な立場にあるGMクラスが、「ここにいたら確実に死に至る」と確信して第二原発に退避したなら、それは「第一原発は放棄すべき」と判断したのと同義でしょう。それを、彼らは正直に語っているでしょうか?
また、あの時逃げたGMクラスの人々が所長指示に従うだけと思っていたなら、それは退避の時に「会社は全面撤退を決めた」と認識したということでしょう。それを、彼らは正直に語っているでしょうか?

まさか「ここにいたら確実に死に至る」と思ったけど、自分たちが逃げても第一原発はカタストロフ的大惨事を引き起こすとは思わなかった、なんて言いませんよね。

>1Fの現場で最も不足していたのは、消防車の運転員です。1Fでは消防車の運転は協力会社社員が行っていましたが、協力会社の社長が許可しない限り1Fに戻れません。消防車を運転できる社員が、泣きながら社長を説得して1Fに戻れた、という話もあります。

そのエピソードが事実であるという根拠がありませんね。
申し訳ないけど、かなり盛っているお話としか読めません。
だって、いくら社長を説得したって、東電からの指示が無ければ戻れるわけないんですから。

おそらく起きていたのは、残すつもりだった消防車の運転員まで退避してしまった、東電は協力会社の社長にすぐに戻すように命じた、社長は社員の健康を案じて抵抗したが、東電に「退避は命令違反だった」と脅されて、泣きながら社員を説得して戻ってもらった、といったところでしょう。
自発的に戻るような社員がそもそもなんで退避したのか、そして何で戻る気になったのか、社員個人が戻るべきという情報をどうやって得たのか、東電の許可なくどうやって戻れたのか、このエピソードは不自然なところだらけです。

まあ、現場で苦労した人々が、自分を美化しながら語るのは仕方ないし、それくらいは大目に見ましょうとも思います。でも、第三者がそれを鵜呑みにしたら、事故の真相は見えてこないし、再発防止からはどんどん遠ざかりますし。

>ところで白砂青松0715さんは、角田隆将著「死の淵を見た男」はお読みでしょうか。

門田隆将の著書ですか?
ブログは見ましたけど、本は読んでいません。
--
『死の淵を見た男』の取材で100名近い関係者の実名証言を得ている私は、NHKの「NHKスペシャル班」も相当、現場への取材を展開し、深く食い込んでいることを知っている。
そして、共同通信の現場への食い込み方は、やはり活字媒体ならでは、の思いが強い。しかし、朝日新聞だけは、現場取材の痕跡がない。「ひょっとして朝日は現場に取材もしないまま、あの記事を書いたのではないか」と、どうしても疑ってしまうのである。
現場を取材する他紙の記者たちの中にも、今は、あの時の“現場の真実”を知っている記者たちが多くなってきた。彼らは、今回の朝日の「吉田調書」キャンペーンには、実に冷ややかだった。そこには、裏取りが不完全なまま「9割の人間が逃げた」と書いてしまう同業者に対する諦めと怒りがあるように私には思えた。

http://www.kadotaryusho.com/blog/2014/07/post_763.html
--
このように、自分を美化している人々に思いっきり引きずられているのがミエミエですから。

まあ、美談仕立てにした方が本が売れるということでしょう。でも、ここまで「関係者」に取り込まれてしまっては、事故を分析する上では、彼の書いたものは反面教師としてしか使えません。

ところでブログ主さんは、退避当時、

『同作業に直接関わりのない協力企業作業員および当社職員を一時的に同発電所の安全な場所などへ移動開始しました』

と言っていた東電は、

>「1F構内の線量が1万μSev/hを超えた朝9時頃、女性を含む650人が1Fの付近で免震重要棟以外の場所に滞在していたら、一体どんな大惨事になっただろうか」という問題意識

を持っていない会社だった、そのように判断しておられるということですか?
返信する
まずは、法律(線量限度)を守ることです。 (xls-hashimoto)
2014-09-05 01:10:57
「労働安全衛生規則及び電離放射線障害防止規則の一部を改正する省令」
http://web.sapmed.ac.jp/radiolb/rt/badge/luxel/syokai/gendo/gendo.html

内部被曝を含めて50mSv/年です。
これを超えると法令違反で罰せられます。
絶対超えてはいけません。
被曝事故としてマスコミが大々的にとりあげます。

吉田所長の発言は、福島第二に退避しろと命令しなかった自分を、放射線のプロとして恥じているのだとしか私にはとれません。

福島第二に行ったことで、線量限度超えという法律違反の発生を低減することが出来ました。

また、吉田所長は「本当は2Fに行けと言っていないんですよ。福島第1の近辺で、所内にかかわらず線量の低いような所に1回退避して次の指示を待てと言ったつもりなんですが」と言っています。
これを聞いた人が放射線管理の知識を持っていたら、「福島第1の近辺で、所内にかかわらず線量の低いような所」として、即座に福島第二を思いうかべます。
2Fとは言っていない、しかし、福島第1の近辺で線量の低い所(放射性プルームが流れて来ても耐えれる所)といえば、福島第二しかありません。
どこも、命令違反をしていません。
返信する

コメントを投稿

サイエンス・パソコン」カテゴリの最新記事