弁理士の日々

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君津製鉄所の思い出

2021-07-02 16:10:13 | 趣味・読書

群れる文化が巨木を枯らす――九州製鐡崩壊を目にして――
この小説については、すでに一度読み終えてこのブログにも4年前にアップしています。
群れる文化が巨木を枯らす 2017-01-09

今回、また読んでみました。
小説の舞台は、東亜製鐵木更津製鐵所です。東亜製鐵は、九州製鐵と北海道製鐵が1970年に合併してできた製鉄会社です。
木更津製鐵所の製鋼部には、♯2CC(第2連続鋳造設備)が建設され、1980年に操業を開始しました。小説は、♯2CCの計画、特徴、優れた品質を軸として進行します。それまで、連続鋳造設備は「湾曲型」といわれる形式がメインでしたが、♯2CCは「垂直曲げ型」を採用し、それによって従来にはない優れた品質の製品を実現しました。

鋼の連続鋳造では、溶鋼が注入される鋳型の上端において、鋳型壁は垂直下方を向いています。湾曲型においては、鋳型部から半径10m程度の円弧になっており、鋳造された凝固シェルはその円弧に沿って下降し、下端で水平になったところで曲げ戻し矯正されて水平に向きます。
垂直曲げの場合、鋳型上端から下方に2~3mは垂直のまま直線状であり、そこで曲げ矯正されて半径10mの円弧となり、その後、水平になったところで曲げ戻し矯正される点は湾曲型と同様です。
このように、鋳型とその直下に垂直部を有しているか否かが、垂直曲げ型(VB:Vertical Bending)と湾曲型の違いです。

現実の千葉県木更津市に木更津製鐵所は存在しません。木更津市の隣が君津市で、君津市には日本製鉄の君津製鐵所が存在します。君津製鐵所は、新日鐵と住金との合併前は新日本製鐵君津製鐵所でした。

私は、1973年から1986年までの間、この君津製鉄所に勤務し、その期間の大部分を製鋼部・製鋼技術に所属していました。
1980年、君津の製鋼工場に第2連続鋳造装置(2CC)(No.2 Continuous Casting)が稼働しました。2CCは垂直曲げ型のマシンです。まさに、小説中の東亜製鐵木更津製鐵所における2CCと全く同じシチュエーションです。
君津2CCは立ち上げ当初、鋳造する鋳片の表面割れが多発していました。2CCの稼働開始後まもなく、私は2CCの品質を改善する業務につくことになりました。
2CCの鋳片割れは、鋳片下面側のコーナー部に発生します。下面側に引っ張り応力が発生するのは、連続鋳造鋳型の直下にある鋳片の曲げ部です。従って、2CCの下面側コーナー割れは、曲げ部で発生していると推定できます。垂直曲げ型連鋳機特有の表面疵といえます。

自分の来し方を辿ってみた 2021-04-10」でも記載したように、2CCの鋳片の割れ発生を解決するに至った成果が、以下の発表に記述されています。
『討 12 連鋳スラブにおける表面割れ疵の改善(II 連鋳鋳片の品質と鋼の高温における力学的特性, 第 104 回講演大会討論会講演概要) ID 110001488738』
鐵と鋼 : 日本鐡鋼協會々誌 68 (10) A161 - A164 1982-08-01 社団法人日本鉄鋼協会
上記文献をネット上で見つけることができませんでしたが、つい最近、印刷したものを私が持っていることに気づきました。そこで、その印刷物をスキャンしてネットにアップしました。
討 12 連鋳スラブにおける表面割れ疵の改善(II 連鋳鋳片の品質と鋼の高温における力学的特性, 第 104 回講演大会討論会講演概要)
不鮮明な印刷物で申し訳ありません。

連続鋳造中、鋳片の当該部が引っ張り変形を受ける際、当該部位の延性が劣化していると割れが発生します。われわれは、「グリーブル試験」でサンプルに種々の熱履歴を加えた上で、引張り試験を行って延性を評価しました。その結果、連続鋳造の鋳型下で曲げ部に到達するまでに、一度低温に下がってその後復熱した熱履歴を経た場合に、延性が低下することを見いだしました。
この結果に基づき、鋳型直下における鋳片短辺の冷却水量を大幅に低減したところ、見事に鋳片下面側のコーナー割れが消滅したのです。

当時、グリーブル試験は基礎研に依頼して行いました。製鋼部で勤務する私は、夜遅く、ちょっと離れたところにある君津技研の荻林さんをたずね、グリーブル試験の熱履歴水準について打ち合わせました。そのときに「一度急冷してその後復熱する熱履歴パターンをやってみましょう」と提案して実験したことが、問題解決に繋がりました。

こうして、日本製鉄で最初の垂直曲げ型連鋳機において、表面疵の問題が解決したのです。
小説にはこの話(2CCの表面疵改善)は残念ながら出てきませんでした。

連続鋳造で鋳型内に注入された溶鋼中には、ミクロン単位の大きさの非金属介在物(主に金属酸化物)が懸濁しています。非金属介在物がそのまま鋳片中に混入すると、製品欠陥の原因となります。非金属介在物は溶鋼よりも比重が軽いので、鋳型内の溶鋼中で浮上しようとします。
従来の湾曲型の連鋳機の場合、浮上しようとした非金属介在物が、湾曲した凝固シェルの上面側にトラップされてしまいます。それに対して、鋳型下に2.5m程度の垂直部を有する垂直曲げ連鋳機の場合、溶鋼中の非金属介在物は垂直部内で浮上して溶鋼から除去されるため、非金属介在物の少ない清浄な鋳片を製造することができます。
これがために、現在のスラブ連鋳機はそのほとんどが垂直曲げ型に改造されているのです。

当時の新日鐵では、君津2CCが社内で最初の垂直曲げ型でした。他のスラブ連鋳機はみな湾曲型です。
当時、飲料缶の素材として、アルミ缶とスチール缶が覇を競っていました。極端な深絞りで成型されるため、鋼中の非金属介在物を極端に嫌います。スチール缶用のブリキ材を製造する連鋳機では、非金属介在物を低減するために血の出るような努力をしていました。君津はブリキを作っていませんでしたから、その苦労は経験していません。
八幡製鉄所の連続鋳造機がブリキ材を製造していました。

小説「群れる文化が巨木を枯らす」の中に、木更津2CCで鋳造した鋳片を八幡で評価し、ブリキ向けとして非常に良好な品質だった、という話を題材としたネタが出てきます。八幡製鉄所の当事者は草場さん、になっています。草場さんからの依頼で木更津♯2CCでスラブを鋳造し、草場さんが品質評価を行い、その結果が良好だったので「八幡で新設する連鋳機を、湾曲型から垂直曲げ型に変更したい」と本社に掛け合ったところ、本社は「そんな話は木更津から報告を受けていない」とつむじを曲げた、というストーリーでした。
実話では、君津製鉄所側の窓口は私でした。八幡製鋼技術からの依頼で、君津2CCでスラブを鋳造し、八幡に送りました。しかし、小説中に私は登場していませんでした。小説中に記載されていたような本社とのトラブルが実話でもあったのか否か、その点も私は全く知りません。

その後、新日鐵の主要な連続鋳造機は、続々と湾曲型から垂直曲げ型への改造を行うことになりました。

いずれにしろ、小説を再読して、30年以上前の出来事を回想したのでした。
コメント
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