acc-j茨城 山岳会日記

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会津朝日岳~丸山岳~会津駒ヶ岳縦走

2001年05月15日 12時28分10秒 | 山行速報(登山・ハイキング)

2001/5中旬 会津朝日岳~丸山岳~会津駒ヶ岳縦走

いわなの里~三吉ミチギ

今年も春がやってきた。 
残雪の南会津にやってきた。

思えばこの山域との付き合いは長い。 
本格登山に目覚めたのも田代山がきっかけであった。 
その頃から奥只見の山塊には淡い憧れを抱いていた。

いわなの里を過ぎ、いきなりの徒渉にもめげず緩やかな登山道を歩く。 
残雪を眺めながら夏道を行くと、いたるところに遅い春の訪れを愛でる事が出来る。 
ブナの素晴らしい新緑に気を良くしながら汗すると三吉ミチギの水場に着いた。

 

三吉ミチギ~叶の高手

ぼんやりとした憧れに輪郭が出来てきたのが、3年前だった。 
どうやら歩けるらしい事を登山雑誌で知った。 
しかし、情報は何も無かった。 
何時、どの稜線を何日で歩けるのか? 
8枚の地形図を床に広げ、稜線を繋げていった。 
それが「会津朝日岳-会津駒ケ岳縦走路」だった。

赤倉沢上部は残雪の急斜面を登る。 
途中で装着したアイゼンとピッケルがこの上なく頼もしい。 
気温が上昇し始め、小規模な雪崩が起き始めた。 
ザザザ・・・ズズズ・・・とあまり気持ちの良いモノではない。 
息を切らしながら少し急いで尾根へ出ると「人見の松」。 
さらに高みを目指し、叶の高手へ到着すると、ようやく 会津朝日岳の威容が眼前に広がる。

 

叶の高手~朝日岳避難小屋

稜線は果たして歩けるのか? 
決定的な確信は持てずにいた。 
そんな時、「南会津アルプス縦走路構想」を知った。

叶の高手から緩やかなアップダウンを繰り返すと、 今宵の宿、朝日岳避難小屋へ到着だ。

なんだか体調が優れない。着いた早々、昼寝をする。 
意味不明の断片的なシ-ンが瞼の裏に展開する。 
どうも夢見がよろしくない。 
心と体のバランスが微妙なズレを生じていた。 
「俺、なんで山なんか登ってるんだろう。」 
そうだ、4連休の全てをそのまま山に充てるとは、まさに父親失格。 
様々な思いが体を突きぬけていく。私は虚脱感に襲われた。

夕日が青空を燃やす。燃え尽きて暗闇になる前に 明日に備えて寝てしまおう。 
嫌な事も、寂しい事も、後悔の念も忘れて寝てしまおう。 
今、出来る事はそれぐらいなものだ。

 

会津朝日岳避難小屋~会津朝日岳

野鳥は夜明けに敏感だ。 
闇が闇でなくなった時、野鳥は第一声を放つ。 
そのときこそが夜明けの瞬間だ。

会津朝日岳への登りは短いながら、その急登に息も切れる。

山頂着。無風快晴。体調、気分とも良好。

 

会津朝日岳~大幽朝日岳

鋸刃峰付近の稜線上に残雪は残っていなかった。 
当分はヤブをかき分け、自由を奪われながら進むほかないようだ。

私は一年半前、ココに訪れた事を思い出していた。 
猛烈なネマガリタケ、しつこく行く手を阻む潅木。 
縦走路走破の士気も、深く密集したヤブにみるみる削ぎ落とされていった。 
結果、この道は開けなかった。

あの時幕営した場所に出た。ここから先は良い思い出が無い。 
不安がよぎる。しかし進まなければ道は開けない。 
この先、縦走路を歩けるか歩けないかという問題ではない。 自分が先に進むか、戻るかの選択だ。 
答えはもちろん決まっていた。

 

大幽朝日岳~丸山岳

大幽朝日岳の手前で稜線に残雪が出てきた。 
雪の回廊はアイゼンも良く効き、快適だ。 
たまにヤブも出てくるが、かまわずアイゼン着用のまま歩き続けた。

一歩ごとに大きくなっていく南会津最奥の盟主、丸山岳はひっそりと、 そして堂々と行く手に鎮座する。

どうにかここまでたどり着いた。 
ここまで来れば「戻る」と言う選択肢はない。 
雪の無いここまでの道がこの山行の核心と言えた。 
長い間ヤブにさらされた手は傷だらけであった。 そんな汚い手がとても頼もしく見えた。


ガスの丸山岳山頂丸山岳

生憎、山頂手前からガスが濃くなり、山頂に着く頃には何も見えなくなってしまった。 
憧憬の頂にたどり着くも、これではお手上げ。 
何事もそうそううまくは行かないものだ。 
「ガス男」 
そんな言葉が頭をよぎった。 私は天候の回復を待つ事にした。猶予は一時間。

・・・・静かな時がゆっくりと流れていく・・・・・。

が、ガスは一向に晴れない。かえって風が強くなってきてしまった。 
仕方が無い。少し下って幕営しようと行動を起こすも ホワイトアウトと広くなだらかな地形の山頂をしばし彷徨。 
コンパス首っ引きでようやく山頂を下り、 シラビソ林の中にテントを張った。

丸山岳~高幽山

寒さに目を覚ました。 
シラビソの木々は相変わらず強い風にざわめいている。 
空には満天の星空が広がり、今日の好天を約束してくれていた。 
現在地と進路の確認の為、空身で偵察に出ると地図を見るまでもないほどに 進むべき稜線が良く分かった。

丸山岳を越えてからは昨日と違う景観が展開する。 
燧ケ岳、日光白根、平が岳・・・第二幕の始まりと言った所だ。

高幽山~窓明山

快調に進んできた「残雪回廊」も窓明山の肩で途切れた。 
ヤブが行く手を阻む。

私は体にまとわりつく枝葉を一つ一つ知恵の輪のように解いていく。 
ほんの数メ-トルすすむのに息が切れる。 
ようやく雪に埋もれた窓明山に着いた時には精根尽き果てていた。 
「俺、なんで山なんか登ってるんだろう。」 
考えてみれば、何故こんな苦労をしてまで山に登るのかとても不思議だ。

山頂脇に雪解け水が小さな流れを作っていた。 
渇ききった体にその天然水は目眩がするほど美味かった。 

窓明山~三岩岳避難小屋

この場所へ来るのはこれで二度目となる。 
三岩岳避難小屋。 
昨年は自分の凋落を叱咤し強行下山した。 
あの時はバテバテだった。まるで産卵を終えたサケのようだった。 
しかし過去があって今がある。

そう。父親失格かもしれない。たしかに急登は辛い。 
「なんで山に登るのか」と問われたら自分自身よく解からない。 
理由など無い。 
辛くても、寂しくても、なぜかまた行きたくなってしまう。それが今なのだ

私の過去の点と点は繋がった。 

三岩岳~会津駒ケ岳

いわなの里は標高536m地点にある。 
会津朝日岳は1624m。丸山岳は1820m。 
そして三岩岳は2065m。 
地味に地味に高度の上げて下げてを繰り返し、とうとう2000mの稜線を 歩く。

三岩岳から見た駒ケ岳は近い。 
しかしその稜線は大きなうねりを形成しており、意外と時間がかかる。 
シラビソ帯の迷路をぬけて、最後のひと踏ん張りで会津駒ケ岳の山頂だ。

ようやく縦走路は開けた。 
感動というより、安堵の気持ちが大きかった。 
良くやったというより、条件が良かった幸運に感謝したかった。 
何より嬉しいのは、今この青空を喜び合える人のいない孤独が終わる事だった。

 


会津駒ケ岳~桧枝岐

肩の小屋から10人くらいの人々が現われた。 
山頂から下山途中、挨拶をした。 
人を見るのは四日ぶり、家を出発して以来の会話をした。 
なんだか、久しぶりで照れてしまった。

肩の小屋は予想に反して営業を開始していた。 
すかさずスカッとさわやか飲料をオ-ダ-して小屋番さんと歓談。 
いくつかの情報をもらいノ-アイゼンで下山開始。

残雪の下山は滑りながら快調に高度を下げられる。 
高度を下げると共に気温も上昇してくる。 
桧枝岐はまるで夏のようであった。

桧枝岐~いわなの里

バスを乗り継ぎ、最後はタクシ-でいわなの里へ戻ってきた。

温かい風呂に入る。風呂上がりにはボタン一つで甘露な飲み物が飛び出てくる。 金具をひねればキレイな水が出、時速60kmという高速移動が可能である。 
人里は非常に刺激の強い場所だ。

独りが嬉しい時もある。もちろん人恋しい時もある。 
辛いと思う事があれば、辛さが懐かしい時もある。 
頑張る自分もあれば、頑張れていない自分がクヤシイ時もある。 
満たされる時も不完全燃焼の時もある。

自分を見つめて道を歩き続ける。 
その先にはいつも何かがある。 
それがなんだかとっても大切なモノのような気がして 

そうしてまた歩きたくなる。 

sak

 

◆コ-スと時間

第1日 
いわなの里(6:45)-叶の高手(11:00)-朝日岳避難小屋(12:00)

第2日 
小屋(5:10)-会津朝日岳(6:00)-大幽朝日岳(9:30)-丸山岳(13:30/14:30)-丸山岳東・幕営地点(16:30)

第3日 
幕営地(4:50)-梵天岳(6:40)-高幽山(8:00)-坪入山(11:00)-窓明山(13:20)-三岩岳避難小屋(14:50)

第4日 
小屋(4:05)-三岩岳(4:50)-大戸沢岳(6:40)-会津駒ケ岳(7:45/8:10)-駒の小屋(8:20/8:45)-登山口林道(10:20)-桧枝岐(10:45)・・・いわなの里(14:40)