acc-j茨城 山岳会日記

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山でのあれこれ、便りにのせて


ただいま、acc-jでは新しい山の仲間を募集中です。

南房総・烏場山

1999年11月30日 17時02分22秒 | 山行速報(登山・ハイキング)

1999/11/下旬 南房総・烏場山

遅く起きた朝は穏やかな天気の 低山日和だった。

「どっか行こうか?」そんな言葉が自然と出てきた。 
私の頭には言ったそばから、南房総の烏場山があった。

烏場山への山道は「花嫁街道」とも呼ばれ、千葉県でも1・2を争う 人気のコ-スであるらしい。 
防寒具と弁当、ガイドブックをザックに詰め込んで、自宅から2時間。 
家族3人、登山口に立つ。


暗い林の中、岩上に”靴下”が・・・


程なく歩くと、急登となる。 
しかし、それも10分ほどで終わってしまう。 
林の中に平坦な山道が続く。

岩に”靴下”が干してある。

持主が取りにこない以上、誰が片づけるのだろうか? 
はたまた、こんな暗い植林でなぜ干し物をするのか? 
さらに、靴下を忘れ裸足で帰った?用意万端、予備靴下があった? 
だいたい、水気のないここでなぜ靴下が濡れたのか? 
謎は深まるばかり・・・。

「花嫁も、近寄りがたし、岩上の、靴下だけは、見て見ないふり」。


房総の山々と太平洋


第一展望台に立つ。 
随分高い所まで来たことを実感すると同時に山間から太平洋が望める。

この頃から「どうやって花嫁は嫁いだか?」という話題が持ち上がる。

花嫁行列を成して、角隠しなぞ頭にのせて歩いた説と 
最低、身の回り品を携えて、身一つで嫁いだ説。

夫婦共々、後者と推察。 
「なんだか夢がないねぇ」と妻は笑う。私も笑う。

迫力のマテバシイ純木樹林

第二展望台を下ると迫力の天然劇場 と出会える。 
マテバシイの純木樹林がそれである。

株立ちのマテバシイのみで形成された林は密集した枝の為、見通しが利かず、 石を投げると跳ね返りそうなほどであった。

そんな林をじっくり眺めながらゆっくりゆっくり歩を進める。

石を抱く「経文石」

さくさく歩くとお次は「経文石」 に着く。
木に抱かれた石がある。いつしか自然に出来上がった造形なのだろう。 
それにしても期待していた以上に見所が多い。この先には「自害水」なる意味深な水場もあるようだ。

しかし、「自害水」なる所は水も涸れており、通過するだけとなる。 
この水場の名の由来となるエピソ-ドを悲しげに作り上げ盛り上がる私達。 
本当のことは未だ知り得ないが、山登り共々そんな会話が妙に楽しい。


快適な休憩場所


見晴に出た。 
ベンチ、展望、日だまり・・・最高の休憩スポットである。

本日のランチは「おにぎり」。日帰り登山の定番メニュ-である。

気持ちの良いここでゆっくり1時間の休憩。 
私は寝転がり空を眺め、息子はワケも分からずはしゃいでいる。 妻といえばその息子に振り回されて大変なようだ。

烏場山山頂の花嫁さん


烏場山はそこから10分ほどで着いた。 
山頂には花嫁が三つ指たてている石像があった。

私も三つ指たてて記念撮影。

そう言えばここはもう「花嫁街道」でななく「花園山ハイキングコ-ス」なのだ。

千手観音のようなマテバシイ

 

下山路は緩やかな花園山ハイキングコ-スを 着実に下っていく。

思わず歌でも口ずさみたくなる山道だ。

♪「あるぅひ、森の中、くまさんに、であ~った。」

みんなで歌い始めた、その時。ある疑問が涌いてきた。 
なぜ、くまさんはお嬢さんに「御逃げなさい」と告げたのか? 
その考察で、またもや喧喧諤諤。討論会ハイクと相成る。


結局は


その熊は心やさしい熊で恐くはなかったのだが、 この森には自分以外にとてつもなく恐い動物が多い為 心配になり、「御逃げなさい」といったものの、 逃げていったお嬢さんがイヤリングを落としたことに気づいたやさしい熊は、 お嬢さんを追いかけて「御待ちなさい」と声をかける事となった。
という考察が 一番妥当なスト-リ-だろうということになった。

海より先に山が暮れる


辺りが薄暗くなってきた。この時期 さすがに暗くなるのが早いのだ。 
したがって残念ながら黒滝は通過するだけとした。

思いがけずに出発し、思いがけずに暮れていく。

今日はなんにもない一日だった。 
日々の焦りも嘆きも喧燥も忘れ、邪念のカケラもない、逍遥。

なんにもない、想い出深き、素晴らしい冬の日だった。 
 
sak


南会津・会津朝日岳

1999年11月16日 16時50分35秒 | 山行速報(登山・ハイキング)

1999/11/中旬 南会津・会津朝日岳

今年の秋は長い。ここ南会津の山々は、 例年ならば雪に覆われる時期らしい。しかし天気は上々、気分も上々なのである。

「これは私の頭ぐらいかな?」
「こっちは手の平だな」 
「そっちは耳かな?」

大小、様々な大きさと形の落ち葉が登山道を染めている。 
そんな「赤の絨毯」をサクサク踏みしめながら沢沿いの登りを ゆったりと行く。


谷間に沸き立つガス


ふと、後ろを振り返ると かなり高度を稼いできた事を実感する。
谷間に沸き立つガスが、なんとも その気にさせてくれる。

駐車場から一時間ちょっとで三吉ミチギと呼ばれる水場に到着。

♪ちょっと一杯のつもりでのんで・・・ 
いつの間にやら2,3杯。 
甘みがあってなかなかイケるぅ。 
これは体にいい事あるぞ。 
分かっているからやめられない♪~。(笑)

会津朝日岳の全容

叶の高手への道は、延々と続く急登であった。 しかし、この辺りからようやく会津朝日岳が眼前に現れ疲れも吹き飛ぶ。

豪雪に洗われた険峻な山姿は無言の迫力に満ちている。 ちっちゃな人さまなど、その前では立ち尽くすしかないようである。

と、言い訳を作って、オ-バ-ヒ-トの前にちょっと休憩する事にした。 
アンパン、クッキ-、あられ、仕上げにソフトキャンディ。

最近の単独山行時、定番メニュ-である。

今日のランチは15分。あまり昼飯に時間をかけられない。 それならせめて、ゆっくり歩こう。ホントはちょっと疲れたのである。 
そんな自分を客観的に眺めると、実にカワイイ行動心理である。 
思わず独り、ニガ笑い。

天に根を張る大クロベ

大クロベが天に根を張っている。

ここは果てしのない時間がゆったりと流れる場所である。 
ほんの一瞬、私も共に過ごした事を嬉しく思う。

私はこの大きな幹にとって、足元を通り過ぎるアリん子のような 存在。

「どっこいそれでも生きているんだい。」

アリん子もそんな虚勢を張って生きているのかな?と思う。 
見渡す限り連なる山々
ここからはもう人里が見えない。改めてこの山域の奥深さに感じ入る。

会津朝日岳山頂


立ちはだかる岩盤を登り、稜線を 少し進むとそこが会津朝日岳の山頂である。

山頂には展望を教えてくれる モニュメントがある。それにならって、ひとつひとつ山々を確認していく。

至仏、会津駒、越後駒、男体、那須、飯豊・・・ 
そしてこれから目指す丸山岳。 情景の丸山岳を望む

丸山岳は、会津駒ケ岳から会津朝日岳をつなぐ稜線上にある。

この稜線は「本州最後の秘境」といわれる奥只見の最深部を縦断する稜線であり、 その中間点である丸山岳は朝日、駒、どちらから見ても秀麗かつ、たおやかな 山容に引きつけられるが、ようとして人を寄せ付けない厳しさを秘めている 奥只見の「核心部」なのである。

一通り稜線を目で追って、方向を確認したら出発だ。

風が強くなってきて悪天の予感。これからは今まで以上に 気を引き締めて未開の縦走路へと足を踏み出す。


ヤブが行く手を阻む


ギザギザの稜線を登下降する。 
踏み跡がヤブの中をすり抜けていく。

昭和53年、只見町がこの稜線に登山道を開拓した。 
朝日-駒を結ぶ「南会津アルプス縦走路構想」という計画があったらしい。 
しかし丸山岳までで計画は途中頓挫し、今では ヤブに帰ってしまったという経緯があると聞く。

これはその痕跡だろうと 潅木のヤブをかきわけながら進んでいく。
雲が多く、悪天の兆し。悪い予感は 当たるものである。


鋸刃ピ-ク


鋸刃のピ-クは崖とヤブ、 稜線でくっきりと別れている。 
その境目を縫うように、ヤブを漕いだり、岩場を慎重に 通過したりを繰り返す。

遠く、越後方面が雲に隠れ、丸山岳も霞んできた。

「いや、ガスじゃない。あれは・・・雨か?」

そう思うのもつかの間、小粒の滴が天から舞い下りてきた。


幕営適地から大幽朝日岳


雨とヤブ双方をかき分けながら、 細々とした踏み跡を判別し、登下降を繰り返す。

だいぶ歩いたと時計を見ると30分しか経っていない。 
随分密度の濃い山歩きなのである。

幕営に持ってこいの場所に出た。この先の稜線はほとんどがガスに消えている。

ここから先が、「秘境」たる山歩きとなる。 
背丈を越える猛烈なネマガリタケ、しつこい潅木と格闘しながら前へ進む。

先ほどまであった踏み跡も今は判然としない。もちろんマ-キングもないので 心の中で「稜線を行けば何とかなる」とつぶやき、道を切り開いていく。

幕営適地より1時間。時計は15:30。辺りが暗くなってきた。 
進退極まりつつあり、しばし、考える。

日没までに丸山岳へは到底到達できない事、 
このまま、進んでも道の改善は期待できない事、 
幕営適地があるかどうかも分からない事、 
ヤブ漕ぎと登下降で体力消耗している事、 
戻れば約1時間で確実に幕営適地がある事、

進むべき要素がまるっきりない。気持ちは引きずられたが、 「撤退」がベストな選択である。


幕営の朝


テントをたたく音が”ポツポツ”から”サラサラ”へと変わったのは 明け方のことだった。

シュラフにくるまり、「ああ、雪かなあ」と、ぼんやり 昨日の事を考えていた。

「撤退」を決意した後、潔くUタ-ン、来た道を帰ったつもりだったが、 何度となく道を失った。
刻一刻と辺りは闇に包まれる。
相変わらず雨は冷たく、 ヤブは体の自由を奪う。 一体、何度転んだ事だろう。七転八倒とはこの事だ。


幕営適地までの1時間がとてつもなく遠く長く感じた。 記憶の中には気持ちが急速に萎えていく自分の姿があった。

倒木に乗っかり、道を探してはヤブに体ごと突っ込む。 
そういえば、休憩とってないなあ。思わずしゃがみこんでしまった。

そんな時、幼い息子が最近憶えた言葉が闇にこだました。 
「ブ-ブ」「おいしぃ」「だっこ」・・・。

さあて、もうひとふんばり、がんばんべ。 
そこから幕営地までは20分足らずだった。

あの声は私の気を奮わせる、まさに天の声であった。 
うっすら雪化粧の登山道雪化粧の山道をゆっくり来た通りに進む。 
幕営地から朝日岳への道は細々ながら、踏み跡がある。 
昨日を思えば、安心に足りる細々さである。

朝日岳の登山道に出た。まるで銀座大通りにでも出たような気分。 ここから約3時間で駐車場だ。 
雪ちらつく中、元気に闊歩。なんだかいい気分。半径5キロ内にはおそらく 、だぁ-れもいないのだ。

13:00には駐車場に無事到着。 
いつもならば、「さあ、温泉、温泉」と思う所だったが、この度は イソイソと帰り支度。この分なら19:00くらいには家に着くかな?

息子の大好きなシュ-クリ-ムでもお土産に買って帰ろう。 
私にとって、昨日の”天の声”は命の恩人と言っても過言ではないはずだ。


そして一緒にお風呂に入ろう。 
これぞとっておきの「温泉」になるはずだ。
 
sak