まったり まぎぃ

愉快な仲間たちの事、日常生活で思う事、好きな事あれこれ。

『私たちの幸せな時間』

2008-03-24 16:45:32 | 韓国映画のエトセトラ
私たちの幸せな時間

アミューズソフトエンタテインメント

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以前の記事は、こちらから。

 

もう一度、じっくり観たくて、レンタルして来ました。

これも、”復習”したかった作品なんです

 

特典映像に、メーキングがあったのですが、意外に明るい様子で撮影に臨んでいる二人の姿が印象的でした。

扱う題材が重いモノなので、役に成り切っちゃうと、現場もどーしても暗くなってしまうのかなぁと素人は判断してたんです。

でも、それはそれ。これはこれ・・・でしたね

 

少し前の韓国では、あのような孤児が路上で見られたのでしょうか・・・

それが、ちょっと気になりました。

だって、あまりにも親が無責任過ぎるし、子供が哀れ過ぎる・・・

 

そんな環境で育ったドンウォンくんだけど、自分が愛した人と、友人だけは信じられると思っていたのです。

なのに、その友人に裏切られた結果になったわけです。

だから、全ての殺人が自分の行為だったと断罪されても、敢えて反論せず、受け入れたのです。

人生を諦めてしまったと言うことですね。

 

でも、ナヨンちゃんと出会った事で、ドンウォンくんは勿論の事、彼の余りにも悲惨な人生を知ったナヨンちゃん自身も変わっていきます。

お互いの事を大切に思うようになり、相手の為に何かをしてあげたいと思うようになります。

でも、出来る事は、とてもとても些細な事。

彼は彼女に手作りのロザリオを。

彼女は彼に代わって、彼の知らない様々な世の中の風景を写真に切り取って・・・。

その写真に、彼女の姿が写り込んでいるのを見つけたドンウォンくんは、コメントを書き込みます。

”木曜日  10時~13時  私たちの幸せな時間”

・・・と。

 

やっぱ、泣けましたね。

幸せな大どんでん返しは起こりませんでした。

 

ドンウォンくんの台詞で、私自身も、

「同感!」

と言いたいのがありました。ちょっと、違うとは思いますが、大体次の様な意味なんです。

 

”神父やシスターは、いかにも親切顔で、ずかずかとこちらの心の中に踏み込んでくる。何を言ってもこちらを責めないし、怒りもしない。でも、それは余計なお世話だ”

同感・・・です。

親切の押し売りとでも言える感じで、その行為を正当なモノだと信じているし、それを受けない方がおかしいとでも言いたげな雰囲気。

何でも受け入れられるという寛容さを見せてるけれど、いずれ結局自分達の思いは相手にも受け止めてもらえる・・・という今で言うKY、空気読めない、相手の感情を充分に理解していうとは言えない状況。

そんな風に思えました。

 

彼が素直になれたのは、やっぱりナヨンちゃんのとても正直な言葉のお陰だと思います。

そこから、自分だけが世界で一番不幸だとか、金さえあれば幸せになれるという考えを見直すことが出来たんです。

 

幸せになるのに必要なのは、お金じゃありません。

誰かを愛し、愛する人の為に些細な事でもしてあげたいと思う心が自分を幸せにするのです。

自分が幸せになれば、もっともっと相手に対して思いやりを持つ事も出来るし、包んであげられる。

そうして相手をも幸せに出来る・・・。

 

死刑制度云々・・・と言う問題より、そんな事が心に残った作品でした。

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