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Niao Hui さんへの回答

2000年05月29日 | 深田萌絵事件

Niao Hui さんへ


ご苦労様です。《11-4. 耐放射線チップを開発したか?》についてコメントします。このテーマは、個別技術をどれだけ精密に、あるいは逆に抽象化して話すか、というジレンマがあります。

(1)深田萌絵さんとのツイッター会話で、盗まれたソースコードというのは『高線量放射線環境下における、半導体チップでの高強度エラー訂正アルゴリズムか?』と尋ねたら肯定的な返事でした。

(2)『エラー訂正アルゴリズム』の例は、ECCメモリ(https://ja.wikipedia.org/?curid=1984808)です。これは、メモリ等のストレージから読みだしたデータが破損していないかどうかを確認し、可能なら破損データを復元する、という技術です。

(3)ところが、より正確に言えば、ジェイソン特許に「ECCメモリ」に該当する出願はないと思います。

(4)ジェイソン特許のうち、私が「耐放射線技術」と大雑把に受け取っているこの特許(https://patents.google.com/patent/US7925938B2/en)は、ECCメモリではなくて、メモリ管理方式です。たとえ話で言えば、ECCメモリが「書籍のある頁に汚れがあって文字が読み取れなかったが、推測して正しい文章を読み出す」技術とします。ジェイソン特許のメモリ管理方式は「本棚が破損したら、予備の本棚を使うことにして、破損した本棚は使うのをやめましょう」というものです。つまり、読めなくなった文章を正しく読み出す技術ではありません。

(5)私は自分のブログ(https://blog.goo.ne.jp/zf-phantom/e/ff1658b6538eebe88b6c7ecee0f325fb)に、宇宙放射線の影響として次の3点を挙げました。
①放射線でデータが壊れる場合(これは破損データが少なければ訂正アルゴリズムで復元可能)
②半導体が物理的に壊れる(これも局所的なら前項同様復元可能)
③広範囲の物理的破損(被曝が長期に渡ればそうなる)によりデータの復元不可→復旧できない故障

ECCメモリは①に相当します。前項ジェイソン特許は、②と③の物理的破損に対応するものです。

(6)なので、深田萌絵さんは(1)のようにツイートで反応しましたが、正確にはマイケル(=ジェイソン)が盗まれた技術(またはソースコード)というのは、出願特許を見る限り「耐放射線技術」としても使える余地がありそうだが、正確にはエラー訂正アルゴリズムではない。ということになります。これは私の記事(https://blog.goo.ne.jp/zf-phantom/e/a8e80e819572753127cdb7214e3df672)のコメント欄、(30番)(30番-2)でも同じ話をしています。

(7)ところが(!)、裁判記録(https://blog.goo.ne.jp/zf-phantom/e/837f608de0bac364c0a22d7c15f35a44)を見ると、盗まれたのは「画像圧縮ソフト」と「暗号化ソフト」と言っています。係争相手の藤井さんの話を聞いても、そのようです。つまり、(1)で私との会話で出てきた「高線量放射線環境下における、半導体チップでの高強度エラー訂正アルゴリズム」は事件あるいは係争事案に何も関係ないのです。そして、前項に書いたようにジェイソン特許にも「高強度エラー訂正アルゴリズム」なんて見当たりません。深田萌絵さんの話を聞いても要領を得ないのはこういうところです。

(8)では、冒頭のテーマ『耐放射線チップを開発したか?』に戻ります。(4)で、私はジェイソン特許を「耐放射線技術」と大雑把に受け取っている、と書きました。それは、(1)で深田萌絵さんがあのように返事したから、というのもあります。では、(4)のジェイソン特許が、宇宙空間または破損原子炉付近の高放射線環境下で使えるかというと、あまり意味はありません。その理由は、「予備もどんどん壊れるから」です。普通は、クルマの部品でもなんでもいいのですが、予備の部品はほぼ新品同様の機能と性能を維持し、故障部品と交換すれば新品同様に復活することを意図しています。しかし、宇宙空間または破損原子炉付近の高放射線環境下のメモリは、使用中の領域も予備領域も等しく放射線を浴び、どんどん壊れていきます。従って、本質的に問題解決策になっていません。ただし、破損原子炉付近という極端な環境ではダメでも、人工衛星程度の宇宙空間なら、シールドや回路の多重化等の施策と併用して、メモリ空間の故障領域の切り離しくらいのことは実施されているでしょう。その意味で、ジェイソン特許を耐放射線とは無関係、とは言いづらい面があります。

(9)では、(4)のジェイソン特許の主目的は何か。それは、その特許明細に「The invention is directed to a structure and method for repairing a memory defect in SDRAM to reduce cost and increase profit for the SDRAM producer.」とあるように、主には半導体メモリの製造会社が、メモリの一部に故障ビットがあったからと言って全部を不良品として捨てたのでは歩留まりが悪いので、それを回避すること(=修理して良品とすること)が主眼です。

(10)まとめますと、冒頭のテーマ『耐放射線チップを開発したか?』については、深田萌絵さんが書いたような福島原発事故を想定するならば、「出願特許を見る限り、ジェイソンにそんな技術は見当たりません」と言っていいと思います。




ついでに、例の《セル構造型コンピュータチップ設計(CSCC)技術》についても書いておきます。

一般に半導体チップはああいうデザインにはしません。「semiconductor die」あたりで画像検索すればわかるように、円盤形のシリコンウェハから効率よくチップを切り出すために、個々のチップは四角で、その中の回路と配線の配置も四角と直交が基本です。

R社の絵のような、ああいう斜めの配線を縦横に、しかも交差するようなデザインはしません。シリコンウェハの面積も無駄になります。

ただし、半導体チップではなく装置レベルなら、初期のスパコンのクレイ(CRAY-1/CRAY-2)のように円筒形にするデザインはありました。ああいう形状は、装置の容積に対して、装置内部の配線長を短くするメリットがあります。
しかし、それも初期の時代の話で、その後のスパコンは物量がすごいので、円筒形なんていうデザインは採用していませんね。

つまり、あのR社の絵のような幾何学的デザインというのは、信号の伝搬遅延を解決するために、装置レベルではかつて一部で採用されたこともあるアイディアに過ぎず、半導体チップのレベルであんなことを言うのはとんちんかんにしか見えません。

CRAY-1/CRAY-2が70-80年代ですから、ジェイソンが学生時代にCRAY-2あたりの装置デザインコンセプトに触発されたとかいう感じではないですかね。






(追記)2020.5.30

書こうと思って書き忘れていたことを追記します。



(フラクタル構造について)

フラクタルは、ググってもらえればわかるように、どこをどう切り取っても全体と部分が相似形になるという幾何学的概念です。例としては、自然界では、葉脈、山脈、海岸線、などです。

人為的なネットワークにもフラクタル構造が見られるとされています。それは、人脈からコンピュータネットワークまで様々です。たまたま見つけた資料ではこういうところでも説明されています。(https://www.topo.hokudai.ac.jp/education/SpecialLecture/090501.pdf

R社は「フラクタルトポロジーを適用する独自のチップ設計」と書いています。昨日は、幾何学的図形を物理配置と見てコメントしましたが、論理構造だと思えば物理配置については「回路と配線の配置も四角と直交」で構わないことになります。

ただし、フラクタル構造の特徴は、「巨視的に見ても微視的に見ても相似形」ということにあるわけですが、半導体チップという物理的には数ミリ角のチップの中だけで、フラクタルを唱えることに果たしてどれほどの意味があるのかと疑問に思います。

ちなみに、上記の北大pdfのP26「スモールワールド性の起源」に、似た図があります。これの意味するところは、「世界中の人は平均6人の知り合いを介してつながっている」の類の話です。コンピュータネットワークでも同じで、全体規模に比してノード間距離は短い、というものです。

その「スモールワールド性」の原典はこれだそうです。

Watts, D. J. and Strogatz, S. H., Collective dynamics of ‘small world’ networks, Nature 393, 1998, pp. 440-442.

1998年ならジェイソンが亞圖を創業した頃ですから、何か触発されてもおかしくないなと思います。もっとも、そこから20年経っても具体的に何も生み出していないなら、技術屋としては失格ですね。



(ニューラルネットワークの研究)

ところで、現在の半導体にとらわれず、脳のニューロンとシナプスを人工的に再現しようという研究はあります。例えば、これ。

ニューロンとシナプスの動作を再現する変幻自在なスピントロニクス素子を開発 | AIMR
https://www.wpi-aimr.tohoku.ac.jp/jp/news/press/2019/20190417_001140.html

しかし、R社の説明がそういった研究を示しているのかといえば、そうではないと見えます。なぜなら、R社の説明の中段に従来型のCPUやメモリといったコンピュータアーキテクチャを図示しているからです。

上記のAIMRのように、脳の神経回路網(ニューラルネットワーク)を人工的に再現するならば、従来型のCPUもメモリもOSも通用しません。
そして、こういった基礎研究は、実用化に10年あるいはそれ以上といった時間が必要で、零細企業が取り組むテーマには不適切です。(企業としては、大企業の基礎研究部門なら可能)
また、こういったテーマに取り組むべきは研究者であって、技術屋ではありません。職務内容が異なります。

したがって、印象として言えばR社の説明は、あちこちの先端研究あるいは製品から概念だけ拾ってそれっぽく匂わせているだけに見えます。まともな研究ならば、論文が適宜学術誌等に発表されているはずです。

R社のように、何かすごいことを言っているようで、具体的には何も説明していない文書は要注意ですね。それは、上記のAIMRの説明と読み比べればその差は一目瞭然です。



(セルプロセッサについて)

それで、ここまで書いてから、話の出発点であるジェイソンの偉大な業績wに話を戻そうと思います。

『また、コンピューターチップのセルラー構造を発案した。それらの考案が後にIBM社によって、DEEPBLUEと呼ばれる改革的なIBMスーパーコンピューターのセル・プロセッサーとして用いられ語り継がれている。』
https://web.archive.org/web/20130706111230/http://revatron.com:80/resume.html


本物のセルプロセッサの方は、ウィキを見てもらってもわかると思いますが、マルチコアプロセッサであることを特徴とするものですが、フラクタル構造なんて話はどこにもありません。セルラー構造とも書いていません。(セルラー構造については次項)

Cell Broadband Engine
https://ja.wikipedia.org/wiki/Cell_Broadband_Engine



(セルラー構造)

セルラー構造とは、セル(細胞)を組み合わせてシステムを構成する方法です。

例えば、auの前がセルラーだったと思いますが、あれは「ひとつの基地局がカバーするエリア(=セル)を組み合わせてサービスを提供する」というところに由来していたはずです。
あるいは、太陽光発電においてはセル(太陽電池素子)を組み合わせてモジュール、モジュールを組み合わせてアレイ、だそうです。
土木建設関係にも、部品を組み合わせて使うセルラー構造のものがあるようですね。

そして、上述のようにセルプロセッサとセルラー構造は特に無関係です。

また、フラクタル構造とセルラー構造も異なります。フラクタル構造は、既述のようにどこを切り取っても自己相似形ということですが、セルラー構造は単一部品を組み合わせてシステムにするということであって、フラクタル構造ではありません。

したがって、R社がフラクタル構造とセルラー構造の話をごっちゃにして書いているのは、書いてる人がわかってないか、わかっていながら素人を煙に巻こうとしているのか、そのあたりではないかと思います。




(追記)2021.07.25

ジェイソンのいう「フラクタル」の元ネタらしき資料が発見されたとのこと。
正体はデータ通信用のクロスバースイッチだった。(現代的に言えばルータ相当のもの)










(参考)

セル構造型コンピュータチップ設計(CSCC)技術(Revatron社の元の説明)
http://archive.today/0PQqg




以上です。






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2 コメント

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ご回答ありがとうございます (Niao Hui)
2020-05-30 22:03:46
非常に分かりやすいご説明をありがとうございます!
ECCメモリとメモリ管理方式を混同してしまっていたのですが、その違いを理解できました。

「11-4. 耐放射線チップを開発したか?」の下書きを加筆修正しました。大変お手数ですが、チェックをよろしくお願いします。(11-3まではすでに抄録の方へ挿入しています)
https://togetter.com/li/1524792

下書きに(7)の「ところが(!)」の部分の記述を加えたところ、内容のインパクト的にも文量的にも技術の話を食ってしまいそうだったので、個別技術については抽象的に扱って、解説はZFさんのブログの方へリンクを貼るような形にしています。

「セル構造型コンピュータチップ設計技術」の方は来週じっくり読んでみて、「11-5. Cellを開発したか?」にもう少し加筆できないか検討してみようと思います。
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下書きの再チェックのお願い (Niao Hui)
2020-06-07 23:59:42
「11-5. Cellを開発したか?」の下書きを加筆修正しました。
80以上の発案特許が確認できないこと、Deep BlueとCellの時系列の問題、Cellが3社共同開発だったこと、特許・製品からプロセッサの開発実績がうかがえないことを述べて、さらにダメ押しで用語や図に対する指摘をいくつか挙げています。
大変お手数ですが、チェックをよろしくお願いします。

しかし、R社のHPを見ると、代表者名や所在地といった企業概要が一切無く、技術と製品の誇示だけのために作られたような印象を受けるのですが、肝心の技術と製品の説明の方もそんな感じなんですね…
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