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皇紀から見た憲法改正私案

2018年05月06日 | 政治・社会
最終更新 2019.9.9/第一条



憲法改正が政治的議題にあがっているが、我が国は初代天皇である神武天皇の時代から始まり、皇紀でいえば2678年(=西暦2018年)という歴史の長さを誇る。

その視点に立った場合、ここ数百年の近代国家のあり方を真似て憲法を制定するにしても、そこに書くべき事柄は我が国の場合は実はそれほど多くないのではないかと疑問に感じた。

そこで、私案として以下のようにまとめた。





(憲法改正私案)

前文  我が国は天照大神を祖とする神武天皇が初代天皇に即位して始まった。

第一条 天皇は国家元首である。

第二条 国民は大御宝である。



基本的に、我が国が憲法で規定すべき事柄はこれで十分のはず。



(前文)我が国は天照大神を祖とする神武天皇が初代天皇に即位して始まった。

現行憲法にしても自民党の憲法草案にしても、前文に第二次大戦(または太平洋戦争)に言及しているが、皇紀2700年に垂んとする歴史の長さからすれば、そのような最近の出来事をわざわざ記す必要はない。我が国は建国70年ではないのだ。むしろ、そのように勘違いされる方が弊害が大きい。

従って、我が国の成り立ちを明瞭簡潔に記すのであれば、「我が国は天照大神を祖とする神武天皇が初代天皇に即位して始まった。」で十分である。ここから先の細かい情報は、各自が歴史または神話として学べばわかる。



(第一条)天皇は国家元首である。

国家に元首の規定が必要ならば、我が国の場合は必然的にこうなる。現状でも儀礼的にはそうなっているし、明治憲法でも自民党憲法草案でもそのように規定されている。そして、その天皇という存在がどこから来るのかについては、前文に書いてある。



(第二条)国民は大御宝である。

実はここがこの憲法改正私案の肝である。

「大御宝(おおみたから)」とは、神武天皇の「即位建都の詔」または「建國の詔」に登場する言葉である。原文では、「元元(おほみたから)」と表記されている。

文意としては、「謹んで皇位につき、大御宝すなわち人民が安寧に暮らせるようにしよう」という記述になっている。これについては次のような解説もなされている。

《これは、代々の天皇は祖先である神々から最も大切な大御宝(おおみたから)として人民を預かっている。だから何をおいても〈民のための政治〉をしなければならない、という思想を担った言葉なのです。(埼玉大学名誉教授・長谷川三千子)》(1)

なぜこの第二条がこの憲法改正私案の肝かというと、前文で我が国の成り立ちを規定し、第一条で天皇の位置付けを規定したら、あとこの第二条で神武天皇のお言葉を借りて「国民は大御宝である」と規定すると、我が国を構成する全ての人の規定が完了するのみならず、天皇と国民の関係性についての規定も完了するからである。それは、「国民の安寧を祈る天皇」と「神々からの大切な預かりものとしての国民」という関係性であり、我が国の特徴的な国柄を示している。

そればかりか、「大御宝」とは「人権」というここ数百年の間に西欧で誕生した概念をも包含しつつ、さらに高尚な理念を説く概念でもある。

すなわち、人権とは「人間が人間らしく生きるために生来持っている権利」であり、権利とは「ある利益を主張し,これを享受することのできる資格」と定義するのに対して、「大御宝」は国民全員がそれぞれみんな神々から預かった大切な宝物であり、ゆえに危害を加えたりないがしろにしてはならないし、互いに慈しみ合い大切にしあわなければいけないよという、道徳的概念まで含んでいる。

言い換えれば、「人権」は「要求」に力点があり、「大御宝」には「慈愛」といった概念に力点がある。この違いは大きい。

これこそ、西欧とは異なるいかにも日本的な概念だと思う。これを書かずして、何が日本の憲法か、と思う。



以上が、この憲法改正私案の全文である。

皇紀という長い時間軸の目線に基づいて、我が国の成り立ちや国柄、そして現在と未来のあり方について、その特徴を簡潔かつ力強く表現するには、これ以外の条文はむしろ邪魔である。




続いて、第二条以下に条文が不要な理由について記す。



(政治体制について)

我が国の歴史を見ればわかるように、各時代の政治は天皇から委ねられる形式が定着している。その為政者の役職は時代によっては征夷大将軍や関白などと呼ばれ、近代になってからは内閣総理大臣と呼ばれ、その政治体制も様々である。

従って、目線が百年なら内閣や国会などの政治体制について規定が必要と思うだろうが、我が国の長い歴史と千年先の目線で考えれば、政治体制についていちいち憲法に記す意味がない。千年の目線で見ればまたそのうち変わる。



(国防について)

国民を大御宝と規定するからには、国防すなわち大御宝である国民を守るのは当然である。同時に、むやみに戦争するとこれも大御宝を毀損することになるから、可能な限りこれを避けるのも当然である。“憲法解釈”としてそのような帰結になる。



(その他)

その他、現行憲法に規定がある条文について、無ければどうしても不便であるということであれば、本提案の憲法改正私案の下に“国家基本法”でも制定して規定すれば良い。そして、この“国家基本法”については改正の敷居を下げ、時代の変化とともに柔軟に改正できるようにすることが望ましい。これによって、昨今のような憲法解釈とか憲法改正の是非といった騒乱や混乱に振り回されるリスクが減る。





現実的なところを考えれば、このような私案が通るはずもなく、よって強硬に主張するつもりもないが、多様な意見のひとつとしては意味があると思う。


以上。





(1)【正論】今年は「明治150年」 建国の理念をつかみ再認識する大切さ 埼玉大学名誉教授・長谷川三千子 - 産経ニュース
https://www.sankei.com/column/news/170228/clm1702280006-n1.html





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集団的人権論の問題点

2016年03月13日 | 政治・社会




ヘイトスピーチ規制法等の是非に関して、「集団的人権論」を認めてしまうとかなり危険なことになるという指摘。


「集団的人権論」に対する反駁(弁護士山口貴士大いに語る)
http://yama-ben.cocolog-nifty.com/ooinikataru/2011/01/post-60e9.html

ヘイトスピーチ規制/差別表現規制は、マイノリティからも表現の自由を奪う!(弁護士山口貴士大いに語る)
http://yama-ben.cocolog-nifty.com/ooinikataru/2014/08/post-dc25.html


要点を以下に列挙

《憲法との整合性》

・日本国憲法が定めているのは、個人の尊厳としての人権
・人権と人権が衝突する場合の調整原理が「公共の福祉」
・「集団的な人権」の「侵害」なるものは、表現の自由を「法的」に制約すべき根拠とはなりえない

《問題点》

1、特定個人宛てではない表現について「集団的な人権」侵害を認めると、被害者個人が特定できない以上、侵害の程度は公権力の恣意的判断になってしまう。
2、「集団」に属する個人の自己決定権は無視されてしまう。
3、非常に安易な「表現狩り」になりかねない。
4、「集団的な人権」の対象となる集団が際限なく広がる。たとえテロ組織であっても。
5、特定の「集団」が自らに対する批判を封殺するための手段として悪用する恐れ。



それで、もしこんな悪法が成立してしまったら何が起きるかを想像すると、《集団に対する批難の公言は実質的に禁止》になるから、ネットなどは隠語だらけになるだろう。

「Kは狂ってる」
「Zをたたき出せ」

とか。で、裏でヒソヒソ「Kって誰?」「Zって誰?」という会話が流れる。

つまり、集団的人権論なるものを認めて保護の対象にしたところで、実質的には批難やヘイトの言論がこの世から消滅するわけではなく、単に地下に潜るだけだと思う。
中国市民の言論を見てればわかるはず。日々、微妙な言い換えで検閲をすり抜けようと悪戦苦闘している。

むしろ、批難を公言できないことによって、行動が陰湿化かつ先鋭化するだろう。
なにしろ、批難の言論を封じられても、批難の動機となった原因は何ら解決されていないわけだから。

また逆に、推進派は意図してないだろうが、法が平等に適用されるなら、先祖まで含めた日本人全体も「集団的人権論」によって保護され、憎悪や批難の公言は禁止されるはず。
おそらく、批難の理由が事実に基づくかどうかも不問になると思う。



日本は独裁政権ではないのだから、こんな言論統制を許してはいけない。

民主主義の基盤は、言論の自由にある。




(おまけ)

現行法で救済できない、集団の実害って具体的に何?
https://twitter.com/ZF_phantom/status/708883306729709568



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待機児童問題2

2016年03月10日 | 政治・社会

以下の厚労省からの資料を見ると、保育所数、利用児童数ともに年々増加。それでも、景気変動などが影響して待機児童は減ったり増えたり。また地域格差やマンション建設などの局所的変動もある。特定政権の責任に帰すべき話ではないと思う。

「保育所等関連状況取りまとめ(平成 27 年4月1日)」厚労省
https://t.co/wpuKIbDCn3

上記資料を見ると、保育所等利用児童数を母数とすると待機児童は約1%。その一方で、施設の定員充足率は94.2%。つまり、統計上はどこかに移れば必ず入れる。どこに住んでも必ず入れるようにするには、あり余るほど(=ムダ)に増設しないとムリ。

全児童に占める保育所の利用比率は半分以下。それに加えて、親の勤務状況などによって利用率は変動するし、新築マンション等で保育所需要が急増するなど局所的にも状況は変わる。これらの変動を税金を投じる保育所で完全吸収することはできない。増やしすぎて定員充足率が低ければ今度は税金のムダと叩かれる。

従って、定員充足率を高く維持しながら待機児童を根絶することは不可能だから、認可外保育施設を利用しやすくする施策を打つ方が現実的。そして、この「認可外保育施設利用料補助」事業は地方自治体ごとに既にやっているところは複数ある。政権批判する必要はない。

だから、待機児童問題を政治的に改善しようと思うなら、居住する自治体に「認可外保育施設利用料補助」制度があるかどうかを確かめて、ないならそれを実施するように陳情する方が現実的だと思う。



この問題と解決法を例えて言うならば、電力について一定量での安定的発電は原発に任せて、需要変動分は調整が自由な火力発電で賄うとか、企業が固定的リソースとして正社員を安定雇用し、景気変動によるリソース増減を非正規社員で対応するとか、に似ている。

保育所の新規開設は、地域住民から反対運動が起こる場合もあるなど、それほど柔軟かつ迅速にことは進まない。その意味でも、景気変動や住宅事情の局所的急変で増減する需要分は、民間の認可外保育施設に吸収してもらう施策の方が現実的。


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待機児童問題

2016年03月04日 | 政治・社会

国会質疑をきっかけに待機児童の問題が注目を集めているので、この業界に何が起きているのかざっと調べてみた。

まとめると次の通り。

1)戦後すぐに制定された児童福祉法の「(母親に育児されない)哀れな子供を救済するための福祉」という考え方そのものが古すぎる。だから、育児をする全ての親への公平な支援、という方向に進まない。

2)その古い児童福祉法に基づき、社会福祉法人が運営する育児施設に限定された補助金が業界を利権化し、新規参入を妨げているので、待機児童の解消にならない。

3)現行のままの保育児童受け入れ枠の拡大よりも、補助金の支給を供給側(施設)から需要側(利用者)へ転換する抜本的改革をした方が、「受益と負担」の不公平感解消と待機児童解消につながると考えられる。



以下はその裏付けとなる情報。


待機児童の数そのものは漸減傾向にある。

保育所入所待機児童数(平成26年10月)(厚労省)
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000078441.html


政府も待機児童の解消に努力はしている。

保育所等関連状況取りまとめ(平成27年4月1日)及び「待機児童解消加速化プラン」集計結果を公表(厚労省)
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000098531.html


ただ、補助金をめぐって業界構造が利権化していて既存事業者が新規参入を阻んでいるので、問題が解決できないという指摘もある。

新規参入は断固阻止!! 保育園業界に巣くう利権の闇
http://diamond.jp/articles/-/6229


業界の利権を守るかのように、地方自治体までもが株式会社などの新規参入を拒否するなどの事例もあり、公正取引委員会が改善要求を出す事態にまでなっている。

保育所参入 企業に障壁 公取委、自治体に改善要求 「社会福祉法人の優遇見直しを」
http://www.nikkei.com/article/DGXNASFS2503Q_V20C14A6EA1000/


この記事によれば、そもそも終戦直後の一九四七年に制定された「児童福祉法」が、保育を「哀れな子供を救済するための福祉」と位置付けてることが問題の根幹で、それに利権構造が加わって待機児童解消を阻止してると指摘している。

「潜在待機児童八十万人」を解消するために
http://www.jiji.com/jc/foresight?p=foresight_9001


この都議会議員は、補助金の支給を供給側(施設)から需要側(利用者)へ転換すべきであり、それによって「受益と負担」の不公平を是正し、市場原理も導入でき、問題解決になると主張している。

「保育園落ちた日本死ね!!!」って言われたけど、むしろ東京都は保育園をつくるべきではない理由
http://blogos.com/outline/161054/


保育園の現場で何が起きているのかを教えてくれるブログ

園長になりたい訳ではないのだけれども保育園の運営知識を日々叩き込まれている人の日記
http://d.hatena.ne.jp/azuma_ryo/


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排外鎖国党・結党宣言

2016年01月17日 | 政治・社会

数年前に散々やりあったが、WJFがまた何か言ってきたので、昔書いた「排外鎖国党・結党宣言」をこっちにも転載しておく。

多分ヤツが求めてるのはこういう世界観なんだと思う。もっとも、本人はまともに説明したことがないので、私が親切にw書き起こしたものである。




《結党宣言》

1)私たちは日本人による日本人だけのための国家の存続と発展を希求し、ここに「排外鎖国党」を結党する。


《排外鎖国党・綱領》

(国家観)

2)排外鎖国党は外国からの干渉を排除し、独立独歩の日本人だけのための孤高の国家建設を目指す。


(憲法)

3)排外鎖国党は日本人の権利を優先し、外国人の居住と権利の制限を明文化した新たな憲法を制定する。


(保護貿易)

4)高い関税を課し、外国からの製品や食品などの輸入を制限し、国内産業の育成を図る。

5)食料自給率95%以上を目指し、地球的規模の食料問題の影響を排除する。


(経済)

6)企業は国内資本が過半を超えることを義務づけ、外国資本が過半を超える企業の存在は認めない。また、外国人による市場を通しての株式の売買は認めない。

7)国内で消費するあらゆる食料、消費材、耐久財、生産材の国産化を図り、産業の育成を行う。

8)企業による生産活動は国内での生産を義務づけ、外国での生産活動は認めない。


(社会)

9)外国人による悪影響を排除するため、就労ビザは認めない。短期の観光および商用での一時入国のみを認める。


(国籍)

10)両親ともに先祖3代まで全てが日本人であり、国内で出生した者にのみ日本国籍を付与する。外国籍の者の帰化は認めない。

11)前項により日本国籍を剥奪または付与条件を満たさず、かつ他国の国籍を有さない者に限り永住許可を付与する場合がある。


(外交)

12)独立独歩の国家運営を行い、他国と共同する活動は行わず、他国とのいかなる同盟も締結しない。


(安全保障)

13)他国からの如何なる干渉も排除するために、軍事的優位を確保する。全ての兵器は国産とし、外国製兵器は導入しない。

14)前項を実現するため、兵器産業を育成し、徴兵制を採用する。


以上。



書き下してみたら、なんとなーく北朝鮮っぽい感じになってきた。
安全保障や為替がどうなるかはわからない。

世界最先端の科学技術力を維持できれば孤高の強国として君臨できるかも知れないが、落ちぶれ始めると安全保障(軍事的優位性)が保てなくなって他国からの侵略の危険性が高まる。

賢い人が出現する頻度は母数にも比例するだろうから、70億人の中の日本人1億人では永続的な優位性確保はムリだろう。

科学技術上の優位性が保てない場合、工業製品以外の製品(農水産物、食品、衣類など)の輸出で外貨を稼げれば石油などを買えるが、為替動向次第では困難にもなる。

国を閉ざすことで、国際的には「孤立し、協調性が無い国家」という認識が定着し、外国人との交流も減ることから「よくわからない不気味な国」という印象が広がるだろう。

「不気味で閉鎖的な国」は、米国から見れば武力行使をしてでも市場開放させたくなるだろうし、中国から見れば人民を解放して傘下に収めたい衝動に駆られるのではないかと思う。

外国からの脅威や圧力を排除するには、やはり北朝鮮と同様に核武装して他国を威嚇せざるを得なくなる可能性が高い。

また、国内的には「こんな国、もうイヤ」という不満を排除するために、メディアやネットを規制し、情報統制の必要性に迫られることもあるだろう。

国家的孤立を避けるには、日本列島全域を江戸時代とか平安時代風情に戻して、異国情緒とタイムスリップ感あふれる観光立国を目指す方策もあるかもしれない。

いずれにしても、地球上の文明社会からは独立した異端の道を歩むことを目指すことになるだろう。

場合によっては国民への強要がなければ異端の道は維持できない。強要の手段としては、実力行使でなければ宗教がある。つまり、宗教国家である。国教としては、神道と仏教の両輪だろうか。

しかし、そもそも日本人は性格的には排外指向や人種優越指向ではないと思うし、宗教の強要もイヤだろうから、日本人の元々の指向と国家の指向の乖離により、どこかで爆発(革命とか)が起きるような気もする。



これを読んだあなた、こういう国にしたいですか?

っていうか、現在の日本から上述の国家に移行するのはどう考えてもムリでしょ。


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欧州難民問題の裏側

2015年09月08日 | 政治・社会

「浜辺に打ち上げられた難民と思われる幼児の遺体」写真に衝撃を受けて、各国の世論で「難民を受け入れろ」との主張が高まっている。日本でも同様の主張が広がっている。

だが、この問題はそれほど単純な悲劇ではない。2番目以降の記事を読めばわかるように、裏に密航斡旋業者が暗躍し、中には銃で脅されて船に乗った人もいる。

一部のケースでは、難民希望者から搾取した“密航手数料”を武装集団が内戦の軍資金にしているとの報道もある。
このようなビジネスモデルも駆逐していかないと根本解決にならない。安易な難民受け入れは、逆にこのようなビジネスを後押しし、内戦を激化させ、さらに難民希望者を増加させる恐れすらある。

また、難民の中にイスラム過激派のテロリストが紛れて欧州潜入に成功したとの報道もある。

従って、情緒に振り回されずに、冷静になって現実的な対応が必要。薄っぺらい善意は逆に安全保障上の問題悪化にもなりかねない。

そして、難民が生まれているのは北アフリカだけではない。アジアでもミャンマーから少数民族ロヒンギャ族の難民が生じている。



【報道写真の裏側】

大きな反響を呼んだ報道写真だが、実はジャーナリストによって演出がなされていたようだ。
この演出によって、見る人の情緒は増幅される。


ツイッターに流れてた画像を拝借




以下は全て各記事からの引用。



【漂着難民支援を求める報道】

シリア難民の子ども遺体漂着受け対策求める声
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150904/k10010216181000.html

中東などから地中海を渡って難民や移民がヨーロッパに流入するなか、トルコの浜辺にシリア難民の男の子の遺体が流れ着いたことが欧米などで大きく報じられたことを受けて、幼い子どもも犠牲になる難民などの問題への対策を求める声が一段と高まっています。



【難民の裏にいる密航斡旋業者について報じた報道】

カネのある移民、密入国業者に頼る 英仏海峡から英に密航
http://jp.wsj.com/articles/SB12074596417245674887704581181673256037868

イラク、シリア、イラン出身の人々はインタビューで、多額の手数料を業者に支払っており、トラック後部に乗ってトルコと欧州大陸を通ってテテゲムや近隣の町に到着したと述べた。その後、彼らはさらに2000ポンド(約38万円)を支払い、英国ライセンスプレートをつけた高級乗用車に乗り、そのままフェリーで海を渡ってトラックストップと呼ばれる長距離トラック用ドライブインに到着する。

英国内務省のスポークスマンは「フランス北部の状況に対処するためフランス当局と緊密に協力している」と述べ、「人々の密航の背後にいる組織犯罪集団を標的にした共同情報作業を強化している」と語った。

イランから出国してテテゲムに到着した34歳の会計士の女性は、彼女と家族が政治的な迫害を受けたため亡命を希望していた。あっせん業者とはテヘランで接触したという。彼女は英国の銀行口座に8000ポンド振り込んだ後、イランで母親、姉妹、そして義理の兄弟と一緒にトラックに乗り込んだ。


欧州目指す移民、カネと国籍と宗教が運命の分かれ道
http://jp.wsj.com/articles/SB11231315501785473630904581177893924136806

彼らが欧州を目指して通過する地域では、移民を運搬するビジネスが急拡大している。そこはカネの有無や宗教が物を言う世界で、それらに恵まれた人々だけに安全な旅や厚い待遇が提供される。

地中海経由でトルコやリビアから欧州に移民を運ぶボートの中には、2段階の料金システムを提供している業者もあり、高い値段が払える人にはデッキのより安全な席が用意されている。イタリア海軍によると、15日には木製ボートに40人の移民が閉じ込められ、「水と燃料と人の排泄物」の中で死亡した。上甲板に座っていた人々は助かった。

マラクーティ氏は「密航支援業者たちの動機はまさにお金だが、実例を見ると、リビアではイスラム教徒がいい扱いを受けているようだ」と話した。一方、リビアでは生死を分ける要因は主にカネだと断言する移民もいる。


急増する地中海の難民遭難、危機的な6つの数字
http://jp.wsj.com/articles/SB11350573174384774502804580595670757750944

リビア内部やその周辺で活動する部族や民兵などの武装集団は難民の「運び屋」となることで多額の利益を上げ、集めた資金をリビア内戦の軍資金に使っている。

【1,000ユーロ】ぼろぼろのボートに乗ってリビアからイタリアに渡るための費用。現在の為替レートで約12万8000円。この航海では難民が死亡する事故が多発している。

【1,000人】2014年以降、イタリアで逮捕された密航あっせん業者の数。イタリア検察当局によると、カタニアでは約100人が裁判にかけられているが、最終的な判決は出ていない。


地中海に殺到するボート難民、イタリアは悲鳴
http://jp.wsj.com/articles/SB10030317691824024149004580513593480159792

ある肌寒い日、リビア沿岸に浮かんだ薄っぺらなゴムボート20隻に3800人以上のアフリカ人が詰め込まれた。有償でひそかに難民を出国させる請負業者が間に立っており、中には銃を突きつけられて無理やり乗船させられた人もいた。

リビアで清掃作業員として働いていた26歳のナイジェリア人男性は先月、暴力から逃れるために請負業者の助けを借りる必要性に迫られた。出発日の波は荒かったにもかかわらず、業者が用意したのは空気を入れて膨らます薄っぺらいレジャーボートだった。男性は乗船を拒否したが業者の1人が顔に銃を突きつけ、妊婦を含む難民らを無理やりボートに押し込んだ。

難民や当局者によると、渡航を仲介する業者は収入を増やすため、さらに乱暴な新戦略を採用している。2月初め、強風と寒波が襲うなか、業者はTシャツしか着ていない複数のアフリカ人の若者に水も食料も与えず、ゴムボートに強引に乗り込ませた。このうち29人が低体温症で死亡した。



【難民に紛れ込むテロリスト】

メディア報道:難民に紛れてイスラム国戦士4000人が欧州に入り込んだ
http://jp.sputniknews.com/europe/20150907/863058.html

欧州には難民に紛れてイスラム国戦士4000人が入り込んでいる。イスラム国エージェントの情報としてSunday Expressが報じた。


偽装難民のテロリストが欧州の新たな脅威に
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2015/02/post-3542.php

匿名のISISメンバーがニュースサイトのバズフィードに語ったところでは、シリア難民に偽装した多くの工作員がトルコ経由でEU圏に送り込まれているという。



【ミャンマーからのロヒンギャ族の難民】

木造船の女性や子供ら500人保護 アチェ沖、迫害の少数民族か
http://www.sankei.com/world/news/150510/wor1505100047-n1.html

インドネシア・スマトラ島アチェ州沖で10日、複数の木造船が見つかり、地元当局者によると、乗っていた女性や子供ら計約500人が保護された。ミャンマーのイスラム教徒少数民族ロヒンギャとみられる。

仏教徒が多いミャンマーで差別的扱いを受けているロヒンギャの多くは、迫害から逃れて職を得るため、インドネシアやタイなどの周辺国に脱出するケースが後を絶たない。


ミャンマー少数民族、千人規模で大量密航か 迫害逃れマレーシアやインドネシアへ
http://www.sankei.com/world/news/150511/wor1505110033-n1.html

マレーシア北部ランカウイ島で11日、密入国したミャンマーのイスラム教徒少数民族ロヒンギャや、バングラデシュ人が見つかり、地元警察は1018人を拘束した。10日深夜から11日朝にかけ、3隻の木造船で密航したとみられる。

イスラム教徒が多数派のマレーシアには、多くのロヒンギャがミャンマー国内での迫害を逃れたり、出稼ぎをしたりする目的で流入している。


困窮「ロヒンギャ族」を戦闘資源“草刈り場”にするイスラム過激派 国際社会は無力
http://www.sankei.com/premium/news/150504/prm1505040005-n1.html

バングラデシュとミャンマーの両国にまたがる地域で、苦しい生活を強いられているイスラム教徒(ムスリム)のロヒンギャ族の人々を狙い、イスラム過激派が勢力拡大を図っている。

一方でミャンマー国内では、イスラム教は脅威だとしてムスリム排斥を主張する「969運動」の指導者、ウィラトウ師を支持する声が多く、ムスリムと仏教徒との対立は、さらに先鋭化しそうだ。





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橋下徹氏の謝罪継続要求

2015年08月27日 | 政治・社会

橋下徹氏が、安倍談話に関して「歴史について日本は謝罪し続けるべき。政府と国民は違う」と言っている。だが、これは危うい罠でもある。ドイツの戦後処理は「ヒトラーとナチスが悪い」として一般のドイツ人は戦争責任からはずした。だが、独裁者がいなかった日本ではそうなならない。

日本については、GHQは「軍部と政治指導者が悪い、日本国民は悪くない」とした。結果的に、中国はこれを引き継いで「日本国民全般を非難してるわけではない」というタテマエで、永続的に日本政府批判を続ける構図を作った。だが、これは現代の日本政府と日本国民の分断工作でもある。

繰り返すが、GHQは「当時の軍部と当時の政治指導者が悪い」としただけなのに、現在の中国共産党政府は「戦前から連綿と続く日本政府が悪い」と現日本政府批判にすり替えている。中国の常套手段はだいたい敵勢力の分断と各個撃破だ。日本政府と日本国民を分断することで防衛力弱体化を狙っている。

そもそも、日中事変とは清王朝の崩壊時期に群雄割拠となった中国大陸という土地で、主導権争いをした軍閥のひとつに日本もいた、くらいの話だ。毛沢東ですら、中国共産党が政権を取れたのは国民党と日本軍が戦って国民党が疲弊したからだ、と述べているほど。中国共産党に謝罪要求の権利はない。

にもかかわらず、中国共産党は「戦前から連綿と続く日本政府が悪い」という論理で、日本政府と日本国民の分断工作を図っている。言い換えれば、日本の反政府運動を煽ってるとも言える。橋下徹氏はこの構図に乗った。そこが大問題。彼の思想的正体がなんなのかが気になる。





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ビジュアル版安倍談話(画像回転版)

2015年08月24日 | 政治・社会

(注)この記事は、横長画像だとはみ出して見えないという人のための特別版です。通常はひとつ前の記事を参照ください。


長文を読むのが苦手な人向けの【ビジュアル版安倍談話】(忠実版)

・全体がわかりやすい
・構造がわかりやすい
・読んだ気になる
・余計な解説は入れずに原文に忠実







長文を読むのが苦手な人向けの【ビジュアル版安倍談話】(要約版)

・1ページで全容がわかる
・読んだ気になる
・原文の趣旨を損ねずに要約
・2枚組の忠実版もあり





安倍談話の隠されたメッセージ【ビジュアル版安倍談話】(反撃編)

・安倍談話は実は反撃メッセージだった
・日本の反省文がそのまま現代の暴れん坊国家に突き刺さる
・戦後談話はこれで打ち止め

(注)安倍さんはそこまで言ってません








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ビジュアル版安倍談話

2015年08月24日 | 政治・社会



長文を読むのが苦手な人向けの【ビジュアル版安倍談話】(忠実版)

・全体がわかりやすい
・構造がわかりやすい
・読んだ気になる
・余計な解説は入れずに原文に忠実








長文を読むのが苦手な人向けの【ビジュアル版安倍談話】(要約版)

・1ページで全容がわかる
・読んだ気になる
・原文の趣旨を損ねずに要約
・2枚組の忠実版もあり





安倍談話の隠されたメッセージ【ビジュアル版安倍談話】(反撃編)

・安倍談話は実は反撃メッセージだった
・日本の反省文がそのまま現代の暴れん坊国家に突き刺さる
・戦後談話はこれで打ち止め

(注)安倍さんはそこまで言ってません








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イデオロギーポジションマップ

2015年08月24日 | 政治・社会


政治的立ち位置を示すマップにおいて、これまでの《左派-右派》という横軸に《理想主義-現実主義》という縦軸を加えたところ、様々な政治問題をめぐる対立構造が見えてきた。



安倍談話に対して多くのネトウヨ勢から賛同の反応が出たが、これに対して右左両端から批判が出たことから、「ネトウヨは実は右翼ではなかった?」という疑いが出た。
これをとっかかりに分析してツイートしていたところ反響があったので、このブログにも転載し、加筆。
(随時アップデートしてます)

(注釈)この記事でいう「ネトウヨ」とは自称・他称です。誰かからそう言われたら該当し、客観的定義はありません。

(注釈)この記事でいう「理想主義」「現実主義」は国際関係論で論じられるそれとは少し意味が違います。この記事内ではむしろ辞書にある「理想」「現実」のニュアンスで使っていますが、定義は図6を参照ください。



ご意見、ご感想はこちらにどうぞ。 https://twitter.com/ZF_phantom

(以下、番号はツイートとまとめで使った図番号)


図2 日本のイデオロギーポジションマップ
図3 独断と偏見による有名人ポジションマップ
図4 イデオロギーポジションから見た先鋭化方向
図5 ネトウヨ生息域の推移
図6 縦軸の図解
図7 各政党はどこの有権者を取りに行くのか
図8 日本で2大政党をやるならば
図9 有権者の思想をゾーニングしてみる
図10 理想主義者・現実主義者 簡易判定テスト
図11(1) 理想主義者・現実主義者の思考法の違い
図11(2) 理想主義者・現実主義者の思考法の違い(2)
図13 理想主義の事例
図14 現実主義の事例
図15 近隣敵性国による傀儡政党ができる理由
図16 近隣敵性国の傀儡政党が使う戦術
図17 理想主義と現実主義の調和
図18 人と社会 究極の価値観の違い
図40 政策チェックリスト
図50 集団的自衛権と友好国の命運
図51 軍事同盟と弱小国の命運



図2 日本のイデオロギーポジションマップ



要点は、これまでの《左派-右派》という横軸に《理想主義-現実主義》という縦軸を加えたところ、いろいろなものが見えてきた、ということ。
ナゾ解明のヒントは安倍さん自身の言葉「私は思想家ではなく政治家」にあった。保守の一部が安倍談話に批判をした理由も見えてくる。

安倍談話賛同派を中心やや下に置いた理由は、諸外国や国内右派左派など各方面に抜かりなく配慮した点を考慮。
安保法制については(密接に関係する他国の共同防衛=日本の国益)と考え、現実主義かつ利益(国益)を狙ったやや難易度の高い目標と解釈し、左下に置いた。

右下象限に何もないという指摘があったが、例えば「(自国の)国旗損壊罪」法案や、総理や陛下の靖国参拝問題、歴史教科書に記紀を含めるかなどのテーマはこの象限にくる。かつて存在した「国士」はこの位置になる。

縦軸の定義については、図6参照。



図3 独断と偏見による有名人ポジションマップ



イメージしやすくするために、有名人らを使ってポジションを可視化。



図4 イデオロギーポジションから見た先鋭化方向



観察すると、どうやら3つの方向性がある。サヨク方向を先鋭化させた「革命志向型」、保守方向を先鋭化させた「純真保守型」、利潤追求に邁進する「利潤追求型」。政商もこの3つ目に含まれる。

「利潤追求型」は従来の右左イデオロギーでは理解不能な人々だった。利益を得るための行動は極めて現実主義に立脚せねばならず、かつ私欲と権利に基づく行動であることから、この左下象限方向に定義した。典型例では、例えばホリエモン氏、三木谷浩史氏、孫正義氏、竹中平蔵氏ら、あるいは経団連といった各種経済団体が該当する。これらの人々や団体は、利益のために政治をも利用することがある。利益追求の姿勢が、保守陣営の利害と衝突する場合もある。

安保法制あるいは集団的自衛権も利潤追求型と解釈した。単なる防衛力強化以外に、戦後の日米同盟の影響を見ればわかるように相手国への防衛協力は特にインフラ系ビジネスに有利となる。ASEAN諸国への新幹線輸出などの商談にもこれが効いてくる。

なお、右下方向には「(自国の)国旗損壊罪」のようなテーマが該当するが、この方向に活発に活動している人々の話はあまり聞かないので、先鋭化の動きとしては取り上げていない。かつて存在した「国士」はこの位置になる。

特筆すべきは、図の上半分の中央に「イデオロギー断絶の壁」があること。原発、集団的自衛権などどんなテーマで議論しても顔ぶれはいつも同じで、あっちの人は常にあっち、こっちの人は常にこっち、となりがちなのはこの壁の存在を示しているのではないかと考える。



図5 ネトウヨ生息域の推移



数年前の原初的ネトウヨはたしかに保守の領域にいたが、嫌韓の広まりなどに連動してネトウヨとされる人々は真ん中下の現実主義陣営方向に広がった。ゆえに現在のイデオロギー闘争は左右から上下の争いに変化した。
より正確に言えば、個々人のネトウヨがポジションシフトしたというよりは、サヨク勢が対立論者を無差別にネトウヨ呼ばわりしたために、ネトウヨ該当者が広がってしまった。

私の一連のツイートに対して、「サヨクは誰と戦ってるのか疑問だ」とか、ネトウヨを自認する人の中に「だが、自分は保守でも右翼でもない」と言う人が出てくるのも、生息域が現実主義陣営方向に広がったことによるものだと思う。一部の保守からすらも「ネトウヨは左に見える」と言われる始末。



図6 縦軸の図解



縦軸の定義は以下の通り。

《理想主義》理想の姿を想像することはできるものの、現状からの移行手段が見当たらないもの。または自ら制御できないこと(他国の振る舞いなど)への期待にすぎないもの。
《現実主義》目標に向かって現状から自らの能力で段階的に実行可能であるもの。


例えば、「憲法9条で世界は平和」という理想像を掲げるならば、その理想像を想像として描くことはできるものの、現状からの移行手段がまったく不明であり、なおかつ現実との距離が極めて大きいことから、理想度合いが高い理想主義(図では(A)の位置)とする。
現状からの移行手段がまったく不明というのは、国連加盟国200カ国近くあるなかで、他国に9条と同等の条文を採用してもらう方策が皆無、ということである。最初の一歩すら踏み出せない。

そして、右上の保守方向に例えば「靖国神社の国有化」というテーマがあった場合、これは国内で片付く問題ではあるが、憲法の「信教の自由」との整合性と、この点についての過去の議論の経緯から、実現の可能性はほとんどないので、やや手前の理想主義(図では(B)の位置)とする。

また例えば、「在日外国人への生活保護支給はけしからん」という主張があったとして、その解決手法は厚生労働省から各自治体への通達だけでこれを中止することも可能であることから比較的近い目標の現実主義(図では(C)の位置)とする。

あるいは、南シナ海問題などでの軍事的緊張から「ASEANを共同防衛する」ことを考えた場合、1)集団的自衛権の法整備は可能(現時点で安保法制成立前)、2)自衛隊の増強はある程度可能、3)ASEAN各国と日本の防衛協力(条約、覚書など)は可能(比、インドネシアと一部締結済み)、などと段階的に実行可能であるものの、中国の軍事行動の抑止または阻止というのは最終的な目標達成が見通しづらいと予測できるので、この場合は現実主義であるものの遠い距離(図では(D)の位置)とする。

わかりにくい場合は図13、14も併せて参照してください。


(補足)

「外交交渉」と「軍事力」という要素があったときに、外交交渉は理想主義で、軍事力は現実主義というような整理はここではしません。目標に向かって実現可能性があればどちらも現実主義です。目標達成の如何は問いません。

国際関係論でいう「理想主義(この記事での「理想主義」とは別の概念)」では「平和が万国の利益」という思想に立脚し、外交や話し合いを重視しますが、現実の世界を見れば国家間の問題は「外交交渉」か「軍事力」かの二者択一ではなく状況に応じて使い分けられています。従って、この記事の整理ではいずれも現実主義に基づく手段であるという整理です。

また、原発問題についても「原発全廃」も「原発推進」もどちらも基本的に現実主義と整理します。なぜなら両者メリットデメリットはあれど実現可能だからです。これらは実現可能なプランのうちの選択肢に過ぎません。

ただし、「原発事故により5年後には東京には人は住めない」という主張は「理想主義」と解釈します。なぜなら科学的に実現し得ないにもかかわらず、一部の勢力はそれが実現することを期待しているからです。「オスプレイは危険」も同種です。彼らは、墜落しないなら落としてやろうと風船を揚げたりしていますが、実現努力のベクトルが間違ってます。

また、国会審議における一部野党議員の「石油が止まっても我慢すればいい」的な主張などは、事実※をわきまえない空虚な「理想主義」と整理します。
※石油の対日禁輸が太平洋戦争開戦理由のひとつ。また、石油がなければ物流や生産活動が止まる。




図7 各政党はどこの有権者を取りに行くのか



主要政党の現時点(2015年8月)の政党支持率を円の大きさとして表現し、各政党のイデオロギー的な相対的位置からポジションを描画した。
注目すべきは、浮動票が45%もあること。保守思想が薄く現実主義の層(サラリーマンなど)が浮動票となっている予感がするので、左下位置に浮動票を置いた。橋下徹・維新党首(当時)の「ふわっとした民意」に囲まれているという感覚は確かにその通りだったのでは、という指摘も。
実際は、浮動票も各政党ももっとまだら模様になっているはずなので、この図の通りではないはずだが、概観するのに参考になりそうな図。


(注釈)

読者の一部に若干の誤解があるように感じますが、上図は各政党およびその政策の立ち位置を直接的に示したものではありません。有権者の立ち位置を基準とし、各政党がどの有権者層を狙うべく訴求しているのか、を(私の観察を元に)表現したものです。もちろん、その所属議員の主張は支持層の声を代弁したものと捉えていいと思っています。

ただし、例えばかつての民主党政権時代の「高速道路無償化」政策は、実現可能(実際に一部で実施)かつ有権者の利益狙いによる経済刺激策ですから、左下象限に位置する政策と整理します。つまり、図中の政党と個々の政策は必ずしも同じポジションではありません。また、政策への国民の賛否や成否はこの記事では不問ですので、その点についてはなんら言及していません。




図8 日本で2大政党をやるならば



もし日本で2大政党制を目指すのであれば、を簡単に分析した図。

左上(左派&理想主義)は地政学的な理由から近隣敵対国による傀儡政党とならざるを得ない(図15も参照)と予想するので、この位置に2大政党のひとつを置くわけにはいかない。民主党政権の失敗がその例。

従って、2大政党制にもっていくならば、そのいずれもが現実主義(図下側)になければならない。

図の「新自由主義党」と「保守党」のいずれも現実主義かつ愛国主義であることは必須で、主に経済政策あるいは社会保障政策の違いで争う形が望ましいと思う。有権者も、事実に基づかない理想主義では国を滅ぼすことを自覚せねばならない。
だが、現時点では左下にサヨク卒業生の受け皿になる政党がない。維新が成長することを期待するか、公明党との合併でも模索するか。
(この記事を書いた後に維新分裂の動き)

(注釈)党名の例として「新自由主義党」としましたが、経済政策として「反グローバリズム」を掲げる政党であっても構いません。本項の論点は経済政策の中身には無関係です。



図9 有権者の思想をゾーニングしてみる



それぞれの有権者のポジションに名前をつけてみた。

ゾーニングして名前をつけると見えてこなかったものが見えてくる。私はどこ、あなたはどこ、あの人はどこ。立場の違いを知るのは大事。相互理解は、違いを知り、認め合うことから始まる。誰にも、どこにも、唯一絶対の正義も正解も存在しない。



(注釈)

このイデオロギーポジションマップで、一部に今回の縦軸(理想主義ー現実主義)を(悪ー善)とか(馬鹿ーまとも)と読み替える人がいるんですが、そういうことじゃないです。理想主義側に優れた著述家もいれば、現実主義側に狡猾な詐欺師もいるでしょう。縦軸は善悪や良否でも成否でもありません。

歴史を見れば、戦前の東南アジアで「いつかは独立」というのは空虚な理想主義でしたが、日本軍が欧米列強を蹴散らし、現地人に軍事教練し始めた頃から、それは実行可能な現実主義に変質したと思います。私が縦軸の評価基準に「実行可能性」を置いたのは、そういうことなんです。

そのうえで、私個人が一部の「理想主義」に批判的なのは、当面は実現可能性がなくても「夢」として大事にしておきたい「理想」と、実務的にそこに向かって作業を進めていける「目標」との区別がつかずに、「夢」を政策目標に持ってるくるからです。実務能力を疑うのはその点です。

ここから下の記事は、その「実務能力に欠ける理想主義」はいったいどのようなものであって、それがどこから来るのかを考察し、さらにその先はどうすればいいのかを検討したものです。




図10 理想主義者・現実主義者 簡易判定テスト



経験的には、このような質問をぶつければ理想主義者であるか現実主義者であるかわかる。



図11(1) 理想主義者・現実主義者の思考法の違い



「理想主義者」は結論は最初からわかっている、と思っている。
「現実主義者」はよく検討しないと結論はわからないし、対策としての選択肢も複数あると思っている。



図11(2) 理想主義者・現実主義者の思考法の違い(2)



「理想主義者」は、他者の行動はわかっている、と読む。ゆえに正解はひとつしかない、とする。
「現実主義者」は、他者の行動はリスク(可能性)、と読む。ゆえに、最悪を排除し、最善になるように選択肢から選ぶ。



図13 理想主義の事例



理想の夢を語るのは構わないが…現状からの移行手段がなければ実務的には無意味。足元からの道筋を作るのが政治。実現性がない理想は政治的には無責任であり、扇動にすぎない。



図14 現実主義の事例



現実主義でも遠くに目標を置くが…手前から実績を積み上げて目標に進むのが現実主義。ビジネスの経験などあれば当たり前の話。
理想像だけ唱えて手前の作業をやらない(またはできない)のが理想主義。



図15 近隣敵性国による傀儡政党ができる理由



現実主義で考えたら、防衛強化は当然の帰結。ゆえに、敵性国は侵略ターゲット国に対して《左派かつ理想主義》に位置する政党(とマスコミ工作)を通じて平和主義や反戦思想を刷り込んで国民と軍の弱体化を図る戦略を用いる。この左上に位置する政党が敵性国の浸透工作にやられやすい理由がこれである。



図16 近隣敵性国の傀儡政党が使う戦術



敵勢力は霊感商法と同じく、恐怖のイメージを情緒に刷り込んで合理的判断の機会を奪う。
「そんなのイヤだ、やめてー」という反応が、結果的に非合理的な判断を誘発し、逆に敵を有利にしてしまう。これが敵の罠。

敵性国の侵略と日本の防衛が組み合わさった場合(表右下)は「戦争(自衛のための武力行使)」になるが、その情景をネガティブキャンペーンで情動的に煽るというのは、日本国民にそこを選ばせたくないという証拠。「平和」「反戦」(表左上)を煽って、実際には侵略成功率を高めよう(表左下)という企みがある。これは集団的自衛権の議論でも同様。



図17 理想主義と現実主義の調和



理想の夢を語るのは構わないが…現状からの移行手段がなければ実務的には無意味。
夢に描く「理想」と、実現可能な「目標」は峻別する必要がある。

実現可能な目標に落とし込んで、計画策定と実施をするのが実務であり、政治の仕事。

「理想」を盾にして、「目標」を批判するのも間違っている。批判するなら「目標」の対案を出せ、ということ。



図18 人と社会 究極の価値観の違い



様々な社会問題において「あっち側」と「こっち側」で互いに価値観が衝突するのは、根源的な思想として「人」と「社会(=国家)」のいずれを優先するか、の違いが裏にあるからではないかと考える。

だが、よく考えるといずれも行きすぎると人も社会も破滅するように見える。その破滅の様子は、映画や歴史の中あるいは今の世界のどこかにも見いだすことができる。

ここで思い出されるのは、安倍総理が中東歴訪でのスピーチで繰り返した「中庸が最善」という言葉。これは、「中庸が最善(ハイルル・ウムーリ・アウサトハー)」という中東地域の先人の方々の叡智という。

事例としては、欧州に難民が押し寄せてきている問題について、日本がどういう対応をすべきかの意見が上図の価値観によって分かれる。



図40 政策チェックリスト



これまでの議論を踏まえて、政党や議員からの政策のポジションを簡単にチェックできるリストを作成した。内容はごく当たり前のことが書いてある。

この当たり前のことを確認しながら、国民が情緒的扇動に惑わされずに政党や議員を選ぶことができるようになれば、日本の政治は健全な方向に改善すると考える。

ただし、このリストは政策の最低限のスクリーニングをするためのものであって、最終的な適否や成否まで総合診断するものではない。



(注釈)以下は、昨今の主な政治的争点になっている「集団的自衛権」に関連する参考的な検討資料。



図50 集団的自衛権と友好国の命運



集団的自衛権の議論については、日本との武力衝突になるケースにだけ着目して情緒的に煽りたて…「抑止力」の効果や「阻止成功」を無視するのは冷静な議論とは言えない。

国会論戦でもネット論戦でも国会前でも、「情緒」と「論理」の対決という構図がそもそもおかしい。安全保障は現実と論理。



図51 軍事同盟と弱小国の命運



図50の汎用版。「強国」を米国に「弱小国」を日本に「敵性国」をソ連や中国に、あるいは古今東西の国名をそれぞれに当てはめて考えるのにも使える。
「弱小国」が「敵性国」に命運を握られるのは危険。




ご意見、ご感想はこちらにどうぞ。 https://twitter.com/ZF_phantom



この記事に関する私からのツイートをお探しですか?

前半、図1~9までの連続ツイート(図1は本記事に未収録)
https://twitter.com/ZF_phantom/status/634162318192934912

後半、図10以降の連続ツイート
https://twitter.com/ZF_phantom/status/635794245786296320




(ツイッターまとめ)

ネトウヨの正体は右翼ではなかった!?日本のイデオロギーポジションマップ
http://togetter.com/li/863016



(この記事と関連する記事)

民主党の支持率が上がらない訳が分かった。民主党と維新の党が合流しても自民党には対抗できない。(なおきのブログ)
http://naokis.doorblog.jp/archives/Ideologie_position_map.html





改版履歴:
2015.9.7 図40「政策チェックリスト」追加
2015.9.6 図18「人と社会 究極の価値観の違い」に差し替え
2015.9.5 図18「理想主義と現実主義 究極の価値観の違い」追加
2015.9.5 図50「集団的自衛権と友好国の命運」、図51「軍事同盟と弱小国の命運」追加


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緻密に練られた安倍談話

2015年08月16日 | 政治・社会

戦後70年で発表された安倍談話に私は最大限の評価をする。

以下、私のtwや他のネット識者の指摘も拾って見ていく。



《弱肉強食の帝国主義時代に言及》

冒頭から次のように述べて弱肉強食の帝国主義時代に言及している。

「100年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました。圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、19世紀、アジアにも押し寄せました。」

事実、16世紀の信長・秀吉の時代から西洋列強はアジア諸国を植民地にすべく触手を伸ばし始めていた。日本に宣教師らが来ていたのもその一環である。初期の西洋列強の植民地支配は布教と軍事を両輪として進めていた。

そして、日本が江戸時代を終える頃には、東・東南アジアでは日本とタイ(と中国とその属国の朝鮮)を除くすべての国が西洋列強の植民地支配下に落ちていた。

終戦記念日談話にこの帝国主義時代に言及したのは画期的だし、ここを述べたことでようやく日本の明治維新の必然性とその後の拡張政策に突き進んだ時代背景が見えてくることになる。

続いて次のようにと述べ、遅ればせながら帝国の一角に名乗りを上げた日本が、白人帝国のひとつのロシア帝国を破り、非白人でも勝てるということを世界に証明し、白人には勝てないと諦めていた有色人種にまさに勇気と希望を与えた事実を指摘している。

「日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。」

この勇気と希望こそがのちのアジア各国の独立につながる。すなわち、言外に白人帝国による植民地支配を日本が突き破ったことを反省するどころか、むしろ誇示しているに等しい。



《太平洋戦争開戦の理由と教訓》

また、経済のブロック化が日本を経済的に追い込み、日本の開戦に至ったことが次のように言及されている。

「しかし、世界恐慌が発生し、欧米諸国が、植民地経済を巻き込んだ、経済のブロック化を進めると、日本経済は大きな打撃を受けました。その中で日本は、孤立感を深め、外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました。」

ここも過去の談話にはない部分だし、歴史の教訓としては戦争の悲惨さのみを語るよりもはるかに価値がある。どんな国も生命線を断たれれば、窮鼠猫を噛む、ということを指摘している。素晴らしい「認識」だと思う。

さらに、この教訓に基づいて次のように述べて、日本のみならず世界が同じ過ちを犯さないように対策することを宣言している。

「私たちは、経済のブロック化が紛争の芽を育てた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる国の恣意にも左右されない、自由で、公正で、開かれた国際経済システムを発展させ、途上国支援を強化し、世界の更なる繁栄を牽引してまいります。」

これはすなわち、日本さえ静かにしていれば戦争にならない、というサヨク史観から脱却し、経済的にいずれの国をも追い込まないことが戦争を防ぐ方策だと簡潔に説明している。



《戦争を起こさせないための日本の国家ビジョン》

前項での教訓を受けて、後段では次のように述べ、日本の行動ビジョンを提示している。

「繁栄こそ、平和の礎です。暴力の温床ともなる貧困に立ち向かい、世界のあらゆる人々に、医療と教育、自立の機会を提供するため、一層、力を尽くしてまいります。」

我が国は、このような努力を続けることで世界に貢献するのだ、と宣言したことの意味は大きい。国家運営の目標が定まる。日本は、自国さえ問題なければ他国には関わらない引きこもり外交からは脱却するということだ。

この行動ビジョンは、談話には登場していないが安倍政権が掲げる積極的平和主義にも当然つながる。すなわち、世界から貧困をなくし、繁栄によって平和を保つ努力をするのみならず、それでも戦争の危機が訪れる場合に備えて、集団的自衛権+日米同盟によって軍事的抑止力を発揮する、と宣言しているに等しい。



《中国・韓国分断の罠》

中韓分断策の視点で見ても面白い。中国については例えば次のような表現で何度も肯定的に言及し、戦後の諸外国の寛容さの文脈で言及している。

「戦争の苦痛を嘗め尽くした中国人の皆さんや(中略)それほど寛容であるためには、どれほどの心の葛藤があり、いかほどの努力が必要であったか。」

日頃の中国からの日本批判と比べると嫌味ったらしいが、中国の大国としての懐の深さを讃えるような談話の文面になっている。そして「中国」という単語は実に10回も登場する。

ところが、韓国については全く述べていない。唯一「東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など」と隣国としての列挙の中で登場したのみ。韓国については外務省などの表現で「価値観を共有する~」などが削除されたが、ここでも隣国として以上の言及はゼロ。従って、文脈としては戦後の諸外国の寛容さの中にも韓国は含まれていない。言外に、韓国は不寛容でどうしようもない国、と言ってるに等しい。

総じて、経済発展、戦争抑止の両面から中国との関係改善は必要だが、韓国は完全無視でよし、という安倍外交方針がここによく表れている。

余談だが、台湾を常に独立国として言及するのも安倍政権の一貫した姿勢と言える。台湾と中国の間に韓国を挟み込んだ並びも、台湾は中国の一部とは認めない、という意思表示に私には読み取れる。



《中国の軍事的拡張主義への批判》

上述のように文面としては戦後の中国の寛容さを讃える表現になっているものの、裏のメッセージは実は真逆になっている。

「二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない。事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。植民地支配から永遠に訣別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない。」

この部分の記述は、日本の反省文に見えて、実は現在進行形で中国が南シナ海・東シナ海で進めている軍事的拡張主義の行動を牽制している。さらに、「すべての民族の自決の権利」はチベット・ウイグルを指しているようにも読める。ダブルミーニングを駆使する俳句の文化を生んだ日本らしい表現とも言える。

すなわち次の文面も、日本が過去の自分を振り返る意味を表に見せて、裏には今まさに道を誤らんとしているのは中国だと鋭く指摘している。

「日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした『新しい国際秩序』への『挑戦者』となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました。」

中国では体制批判ができないために、中国の言論界では他者(日本など)への批判文の裏に体制批判の意味を込めることがよくあると聞くが、その言論文化を持ってすれば安倍談話の真意を理解する中国人も少なからずいるだろう。



《歴史認識批判をする中韓への牽制》

先の安倍総理の豪州議会演説、米国上下院議会演説に続く今回の談話に共通している思想的支柱は次の表現にあるように「戦後日本への諸外国の寛容さ」である。

「寛容の心によって、日本は、戦後、国際社会に復帰することができました。」

事実として、直接の交戦国であった米、英、豪、蘭などは政府としては日本を今さら批判などしていない。いまだに政府レベルで歴史ネタをもって批判してくるのは中国と韓国のみである。

従って、今後も中国・韓国が歴史ネタで日本批判を続けるならば、それは自らの非寛容な異常性を世界に見せつけるに等しい。今後は、朴槿惠も慰安婦問題などでの露骨な日本批判もやりにくくなるだろう。



《謝罪外交からの決別》

韓国言論界では日本を「戦犯国」と呼び、犯罪人の子孫は犯罪人であると言わんばかりの主張を繰り広げているが、これはまさに朝鮮文化の「奴婢の子孫は奴婢」の価値観に共通する異常な思想である。

これに対して今回の談話では次のように述べて、謝罪外交からの決別を宣言した。次世代の日本国民にも責任を持つ政府としては当然の対応であるが、安倍政権になってやっとこれを成し遂げた。

「日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の8割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子供たちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。」

既に欧米各国からは「いい加減に謝罪はやめろ、むしろ不利益になる」との言論が出ているが、その通りである。中国・韓国が歴史問題で日本批判をやめないのは、過去の清算ではなく、現在と未来の国益を確保するための謀略戦である。良心的日本人を装って謝罪を続ける政治家・元政治家・言論人こそが売国奴である。



《緻密に練られた文章構造》

以上見てきたように、この談話は実に様々な意味が込められている。その表現は、俳句にも似た技法で、表層的な文面の意味の裏にいくつもの意味が込められている。

他にもまだ見つけていないメッセージがあるかもしれない。

そして、この談話は国内の政治的立ち位置(右、左)、友好国/非友好国、戦勝国/敗戦国/第三国などあらゆる視点からの批判にさらされることを想定し、実に緻密に作られていると感じる。

そのために、批判の急先鋒たるサヨク言論界も揚げ足取り程度で苦労しているようだし、韓国政府筋からも「問題にするのが難しい、苛立つ」などと伝わっている。



《結論》

ゆえに、私は今回の安倍談話を最大限に評価するし、以後永遠に終戦日談話など出さずに今回を持って打ち止めにしてもいいくらいだと考える。

なんというか、やっと戦後生まれの国民目線での政権が誕生したのだな、ということを実感できる談話になっていて感慨深い。
長らく、政治への関心低下とか言われていたけど、サヨク史観で謝罪ペコペコ外交ばかりやってたら、そりゃ政治不信にも無関心にもなるだろうよ。それがようやく終わった。



《付録》

私のこの記事を受けてtomoさん指摘:
https://twitter.com/tomo_091519

更に広島の碑文の「過ちは二度と繰り返さない」や、書かれている戦前世代の過ちの実行者としての村山談話を、戦後世代は同じ十字架を背負う必要は無いと上書きして居ます。また過去と今を重ね合わせて、自由経済と法の支配を説く。米国議会演説も凄いけど、安倍談話も歴史もの。
未だ耄碌していない村山氏は、上書きされた事を理解出来たので、あれ程反発したのだと見ています。

戦前世代の十字架は、戦前世代の原罪者が血だけ繋がる戦後世代を利用する事で、精神的な安堵感と優越感を得る。そして戦後世代もその構図に乗り一種の利権状態だったのを切り離した。その利権者が反対出来ない形で。
戦後を終結する談話が最優先事項だったと見ています。

(安倍さんの豪州議会演説、米国上下院議会演説、終戦談話と続く流れについて)その計画は自由と繁栄の弧、ダイヤモンドセキュリティから、経済が平和を産むと言うメッセージと実行を続けて来ました。其れでもメディアに着けられたレッテルを特に年初から繰り返し演説で解消して来ました。経済が平和を産み守ると言うのが極右では無い証明に成りました。

(日本が開戦に踏む切った原因について)教科書にはブロック化迄書かれていても、教わってない為に日本人の共通認識に成って居ない事を、改めて定義して談話の流れを決める。戦争は経済問題だと過去と今を結び付けました。映画で語部からその時代のシーンに飛ぶ遣り方です。優秀なライターだと思います。




クリスマス・ピポさん指摘:
https://twitter.com/christmaspipoSG

(経済のブロック化が日本を経済的に追い込み、日本の開戦に至ったことについて)リーマン・ショックの際、主要国の財務担当が真っ先に懸念したのが「経済対策の為にブロック経済へ回帰するのは止めなければ」だったそう。WW2の経験から導き出された貴重な教訓です。

(「繁栄こそ、平和の礎」とする安倍談話について)WW1特需が大正デモクラシーを育て、終結でアフリカ&南米市場喪失、関東大震災&金融恐慌、東北大冷害、止めが世界大恐慌でブロック経済による輸出市場を締め出されての大不況が日本の議会制民主主義を滅ぼしたと理解しています。
返す返すも残念なのが、イネの耐寒品種が間に合わなかった事です。あれが普及していたら東北はギリギリ耐えられた、という指摘を聞いただけに・・・。





《私のイチオシの安倍談話解説》

戦後70年の総理談話に想う(山猫日記/国際政治学者・三浦瑠麗さん)
http://lullymiura.hatenadiary.jp/entry/2015/08/15/103417

私は、今般発表された総理談話は、率直にとても良い談話であったと思います。それは、保守的な政権における安倍晋三という政治家の一つの集大成でもあるでしょう。歴代の総理談話に数倍する長さの談話は、ある意味、安倍政権が一番やりたかったことだったのではないでしょうか。



《安倍談話全文》

平成27年8月14日 安倍内閣総理大臣記者会見
http://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/statement/2015/0814kaiken.html


【安倍総理冒頭発言】

8月は、私たち日本人にしばし立ち止まることを求めます。今は遠い過去なのだとしても、過ぎ去った歴史に思いを致すことを求めます。

政治は歴史から未来への知恵を学ばなければなりません。戦後70年という大きな節目に当たって、先の大戦への道のり、戦後の歩み。20世紀という時代を振り返り、その教訓の中から未来に向けて、世界の中で日本がどういう道を進むべきか。深く思索し、構想すべきである。私はそう考えました。

同時に、政治は歴史に謙虚でなければなりません。政治的、外交的な意図によって歴史がゆがめられるようなことは決してあってはならない。このことも私の強い信念であります。

ですから、談話の作成に当たっては、21世紀構想懇談会を開いて、有識者の皆様に率直かつ徹底的な御議論をいただきました。それぞれの視座や考え方は当然ながら異なります。しかし、そうした有識者の皆さんが熱のこもった議論を積み重ねた結果、一定の認識を共有できた。私はこの提言を歴史の声として受けとめたいと思います。そして、この提言の上に立って、歴史から教訓を酌み取り、今後の目指すべき道を展望したいと思います。

100年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました。圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、19世紀、アジアにも押し寄せました。その危機感が、日本にとって、近代化の原動力となったことは、間違いありません。アジアで最初に立憲政治を打ち立て、独立を守り抜きました。日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。

世界を巻き込んだ第一次世界大戦を経て、民族自決の動きが広がり、それまでの植民地化にブレーキがかかりました。この戦争は、1,000万人もの戦死者を出す、悲惨な戦争でありました。人々は「平和」を強く願い、国際連盟を創設し、不戦条約を生み出しました。戦争自体を違法化する、新たな国際社会の潮流が生まれました。

当初は、日本も足並みを揃えました。しかし、世界恐慌が発生し、欧米諸国が、植民地経済を巻き込んだ、経済のブロック化を進めると、日本経済は大きな打撃を受けました。その中で日本は、孤立感を深め、外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました。国内の政治システムは、その歯止めたりえなかった。こうして、日本は、世界の大勢を見失っていきました。

満州事変、そして国際連盟からの脱退。日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました。

そして70年前。日本は、敗戦しました。

戦後70年にあたり、国内外に斃れたすべての人々の命の前に、深く頭を垂れ、痛惜の念を表すとともに、永劫の、哀悼の誠を捧げます。

先の大戦では、300万余の同胞の命が失われました。祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、戦陣に散った方々。終戦後、酷寒の、あるいは灼熱の、遠い異郷の地にあって、飢えや病に苦しみ、亡くなられた方々。広島や長崎での原爆投下、東京をはじめ各都市での爆撃、沖縄における地上戦などによって、たくさんの市井の人々が、無残にも犠牲となりました。

戦火を交えた国々でも、将来ある若者たちの命が、数知れず失われました。中国、東南アジア、太平洋の島々など、戦場となった地域では、戦闘のみならず、食糧難などにより、多くの無辜の民が苦しみ、犠牲となりました。戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはなりません。

何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた事実。歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。一人ひとりに、それぞれの人生があり、夢があり、愛する家族があった。この当然の事実をかみしめる時、今なお、言葉を失い、ただただ、断腸の念を禁じ得ません。

これほどまでの尊い犠牲の上に、現在の平和がある。これが、戦後日本の原点であります。

二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない。

事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。植民地支配から永遠に訣別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない。

先の大戦への深い悔悟の念と共に、我が国は、そう誓いました。自由で民主的な国を創り上げ、法の支配を重んじ、ひたすら不戦の誓いを堅持してまいりました。70年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たちは、静かな誇りを抱きながら、この不動の方針を、これからも貫いてまいります。

我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきました。その思いを実際の行動で示すため、インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み、戦後一貫して、その平和と繁栄のために力を尽くしてきました。

こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないものであります。

ただ、私たちがいかなる努力を尽くそうとも、家族を失った方々の悲しみ、戦禍によって塗炭の苦しみを味わった人々の辛い記憶は、これからも、決して癒えることはないでしょう。

ですから、私たちは、心に留めなければなりません。

戦後、600万人を超える引揚者が、アジア太平洋の各地から無事帰還でき、日本再建の原動力となった事実を。中国に置き去りにされた3,000人近い日本人の子供たちが、無事成長し、再び祖国の土を踏むことができた事実を。米国や英国、オランダ、豪州などの元捕虜の皆さんが、長年にわたり、日本を訪れ、互いの戦死者のために慰霊を続けてくれている事実を。

戦争の苦痛を嘗め尽くした中国人の皆さんや、日本軍によって耐え難い苦痛を受けた元捕虜の皆さんが、それほど寛容であるためには、どれほどの心の葛藤があり、いかほどの努力が必要であったか。

そのことに、私たちは、思いを致さなければなりません。

寛容の心によって、日本は、戦後、国際社会に復帰することができました。戦後70年のこの機にあたり、我が国は、和解のために力を尽くしてくださったすべての国々、すべての方々に、心からの感謝の気持ちを表したいと思います。

日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の8割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子供たちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります。

私たちの親、そのまた親の世代が、戦後の焼け野原、貧しさのどん底の中で、命をつなぐことができた。そして、現在の私たちの世代、さらに次の世代へと、未来をつないでいくことができる。それは、先人たちのたゆまぬ努力と共に、敵として熾烈に戦った米国、豪州、欧州諸国をはじめ、本当にたくさんの国々から、恩讐を越えて、善意と支援の手が差しのべられたおかげであります。

そのことを、私たちは、未来へと語り継いでいかなければならない。歴史の教訓を深く胸に刻み、より良い未来を切り拓いていく、アジア、そして世界の平和と繁栄に力を尽くす。その大きな責任があります。

私たちは、自らの行き詰まりを力によって打開しようとした過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる紛争も、法の支配を尊重し、力の行使ではなく、平和的・外交的に解決すべきである。この原則を、これからも堅く守り、世界の国々にも働きかけてまいります。唯一の戦争被爆国として、核兵器の不拡散と究極の廃絶を目指し、国際社会でその責任を果たしてまいります。

私たちは、20世紀において、戦時下、多くの女性たちの尊厳や名誉が深く傷つけられた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、そうした女性たちの心に、常に寄り添う国でありたい。21世紀こそ、女性の人権が傷つけられることのない世紀とするため、世界をリードしてまいります。

私たちは、経済のブロック化が紛争の芽を育てた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる国の恣意にも左右されない、自由で、公正で、開かれた国際経済システムを発展させ、途上国支援を強化し、世界の更なる繁栄を牽引してまいります。繁栄こそ、平和の礎です。暴力の温床ともなる貧困に立ち向かい、世界のあらゆる人々に、医療と教育、自立の機会を提供するため、一層、力を尽くしてまいります。

私たちは、国際秩序への挑戦者となってしまった過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、自由、民主主義、人権といった基本的価値を揺るぎないものとして堅持し、その価値を共有する国々と手を携えて、「積極的平和主義」の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献してまいります。

終戦80年、90年、さらには100年に向けて、そのような日本を、国民の皆様と共に創り上げていく。その決意であります。

以上が、私たちが歴史から学ぶべき未来への知恵であろうと考えております。

冒頭、私は、21世紀構想懇談会の提言を歴史の声として受けとめたいと申し上げました。同時に、私たちは歴史に対して謙虚でなければなりません。謙虚な姿勢とは、果たして聞き漏らした声がほかにもあるのではないかと、常に歴史を見つめ続ける態度であると考えます。

私は、これからも謙虚に、歴史の声に耳を傾けながら未来への知恵を学んでいく、そうした姿勢を持ち続けていきたいと考えています。

私からは以上であります。





  
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