つぶやき、或は三文小説のやうな。

自由律俳句になりそうな、ならなそうな何かを綴ってみる。物置のような実験室。

On your mark

2016-08-16 07:45:29 | 文もどき
スプリンターというよりは、ボールボーイであろうか。彼らは二人一組で、両端に立つ。几帳面に嵌めた白い手袋の両手に銀色の箱を下げ、標的が停止するのをじっと見つめている。
扉が開いた。
素早く姿勢を低く乗り込み、まずは左手の箱をリリースする。そのまま踏み込んでハンドルに手をかけると、フリーの左手はあっという間にはめ込み式の箱を取り外してしまう。間髪入れずに右手の箱が差し込まれ、彼はそっと合図を待つ。最後はソフトに箱を装着させると、抜き取った箱を手にピボットで体を反転する。その間に操車主ももうひとつの箱を交換し終えており、彼はそれを空いた右手で取り上げてぴんと背筋を伸ばして素早く車輌を後にする。夜光灯にきらりと銀色をひらめかせて。
わずかに、30秒足らずの出来事である。ICカードが主流の今、交換された運賃箱には如何程の金銭が入っているものか。硬質の質感が頑健な様子を伝えてくる箱は、心なしか軽そうに運ばれてゆく。
そう、これは小さな電車の中での一幕。