つぶやき、或は三文小説のやうな。

自由律俳句になりそうな、ならなそうな何かを綴ってみる。物置のような実験室。

ヒーロー

2016-08-25 08:04:45 | 文もどき
雑踏の正体は、やはり靴音なのだろう。カシャン、というのは落下音であったらしい。そのものは見えなくても、音だけはやけに響くものだ。
乗り換えのプラットフォームへ押し流される最中、彼は全力投球を終えた球児のような、はたまた道化の大袈裟すぎるお辞儀のような姿勢を見せた。だぶついたワイシャツに黒のナイロン地のショルダーバッグ、てっぺんの少々薄くなり始めた頭髪。よく見かける、典型的なオジさんだ。
オジさんは茶色のサングラスだか髪留めだか、プラスティック製の何かを拾い上げるとスティールでも決めるかのように走り出す。身のこなしが軽い。
ありがとうございますぅ、と明るい女性の声が前方でファンファーレのように鳴り響く。軽くぺこりと頭を下げたオジさんが、ななめ後ろから見えた。あの髪型はてっぺんではなく、生え際の後退した結果らしい。
群れて泳ぐ魚のような人波を外れて、オジさんは去っていった。夏痩せしたのか、ウエスト周りの緩いスラックスに何度もシャツを押し込みながら国道へ向かう痩躯に、ひっそりと喝采を送る。
かっこいいぞ、オジさん!