つぶやき、或は三文小説のやうな。

自由律俳句になりそうな、ならなそうな何かを綴ってみる。物置のような実験室。

優先席2編

2016-06-25 18:15:33 | よしなしごと
やや、異様な光景だった。
優先席に家族が座っていた。妙齢の夫婦の前にはベビーカーが寝そべり、オムツが取れる前の幼児は両親に抱かれて接吻と喃語による愛着を一身に受けている。
不惑を迎え(ているであろう)、分別紛々たる夫婦が我が子をペッティング(にしか見えない)しているのは、ドア横の狭い座席すなわち優先席であった。
嫌悪感や不快感を超え、ひたすらに困惑があたりを支配していた。前述の光景は老齢の、か細い女性がすぐそばに立って、満員電車に揺られているという状況下で進行しているのである。
告白すれば、おそろしいものを見ている心持ちであった。何度、女性のために幼児を膝に乗せて座席をひとつ詰めてもらえまいかと口に出そうとしたことか。彼女との関係は知れない(おそらく乗り合わせただけと推察される)異国の女性も志を同じしているのか、くだんの家族をちらり、ちらりと見ている。哀れむようなまなざしであった。私たちと、さらに座席を囲む人々の間には重苦しい絶望にも似た雰囲気が垂れ込め、誰もがうつむくほかなかった。
老齢女性のためではなく、自分のために、今も喉が干上がってしまったことを悔いている。

さらに遡ることを幾昔、田舎から祖母が遊びに来たことがある。上野駅へ迎えに行き、郊外の我が家までローカル線を乗り継いで帰る途中である。当時の私は中学生か、高校に入りたての頃だと思う。
電車はそこそこ混んでいて、祖母と私は立って電車に揺られていた。小さい祖母が吊革を掴んでいたかは覚えていない。祖母の前に座っていたネクタイを締めた男性が不意に無言で席を立った。走行中の出来事で、下車するためではなかった。祖母はかすかに頭を下げて席についた。
ありがとうございます。
言わなくてはと思うのに、思春期特有の不可思議な羞恥心(と肥大する妄想)のために喉がしぼみ、声はついに男性の姿を見失っても出てこなかった。
自分よりもずいぶん年齢を重ねた祖母が言ってくれなかったことにも腹が立った。あとから、詰るようなことを言ったかもしれない。田舎育ちの祖母にも特有の羞恥心があることを、私はその頃まだ知らなかったのだ。
彼に伝えることはできないだろう。
だから、その分たくさん口にしよう。今ならもう少しうまく言えるだろうから。
いつか、あの人につながるかもしれない、ありがとうを。