新型コロナ死亡者に高血圧や糖尿病が高率で合併していたとの報告がある(Zhou Lancet 395 1054)。 この報告では、多変量解析による補正で、高血圧、糖尿病、冠動脈疾患などの病気自体は、コロナ死亡の危険因子ではなく、高齢という決定的な因子を介して死亡へ結びついているとされた。 死亡者54人に対し糖尿病17人というのは、3人に1人が糖尿病ということになり、日本人の高齢者と比べて、やや高い印象を受ける(日本人男性70才台 25%、 厚労省 平成30年度 国民栄養・健康調査)。 一応、男女比を調整して、比較すると統計上は有意な差はない。 P = 0.11)。
しかし、報告の191人では少なすぎて、信頼できる多変量解析ができないと指摘がされるなど(Sommerstein J Am Heart Assoc. 9 e016509.)、現時点(2020年5月)では、高血圧・糖尿病とコロナ死亡の関連疑惑がくすぶっている。 その背景に、以下に解説する医学的な仮説がある。
高血圧と糖尿病に共通する薬といえば、アンジオテンシン系の血圧の薬が思い浮かぶ。 その一方、コロナウイルスが、細胞表面のアンジオテンシン変換酵素に取り付いて侵入することが知られている(Li Nature 426 450)。 コロナ死亡と血圧の薬に関係があるのではないかと疑いたくなる。
レニン、アンジオテンシン系は血圧だけでなく、炎症も調節する。
腎臓には、血圧の低下やナトリウムの欠乏を監視し、レニンという酵素を分泌する装置がある。レニンは、血液中で前駆物質からアンジオテンシンを作り出す。 さらにアンジオテンシンは、肺の気道や血管にあるACE酵素(アンジオテンシン変換酵素)によって活性化される(Roisman 104 402)。 活性化アンジオテンシンは血圧上昇作用のほか、炎症を起こす作用もある(Imai 2008)。 肺には、ACEの他に、これと拮抗する働きをするACE2酵素がある。 両者のバランスで、肺の血液循環や免疫が適正に保たれている(Imai 9 543)。
コロナはACE2酵素に取り付いて侵入する
新型コロナウイルスは旧SARSコロナと同様、肺の気道で、細胞のACE2酵素に取りついてから、内部へ侵入する(Rolf NEJM 382 1860, Lu Lancet 395 565)。マウスのSARS研究によると、感染は、肺のACE2発現を減らす(Imai 2003)、これは、ウイルスが取り付く場所を減らすための防衛反応と考えられる。
ACE遺伝子の違いで、急性呼吸不全による死亡が2~5倍違う
ヒトにおけるACE遺伝子型の違いで、急性呼吸不全(ARDS)の死亡率が数倍違うとが報告されている(Jerng 2006, Marshall 2002)。 したがって、新型コロナによる呼吸不全でも、遺伝を含めたアンジオテンシン系の状態が予後を左右すると考えられる。
レニン、アンジオテンシン系薬への懸念
血圧の薬には、アンジオテンシンを、その作用部位で妨害する物(受容体拮抗薬)と、ACE(アンジオテンシンを活性化する酵素)を阻害するものとがある。 これらの薬が、ACEとACE2の微妙なバランスに何らかの影響を与えることが考えられる。 しかし、投与期間など実験条件によって正反対の報告もあり、はっきりとした事はは、分かっていない(Vaduganathan NEJM 382 1653)。 ウイルス感染に対する防衛反応でACE2を減らすと、バランスは炎症をおこす方向へ傾くことが予想される。
その一方で、アンジオテンシン系を活用したコロナ治療の研究も
アンジオテンシン受容体拮抗薬が肺の障害を抑えることを示唆する動物実験の報告がある(Imai 436 112)。 また、ACE2を投与して、ACEとのバランスを正常化しようというアイデアで、治験が行われる予定 (Guan NEJM 382 1861)。
コメント
コロナとヒトとの生物史上のつきあいは長く、淘汰と進化において、アンジオテンシン系は、最適な状態にチューニングされているものと思われる。 ヒトの肺が、感染という非常事態で、ウイルスの侵入を抑えるためにACE2をへらしても、代償系により、血圧や炎症の暴走を止める仕組みが備わっているはずだ。 ところが、血圧の薬を長期に服用していると、縁の下の力持ちである代償系が枯渇するような事があるかもしれない。
あくまでも仮説段階で、統計的な確証もないため、今後の調査を見守れば十分と思われる。 個人的には選べる場合、カルシウム拮抗薬など、アンジオテンシン系以外の薬にしておきたい。
参考文献:
Guan WJ and Zhong NS. Clinical Characteristics of Covid-19 in China. Reply. N Engl J Med. 2020 May 7;382(19):1861-1862. (レター)
ACE2 投与による治験が中国で始まる。
Imai Y et al. Angiotensin-converting enzyme 2 protects from severe acute lung failure. Nature. 2005 Jul 7;436(7047):112-6. nature 436 112
マウスの肺に、細菌毒素(LPS)や塩酸(2ml/kg)を吸入させておこしたARDSでは、losartan(15mg/kg)で肺の障害を抑制した。命に関するデータはなかった。
Imai 93 543
Imai Y, Kuba K, Penninger JM. The discovery of angiotensin-converting enzyme 2 and its role in acute lung injury in mice. Exp Physiol. 2008 May;93(5):543-8.
ACEとACE2の相互作用に関する図が分かりやすい。
Jerng 34 1001
Jerng JS et al. Polymorphism of the angiotensin-converting enzyme gene affects the outcome of acute respiratory distress syndrome. Crit Care Med. 2006 Apr;34(4):1001-6.
ACE遺伝子による違いでARDSの死亡率が倍違う。
Li W et al. Angiotensin-converting enzyme 2 is a functional receptor for the SARS coronavirus. Nature. 2003 Nov 27;426(6965):450-4.
Lu R et al. Genomic characterisation and epidemiology of 2019 novel coronavirus: implications for virus origins and receptor binding. Lancet. 2020 Feb 22;395(10224):565-574.
新型コロナの遺伝子解析で新型コロナウイルスも、SARS同様に、アンジオテンシン変換酵素を介して細胞へ侵入することが示唆された。
Marshall 166 646
Marshall RP et al. Angiotensin converting enzyme insertion/deletion polymorphism is associated with susceptibility and outcome in acute respiratory distress syndrome. Am J Respir Crit Care Med. 2002 Sep 1;166(5):646-50.
ACE遺伝子の違いにより、ARDSの死亡率は、II型1割、ID型3割、DD型5割だった。それぞれの存在比は、1:2:1。
Roisman 104 402
Roisman GL et al. Decreased expression of angiotensin-converting enzyme in the airway epithelium of asthmatic subjects is associated with eosinophil inflammation. J Allergy Clin Immunol. 1999 Aug;104(2 Pt 1):402-10.
ぜんそくの人は、気道ACEの量が、一般人の半分。
Rolf JD. Clinical Characteristics of Covid-19 in China. N Engl J Med. 2020 May 7;382(19):1860. (レター)
レニン、アンジオテンシン系薬の関与について指摘。
Sommerstein R et al. Coronavirus Disease 2019 (COVID-19): Do Angiotensin-Converting Enzyme Inhibitors/Angiotensin Receptor Blockers Have a Biphasic Effect? J Am Heart Assoc. 2020 Apr 7;9(7):e016509.
Vaduganathan M et al. Renin-Angiotensin-Aldosterone System Inhibitors in Patients with Covid-19. N Engl J Med. 2020 Apr 23;382(17):1653-1659. NEJM 382 1653
かえってARBが、コロナ治療によい影響を与える可能性すらあるという。
Zhou F et al. Clinical course and risk factors for mortality of adult inpatients with COVID-19 in Wuhan, China: a retrospective cohort study. Lancet. 2020 Mar 28;395(10229):1054-1062.
・死亡者平均年令69才、生存者52才。死亡者54名のうち 高血圧は26名、糖尿病は17名。,一方、生存者137名のうち高血圧は32名、糖尿病は10名。
・D-dimer 値は死亡と有意に相関。
・発症から死亡まで平均19日、発症から治癒までは22日。在院日数は死亡者8日、生還者12日。
コメント:死亡者は生存者より20才年上だから、高血圧や糖尿病の割合が高くて当然と考えられるが、死亡者の糖尿病の割合32%(17/54)は、日本の高齢者の有病率(70台の男25女16%)と比べてやや高い印象。 しかしコロナ死亡者は男38女16と、男の割合が多いことを計算に入れると、有意に高くはない。(下述)
発症10日で入院し、入院1週間で生死が分かれる。平均10日入院とすれば、1万人を3ヶ月にならして受け入れるには、1000床ちょっと必要。
厚労省 平成30年度国民栄養・健康調査
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000615383.pdf
糖尿病治療中または、HbA1c値6.5以上と回答した者の割合は20才以上で男19%女9%。
60台、70台では男性はともに25%、女性はそれぞれ13%、16%。
調査の具体的人数は70才以上男 糖尿病 有り108 なし331 計439
70才以上女 糖尿病 有り88 なし472 計560
中国のコロナ死亡報告は男38 女16 なので、これと同じ割合にするため、日本調査の女性計560人を185人へ圧縮 日本70才以上女性185人調査の推定結果 糖尿病 有り29 なし156 計185 (約1/3に圧縮)
日本男女 性割合調整糖尿病数 糖尿病 有り137 なし487 計624
中国ののコロナ死亡(平均69才) 糖尿病 有り17 なし37 計54
以上2行をカイ二乗検定すると P = 0.11 つまり糖尿病割合に日本調査と有意差なし。
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