リタイアした「から」、あれがやりたい。これもやりたい。

人生のセカンドステージに、もう一度夢を描き直す。
「夢翔庵」の気ままなひとり言です。

秩父宮へ

2020年11月26日 | 楽しむ
コロナ禍のなかではありますが、勤労感謝の日はやはり秩父宮ラグビー場に出かけました。神宮外苑のイチョウはもう葉がだいぶん落ちていて、独特の臭気もただよっていました。

入場制限をした上でのチケット販売ということで、友人も苦心して手に入れてくれたバックスタンドS席ですが、席が離れてしまって一緒に観戦というわけにはいきませんでした。

アルコール類の販売・持ち込みも禁止、校歌やチアもなし。声援は声をあげず拍手で・・・とさまざまな制限のなか、勝ちはしましたがいまひとつ盛り上がりに欠けました。その上、やたらノットリリースザボールの反則が取られて試合の中断が多く、現場的にはちょっとしらけました。

ラグビーを観戦するようになってからもう30数年・・・。観客も自分と同じか上の年代の方が多く高齢化の日本の縮図のようでもあります。

住んでみたい街<長崎>

2020年11月22日 | 住まう
以前このブログでリタイアしたらロングステイしてみたい街をいろいろ思い浮かべて妄想したことがあります。前ほどではありませんが、今もときどき強い思いに駆られることがあります。

その手始めにと、春の京都にひと月の宿を予約して訪れたい場所をあれこれ考えて楽しみにしていたのですが、直前に事情(コロナではありません)でキャンセルしました。

その事情がまだちょっと消えそうにないので、今はまたそんな妄想を、ブログ上で繰り返してみようと思います。
今回の舞台は長崎です。

長崎は15年ほど前に思い立って夫婦で旅行して以来、仕事がらみで何度か行く機会に恵まれました。
わがふるさとの広島と同様、この街は決して拭い去れない強烈な戦争の惨劇と記憶を飲み込んで奇跡的な復興を遂げたところです。

大好きな路面電車が安い乗車料金でしっかり住民の脚となっており、乗り換えも含めて市内のあちこちを上手く結んだ路線を構成しています。もちろん、全路線を完乗いたしました(笑)。
路面電車であちこちに出かけられるなんて素敵ですよね。

それから坂の街ですから自転車が少なく、バイクやスクーターが目立つ気がします。もうこの歳ですからバイクに乗る気も起きないので、せいぜい電停に近いところに仮の棲家を見つけたいですね。そういえば、坂を斜めに上るシニア向けのケーブルカーのようなものもありましたっけ。

食事も卓袱料理や中華などいろいろバリエーションがありそうですが、チャンポンを出す店ばかりでラーメン屋が少なそうなのがちょっと気がかりです。


クルマがない!

2020年11月18日 | ひとり言
朝、図書館へ行くのにクルマを駐車場に止めて、ふとメーターを見ると写真の通り、走行距離が1のゾロメになっていました。
こういう偶然って、なにかいいことでもあるかと思いがちですが、たいてい何にもないですよね。今回もそうかな?

このクルマにしたのが4年前ですから、年間3,000km足らずの走行距離ですが、若いころから長距離運転はあまりしないのでまぁこんなものです。それよりも、あの「事件」から4年経つんだという感慨の方が大きいです。

「事件」とは、前のクルマの盗難です。
まだ勤めていて、宴会帰りに駅からのタクシーで駐車場の前を通ると、わが愛車のスペースが空になっていたのです。最初、買い物に行ってどこかに置き忘れたのか? などと酔いの残る頭で反芻してみましたが、週の半ばだし、そんな覚えもない。カミさんを起こしてやっと盗まれたのでは? という考えが浮かびました。

夜遅くに出動願ったお巡りさんたちによれば、クルマごと持って行って海外へ送ってしまう窃盗団に狙われたのだろうとのこと。駐車場が人通りの少ない場所だったことと、当時ハイブリッド車がその筋で人気(?)だったことが原因だろうとのことで「まぁ出てこないだろうね。」――その通り、出てはきませんでした。

加入していた保険で金額的な補償は大部分されましたが、これだけ大きなものを失くすという体験は思ったよりも気持ちが落ち込みました。たしか購入してまだ3~4年だったし、ディーラーと親しくしていろいろカスタマイズもしてもらっていたし・・・。

お巡りさんや保険会社の人のアドバイスに従って、そのあとは「盗まれにくい」今のクルマにしましたが、せいぜい大事にしてやりたいと思います。前のクルマ、今ごろどこでだれを乗っけているんだろ?

漢検準一級 合格!

2020年11月13日 | 楽しむ
10月に受験した漢字検定の準一級、合格したみたいです。結果資料はまだ送られてきませんが、インターネットで合否結果がわかるサービスに「合格おめでとうございます」と印字されていました。よかった!

2月に小手調べの2級を合格したのでそれ以来少しずつ準一級の勉強をしてきましたが、本来6月、10月、翌年2月と年度に三回ある試験が今年は感染予防のため6月が中止になり、結果的に準備の時間が増えました。

勉強は級ごとに発行されている各種問題集をひたすら解くこと。クイズみたいで面白くもありますが、最初は正答率が低いので何度か繰り返して憶えていきました。それとは別に四字熟語や故事・諺、常用漢字の表外読み、国字、準一級配当漢字表などを読んでいきましたが、こちらはどれほど記憶に残ったか当てにはなりませんでした。

試験直後に公開される標準解答と自分の答えを見比べて合格ラインは上回っているナと確認しましたが、漢字のハネやトメ、細かい解答のルールなどあるので自信は持てませんでした。

さあ、次どうする? 
ここまで来たら当然最高位の一級に挑戦、でしょう? と単純に決めればよいのかもしれませんが、一級は今までのレベルとは隔絶した難問で合格率もひと桁の低い方だと聞くと、ちょっとビビります。
まあ、受験時期を決めるのは後回しにして、少しずつ勉強を始めてみましょうか。合格した喜びは一瞬ですが、日々時間を取って勉強して知識が増えていく充実感はなかなかのものですから。

帰郷

2020年11月08日 | 旅する
高齢でも元気だった叔母の突然の訃報で、コロナ禍のなかではありますが、ひとり午後の新幹線でふるさとへ向かいました。

新しい広島空港ができてからは飛行機とレンタカーでの往来が多くなっていましたが、青雲の志(?)を抱いて1971年に上京して以来、何度となく往復した新幹線沿線の風景はとても馴染みがあります。

とりわけ山陽新幹線に入って、姫路から相生、備前焼の伊部(いんべ)や刀剣の長船(おさふね)あたりを過ぎると、何処とは言えませんがこの地方独特の姿のいらかが立ち並び、懐かしみを込めた何とも言い難い感慨が湧いてきます。

岡山も過ぎて、降り支度をはじめる頃には山のかたちや見知った建物の一つひとつにも心を震わせるものが潜んでいるように感じます。
こんなとき思い出すのは中原中也の詩の一節――

 これが私の故里だ
 さやかに風も吹いている
  心置きなく泣かれよと
  年増婦の低い声もする

 ああ おまえはなにをして来たのだと……
 吹き来る風が私に云う


 詩集「山羊の歌」から『帰郷』(一部)

ラグビー観戦は、やっぱりナマ?

2020年11月05日 | 楽しむ
大学ラグビーのテレビ中継は最終盤のみと決まっているので翌日の新聞と各種ネットの情報で結果と経過を知る程度でしたが、CATVで見られるスポーツチャンネルで放映していることに今更気づきました。さっそくこの前の日曜は母校の試合ともうひと試合をテレビ桟敷で午後いっぱい、じっくり観戦することができました。

地上波でも中継のある終盤の試合は、友人が毎年チケット手配をしてくれて同行するのが楽しみで、声援で喉を嗄らした後は南青山あたりのビアホールで一杯ということになり、ますます盛り上がります。

今年は例のウィルス騒ぎで観客の数も制限されているみたいだし、大きな声を上げることも、ノーサイド後の酒場での振り返りもままならないことと諦めていました。

しかし、テレビ観戦とはいえ白熱した試合を見ていると腰のあたりがムズムズしてきて、秩父宮のかたいプラスチック椅子の感触がよみがえってきます。細かいプレイの良し悪しの検討は帰宅後のテレビにして、できることならやはり選手たちと同じ空間で同じ空気を吸って(勝手に)一体となる気分を味わいたいものです。

百万塔

2020年11月01日 | 楽しむ
学生のころサークルの溜り場になっていた民家風の喫茶店の座敷に(記憶間違いでなければ)百万塔が置いてありました。
あの頃から漠然と「百万塔が欲しいな」と思っていましたがレプリカにしろ入手する方法を思いもつきませんでした。

ご存知の方には面倒臭いでしょうが、一応説明を入れておきますと――
百万塔は天平宝字8年(764)におこった恵美押勝(えみのおしかつ)(=藤原仲麻呂)の乱後の動乱を鎮めるため称徳天皇によって発願され、宝亀元年(770)に完成した100万基の小塔である。身部には3層めの屋蓋の頂上から真下に孔が削り込まれ、その中に陀羅尼経(だらにきょう)を1巻ずつ納め、相輪部の下端を孔に差し込んで蓋としている。(内藤栄;奈良国立博物館 収蔵品DBより)

その喫茶店も1984年に閉店してしまい<春秋堂日録~先輩のページへ>、百万塔のことも遥か彼方に忘れ去っていたころ、実家に帰省すると当時まだ元気だった父親がニヤニヤしながら「いいものを見せてやろうか」と自慢げにこれを持ち出してきました。

聞けば骨董市かなにかでたまたま入手したもので、奈良みやげとして作られたものだろうが、父親もずっと欲しかったのだということを底に記していました。

父親が亡くなった今、保管していた姉から譲り受けて父親をしのびながら身近に置いて愉しんでいます。陀羅尼経をコピーしたものを中に入れていますが、いずれ自分で書いたものに差し替えようと思っています。