こんにちは!
今日もまた、「イク時は一緒!」ライブ関連で書きたいなぁ、と思います。
それぐらい、印象に残ったと言うか…まだ興奮醒めやらぬ、と言うか…
本当に、言葉ってもどかしい!と思います。
ブログで「書く」と言う行為はどうしても「文字」を使わないといけないし、
受け取る側はその文字を「読む」と言う行為をしなきゃいけない。
そうするとどうしても「思考」で読んでしまうんですよね。
それに、阿部さんが言っていたように「一側面」からの平面的な表現しかできないから
受け取る側によっては混乱したり、矛盾を感じたりしてしまう。
江原さんの批判の記事だって、そのまま受け取ったからこそ「反発」が起きたんですよね。
でも方や「その通りだ!江原さんはおかしい。くだらないと思っていた!」と言う
受け取り方もできる訳です。
そうすると、「うーん…本当にそうだろうか?」とも思ってしまう。
確かにどちらもそう言う一面があると思うけれど…何かしっくりこない…みたいな。
阿部さんも全く別方向からの記事も書ける、ともおっしゃっていましたから、
もしその記事を書いていたら、また違った反応が返って来ていたんだろうなぁ、と思うと
ちょっと面白いですよね!
と、言う風にブログだと意図が分かりにくい場合があるんですが、それがライブだと…
話を聞いている「耳」から得た情報だけではなく…私達は五感やその他の感覚をフルに使って
「感じる」ことで話をしている人の言わんとしている事を、汲み取ることができるんですよね。
ですので使っている言葉は「同じ」かもしれませんが、やってくる「情報量」が全く違う。
私達には「視点」と言うものがありますよね。それが次元と呼応していて…
普通は三次元の「視点」で生きている訳ですので、「白か黒どちらか」と言う
平面的な理解になるんですが、
けれども、次元を上げた「視点」で見ると、「白も黒も同じ」と言う立体的な理解
が可能になる。
それを「全て」である「究極の視点」から見ると「問題なんて何一つない」ってことになるんですね。
それがナマのお二人の話を聞くと同時に「感じる」ことで、
より立体的に理解する助けになっていたなあってことと、
たくさんの人たちがいたあの会場だから、と言うのもあると思いました。
話すほうも受け取る方も、同じ方向に意識が向いていて、何と言うか…
「集団の力」と言うのでしょうか。
ナマのライブはそう言うメリットがあるんだなぁ、と改めて感じました。
阿部さんと黒斎さんが何度も言っていた「目覚め」の話を聞いて
「ああ~目覚めたいなぁ~」と思った方も多いと思うんです。
けどもう、そう思うことが「今ここ」から離れてしまっているんですよね!
阿部さんが「今のあなたで完璧」と言っていたんですから。
…と、言うことは…今目覚めていない自分で完璧ってことで…
…と、言うことは…もう、すでに目覚めているってことなんですよ!「今」!
いつか、でもどこか、でもなく「今」なんです。あとはそれに「気付く」だけ、なんですよね。
「あ、そうか!」って。
でもやっぱり…「目覚め」って…どうなんだろう?と思うかもしれません。
それはどこかで「目覚めとか悟りとかアセンションとか…本当にあるんだろうか?
その情報は本当に信用できるんだろうか」と疑っていたり、
目覚めることが「今までの自分と変わってしまうかもしれない」と言う恐れが
あるのかもしれません。
「失うことの恐れ」ですよね。或いは「変化することの恐れ」。
「エゴ」さんが「傷つきたくない!」って頑張っているんですよね。
でも黒斎さんも言っていたように、目覚めたからと言って失うものは何一つない。
今までの生活を捨てる訳でもなく、感情や情熱を失ってしまう訳でもなく…
ただ本当の自分に戻ることで、よりリアルに生きられる、と言うこと。
なので、目覚めた後、「社長になりたい」「歌手になりたい」と言って
この三次元で目標を持って目指すのもぜんぜんアリなんです。
みんなが「仙人」みたいに浮世を捨てる訳でもないですし、
「仏陀」みたいに教えを布教しなきゃいけないってこともない。
自分のやりたい事を、諦めたりしないで思う存分チャレンジできるんです。
今は「無理だ」と思い込んでいたり「失敗するのが怖い」から出来なかったりしている
ことでも、失敗を恐れず一歩を踏み出すことができる。
だって「失敗」って何だろう?言い換えれば「成功する為に必要な経験」
でもあるんですもんね。
しかも自分が分離していない「ぴったり」来ている状態ですので、
より夢が叶いやすくなる。意識と行動が伴っていますし。
それを宇宙の流れに乗っている、と言ったり、調和している、と言ったりします。
もちろん、何も問題が起こらなくなるってことはないですが!
「質問コーナー」でお二人が言っていたように、自我がなくなることはありませんから、
普段は「自我」も活躍して生きている訳です。
苦しいことだってやって来ますし、辛い事だって起こります。
それを「嫌な事」「不幸な事」と言うラベルを貼らないで、事実は事実として
そのまま受け入れることができるようになるんですよね。
落ち込んだり悲しんだりしても、それにどっぷりハマりこんでしまわない、と。
それに本当の自分、本当の世界を分かった上での行動ですので、
何があってもより楽しめる、と言うことなんです。
私達は一人残らず、本当は全て分かった上で、この世の苦しみを演じているんですよね。
それをこんなに思い出すのが苦労するほど、忘れてしまっているなんて!(笑)
バイオハザードだって、リアルだと思えばプレイするのも嫌だ!と思いますが、
(なんせ、ゾンビがぞろぞろ!ですよ!く、喰われる…)
ゲームだからこそ、より難易度の高いので楽しみたい、と思いますよね。
(私はゲームでも無理ですが…最近のバイオハザードはもう…リアル過ぎて…)
なので…
私達は最初から全てを知っているし、答えも内側からやって来る。
例えて言えば…初めて聞くようなことでも、「あ、そうそう!」って言うことってありますよね?
例えば「あの芸能人誰だっけ…」とすっかり忘れてしまっていたところ、偶然誰かに
「○○だよ!」と教えてもらったみたいな感じ。
「あ~それそれ!!」って、スッキリする。そこには疑いがないですよね。
最初から「この人は○○って名前の芸能人だ」って知っているから。
知らなければ「本当にその名前なの…?」と疑いが入ってしまう。
或いは、自分自身を信じきれていない場合、○○だと思うんだけど…本当かな?
とか思ってしまう。
…おっと!脱線してました!お二人のトークショーのことだった!失敬、失敬!(ウヘ)
えと、阿部さんは「目覚め」については「早い遅いは関係ない」って言っていました。
時間なんてないんだから、早いほうがいい、遅い方が悪いってことはないって。
その人にとって必要なことが起こるんですよね。
ですので、遅いからって焦る必要はまったくない。
こう言う「意識の目覚め」と言うのは、本当に超個人的なことで…
一人ひとりの「中」で花が咲いていくんだ、と言っていました。
決して「外側」から来るものでもないし、「誰か」によって起こされるものでもない。
静かに、内側からやって来る。完全なタイミングで。
阿部さんは瞑想を習慣化されている方なので、瞑想はいいよ!と勧めていました。
このストレス社会。「リラックス」するのがこんなに難しいとは!
心と体がガチガチでは、やっぱりリラックスできないですもんね。
「より良い睡眠」を取るための「準備」として、まずは心身ともに「リラックス」
することを意識的にやるのもいいなぁ、と思いました。
本当の意味でのリラックス、と言うのは、あらゆる制限から解き放たれて
「自由」になることなんだと思います。自分が自分であるための「枠」が一つもない状態。
一日5分だけでもいいので、「思考」から解き放たれる時間を作れば、心身ともに
リフレッシュできるんじゃないかなぁ。
私はちゃんとした「瞑想」は苦手なんですが…でもちゃんと時間を取ってやると
片手間瞑想と違ってやっぱりスッキリするんですよね…意識がよりクリアになる。
自分の健康の為にも、毎日を楽しく過ごすためにも、心や体の声に耳を傾けたいですね!
阿部さんと黒斎さんのトークショー、本当によい経験でした!
お二人に感謝します。特に黒斎さんは普通のサラリーマンですし…大変だっただろうなぁ。
負担のかからない程度で、またやって欲しいなぁと思いました。
ほんと、お二人とも優しいですよね…愛が深いなぁ。
今日も最後まで読んでくださってありがとうございました!



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