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☆Rainbow Light☆

日々の徒然日記。最近は日本の現状を綴っています。

脳で感動!

2009-09-10 | 
こんにちは!ご訪問ありがとうございます!


        

        


今日の空もキレイでした。

うーん、美しい…



「もっと自分が~だったらいいのに…」「~がないからダメなんだ…」などなど

今ここにないものを、あれこれ思い悩んで落ち込んでいたりしたら

それに気付いて「今あるもの」を数えてみよう。

それらに感謝しよう。

生きているだけでも、素晴らしいんだもの!



昨日ね、「ベストハウス123」を見たんだ。脳科学者茂木ナイト!スペシャル。

そこにはね、事故で右脳を75%を失った中国の青年が出てたんだ。

感情もなくなって記憶もなくなって、しゃべることも意志の疎通も出来ないし、もちろん左半身が麻痺しているから歩く事すらできない。

そんな彼が家族の愛に支えられ、過酷なリハビリの結果、今は何と!大学に復学するまで知能が回復し、普通の生活を送れているのだ!

オドロキ。

残った脳が、失った75パーセントを補っているんだそう。

その彼が、彼女と一緒にデートしているだけで「幸せ」「幸せ」と満面の笑顔で何度も言う。

「失って初めて、今あるものがどんなに素晴らしいか、ありがたいのかが分かった」と言っていた。


もう一人。

ピアニストの舘野さん、と言う方が脳出血の為、右半身が不随になってしまった。

それはピアニストとして致命的であり、絶望的。

彼は再びピアノを弾きたい一心で、リハビリを続けていたけれど、医者は右手が動くことは不可能だ、と宣告する。

周りの人たちも、ピアニスト以外の道を勧める。

彼は絶望した。ピアノが全てだった自分が、ピアノを失うなんて、と。

そんな父親を見ていた息子が、そっと一冊の楽譜を置いて帰る。

それは「左手だけ」のピアノ曲だった。

戦争で右手を失った人や、左手が苦手な人のためのピアノ曲で、結構世の中にはあるんだそう。

彼もそれは知っていたが「ピアノは両手で弾くものだ。左手だけのピアノ曲なんて、音楽じゃない」と思っていたため、弾こうとはしなかったのだ。

けれども息子の心遣いを感じて、楽譜を開き、左手だけで弾いてみた。

彼はその一瞬で分かったのだ、と言う。

「たとえ左手だけだとしても、それは音楽なんだ」って。

「両手じゃなきゃピアノじゃない」と言う思いが見事に払拭され、今は全国を飛び回って左手だけのピアノコンサートを開いている。

目を閉じて聞いてみると、左手だけって感じはしないんだなぁ。まるで両手で弾いてるみたい…

何より、舘野さんの笑顔がステキだったなぁ…
左手だけだけど、ピアノを弾いているときが一番「幸せ」なんだって。

で、またまた不思議なことに、絶対に「不可能」だと言われていた右手が、少しずつ動き出しているんだそう!

簡単なピアノ曲なら、右手で弾けるまでに…!

やっぱり人間、「ダメだ」って思うと、どんどん負のスパイラルにハマってどんどん本当に「ダメ」になって行く。

でも「出来る」と心の底から思うと、本当に出来る。

病気だって治る!って思う。
彼は「音楽に対する愛」が、そこまで可能にしたんだって茂木さんは言っていた。


で、イキナリですが!ちょっと思ったんです。


私たちは人間として生きている間は、「自我」を消滅させたりできないので、その「3次元的な肉体や自我を持ったまま」、意識が3次元を「超えて」普通~~に5次元的(もしくは5次元以上)な思考が出来るようになること、理解できるようになることがアセンションなんだろうなぁ…と。

ですので、「全ては一つ」とか「時間がない」とか「いまここ」とか「個であり全である」とかこの世の仕組みとか…そんなこんなを「ん?当たり前のことでショ?」的に、「実感」として普通にみんなが理解できるようになる。

(それを「覚醒」と言ったり「目覚め」と言ったり、「意識の拡大」と言ったりしているだけで)

それにはやっぱり3次元的な「思い込み」や「常識」を手放しちゃって…その上で新たな回路をばんばん開いた(←潜在意識からの信号をちゃんとピックアップできる)「右脳」と(その右脳の信号をキャッチして言語化できる)「左脳」のスムーズな連携が大事になってくるんじゃないかなぁ。

「肉体」を持っている限りは!

(↑平たく言えば、思考(エゴ)に支配されず、振り回されず、自分の意志でそれらをコントロール(好きなときに思考を止められる)でき、常に源と「繫がっている」ことが出来る…みたいな感じかなぁ…)


なので、劇的な奇跡的な何かが起こり、世の中ひっくり返るって訳じゃなくて…2012年を境に変化の波が誰の目からみても分かるぐらい大きくなるものの…徐々に10年20年かけて、価値観や常識が変わって行くんだろうなぁと思います。

人間の意識の進化(シフト)、と言うか…一段階段を上っただけ、と言うか…流れ的にはとても自然な成り行き、ですよね。

ま、私的見解ですケドね!



…と言うことで。

昨日は彼らを見ていたく感動したので、今日は「あるもの」に感謝する一日でした!


今日も最後まで読んでくださってありがとうございました!感謝


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本質を感じる

2009-06-05 | 
今日もまったりこんにちは! ご訪問ありがとうございます。


さてさて!

今日も昨日の続きでっす。

私達はこの現実で普通に生活をしていると、どうしても「左脳」優勢になっているんですよね。

あらゆるものを分類し、過去のデータから分析し、判断を下す。その繰り返し。

無意識になればなるほど、「思考」に支配され、「思い込み」でがんじがらめになる。

何もしなければ気付かずに「左脳主導」のままで過ごすことになります。

ですので意識して「感じる」ことはとても大切なんです。


「スピリチュアル」や「精神世界」と言うものも、結局「知識」や「情報」として受け取ると「左脳」が働いてしまうんですよね。
頭で理解しようと、すぐさま分析が始まる。


でも本当は、「そこから」なんです。

たくさんの「知識」を得て終わり、ではなく。

知識や思考を超えた「真実」を「感じる」こと。

例えば「宇宙」。

この文字を見ると、「知っている」と思いますよね。
たぶん、説明もできると思う。

でも「文字」からの情報ではなく、その文字があらわす本質そのもの、エネルギーを感じてほしい、と言うことなんです。
その感じ方は人それぞれ、千差万別だと思います。


今、巷ではたくさんのワークやテクニックがありますよね。

それ自体は素晴らしいものだと思いますし、うまく使えばとても有効だと思います。

けれどもそれは、高い料金を払ってスクールやセミナーに参加しないと、得ることはできません。

その環境にある人はいいでしょうが、では「参加できない」人は不利なのか、と言えば全くそうではありません。

逆に、ワークやテクニックに走ってしまう方が「本質」が置き去りにされる可能性だってあると思うんです。

私はただ、瞑想すること。日々感じること。

それだけで充分だと思います。

すぐに「自分は宇宙だ!」と感じることができないかもしれないけれど、それはそれでいいと思う。

ただ「思考」の支配から脱出し、それを超えること。
「自分」と言う「枠」から解き放たれること。

本質を感じることだと思うんです。

それが体感できれば、現象世界でどんなに忙しくしていても、自分の内側に決して波立たない静かなスペース、深い安らぎをを感じていることができる。


そう言えば!

ジル博士の「奇跡の脳」の15章、「自分で手綱を握る」に、こうありました。

『でもいくら考えたって結果は同じなのです。ぶっちゃけた話、左脳の物語作家がくれる、こんな脅迫観念なんて時間の無駄だし、感情面で人を消耗させるだけ。
わたしは脳卒中のおかげで、自分で手綱を握って、意識的に自分自身を現在に
引き戻す事により、過去の出来事を考えるのを止められる、と学んだのです』


自分で手綱を握ること。

思考はいつでも好きなときに止められる、と言うことを知ることですよね。
意識的に「いま」にあるときは、「思考」の奴隷になっていないですから。


あとね、面白いのが…

私達が「怒り」を抱いた場合。

『怒りの反応は、自発的に誘発されるプログラム。ひとたび怒りが誘発されると、脳から放出された化学物質が、からだに満ち、生理的な反応が引き起こされます。
最初の誘発から90秒以内に、怒りの化学的な成分は血液中からなくなり、
自動的な反応は終わります。

もし90秒が過ぎてもまだ怒りが続いているとしたら、それはその回路が機能し続けるように選択をしたからです。

瞬間瞬間に、神経回路をつなげるか、それとも現在の瞬間に戻って、つかの間の生理機能としてその反応を消散させるかのどちらかの選択をしているんです』


これも面白いですよね!?

あとは選択。自分がどう生きるか、どう生きたいのか自由に選べる。
どんな人生にするか、自分の選択次第、なんですよね。


全ては「バランス」ですので、「思考」そのものも悪くないし、「知識」を得ることも悪いことではない。どちらも必要。



私もどちらかと言えば「左脳より」なので…
理屈っぽいんですよね~何かと!!ウヘヘ☆

「これはどう言うことだろうか!?」すぐ分析しちゃう。好きなんですよね!考えることが。エゴが喜ぶ喜ぶ(笑)

ですので「感じる」ことが大切だなぁと痛感している訳であります。


そうやって静かな空間に身を置くと、今まで分からなかったことが心で分かるようになってくるんですよね。

「全てが一つ」と言うことが理解できなかったとしても、「繫がり」は感じられるかもしれない。

そうすると今まで「人事」や「自分には関係ない」って思っていたことが、そうじゃなかったんだって思うようになるかもしれない。

「自分ひとりぐらい」とか「こんな自分なんか」って思っていたのが、そうじゃなかったんだって分かるようになるかもしれない。

全てが影響しあって、関係し合って「一つの命」を循環しているんですよね。



さてさて。長らく「感じる」シリーズにお付き合いいただきましてありがとうございました!

うまく説明できなかったなぁ、と思いますが…
「なんとなく」ニュアンスだけでも感じ取っていただければいいなぁ。


今日も最後まで読んでくださってありがとうございました!感謝


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またまた「脳」

2009-05-29 | 
こんにちは! ご訪問ありがとうございます!


なんだか梅雨っぽくなってきた今日この頃。
寒っ!


さてさて。先日「奇跡の脳」を読んでから思うこと。

この世は「現象世界」ですから、全てに「形」がありますよね。

日常生活を普通に送っていると、さして気に留めないし当たり前だと思っていますが、実は「形」があることの方が特殊で、すごい事なんだなぁって。


私達は元々「全ては一つ」と言う認識があります。

それを「左脳」の働きで、「別々のもの」「個体」と認識しているってことですもんね。

自分は?と問われると、この薄い皮膚に覆われた肉体を「自分」だと思う。
肉体より外側にあるものは、「自分ではない」と思っている。
「形」のある「物」は「ある」と認識し、ないものは「無」だと認識する。

けれども本当の私達は、形のない「無」である空間そのもの。

ですので「形」を保つためには、私達の認識が「二元性」に基づいてなきゃいけない。

必ず「一方向」からしか物事を見ることができない、と言うことですよね。
物であれ、言葉であれ。


例えば、一つの「箱」があったとします。

私達がその「箱」を見る場合、「外側」しか見られない。
決して「内側」と同時に見られないってことですよね。

例えその「箱」を透明にしたとしても、「外側」は「外側」で「内側」と「同じ」ではありえない。

けれども本来の私達の認識では「内側=外側」なので、それを表そうとすると、「形」が保てなくなってしまう。

それを司っているのが「左脳」の働きな訳で…
こうもハッキリ、シッカリ、分離させてしまう左脳って、すごい。

この仮想現実を成り立たせているのは、左脳の機能のおかげ、なんですよね。

空間の奥行きを認識し、言語を司り、外界とのパイプ役を果たし、
あらゆるものを分類し、データを収集する。
情報分析と処理能力はピカイチ。

でも逆に言えば、物が「形」を保てているのは、この「脳の働き」だけってことですもんね。

私達が不安や恐れを感じてしまうのも。
過去に捉われてしまうのも。
「固体」で「分離」した自分を守ろうとしてしまうのも。
未来を心配してしまうのも…

ジル博士が、脳卒中の最中…命の危険に晒されてるにもかかわらず、「至福」を感じたのは、それらを作り出す左脳の機能が停止したから。

と言うことは、私達はいまどんな状況にあろうと、実は常に「至福」を感じているってことなんですよね。左脳がそれを阻んでいるだけで。

ちょっと抜粋。

チベットの僧侶とフランシスコ会の修道女が、脳を調べる装置の中で瞑想或いは祈るために招かれました。
彼らは、瞑想のクライマックスに達するか神と一体になったと感じたときに、ひもを引くように指示されました。
こうした実験によって、脳の中の非常に特殊な領域で、神経学的な活動が変化することが明らかになりました。
まずはじめに、左脳の言語中枢での活動の減少が見られ、脳のおしゃべりが沈黙します。
次に、左脳の後部頭頂回にある方向定位連合野の活動の減少が見られました。
この部分は、その人の肉体の境界の判別に役立っています。
この領域が抑制されるか、感覚系からの信号の流入が減少すると、まわりの空間に対して、自分がどこから始まりでどこで終わっているか見失ってしまうのです。

こうした最近の研究のおかげで、左の言語中枢が沈黙してしまい、左の方向定位連合野への正常な感覚のインプットが妨げられたとき、私になにが起きたのかを、神経学的に説明することができます。
わたしの意識は、自分自身を固体として感じることをやめ、流体として認知する(宇宙とひとつになったと感じる)ようになったのです。




私達がこうして普通に見ている世界…「形」ある世界は、「エネルギーの奔流」なんですよね。

これは別の世界の話でも、神秘の世界の話でもなく、現実の話で。

「スピリチュアル」と言うと、どうも「神秘の世界」「不思議な世界」のように受け取られがちですが、そんなことはない。
そっちのが「リアル」なんです。

私は全ての現象や奇跡と言われる類のものは、全て科学で説明できると思っています。

「全て」である神の一側面は「法則」でもあると言えるので。

こうやって「科学」からのアプローチが、どんどん進めばいいなぁ。

科学と宗教が一つになる…と言うか、最初からそれらは補い合うものですもんね。
相対するものじゃない。


今まで「脳」の働きなんて、気にしたことなかったし、よく知らなかったけれど。
この本のおかげで、理解できた所もあるし、興味もでてきました!

ホント、私達って自分の体のこと、知らなさすぎますよね。
むちゃくちゃハイスペックなパソコンを持っているのに、使い切れてない、と言う…もったいない!

左脳と右脳の機能を知り、それをちゃんと使いこなせれば、もっと自由にもっと楽しく生きられる。

難しく考えなければ「左脳と右脳バランスよく」ってことですよね!
か、簡単すぎ!(笑)

やっぱりここでも「バランス」。

思考を沈黙させる、一番手っ取り早い方法が「瞑想」なんですよね。
「自分の中心」に戻らせてくれる。

やっぱりここでも「瞑想」!

形にこだわる必要はないけれど、自分自身が静寂になる時間は持ちたいですよね!


今日も最後まで読んでくださってありがとうございました!感謝


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奇跡の脳

2009-05-27 | 
こんにちは! ご訪問、ありがとうございます!

しっかり睡眠をとりまくって、無事復活しましたぁ!

ご心配してくださった方々、ありがとうございました!

ホント、みなさまからのコメントで元気をもらっているイリスでござりまする!
ありがたや~☆



さてさて!

黒斎さんがおススメしていた、ジル・ボルト・テイラー博士の「奇跡の脳」、読みました!!

いやぁ。

脳科学者が書いたって言うんで、難しいかも!って思ってたんですが、そんなことない。すごく読みやすかった。

読んでいて何と言うか…胸の奥がじぃん…として、思わず涙がこぼれそうになりました。嬉しいなぁ…と言う感覚。

この本の素晴らしいところは、「悟りを開く」ことを目的としていた人が、瞑想なりなんなりで「至高体験」をした、と言う経緯を書いたものではなく、

まったく違う畑で活躍していた科学者が、「脳卒中」を起こしたことをきっかけに「左脳」が機能しなくなった結果「至高体験」に到った、と言うところ。

そう!

悟りや至高体験やアセンションや何やかんやは、「それなりの修行をしないとだめだ」とか「難しい」とか「スゴイ人じゃないとその境地に到れない」とか…

そんな「既成概念」を打ち砕くには充分な内容です。

だって博士は瞑想もしていなければ、修行なんてしてなかったんですから。

ただ「左脳」が機能しなくなっただけ。それだけ。

私達は最初から誰もが「その状態」であるのに、それを「左脳」が司る「思考」が阻んでいるだけなんです。

その「思考」さえ沈黙させることが出来れば、誰でも至上の幸福を味わうことができるし、悟りを開くことができる…と言うか…「開く」ではなく、もともとその状態であったことに「気付く」ことが出来る。

彼女は「左脳」が機能しなくなって「自分のからだ」の境界が分からなくなった、と書いています。「個体の認識能力」がなくなったんですね。

なのでどこからどこまでが自分なのか、まったく分からない。
ただ自分を「流体」だと捉えているんです。

そうなんです!私達は「流れ」なんです。

私達は常に流れています。「循環」しているんですね。
あらゆるものが。

流れていることで正常に機能している。
「川」も「海」も「気(エネルギー)」も「血液」も「空気」も宇宙そのものも。

「自分」を定義する記憶や「個」であろうとする左脳の機能が停止したことによって、境界のない全て、「流れ」と言う本来の自分を感じることが出来たんですね。

博士は激しい痛みや、右半身が麻痺して行く最中に、その「至福」を味わいます。

これは「至福」が環境や状況、条件によって左右されない、と言うことを意味しています。
どんな状況下でも、(たとえ命の危険がある状態でさえ)このように「至福」を味わうことができる。

と言うことは、「不安」や「恐れ」は「幻想である」ことが分かりますよね。
エゴが作り出した妄想なんです。
それを察知した左脳が延々「物語」を紡ぎ出し、私達はそれを「現実だ」と思い込む。その繰り返し。

しかし、この3次元の現象世界で生きるには、左脳も必要です。
右脳だけではとても生きていけません。

なんせ「言語」が何を意味するか分からないし、3次元的「空間」すら認識することが出来ないんですから。

左脳と右脳は別々のもの。

それをバランスよく使うことによって、より自由に生きることができます。

そのことについても、この本には詳しく書かれてあります。
右脳と左脳の機能について、コントロールすることについて。
感情と細胞の働きについて。

あんまり書くと「ネタバレ」になっちゃうので…

これから読まれる方もいらっしゃるでしょうし!!

後半では「いまここ」についても書かれてあります。
脳科学者が書く「いまここ」は、説得力があります(笑)

あぁ!もっと書きたいこと一杯あるんだけどなぁ…

とにかく脳だけでなく、細胞の一つに到るまで、私達の肉体が正常に機能しているってことは、ものすごいことなんだ、と言うことが分かります。


そうそう。

「悟りは学ぶことではなく、学んだことを忘れることだ」(カット・ドミンゴ博士)

「本来の自分のためなら、今の自分を棄てる覚悟がある」(アインシュタイン)

と、書いてありました。いい言葉なのでピックアップ。


知識は確かに、この世のカラクリを学ぶにはある程度までは必要です。

けれども、あとは捨ててしまってください。
それが「いまここ」に在ることを阻んでしまう場合があります。

「自分は知っている」と言う思いが、エゴの格好の隠れ蓑になってしまうんです。

それが素直に、あるがままに「感じること」を邪魔してしまう。

「火が熱い」ことを、「知識」で知っているのと、「体験」で知っているのでは、雲泥の差がありますよね。

「いまここ」にしても「あるがまま」にしても…
言葉だけでなく、本当に体感で理解しているか、と言うことなんです。


必要なことは全て、目の前にあります。
知識や、書物の中にはありません。

以前も書きましたが、どんなに重要な情報が山のようにあったとしても、
自分が「いまここ」にいられないのなら、それはまったく役に立たないものなんです。

常に5感を研ぎ澄まし、活用しながらそれ以上のものを感じて欲しい。
左脳的「やらなきゃいけない」から、右脳的「ただ在る」へと意識をシフトして。



今日も最後まで読んでくださってありがとうございました!感謝


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精神世界と脳

2008-12-30 | 

今日、本屋さんに行って、いつもは見ないビジネスコーナーに

何気に寄ってみたんです。

そしたら、何やら興味深そうな本たくさん並んでいました。

一つは「脳によい事だけをやりなさい!」と言う本。

あの茂木健一郎さんが訳を担当した本だと言うので、手に取ってみた。

パラパラとしか読んでないけれど、

「脳をいかに活性化させて幸せになるか」を決めるのは、たった7つの要素

1ネガティブ思考の大掃除をする
2プラス思考で脳にポジティブな回路をつくる
3何事にも愛情表現を忘れない
4全身の細胞から健康になる
5瞑想などで脳を人智を超えた大いなる力に繋げる
6目標を持ち、脳に眠る才能を開拓する
7付き合う人を選んで脳にいい刺激を与える

だとか、今の脳科学の立場から見ると、幸せを感じるのには特別な豊かさなどは

必要ない。客観的に見て恵まれているから幸せに近づくのではなく

自分の脳がそれをどう評価するかによって幸せ度は決まるのだ、とか、

脳には「楽観回路」と「私は幸せ回路」あって、それはまるでエンジンのような

ものらしく、それをどううまく働かせることで脳の他の回路が動く、とか

脳は同じ思考を繰り返していると、固定化してしまう、とか。

ね。

ちょっと読んだだけでもまるで精神世界と同じことを書いてるんです。

他のビジネス書も似たようなものを書いていたり。やりたいことだけをやれ!とか。

松下幸之助さんも、会社は人だ、と言ってましたよね。

利益を追求する余りに、消費者と敵対する道を選んでしまう今の企業とは

反対に、「人の為」と言う思いが基本にある。

一番は「消費者の為」であり、次に「社員の為」でもある。

人を使い捨ての道具のように扱い、社員が「働きたくない会社」と思っている企業に、

決して未来はない。

基本、企業と消費者と言うのは同じ方向を向いているべきだと思うんです。

消費者のニーズに応え、社員を大事にする姿勢が、最終的に利益に繫がる、と言う

のが企業のあるべき姿なのではないだろか、と思う。

(無闇に値段を下げるだけが、企業努力ではない、と言うこと)

とにかく、私達のあるべき姿をビジネスから、スポーツから、芸術から、科学から

哲学から…と、様々な方面で追求して行くと、全て辿り着く場所は同じなんです。

「精神世界」や「スピリチュアル」は宗教的な「括り」があり、

どうもなじめない人や反感のある人がまだまだ多く、その手の本を読んだことが

ない人もたくさんいると思います。

でも、まったく知らずに実践している人も多くいるのも事実です。

結局、「生きる」と言うことを突き詰めれば、みんな同じ所に行き着くんですね。

ですので、私は「精神世界」や「スピリチュアル」と言うものを

別の世界か何かのように括ってしまうのには、違和感があるんです。

それらの「真の意味」は私達が生きることそのもの、ですから。

逆に精神世界にだけどっぷり浸かるのではなく、科学や医学や芸術や…

様々な方面からアプローチするのもいいと思います。


私達にヒントを与えてくれるものは、何も立派な本だけではありません。

何気に聞いた歌の一説や、友達のおしゃべりや、映画のワンシーンにも

珠玉の言葉たちが散りばめられています。

それを感じ取り、受け入れられるように、常に柔軟でありたいですね。

頭も、心もガチガチに固まってしまわないよう。

大切なのは、意味であり、本質です。意図であり、動機です。

もし行き詰ってしまったのなら、あんまり考えすぎないよう、

一旦問題から離れ、頭をスッキリさせるのも一つの手です。

考えすぎる、と言うのは凝り固まった思考(マインド)がぐるぐる

同じことを考えて混乱していることですから、そう言う時は決して答えはでません。

ゆっくりお風呂に浸かったり、公園を歩いたり、リラックスできる環境で

ぼぅっとしたり、癒しの音楽を聴いたり。

瞑想が出来る人は、瞑想をしたり。

脳波をα派にすることが大切です。脳を休める意味でも。

ネガティブな思考がストップでき、自分の本質と繫がりやすくなります。

(思いっきり笑うとか、思いっきり泣く、と言うのもいいですね!)

そうすると、「もうこれしか道がない」と思い込んでいたのに、

ぱっとよい案が閃いたり、違う方法を思いついたり、

絶望的だと思っていたことが、実は大した事じゃなかったりするんです。

あまり自分で自分を追い詰めないようにしてくださいね。

仕事を休むことは、いけないことでもないですし、無責任なことでもありません。

自分の心と体のメンテナンスも、重要な仕事の内です!

ダメだと思ったら、無理せず休んだり、周りの人に助けてもらってください。

何でも一人で背負ってしまう人は特に。

それは恥ずかしい事でも何でもないですから!

周りの人を幸せにしたい、と思うなら、自分が幸せであることが大切です。

深呼吸して、にっこり笑ってください。絶対、大丈夫ですからね!


今日も最後まで読んで頂きまして、有難うございました感謝

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