ちょっと昨日の続きなんですが、
そう言った意味で、「精神世界」と括られるものの中にも
皆の好奇心を刺激したり、興味を引いたりする「入り口」的役割があるんです。
言ってみれば、子供用の「オモチャ」みたいなもの。
「成功の法則」と言うものの他に「過去世」や「前世」もそうですよね!
自分の前世って何だろう?って確かに一度は気になります。
でも人は地球のだけでも300回~500回ぐらいは最低でも転生している訳ですから
善人から悪人、貧乏からお金持ち、無名な人から立派な人までたぶん
一通り経験しているんですよね。
でもやっぱり「どこぞのお姫様だった」とか言われると、いい気分になっちゃいます。
「わぉ!お姫様だって☆」ってそれだけで終わればいいのですが…
現在の自分に不満を持っていると、その「過去世」をアイデンティティーにしてしまう
場合があるんです。
生きているのは「今の自分」なのに、それを否定して「過去の自分は特別だったんだ」
と過去にすがって生きてしまう。それはとても悲しいことです。
今の人生にプラスになるのであれば、過去世を知ることはとても大切ですが、
「自分を特別だと思いたい」「何か特別な使命があると思いたい」と言う
エゴの働きの餌食になってしまう恐れもあるんです。
私達は誰しも、大なり小なり役割を持って生まれてきています。
そう言う意味で、全ての人が特別です。特に今の時期に生まれて来たのですから、
全員が特別なんです。必要じゃない人は、一人もいません。
たとえただの主婦や、会社員だとしても、それが重要なんです。
私達は全員で(全体として)、この「地球」の物語を紡いでいますから、
誰一人欠けても成り立たないんです。
過去は過去ですから、あまり重きを置きすぎないようにしたいですね。
ただ人によっては、過去のトラウマや引きずっている思いがあまりに強く、
現在の人生に支障をきたしているケースもありますから、
それは、きちんと過去世を知り、向き合ってリリースするべきです。
でも、それを手放したら、ただの過去の一ページ。今の自分に統合されます。
あとは「透視」などの超能力系でしょうか。
江原さんでおなじみな「透視」能力。人間っておもしろいもので…
江原さんの能力が「本物かどうか」ばかり気にしてますよね。
バッシングしている記事をチラリと見たことがあるんですが、ゲストの人が
テレビ局からあらかじめ色々聞かれた、とか事前調査があったとか。
彼の言っている内容がどうか、よりも、そちらの方ばかり検証しているんですよね。
もし彼が「偽者」だとしたら、言っている内容も「嘘」になり、
彼が「本物」だとしたら、言っている内容も「本当」になるってこと。
おかしいですよね。
大切なのは彼が何を言っているか、であって、能力がどうのなんて関係ないんです。
私達は有名人の言葉ならまだしも、無名のただの「人」の言葉は胡散臭いと言って
聞かなかったり、偉そう、お説教されていると感じ、敬遠してしまいます。
しかし「守護霊」とか「高次元」の存在とか「神様」とかの、何やらスゴイ存在からの
メッセージですよ、と言われればストンと信じちゃうんですから。
内容がどうであれ。
霊能力もそうです。能力がある人がスバラシイ訳でもないのに、
何やら不可解でスゴイ能力を見せられると、またもやストンと信じちゃう。
「ただの大工の息子」であるイエス・キリストが教えを説いて周り、民衆に絶大な
支持を得たのも、「教え」よりも彼が見せた「奇跡」の方なんですね。
そう言う「霊能力」と言うのは「魂」がもともと持っているもので、
私達誰しも使えるものです。ただ、今は「人間」だと思い込んでいますし
「使えるはずがない」と言う「枠」がありますから使えないだけで。
ですので、「人格」と「霊能力」は比例しない場合もあるんです。
透視できる人が特別でも、偉いわけでもないってこと。ただの「個性」みたいな
ものですね。音楽が得意、とか走るのが得意、みたいなのと同じ。
人によって見るのが得意な人と、聞く派、匂う派、感じる派、と様々です。
…と、言うように、私達の好奇心を刺激してくれるものはたくさんありますが、
それは飽くまで入口。
真実の一旦を分かりやすく切り取った「一部」なんですね。
本当の意味で幸せになりたいのであれば、その本質の部分
「真理」を知る必要があるんです。それが本当の意味での「精神世界」であり
「スピリチュアル」なんです。
テレビの情報だけで、オーラを見たり、前世を言い当てたり、亡くなった人と
交信するだけがスピリチュアルではないことを知って頂きたいなぁと思います。
本当の意味でのスピリチュアルは、生きていく上での基本のようなものです。
例えば、起きたら歯を磨きましょうね、外に行くときは靴を履きましょうね、
ご飯を食べる前は手を洗いましょうね、見たいな感じ。
でも大体の人が、スピリチュアルに関心がある人でも、「現実にそぐわない」と
思っている人が多いのではないでしょうか。
このギャップはどこから来るのか。
これはやはり、表面上の「言葉」だけしか理解していないことから来る
誤解なのではなかろうか、と思うんです。
例えば、ありのままの自分を受け入れる、自分を許す、自分を愛す。
これってただ普通に読めば、「え?今のままの自分でいいの?」ってなりますよね。
他にも「努力しない」「流れに乗る」「自分がわくわくすることだけやる」とか。
これも「ええっ!?何もしないでいいの!?」ってなりますよね。
今までは何かを為すには血ににじむような努力と苦難を乗り越えなければいけないと
思い込んでいますから、ここだけ読めばまるでパラダイス。
もちろん、「やってみよう」とやる気にもなります。
私の知り合いにも、こう言う人がいました。
精神世界の「自分の本当にやりたいこと、わくわくすることだけをやる」と言う
言葉に感銘を受け、ずっとしたかった仕事一念発起して、することにしました。
もちろん、最初はやる気です。
好きな事をしてお金が入ってくるわけですから。
しかし…良かったのは最初だけ。みるみる経営が悪化し、結局開業してまもなく
店を閉じる事になってしまいました。
結局その人は「やっぱり精神世界なんて理想論だ。やりたい事をやって成功する
人なんて、ほんの一握りなんだよ。普通の人は食べるために、嫌な仕事でも
仕方なく働かなきゃいけない。それが現実なんだよ」と言う結論に至り、
「やっぱりできない」と言う思い込みを強化する結果になってしまいました。
こう言うこと、ありますよね。
もちろん、言葉を信じれば成功するはずです。けれどもダメだった。
どうしてでしょうか?
それは、全ての現実は自分の意識が作るからです。
彼は、「やろう!」と思っていた反面、エゴによる「本当に成功するのだろうか」
「やっぱり無理じゃないだろうか」と言う不安を抱いてたんです。
自分自身を100%信じきれていなかった。
それが宇宙に届き、現実化されたんです。
今まで、そうやって失敗する人を数々見て来たことによって「思い込み」を
強化してきた私達にとって、既存の「現実」は非常にリアルですし、
エゴに支配されている中、自分自身を信じることは至難の業です。
ですのでまずは、自分自身と向き合い、エゴから離れて思い込みを手放すことが
大切になるんです。本当の自分、本当の現実に気づくこと。
そうして本当の自分で生きていくようになると、意識が180度変わってしまうわけですから
エゴに支配されていた時に「やりたかったこと」と、
本当の自分が「やりたいこと」が違ってくる場合もあります。
本当の意味でのやりたいことは、「自分の為」と言う利己的動機ではなく、
利他的動機になってくるので、宇宙の流れに沿うことができ、
タイミングよく事が運び、まるで導かれているように感じるかもしれません。
(やりたい事が変わる、と言うのは以前は「社長になること」とか「何かで一番に
なること」が成功だ、とか、結果が出せないと意味が無いとか、
他人に認められたいと言うエゴからの「やりたいこと」だったのかもしれませんから、
そういう「成功」を求める気持ちから解放されるんです。)
今の仕事に対しては、「仕方なく」働いていると言う意識から、
「働かせていただいている、ありがたい」と言う意識に変わりますし、
「自分だけ」と言う狭い視野から全体の視点で見られるようになっていますから、
今の自分がやっている仕事が、どのように役に立つのか考えるようになり、
「お金の為」「自分の為」じゃなく、役に立つ人たちのために頑張ろう、
と言う気になってくるんです。
もちろん、それを分かった上で、好きな事をしてばんばんお金を稼ぐのも
決して悪い事ではありません!あった方がいいことはたくさんありますから。
お金がないと生きていけない、と言う執着や、お金はただのエネルギーとエネルギーの
交換手段であるのに、お金自体にパワーがあると思い込み、
お金を稼ぐ事が「目的」になってしまったり、あと
スピリチュアルに関わっている人に多く見られるんですが、
お金を持つ事に対して、罪悪感を持っていることがよくないんです。
と言う訳で、何を為すか、と言うよりも、意識がどう在るか、が大切なんですね。
またまた長くなってしまいました~
アワワ
いつもいつも…読みにくい長文にお付き合い頂いて、感謝です
今日も最後まで読んでくださって、ありがとうございました
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