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☆Rainbow Light☆

日々の徒然日記。最近は日本の現状を綴っています。

スピリチュアルの罠3

2009-05-08 | スピリチュアルの罠
みなさんこんにちは!いつもご訪問ありがとうございます!!


そういえば、近所の本屋さん。

小さくもないけど、大きくもない、駅から離れた田舎の本屋さんなんですけど…
最近「精神世界コーナー」なるものが出来ていました。

こんな所にまで!とビックリしたんですが、その内容は、と言えば…
仏教書の隣に預言者があったり、引き寄せの法則系の本があるかと思えば、相対性理論の本があったり、宮沢賢治の本やら般若心経やら…内容はちゃんぽん。

とりあえず宗教、オカルトっぽいものは全部「精神世界」にしちゃえ!みたいな…
うーん。
世間の認識を垣間見た気がしました…


さてさて!今日も昨日の続きです。なにやら長くなってきましたが、もうちょっとお付き合いください。


その頃の私はとにかく、葛藤を手放さなきゃ!と自分と向き合っていたんですが、その動機は、と言うと「恐れ」が少なからずあった気がします。

最初に知った知識の中に「アセンション」があり、そこではアセンションできる人は一部で、出来なかった人は眠り込むか死んでしまう、と書いてありました。

盲信はしなかったけれども、なんとなく「アセンションできなかったらどうなるんだろう」と言う不安はあったんですよね。
だったらしないよりした方がいいし、きっと自分はアセンションを体験する為に地球に生まれてきたのもあるんだろう、と思いました。

人間って面白いもので…「幸せ」の為には動かない人が多いのに、「恐怖」を与えると慌てて動き出すんですもんね。自分もそうだったんですが。

人を動かすには「恐怖」だ、と、今人間達を動かしたい存在たちは知っているだろうなぁと思います。
いつまでたっても「のほほん」とした私達に痺れを切らして、大げさに言っているんだなぁ、と。

でもその「恐れ」と言うのは結局、自分の為、ですよね。
自分が恐い目に遭いたくない、自分だけは救われたい、と言う思い。
それは「エゴ」のものです。

そんな「恐れ」が動機の行動では、何をしてもエゴを強化するだけで、ますます「分離」してしまうだけなんです。

その頃の私も、その「自分」と言うものを徹底的に知るハメになっていました。

誰かの為、と行動しても結局はその「誰かの為」と言う思いに隠された「自分がいい人と思われたい」「魂のレベルを上げたい」と言う自分の為、と言うエゴを発見します。何度も、何度も。

それはある意味、自分との戦いでもありました。
自分自身のもう一つの側面から、「まだこんなものがあるぞ」「手放せてないぞ」と、その部分を拡張して目の前に突きつけられます。

その度に、それを受け入れ、意識の光をあてる。
これが俗に言う、光と闇の戦い、と言うものかもしれない、と。


目の前で苦しんでいる人を助ける事が出来なかったとき。
誰かの役に立ちたい、と思っているとき。

その時も、「私が」あなたの為にやってあげる、と言う思いがあることに気づきます。そして、耳を塞いでいる人には何を言っても届かない。その時の無力感…

自分は何もできないんだ、と言うことも受け入れなければなりませんでした。
その時はかなり落ち込みました。

あぁ自分は何て弱いんだろうか!
でもそれを認めたとき、自分は強くなれたんです。
自分が何もできない、と知っている。自分は弱い人間だ、と知っている。

それは「知識」として知っているんじゃなく、「体験」として知っている、と言うことは自分の強さになりました。

それに、自分と同様に「相手を信頼する」と言うことも気づきました。
今まで自分が苦しんできたために、同じように苦しんでいる人を見ると放っておけない。ついつい、ああだこうだ言いたくなる。

けれどもそれは裏を返せば「あなたにはできない」と言っているようなものだったんです。
相手は神。自分の問題は必ず自分で解決できる、と信頼すること、なんですよね。


そうやって何度も、何度も気付かされては、スタートラインに立ち返る。
その繰り返し。

自分で気付けることは手放す。
気付けないことは目の前で起こる問題から、手放すべきことを知って行きました。

それまでぱんぱんに溜め込んだ「知識」を、一度全て捨てなければなりませんでした。
もちろん、知識によって理解した事もたくさんあります。

けれどもそれから先は、「体験」あるのみ、だったんですね。
買った本を開かなくなり、サイトめぐりも自然にしなくなりました。

目の前で起こる事、感じる事が、大切な事を教えてくれていたんです。
情報は文字になった時点で「固定化された」ものです。

それに、湧き上がってきた情報を「解釈」し「文字」にする時点で、その人の「主観」が入ります。それを受け取る人も自分の「主観」を通して解釈するわけですから、正確に伝える、と言うことはとても難しい。

受け取る側がそれをきちんと知っていればいいんですけれど…。

結局は自分がどう思うか、どう感じるかなんだ、と言う事を理解することが出来ました。


さて、その頃にはもう「自分は特別だ」と言う思いも散々に打ち砕かれていたので(笑)随分自然体になっていたと思います。


そんなとき、二度目の気付きがやってきたんです。

リビングのソファに座っていたとき。
何も考えていなかったんですが、突然「全ては神である」と言う思いが降ってきました。

それまでも「全ては一つ」と言う言葉は何度も聞いて知っていました。
けれども、頭では理解できていたんですがやはり「神と自分」「宇宙と自分」と分離して考えていたんですね。

その後、あ!と思い、慌ててベランダに出ました。
その時見た空や雲や太陽が、今までとは全く違ったものすごい圧倒的な「存在感」を持って私の目に映ったんです。

私は感動して喜びに震えるのが分かりました。
体の底から湧き上がる歓喜。

毎日見ていた空なのに?
でも違う。あれは「空」ではない。「存在」そのものだ。

庭の木。葉っぱの一枚、道端に転がっている石ころに至るまで、それは「神」なんだ。神ではないものは存在しないんだ!
神は愛。全ては愛でできている。
それが頭ではなく、体…心で理解できました。

私の肉体も神であるし、私自身も神であるんだ。
その時、自分がなくなる瞬間を感じました。

それが「悟り」であるかどうかは分かりません。
悟った状態がどんなものか知りませんし、それを感じた時確かに「自分」はいなかったんです。悟った、と認識する自分がなかった。

「私」なんてものは最初からいなかった。
私はここに存在する「全て」なんだ。空間も無も宇宙も含めた全て。

この皮膚に覆われた肉体である「私」を守る必要なんて、何一つない。
ぜんぶ一緒なんだから。

それまでまるで演劇の舞台の「書割」のようだった風景が、急に「生命」を持って輝きだしました。
私の目に映っていたのは「形」で、別々のものだと認識しているけれど、その本質は全て同じ存在…神なんだって。

阿部さんや黒斎さんみたいな派手な「至高体験」はなく、至って地味~な体験でしたが、今までどうしても超えられなかった「三次元的な思考」を、いとも簡単にひょいっと超えることができました。

そうすると、本当に今まで手放せなかった「自分を証明するもの」が何も必要なかったんだ、とホロホロと手放すことができたんですね。
考えるよりも前に。


でも、それだけです。
それは特別な事でも何でもなく、みんな例外なくその状態なんです。
ただそれを「思い込み」が阻んでいるだけで。

でもそれも、自分で望んだ「体験」です。
どのようなプロセスで思い込みを手放し、本当の自分を思い出すのか。
思い出したときの「歓喜」を楽しみたいがための、チャレンジです。

偉い人もいなければ、落ちこぼれの人もいない。

私達はそれぞれの「特性」によって、それぞれの体験をし、生きる、と言う表現をしているだけなんだ。その人生にいいも悪いもない。

ですので、目覚めた人は自分の人生を生きながら「地球救済ゲーム」に参加して、そのプロセスを楽しむ。
目覚めてない人は、二度と来ない「覚醒」までのプロセスを楽しむ。

一度目覚めてしまったら、もう目覚めていない時の体験が出来ないわけですから!

精神世界の真実を理解すればするほど、地に足が着いてきます。
現実を生きることに目が向いてきます。


私もまだまだ勉強の途中で、日々学びです。
何をしても、何を見ても、気付かされることばかり。

時に落ち込み、泣いたり怒ったりもするけれど、それでもいいんだって思える。
私はいま、ここで生きている。

私がいま、やりたいこと。
それは阿部さんや黒斎さんみたく、みんなを引っ張って行くようなことは出来ないけれど、いつでもここにいて「大丈夫だよ」と言い続けたい。

みんなの心の側に寄り添っていたい。
みんなが感じることを一緒に感じたい。

それが出来れば嬉しいなぁ、と思う。


あぅ!またもや長くなってしまったのぉ~…
読むの大変だとは思いますが!長らくのお付き合い、ありがとうございました!


今日も最後まで読んでくださってありがとうございました!感謝


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スピリチュアルの罠2

2009-05-07 | スピリチュアルの罠
みなさんにんぬつわ!今日もご訪問ありがとうございます!


さてさて、昨日の続きです。

自分は地球を救うために生まれて来たんだ!!と無駄なやる気に満ち溢れていたその頃の私は、今までの苦しみから解放されて楽になった反面、新たな苦しみの中に身を投じていたんですね。

片方の手で今まで持っていた「思い込み」を手放しつつ、もう片方の手で「精神世界」と言う名の新たなガラクタを集めて「エゴの強化」をしていたんですから。

小さい頃から知りたかった人間と言う存在は何なのか、何のために生きているのか、文明とは何か、と言うような問いに対して、納得できる答えを初めて得る事ができ、ここに真実がある!!と疑いのない状態でした。

ですので、周りの人に言っても理解されないと「自分が正しい。この真実を信じないなんて愚かだ!」とこの知識を無理やりにでも、信じさせようとしてしまうんですよね!!特に家族は被害に遭ったと思います…ごめんよぅ!

そこではまだ「いい」「悪い」と言う二元性の判断を捨てきれていなかったので、「悪」や「物質主義」の人たちに対して、嫌悪感を抱きます。

そう!!!「魂のレベル」と言う言葉に踊らされて「あの人は自分より魂のレベルが低いから、理解できないんだ」と思ったり、自分よりすごい人を見て「あの人は魂のレベルが高いんだ!いいなぁ」と思ったり。

精神世界でランク付けをしてしまう、と言う…

自分自身の魂を浄化し、レベルアップをする為にも、必要なのは「テクニック」だ!と思い込みます。

その時の自分は「ヒーラーになりたい」と思っていました。
人々を癒したい!それには「ヒーリング能力」が必要だ!と。

そう!次に着手したのが、「サイキック能力の開発」。
そこで様々な能力を得れば、人を癒すこともできるし、自分に何が起こってもその理由を知ることができるし。

なにより天使とか神様とかと繫がれば、教えてもらえるし。(←他力本願)

そこであるセミナーに行き始めます。
しかぁ~し!まるで素人だった私ですが、他の生徒達は、もうヒーリングのサロンを開いている人たちや、ものすごい敏感な人たちとかばっかり。

もう最初から落ちこぼれ。
「みんなが出来ることが、自分にはできない!!」
と、あのコンプレックスが蘇り、物凄く苦しみます。

それに能力が開発されるものと思っていたのに、自分自身何の変化もないんです。
他の人は見えるようになったりしていたのに。
「どうして自分だけ!?」と悩む日々。何をやっても出来ない、わからない…

結局何の収穫もないまま、そのセミナーを終えるんですが、変化は終わってから現れました。

セミナーで教わった手法を、教室で一緒になった方たちはもう自分のものにし、自分のサロンで生かしていたり、新しくヒーリングサロンを開いた、と言う話や、生き生きと自分よりずっと先を進んでいる友達を見て、本当に焦りました。
自分は何も変わってない!って。

結局、何をやってもサイキックな能力をゲットできない自分、変化のなかった自分に、ガッカリし、「やっぱり自分はダメなんだ…特別だと思ったのに…もう諦めよう…」と、頑張ることを諦めました。

自分は「選ばれし勇者」じゃなかったんだ…普通の人だったんだ…
とそれを受け入れたとき、今まで気付かなかったことが分かりました。

セミナーで習った「信頼する」ってこと。
リーディングをする時は、必ず自分は「筒」になりなさい、と言われていました。
「自分」を消してしまうこと。

自分のハイアーセルフと相手のハイアーセルフを信頼して、最善の事が行われることを信じること。

それとやって来た人はみんな「神様」だ、と言うこと。
「自分が助けてあげなきゃいけない可哀想な人だ」と思わないこと。
自分が何とかしてあげようと思わないってことですね。
神様に全部お任せしちゃうってことなんです。

自分が彼らを救うんじゃなく、彼らが自分を救うんだってことがやっと分かったんです。そこでもう、ヒーラーになるのは止めました(早!!)

私は一時的な対処療法ではなく、根本的に癒したかったんです。


まだこの頃の私は自分を信頼することができず、絶えず疑っていました。
これでいいんだろうか、間違ってないんだろうか、と。

あんまり不安なので、チャネリングできたら神様に聞けるし、その都度これでいいですか、と確認を取りたかったんですよね。
ただの「依存心」です。

外側の「自分以外の誰か」を信頼するんではなく、「自分自身」を信頼することが体感的に理解できるようになったんです。

まぁ結局、不純な動機ですから、能力開発なんてできる訳がなかったんですよね。
とにかくそんな感じで、私の神様は「スパルタ」だなぁ…と。

自分が天狗になって自分が正しい!と思っていると、同じような人が目の前に現れ、私を「間違っている!」と自分が思う正しい道に入るよう説得されたり。
(以前の記事に書いた、エホバの証人の人ですね!)
痛い目に遭うようなことが起こって、目が覚める、と。

その繰り返しでした。
私は「依存心」が強かったらしく(←後になって気付いた)、要所要所で一人にならされるんです。「頼る人」がいなくなるように。
自分一人で乗り越えられるように。「大丈夫?」なんて優しく聞いてくれません。

「おら!やれ!一人で切り抜けて見せろよ!」ってぽぉーんと放り込まれるんです。か弱い乙女なのに!!

徹底的に「自分は一人だ」「自分を助けるのは自分自身しかいない」と言うことを体験させられました。痛かったし、辛かった…

確かに、今の私も霊能力やサイキック能力といわれるものは皆無です。
ただの普通の人。

一時は不思議の世界へ行ったりする人たちに「特別」なものを感じ、あこがれていたんですが、今はあぁどっちでもいいんだ、ってことが分かりました。

彼らはそれを皆に見せることで、他にも世界が一杯あるってことを教えてくれている。私達の「見えているものしか存在しない」「人間は地球しかない」って言う思い込みのたがを外してくれる。

けれども私達3次元の世界に生きていると、不思議な話やファンタジーな話が大好きですよね。そこへ行きたい!体験したい!って思います。
3次元の(夢の)世界より、そっちのが重要って思ってしまう。

でも今、私は「普通な人であること」がとても大切なんだって思います。
だって私達は「そこから」来たんだもん。
そしてまた「そこ」へ帰るんだもん。

ヨーロッパ旅行に来ていながら、ヨーロッパを満喫せずに、日本へばかりに帰ろうとするようなものだと思う。それはもったいない。

ここで「他人」と関われること。
隣の人の温かな体温を感じられること。
彼らと共に物語を紡ぐ事ができること。
制限の中で知る本当の愛や幸せ。
喜びを共有できること。

これって素晴らしいことだって思う。
私は人間でよかったと思っています。

一生懸命生きる人間は、とても美しい。
泣きながら、苦しみながらも、前に進もうと、必死で生きようとするその姿は感動すら覚えます。
自分に湧き上がってくる感情が、例えそれが怒りだったとしても、それすら愛おしく思う。感情があるってすばらしい。

ケンカしながらも、分かり合えるってすばらしい。
自分の足で歩いて、痛い思いをしながらも、泥んこになりながらも、何かを達成する、知ることが出来るってすばらしいって思う。

私はずっと「人間」が嫌いだった。
嘘つきで汚くて、卑怯で卑屈で傲慢で弱くてずるくて。
自分が人間である事が我慢できないぐらい嫌だった。

けれども、今は違います。
自分がどの部分に意識をフォーカスするかで、受け取り方がまるで違って来るんだなぁ、と。陰陽二つの部分があって、人間なんだ。
それを知ることが出来て本当に良かったなぁと。


おっと!!!話が逸れた上に、長くなってしまいました…
と、言うことでまだまだ「勘違い」珍道中は続きます!


今日も最後まで読んでくださってありがとうございました!感謝


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スピリチュアルの罠

2009-05-06 | スピリチュアルの罠
みなさんこんにちわん!今日もご訪問ありがトゥース!!(←春日風に)

犬バカだとは思いつつ…

買ってしまったのだよ!!犬リュック。

これで犬と一緒に自転車に乗れるぜぃ!と思い…殆ど衝動買い。

ふふふ。どうだ!!この凛々しき勇姿を!!!(↓旦那です)

       

………

………いやぁ。

これで走ってると、すれ違う人すれ違う人振り返る…

一休みに寄った公園で、おっちゃんが一言。

「…犬は走らせた方がいいんぢゃない?」

あべし!!その通りでございます…

でも!遠乗りしたかったの!!到着した場所で犬と戯れたかったのぉ~!!
あぁ!こうなるまいと思った犬バカまっしぐら。

えぇ服も着せてますが、何か!?オホホ☆




私はある出来事から、初めて、自分が「生きている」ことを知りました。

今までも自分は生きているって思っていた。
生きているのが当然だと思っていた。その事について注意を払った事もなかった。
でも、そうじゃなかった。私は死んでたんだ。

初めの気付き。

それは私の意識を一変するのに充分でしたが、それでもやっと「スタートライン」に立てただけだったんです。

それまでがあまりに酷かったから…
真っ暗闇の底なし沼に足を取られて、必死にもがいているような日々。
世界中の苦しみが自分めがけて襲って来ていると思っていたんです。

何をやってもダメ。
誰ともうまくいかない。
一人きり。
誰も助けてくれない。
息をするのも苦しくて、笑える人が不思議で仕方がなかった。
何がそんなに楽しんだろう?
そもそも「楽しい」って何だろう?

そして何もかも諦めてしまったんです。
底なし沼で必死にもがくのを。
もがいてまで生きて何になる?
苦しみが待っているだけだ。

そう思って最後にしがみ付いていたものも、手放しました。
自分であるための、最後の砦。
底なし沼にゆっくりと沈んで、そこで終わると思ったんです。

けれども「底」にあったのは、思ってもみないものでした。
本当の自分。
そこには今まで体験したこともないような「純粋な愛」がありました。

私は、生きている。そうか。生きてもいいんだ。幸せになってもいいんだ。

魂が震えるほどの思い…エネルギーのようなものが駆け抜け、私は知らないうちに声を出してわんわん泣いていました。

鬱のせいで涙さえ、出なかったのに。
今まで溜まっていた心の澱を吐き出すかのように、感情を爆発させていたんです。

まったく何の知識もなかった私がその時気付いたのは
生きていること。
幸せになってもいいんだってこと。
自分の意識が人生を創っていたってこと。
(自分で自分を苦しめていた)
本当の愛が存在するってこと。
それだけでした。

意識は一変したけれど、すぐに何もかもが変わるってことはなく…
そこからは一歩一歩自分の足で歩かなければならなかった。

その時から何となくコレは真実だな、と言うことが分かるようになったけれど、私のフィルターの汚れ…「思い込み」はそう簡単には手放せなかったから。

言ってみれば、階段の10段先の状態が理解できるようになる。
けれども自分の足元を見ると、階段の一段目さえ上れていないんです。

そのギャップはとても苦しかった。
その時は「目覚め」と言う言葉も知らず、ただ元の自分に戻るために、必死でこびり付いた汚れを取る作業を繰り返していました。

そこでも、誰も助けてくれない。
自分で自分を助けるしかない。
今まで見ないでやり過ごしてきた自分と、深く向き合うのは、苦痛だった。
それでも、自分がやるしかない。

スピリチュアルの世界に入ったから、と言って全てが一辺に「良くなる」訳ではありませんでした。私は魔法の呪文か何かあったり、天使やマスターたちがほほいのほい!で助けてくれると思ってたんですね。

そこで「精神世界」や「スピリチュアル」と言うディープな世界を知り、どんどんのめりこんで行くんです。「知りたい」と言う欲求から。

けれども私はただの「知識」だけでぱんぱんになり、何でも知っているかのような錯覚に陥ることになります。そうです!
「スピリチュアルの罠」。

以前も記事に書いたんですが、私はことごとくそう言った「精神世界の物質主義」にはまり込んでしまっているんです。

リアルな世界、現実世界では何者にもなれず、得意な事もなく、取り得もなくコレと言った趣味もない。平凡な自分。

けれども精神世界では水を得た魚のように、自由になれる。
周りの誰も理解できないことが、自分には分かる。
それですっかり自分が「特別な存在」になったような気がしたんですね。

そして「ライトワーカー」や「インディゴチルドレン」と言う言葉に「特別」なものを感じ、自分がそうである証拠を探し始める。

私にはきっと使命があるはずだ!!
きっと前世も何か立派な人だったに違いない、と。
前世が「何者」(有名な人とか)であるかで、今の自分の「価値」が変わる。

だったら、スゴイ人が前世であって欲しい!あぁ知りたい!
気分はすっかりドラクエの「選ばれし勇者」気取り。

その時の私は「いいことをしている」「正しい事をしている」と言う思いに隠されて、それが「エゴ」のものだと気付かなかったんです。

スピリチュアルカウンセリングやメールリーディングをしてもらい、何とかして自分の「使命」を知ろうとします。

あなたのオーラの色は特別だ、と言われたい。
あなたは特別な使命がある、と言われたい。
あなたの守護する存在は、とても偉い方々です、と言われたい。
あなたの前世はスゴイ人です、と言われたい…(ウハァ)

…が結局、何も分からずじまい。
オーラの色も普通だし(笑)って言うか、その時の状態が酷かったので、全体的にくすみまくり!

その時は「インチキだ!」と思ったんですが、知らなくて良かった、と今は思います。

それまで私は何の為に生きているか、分からなかった。
だから「使命」がもし分かったとしたら、きっとその為だけに生きてしまう。
それだけに意識の焦点を当てて、他の何も見なくなっていたと思う。

ホント、人生うまくできているんですね。

自由になるための精神世界の知識なのに、すっかり気付かない内にエゴの強化の為に使ってしまっていたんですね。

今は「ライトワーカー」や「インディゴ」であるかどうかは、どっちでもいいって思っています。
地球に来たってことは、全員「ライトワーカー」でしょうし。
全員特別ってことは、特別な人なんて誰一人いないってこと。

「使命」に関しても、「やらなければならない」じゃなく、自分の心からやりたいことをやればきっとそれがその人の「使命」なんだと思う。
おいしいご飯を作ったり、美しい歌を歌ったり、人を笑わせたり…
自分も楽しく、周りも楽しい。

それは聞くものじゃなく、自分で見つけるものなんだなぁ、と。

さてさて。まだまだ私のすったもんだ「勘違い」珍道中は続きます!
続きは明日!!


今日も最後まで読んでくださってありがとうございました!感謝


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相手を思い通りにしようとすること

2009-02-17 | スピリチュアルの罠
こんばんは!今日は寒かったですね~

東京はあんまり雪は降らないので、ちょっと積もって欲しいなぁ、と思うイリスです。


さて、スピリチュアルの落とし穴にはまってしまったイリスの第2弾!

今回は、これを書きたいと思います。

真理を追い求めて、だんだんと理解が深まって来た頃…

「これが正しい!!」と思うようになります。

そうなんです。これが正しい、と思うことは反面、正しくないとすることがあるってこと。

他の人たちを「正しくない」生き方だと思い込んでしまうんですね…(((((( ;゜Д゜)))))ガクガクブルブル

そうやってまずは家族が被害に遭うわけです(笑)


はた迷惑にも、嬉々として自分の考えを押し付けていた頃…

ある人物が我が家に訪問します。

その名は…そう!「ものみの塔」の布教の人です!

仮にその人の名前を田中さんとします。

田中さん(女性)はにっこりと笑って、「聖書を読んだことはありますか?」と

インターホン越しに聞きました。

おお!これはいい!と私は玄関を開け、彼女を迎え入れるわけです。

もちろん、彼女の考えを変えてあげよう、間違った宗教を信じていることを

教えてあげて、正しい道に導いてあげよう、と言う思いから。


田中さん(仮)はとても物腰の柔らかな、優しい人でありました。

私の話もうんうん、と否定せずに聞いてくれます。

しかし…何度話しても、やはり平行線なんですよね。

彼女は聖書とエホバの神を盲信している訳ですから、

「神様はあなたの中にいるんです、あなたも神なんですよ!」と言ったところで…

哀れみの目で見つめられるだけでした…うぅ


彼女は、世紀末が近づいている、このままでは人間は滅んでしまう。

助かるためには、エホバの神を信仰しなきゃいけない、と言います。

一人でも多くの人をエホバの神を信仰させ、一人でも多くの人を救う為に

布教活動をしているんだそうです。

「それが私に与えられた使命なんです!」と。

結局2時間も話し込んでしまい…二人とも疲れ果て、1回目の対戦は終わりました。


彼女が帰った後も、私はそのことについてずっと考えていました。

彼女を救ってあげなきゃいけない。どうしたら、自分の言うことを

聞かせることができるんだろうって。

そうやって、田中さん(仮)は何度も家に訪れては、お互いの「神」の話をし、

平行線の状態が続きました。

私は考えます。

どうして彼女は、自分の考えを押し付けるんだろう?

自分の神を信仰しなきゃ「いけない」と思い込んでいるんだろう?

どうしてそれが「いい」って思うんだろう?

嫌がる人もいるだろうに…と考えて、ハッと気付いたんです!!

ちょっと待て!?私も同じことをしていないか!?って。

それに気付いた途端、うはぁ~~~~っと恥ずかしくなりました。

私も自分の考えが「正しい」と思い込んで、他の人にそうしなきゃいけないんだ!

って押し付けていたじゃないか!

人それぞれでいいんだ。ゴールへ至る道は、人の数だけある。

誰もが「自分と同じ道」でなくてもいいんだ。

田中さん(仮)は「ものみの塔」と言う媒介を通して、真実を知ることになるのだろう。

或いは、何か学ぶべき事があるのだろう、と。


ここにいる人全て、神聖な尊厳ある存在です。

一人ひとりの本質は、内なる「神」です。

その人が選択した行動を、尊重せねばならないんですよね。

「意見」を言うことは出来る。でも無理やり自分の思い通りにさせるkとはできない。

やっとその事に気付くことができました。

不思議なことに、その事に気付いた後、田中さん(仮)はパタリ、と家に来なくなりました。

あんなに頻繁に来ていたのに!!

いやぁ。世の中は「鏡」とよく言ったもんです。

彼女のおかげで、学ぶことができました。ありがたや。

もうあれから会っていない田中さん(仮)!!ありがとう~!



この道に入ると、こうやって「自分が正しい」と思い込み、

それ以外の人たち、物欲にまみれた人たちや、現世的に生きている人たち

別の宗教に入っている人たちを「間違ってる」と思ってしまいます。

スピリチュアル以外の生き方を否定してしまうんですよね。

でも人はそれぞれ、必要な学びと「自由」があります。

その人たちはそれを通して、体験することがあるってことなんですよね。

否定するのではなく、その人の行き方を認めること。

どれが「正しい」どれが「間違っている」と言うのはないんですもんね。

自分の勝手な「主観」で、判断してしまっているだけで。

私達には「自由」がありますが、その代わりその「責任」をも負います。

その事実をみんな分かっていれば、「法律」や「制度」は必要ないんですよね。

相手を一人の神聖な人間だと認め、尊重すること。

お互いにその気持ちがあれば、争いは起こらないんだと思います。



最後に。私の大好きな村上春樹さんがイスラエルに対して行ったスピーチで、

締めくくりたいと思います(抜粋)

 我々はみな卵だからです。かけがいのない魂を壊れやすい殻の中に宿した卵なのです。

我々は、誰もが高い壁に立ち向かっています。
高い壁とは、普通なら一人の人間としてやるべきではないと思うようなことまでやらせようとするシステム(制度)のことです。

私が小説を書く目的は一つしかありません。
それは、個人の中の無二の神性を描き出すことです。
唯一無二であることを祝うためです。
システムが我々を紛糾させるのを防ぐためです。
だから、私は生きること、愛することの物語を書くのです。
人々を笑ったり泣いたりさせるように。

我々はみな同じ人類であり、独立した人間であり、壊れやすい卵です。
壁と戦っても勝ち目はありません。
壁はあまりに高く、あまりに暗くて、あまりに冷たいのです。
壁と戦うには、我々は魂を一つにし、温めあい、力を合わせなければなりません。
システムに主導権を握らせてはいけません。
システムに我々がどんな人間かを規定させてはいけません。
我々がシステムを規定するのです。




今日も最後まで読んでくださってありがとうございました!感謝


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リーディング

2009-02-16 | スピリチュアルの罠
昨日の記事の続き、みたいなものですが…

そうです!私もことごとく、スピリチュアルの落とし穴に落ちまくった一人なのです!(ウハァ)

なので、よく分かるんです…落ちる人の気持ちがぁ~!!(と、無駄に叫んでみる)

その一例を書いてみようかなぁ、と思います。



一番最初、イロイロな事が重なり、まず会社にいけなくなりました。

玄関のドアを開けようとすると、足がすくんで動かなくなるんです!

こんな事は初めてでうろたえました。

「でも会社は行かなきゃ…」と無理やりに駅へ向かいました。

満員電車に飛び乗り、プシューとドアが閉まった途端…

今度はサァ~と体温が下がり、冷や汗がドッと出てきたんです。

え?っと思ったら次は心臓が急にドンと鳴ったかと思うと、息が出来なくなり…

ドドドドドドと心臓の鼓動が急激に速く打ち、今度はカァ~と体が熱くなり

汗が噴出してきました。『ヤバイ!』と思っても、電車は出発した後…

しかもその電車はJR。次の駅までが遠い!!

どんどん息苦しくなる中、祈るようにして次の駅が一分でも早く着くよう、

そればかり考えてました。ポールを握る手も、ぶるぶる震えます。

やっとの思いで人を掻き分け次の駅で降り、ベンチに倒れこむようにして座りました。

それが始まりだったと思います。

会社に行けなくなり、人ごみに行けなくなり、電車に乗れなくなり、

バスに乗れなくなり、旦那の運転する自分の車さえ乗れなくなり…

遂には外にさえ出られなくなりました。

必死の思いで行った病院で聞かされた名前は案の定「鬱」でした。

パニック症も、です。

そうやって日々何もできなくなり、無気力な息をするだけの毎日が続き…

今まで何でもこなして来ただけに、「何も出来なくなる」ことが、自分にとって

恐怖でした。「人並のことすら、出来ない…」と。

そうやって、毎日悶々と自分を責めながら、一時的に症状を抑えるために

薬を飲んで、果たしてよくなるのか?と言う疑問が頭をよぎりました。

いや、絶対よくならない。何か根本的な理由があるはずだ。

それを治さない限り、絶対無理だ、と思いました。

そうしてたどり着いたのが、オーラのリーディングとヒーリング、でした。

そういう場所はまだまだ半信半疑で、不安はあったものの

「藁にもすがる」気持ちで、とにかく行ってみよう、と思ったんです。

病院以外の方法で。いいか悪いか行ってみなきゃ分からない。

とにかく、何でもやってみよう、と。


リーディングしてくださった人はとてもいい人で、とても丁寧に話を聞いてくださり

いろいろと説明してくれました。

オーラは全部で7層あり、1層に付き7色あるそうです。

もちろん、全部の色はもやっとした色で…全体的に「元気がない」色だった…

一番ショックだったのが、オーラに「亀裂が入っている」って言われたことです。

前世か今世か、とてもとてもショックなことがないと、こんな亀裂は入らない、って。

…確かにショックなことがイロイロあり、もうやめてしまおう、と思いつめたぐらいですから

心当たりは大有りでした。

その後、まぁもっといろいろあったんですが…

最後はオーラの汚れ落とし、「ヒーリング」をやってくださり、終了。

私はもう、スッキリしたのと「もうこれで大丈夫だ!」と言う思いで

とても気が楽になりました。もう、苦しまなくていいんだ!って。

ところが……

それも一週間だけ。だんだんと体が重くなり、またもとの状態に戻ってしまったんです…

その時のショックと言ったら!

大変申し訳ないんですが、その時はまだ何も分かってなかったので、

「やっぱりあれはインチキだったんだ!騙された!」と思ったんですね。

私はその時、「リーディングをして何か言ってもらって、あとはヒーリングして

もらえば、全て良くなる」って信じ込んでいたんです。

何と言うか…一晩にして、劇的に、パァって変わるもんなんだって。

それが良くならなかったから、「やっぱり」って。


でも本当はせっかく落としてもらった汚れだったのに、自分の「考え方」が

変わってなかったが為に、落とした汚れを自らまたペタペタと着けてたんですね。

結局は自分で、自分の汚れを落とさなきゃ何も変わらない、ってことが

後からになって分かりました。

それと一晩で、魔法のように良くなるなんてことはないって。
(私の場合、特に汚れを一杯付けていましたし)


その時は誰かに何とかしてもらおう、とそればかり考えていましたから…

自分で自分を癒す、と言うことが分かってなかったが為に、

せっかくもらったアドバイスもさっぱり生かせていなかった。

自分の人生丸投げして(自分は何もしないで)、思った通りに行かなかったら、

「インチキだ!!」と相手に責任を押し付けて怒ってキレる。

タチの悪いヤ○ザみたいですよね。

(ホント、申し訳ありませんでした…)

誰かに何とかしてもらおう、と言う気持ちがあると、そうなってしまう。

自分に責任を持ってなかったんですよね。



その後、別の機会で別の方にカードリーディングしてもらったものがありますので

ちょっと載せてみますね。


今回はセイント&エンジェルのオラクルカードをツールとさせて頂きました^^


You’re a Leader  あなたはリーダーです
聖ジャンヌ・ダルク

大きな目的のためにリーダーシップの才を活かすことがあなたの使命です。
あなたは既にその使命に気づいていたか、あるいは薄々感じていたことでしょう。
あなたは生まれながらにして周囲の人々を助ける資質をもって生まれています。
たとえ自覚がなくとも、あなたがその役割を選択した明確なメッセージとして
このカードが引き寄せられたのです。

カードには上記のように書かれています。

オラクルカードからのメッセージを更にチャネリングで詳しく聞いてみました^^
教えてくださったのは、イリスさんのハイアーセルフさんです。


『自分の使命が何かを知りたくなり、使命を達成しようと思えたことに
私(ハイアーセルフさん)はとても大きな喜びを感じていることを知って欲しい。

生まれる前に決めた今生でやり遂げたいことはあなたには数個あるのだよ

今はそのひとつを達成しようと歩み始めたところでもある。

私があなたにあなたの使命は○○と伝えるのはとても簡単なことだけれど
それでは、あなたの学び方が違ってきてしまうのでそれも理解して聞いて欲しい。

人はそれぞれ目的をもって生まれる
それは、人によって様々だけれど、みなが必要な学びをもっている

カードが示したことも あなたの学びを達成することのひとつでもある

そしてあなたが自分の目的からそれることはないから安心して欲しい^^
流れが違うように感じたら、それは達成する目的の順番が変わっただけだと思っても間違いではないからね。

何も進歩や変化を感じなくとも、それは必要な期間であり
全てにはベストなタイミングがあるのだから心配はいらない。

私と繋がり、私のメッセージを受け取ることが出来るのは
あなたがエゴを手放し、心で感じたことを行動に移すことだから
理由もなく気になることや、行って見たい場所などあればそれはメッセージだと感じて欲しい。

あなたが迷ったり辛い状況にあったとしても
それは今後の目的を達成することに必要な経験を学び得る時期であり
人間の目から見たら理不尽な出来事も
高次から見れば全ては祝福を受け取るのに必要な学びと経験でしかないのだよ


より多くの祝福を受け取ることが出来るのは
沢山の経験を得たから感じられる
同じ出来事が起こっても心で感じることは様々なように
どれだけ祝福されているのか感じることは
それだけ経験を積まなければ理解出来ないことでもあるのだからね


辛いとき迷ったときなどは私に話しかけてください^^
私はいつでもあなたの側にいますし
あなたを心から応援していることを忘れないでくださいね。

あなたはあなたの道をしっかり歩んでいますから自信をもって
歩み続けてください^^』


と、言うものだったんですが、当時の私は「自分の使命が何か知りたい」

だけだったのでその答えが得られないことにがっかりし、

そしてまた「憤り」を感じていました。

でも!それよりも大切な「メッセージ」があったのに(太文字の所)それちっとも

気付いてなかったんです。ハイアーセルフ、と言われても当時はぴんと

来ませんでしたし。

…と言う風に、「大切なメッセージ」をたとえ伝えてくれたとしても

受け取る側に「受け取る姿勢」がないと、ただの文字の羅列なんですよね。

これも今日、何気に昔の日記を読んでいたら、出てきたものです(笑)

ええ!?ってちょっとびっくりして。

すっかり忘れていたんですよね、このリーディング内容のこと。

昔の自分のすったもんだ、うだうだぶりにも驚きましたが、

その当時ちっとも理解できなかったメッセージがいかに私にとって

「重要なこと」を言ってくれていたかを。もったいない!

今になってようやく気付くはめに(笑)

いや、それを見越してメッセージだったのか!?


当時は自分の使命、何をする為にここに生まれて来たのかばかり気になって

ちっとも「自分と向き合う」ことをしていませんでした…

「ボタンは一つ一つかける」これも私が当時受け取ったメッセージです。

今は本当に、身に沁みてその通りだなぁ、と思います。

先ばかり見て、焦って、今何もできない自分にまた焦って、自己嫌悪して…

の繰り返しでした。まだ鬱だってよくなってなかったのに。


そうやって、苦しみながら一歩一歩歩いて来た道は無駄だったとは思いません。

私はチャネリングが出来るわけでも、サイキック能力がある訳でもなく

ただの、本当にただ普通の人間で、当時は相談できる人もなく、

分ち合える人もなく、本当に自分との戦いでした。

だからこそ、胸を張って自信を持って言えることがあるんです。

このブログに書いてきたことは、自分が感じ、体験し、実感してきたことだから。

何も出来なくってもいいんです。

それを自分が認めることから始まります。

あとは自分自身を信じることです。どれだけ自分を信用しているか、

どれだけ自分と繫がっているか。

(他人の言葉は信用できるけど、自分の言葉は信用できない方も多いのではないで

しょうか…)

スピリチュアル、と言う言葉の持つイメージに惑わされないようにしてくださいね。

長くなってしまいましたが…

今日も最後まで読んでくださってありがとうございました!感謝


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