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☆Rainbow Light☆

日々の徒然日記。最近は日本の現状を綴っています。

本当のチベットの姿を考えてみてください~なぜ抗議の焼身自殺が後を絶たないのか~

2012-11-15 | 日本


(日経ビジネスより転載 記事:福島 香織)
http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20121112/239324/?P=1


1カ月以上前の話なのだが、大型書店の雑誌フロアで、ひときわ美しい写真装丁のチベット特集ムック本がかなりの棚を占めて飾られているのを見かけた。「美しいチベットの未来」とサブタイトルがついた旅行誌だ。

 この特集は一見、何の罪もないチベット旅行本に見えるのだが、実は一部のチベット研究者や在日チベット人、あるいはチャイナウォッチャーからたいそう評判が悪い。

というのも「まるで中国共産党の機関誌」と陰口がたたかれるほど、言う必要のないフリーチベット運動の批判が至るところにちりばめられているからだ。
いわく「フリーチベットと叫ぶ演歌にも似た哀愁は絵空事のよう」「チベット支援団体はCIAの支援を受けている」…。

 チベット圏で外国メディアが写真を撮ったり取材したりするのは、中国共産党当局の許可と監視、指導を受けなければならず、どうしてもチベット特集番組や特集記事は中国共産党側の立場で情報を発信せざるを得ない。

それでも多少の良心があれば、政治的な話題をはずして、美しい風景や興味深い文化、グルメのみの紹介にとどめておいたり、微妙な表現で現実の迫害状況をなんとなくにおわせたりする努力ぐらいはするものだ。

 だが、この雑誌は明らかに中国側の政治的立場に偏りすぎている。
もちろん、著名なチベット史研究者の石濱裕美子氏のインタビューもあり、バランスを取ろうとしているところも見られるのだが、編集が下手なせいか、プロパガンダ臭が強烈すぎて、他の興味深い企画や寄稿、インタビュー記事などの良さも消し飛んでしまっている。

その石濱氏が自身のブログで、よほど腹立たしかったのだろう、この雑誌に描かれている美しいチベットは「本当のチベットではない」と批判している。


相次ぐチベットの悲惨なニュース


 この雑誌のことを今改めて思い出したのは、ダライ・ラマ14世がちょうど訪日中で、13日には国会議員会館にお迎えして特別講演を行ってもらったからだ。
140人近い国会議員が出席し、「チベット問題を考える議連」が「チベット支援議連」と名を新たにして立ち上げられた。
中国側が強い圧力をかけてくる中、これだけの国会議員が集まったのは、それだけ今、チベットで起きている弾圧状況を見過ごせないと思う人が増えたということだろう。

 チベット地域で僧侶や尼僧、信者らの中国共産の宗教弾圧、人権弾圧への抗議の焼身自殺が続いていることは、この連載コラムを読んでくれている人はすでにご存じだろう。2009年以降、すでに累計70人以上が焼身自殺を図り、60人近くが犠牲になっている。

 中国共産党の次期中央指導者が選出される第18回党大会開幕日の8日をはさむ4日の間に7人が焼身自殺を図った。
このうち15歳の少年を含め4人が死亡した模様だ。

9日には青海省のレプゴン(黄南チベット族自治州同仁県)で学生を中心に1万人規模のデモが発生し、学生らは学校で掲揚されている中国国旗が引きずりおろし、政府市庁舎前で「フリーチベット」「ダライ・ラマ14世の帰還」を訴えたという。自由アジア放送などが伝えた。

とりあえず治安部隊との衝突は避けられたようだが、焼身抗議があるたびに、その犠牲者の故郷で抗議デモが起きる状況が繰り返されており、いつそれが暴発するか、再び2008年3.14事件(ラサのチベット僧侶らのデモ弾圧から始まった騒乱および全チベット地域に広がった抗議運動とその鎮圧事件)のような悲惨な事態が起きるか、その緊迫状況は想像を超えるものがあるようだ。

 また、ダラムサラからチベット関連ニュースを日本語で発信しているブログ「チベットNOW@ルンタ」によれば、青海省のゴロクチベット族自治州のマチェン県の村で、「軍事訓練」と称して村の住民全員を無差別に殴ったり、髪を強制的に剃ったりの暴力が行われ、チベット語擁護者は見せしめのように公衆の面前で暴行され入院者まで出ているとも(チベット語紙・チベット・タイムス10日付け)。文革時代さながらの暴力と緊張がチベット地域の村々で起きているもようだ。

 いずれも「のようだ」としか言えないが、日本にいて漏れ聞くチベットは「美しいチベット」に程遠い。
少なくとも焼身抗議が70人以上という事実を傍らにおいて、美しいチベット賛美だけの旅行本というのも不謹慎と感じる。

その上にフリーチベットと叫ぶことが演歌に似た哀愁であるなどと批判してしまうと、これはもはや無知や情報不足ではなくて、悪意ではないかと疑ってしまう。


チベット女流作家オーセルさんが伝えるチベット


 もちろん、フリーチベット運動を批判する立場があってもいい。
私の中でも、チベット独立のためなら流血も辞さないという独立派の人たちの言葉を聞くと、外国人から見えないチベット域内に住んでいる普通の人々との考えや思いとどれほどの落差があるか、あるいはないのか、想像がつかない。

 チベットの焼身抗議の連鎖をどう受け止めるか、についても、チベットの人々のどれくらいが、この抗議方法を致し方なし、と肯定しているのか、考え始めると、わからなくなってくる。
少なくとも母親は「君死にたまうなかれ」というのが本心ではないか。

15歳の少年僧が自らに火をつける激しさに、どうして、そこをこらえて、チベット文化をできるだけ長く守り伝えるために、その寿命をまっとうしないのか、その方がチベットの未来のためにならないか、という気持ちがぬぐえない。

 そういう自問自答をしている時に、チベット女流作家のツェリン・オーセルさんとその夫の王力雄さんによるエッセイ集「チベットの秘密」(劉燕子編訳・集広舎刊)を版元から戴いた。
翻訳を手掛けた大阪在住の翻訳家・劉燕子さんは私と同世代の友人である。


オーセルさんの詩とエッセイ、そして王さんの「チベット独立へのロードマップ」と題した論文、劉さんのオーセル論「雪の花蕊」を一冊にまとめた変わった構成の本だが、これは私のように、「本当のチベットの姿はどこにある」と迷路のように考えている人に、良い手引きとなるだろう。

 エッセイは2008年の3.14事件以降、オーセルさんが見聞きしたこと、感じたことを綴っている。
最近の域内の様子をここまで伝えた本をほかに知らない。

 彼女は結構過激な民族主義者なので、その視点は当然考慮しなければならないが、それでも彼女の眼を通して知るラサやその他チベット地域の様子、そこからの考察は、中国共産党当局が用意したガイドや通訳を通して外国人の雑誌編集者が見たチベットよりは本当の姿に近いだろう。


生命を軽んじて焼身自殺をするのではない


 3.14事件がどんなふうに起こったかを証言するチベット青年との会話ににじむ憤怒と恐怖。
チベット仏教の伝統から言えば侵してはならない神聖な土地とされるギャマ(チベット自治区メルド・グンカル県)が、漢族資本により鉱山資源開発で掘りつくされ、廃液で重大な環境汚染を引き起こされ、さらに、掘削のために村に送りこまれた一万以上の漢族労働者と数千人のチベット村民が飲み水をめぐって流血事件が起きたこと。

ダム開発に伴う強制移住が与える後遺症の深刻さ。
中国語の書類を読めないチベット庶民に、「生活保護」に関する書類だと嘘をついて、ダライ・ラマ帰還拒否文書に署名させる地元当局幹部の悪辣さ。

開発や建設といった言葉を借りて行われる搾取と環境破壊は、もちろん漢族社会でも大きな問題だが、チベット地域ではこれは植民地主義的行為、民族のジェノサイドという側面が加わるということ。
とどまることを知らない焼身抗議の裏に、数えきれない焼身以外の自殺者が存在すること。

 こういう今チベットで起きていることを伝えたうえで、オーセルさんは、チベットに同情する口ぶりで「焼身抗議という極端な方法に国際社会は賛同しない。生命を大切にすべきだ」という人に対して、

「これほどの偽善的な言葉はありません!チベット人はあまりに愚かで、理性がなく、生命を軽んじているので、焼身自殺を用いて脅迫するゲームをしていると言うのでしょうか!」
「“賢明”なお方の高踏的な発言は暴政とお相通じていて、まさに火に油を注いでいるようなもの」
と激しく反論している。


 さらに他に方法がないのです。是非とも国際社会は中国政府に圧力をかけて、チベット人への圧政を止めさせてください。…21世紀になってもチベットがこのように残酷に扱われているという悲劇的状況に対して、緊急の行動が取られてもいいのではないでしょうか?」と訴えている。


文化が侵され、断末魔を上げている



 読んでいるうちに涙が止まらなくなってきた。これが今の本当のチベットの姿ならば、痛ましすぎる。
一つの完成された文化が侵され、断末魔を上げているのだ。彼女の過激な言葉にも納得がいく。

 社会の近代化とともに宗教や伝統というのはすたれていくものだよ、チベットはそのプロセスにあるだけだ、ともっともらしくいう人もいるかもしれない。

だが望ましい近代化というのはチベット人の手で推し進め、伝統や文化の呼吸を止めずに変容させることであり、仮に他者の手で行われるならば、その文化に対するよほどの敬意と憧れがないと不可能だろう。

中国共産党が進めているのは、チベット社会の近代化ではなく、チベット文化の息の根をとめて、その遺骸を使って美しい剥製をつくろうとしているだけではないか。

 今の日本人は、旅行に行って、そういう剥製を見て喜ぶレベルの文化程度ではないと思いたい。
私はチベット独立派ではないが、過去、優れた民族文化が植民地的行為でつぶされてきた歴史を思うと、今再びその繰り返しを見過ごすことは罪だと思っている。

 断末魔を上げている文化を救う最初の一歩は、その文化の本当の姿、現状を知ろうとする努力だろう。

チベットは外国人が自由に旅行できる場所ではなく、平和な日本の出版物でさえ暗黙の制約やプロパガンダが混じるなかで、何が本当の姿かわかりにくく、私自身、迷いつつ手探りで考える始末だ。

だからなお、縁あってオーセルさんと出会い、チベットの文化というものに惹かれた私は言いたいのだ。

「本当のチベットについて、考えてみてください」と。


(以上、転載終わり)

「慰安婦」で韓国との親交もお断り「反日国家に工場を出すな」と言い続けてきた伊藤澄夫社長に聞く(下)

2012-11-03 | 日本


「モノづくり力」を外交の武器に



鈴置:伊藤社長の主張は(1)「反日国」中国への経済的な依存度を減らし、政治的な介入を防ぐべきだ(2)一方、親日的な東南アジアに投資をシフトし共存共栄の体制を深めよう(3)日本の「モノ作り力」を中韓に対する政治的武器として活用すべきだ――ということですね。

 3番目の「モノづくりを武器に」の具体例として話された金型に関し、もう少し詳しく説明して下さい。

伊藤:では、もう一度、しっかり説明します。ここに、2つの金属部品があります(下の写真)。いずれも同じプレス機械で打ち抜いて作った部品で、同じ形です。でも、よく見るとギザギザの歯の部分が微妙に異なります。


従来の製法でプレス加工した部品(左)に比べ、伊藤製作所の新技術で製造した部品(右)の切断面は刃物ですぱっと切ったように鋭い(撮影:森田直希、以下も)



大根を名刀で切ったように


 右の部品は、名刀で大根をすぱっと切ったように、歯の部分がシャープです。左の方は業界用語で「ダレる」というのですが、歯がぼやっとした形です。

 普通のプレス機械を使って右のような部品を作れるのは、アジアでは日本だけでしょう。中国や韓国だとまず、プレス機械で左の「ダレた」部品を作った後に、削ったり磨いたりして、ようやく右のような鋭角的な形に整えます。時間と手間が恐ろしくかかります。

鈴置:プレス機械で打ち抜くだけで1~2秒で加工できる。新技術によって、人件費の安い中韓の同業者に勝つというわけですね。

伊藤:我が社だけではありません。今、日本のプレス金型各社は、金属の切削やロストワックス、研磨という手間のかかる工程を、プレス加工に置き換えるという技術革新に取り組んでいます。加工費を極端に安くすることで中韓との競争に生き残ろうと必死なのです。


鈴置:なぜ、日本しかできないのでしょうか。

伊藤:理由は2つあります。まず、金型の設計力です。日本には長年、蓄積したノウハウがあります。加えて、我々は新しく開発された技術を日々、注ぎ込んでいます。日本から技術移転しない限り、そう簡単に真似できません。



「近道探し」では切り拓く力がつかない



鈴置:しかし、中国にも腕のいい職人はいます。

伊藤:金型が職人芸の世界だった時代は終わりました。組織人が集団戦法で戦う時代です。個人の能力が高いのは当たり前。その上にチームワークや愛社精神、こだわりが要るのです。

 経験者が喜んで若い人を教える、という風土がないと強い会社はできません。中韓にそうした風土は希薄です。日本と近隣諸国とはそこが決定的に異なるのです。

鈴置:“追う者”は近道を選べます。

伊藤:“近道”ばかりを探していると、自ら道を切り開く能力は身に付きません。真似は出来ますが、新しいモノを作り出すという意味で、近隣諸国が10年や20年で日本に追いつけるとは思えないのです。

 設計力に加え、もうひとつは、日本にしかない特殊な加工機械の存在です。プレスとは金型という“刃物”で金属をたち切る加工方法です。

 先ほど「名刀で大根をすぱっと切ったよう」と言いました。金型という“刃物”を研ぎ澄まして名刀を作ることで、部品の切り口もシャープな断面となるのです。


「名刀」を作る研削盤は日本にしかない



 では、どうやって「名刀を作る」のか。金型の表面を徹底的に平らに研削して「超鏡面」――つまり、鏡のように磨きあげるのです。そうすると金型が金属の部材をすぱっと切れるようになります。その結果、このように歯車の形がきれいに抜けるのです。

この金型をご覧ください(下の写真)。手をかざすと指や手のひらが金型の表面に映るでしょう。これが超鏡面です。この、ぴかぴかに磨きあげた金型を使って初めて、あの鋭角的な形状を作れるのです。



まるで鏡のように磨き上げた金型が、断面の鋭い部品をつくる(写真提供:伊藤製作所)


鈴置:要は「超鏡面」に磨ける高精度の研削盤がミソ、ということですね。

伊藤:その通りです。この金型を作るため、我が社が最近購入した超精密研削盤の価格は普通の研削盤の4倍以上です。でも、先ほど申し上げたように部品の製造コストが大幅に落ちるので、十分元がとれると判断し、買いました。

 この研削盤を含め、こうした金型を作る技術は中国や韓国にはありません。彼らも追って来ます。しかし我々も、これまで手がけていなかった領域の技術も導入し、追い上げをかわしているのです。



レアアース同様、金型でも報復できる



―2010年に尖閣で中国と日本が衝突した際、中国はレアアース(希土類)の対日輸出を止めました。日本は輸入先を多角化したほか、レアアースが不要になる技術を相次ぎ開発しました。市況も下がり、中国のレアアース最大手が操業を停止するに至りました

伊藤:それがいい例です。金型もそうですが、日本は技術を武器にできるのです。日本の高度な技術や製品、日本でないと生産できない多くの特殊材料の輸出を止めれば、中国や韓国の経済は冷え上がってしまいます。それはレアアースが止まったことによる日本の困惑と比べ、はるかに深刻なものです。一方、中韓から購入しなければならない特殊材料は1種類もありません。



―中国や韓国の金型メーカーが、その超精密研削盤を買い入れないでしょうか。


鈴置:これだけ精密な加工ができる機械は、ワッセナー・アレンジメント――昔のココム規制ですが――により、中国は日本から輸入できないでしょうね。

伊藤:その通りです。

鈴置:韓国も、これからは日本製の精密機械の輸入が難しくなるでしょう。最近、新日鉄がPOSCOを訴えたように、日本の技術が韓国企業経由で中国に流れるケースが目立つようになっています。

 韓国相手だとつい脇が甘くなる日本人の癖を中国が利用していると見る向きもあります。いずれにせよ、韓国への技術移転や素材・機械の輸出も厳しく規制されていくと思われます。



「韓国にはウチの精密機械は売らない」



伊藤:政府が規制する前に、民間企業が韓国への精密機械の輸出や技術移転を自粛するケースが出始めました。もちろん、商売にはマイナスですが「日本に害をなす国家を利してはいけない」との強い思いからでしょう。

鈴置:私も同じような話――「日本を侮辱する韓国に対し、日本にしかない機械は売らないことにした」という話をあちこちで聞きました。面白いことに私が知る限り、いずれもオーナー社長の会社です。

伊藤:実は、私も最近、韓国とのお付き合いを断りました。長い間続けてきた韓国の大学での特別講義や、韓国の同業者との集まりでの講演はやめたのです。韓国の学生のインターンシップ受け入れも、韓国の同業者の工場見学も、すべてお断りしています。

鈴置:先ほどから、その点を伺いたかったのです。伊藤社長は中国とは関係を持たないようにしていました。しかし、同じ「反日国家」でも韓国とは深い人間関係を築いて来られました。

 30年近く前に伊藤製作所で半年間も修行し、韓国の製造業で活躍している韓国人に会ったことがあります。伊藤社長にとても感謝していました。伊藤さんは韓国の金型業界や様々な大学との交流にも尽くし、韓国人の間でも「歯に衣着せない、率直な日本人」と人気があったのに……。



慰安婦の像がある限り韓国と交わらない




伊藤:従軍慰安婦の像からです。韓国政府は、ソウルの日本大使館の前に作ることを認めました。そのうえ李明博大統領は「謝らなければもっとできるぞ」と日韓首脳会談の席上、日本を脅しました。

 過去のように一部の反日分子の活動ではなく、大統領の言動です。次元が全く異なります。実際、その後、「慰安婦の像」を米国でも設置させるなど韓国は世界に宣伝を始めました。

 自民党の高村正彦副総裁は「旧日本軍が直接強制連行した事実はない」と明らかにしています。また、高村さんが外相だった1998年に日韓共同宣言をまとめた際、当時の金大中大統領から「一度謝れば韓国は二度と従軍慰安婦のことを言わない」と言われ、「痛切な反省と心からのお詫び」を明記した、とも語っています。

 日本人は、物事を丸く収めるために何でも謝ってしまう。これは海外では絶対にやってはいけないことです。当社の社員が海外に赴任する前にも、私はこの点を厳しく教えます。

 90%は相手に責任がある交通事故でも、うっかり謝れば、100%こちらが悪者にされてしまいます。これは海外での常識です。日本の常識は世界の非常識なのです。

 「慰安婦の像がある限り、私は韓国との協力や交流はしない」と韓国の大学や金型関係者、教育機関などに一斉にメールを送りました。
あの親韓のイトウサンが?と、大騒ぎしているようです。ところが、この最中に韓国の会社から「技術協力か合弁会社設立を検討してくれ」という連絡が来ました。


日本を叩く時は中国が助けてくれる


 私は「反日国家の会社との協力はうまくいかないと思う」とお断りしました。鈴置さん、こう言う時にこういう申し入れをして来る韓国人とは、どういう神経をしているのでしょうか。

鈴置:多くの韓国人、ことに戦争中のことを知らない世代は「慰安婦は強制連行だった」と教え込まれ、信じ込んでいますから「慰安婦の像に怒るなんて、日本人は反省が足りない」と考えるでしょう。

 「日本人に対しては何をやっても大丈夫。報復して来ないから」という空気もあります。さらに「日本叩きをする際には、中国がバックアップしてくれる」との自信も持ち始めました(「『尖閣で中国完勝』と読んだ韓国の誤算」参照)。

伊藤:韓国だって、このまま行けば中国に飲み込まれてしまいます。4年前に韓国の金型工業会での講演で「中国に併呑されないよう、日韓が技術面でも協力すべきだ」と訴えたのですが、反応が今一つでした。

鈴置:韓国人は中国に併呑される覚悟を固めたと思います。「中国が天下をとる。だったら、米国や日本とは距離を置き、昔のように中国の傘下に戻るのが得策だ」という判断からです(「日韓関係はこれからどんどん悪くなる」参照)。



はた迷惑な「日韓共闘論」



 そんな時、日本と協力して中国に対抗するなんて中国に見なされたら大変です。伊藤さんの呼びかけは、韓国にとってさぞ、はた迷惑なものだったでしょう。

伊藤:鈴置さんの本(『朝鮮半島201Z年』)や日経ビジネスオンラインの一連の記事(「早読み 深読み 朝鮮半島」)を読んだ今では「強いものに従っておかないと国を失う」という韓国人の恐怖感が少しは分かります。

 でも、韓国には期待していたのです。「反日国家だけれど中国とは異なる。誠心誠意、協力すれば、いつかはきっといい関係が築ける」と信じていました。

鈴置:伊藤社長もそうですが、関係改善を願って地道に韓国に協力していた日本人がいました。でも、李明博大統領の「日王への謝罪要求」や「竹島上陸」でついに、というべきか、彼らが一斉に韓国から離れました。

伊藤:私は今でも韓国が大好きです。親しい仲にも互いに礼儀を持って、手を取り合っていけるとまだ、期待したいのですが……。

鈴置:伊藤さんの愛した韓国――米国との同盟を重視し、反日を看板に掲げるけど実態面では日本とはうまくやる韓国――ではなくなったと思います。



フィリピンバナナを食べよう!!



韓国のビジネスマンは日本人に対し「『日王への謝罪要求』などは、退任後の逮捕を避けるための李明博大統領のパフォーマンス。政権が変われば日韓関係はよくなる」と言います。

鈴置:それは言い訳に終わるでしょう。韓国の変化は「強大化する隣国の言うことを聞かざるを得ない」という地政学的な要因からきています。今後、大統領がだれになろうと韓国は中国接近を続ける半面、米国とは疎遠になり、日本とは敵対していくことでしょう。

伊藤:中国側につくとしても、日本と敵対する必要もないでしょうに。

鈴置:そうしないと中国に睨まれるからです。中国は「日本か中国か」あるいは「米国か中国か」という踏み絵を韓国に突きつけ始めています。

伊藤:そうですか。やはり、日本は東南アジアとしっかり手を結ぶしかないのですね。今、知り合いに「フィリピンバナナを食べよう」と呼び掛けています。

 フィリピンは中国の激しい威嚇にめげず、領海や領土を死守する姿勢を打ち出しています。その報復に中国がフィリピンのバナナの輸入を事実上、止めているのです。



菅直人内閣が失った東南アジアからの信頼




 海軍力がないに等しいフィリピンが頑張っているのです。我々ができることは、フィリピンを支援する意志をフィリピン人と世界の人々に示すことです。中国でボイコットされている、フィリピンバナナを日本人が食べる運動を起こせば、最高のメッセージになります。

鈴置:2010年に菅直人内閣が「尖閣」で中国にひれ伏した。あれを見た韓国人は「じゃあ、我が国も日本にもっと強く出て大丈夫」と思って「竹島上陸」や「慰安婦の像」、あるいは「日王への謝罪要求」など日本叩きに転じました。

 一方、中国と領土問題を抱える東南アジアの人々は「日本は頼りにならないな」とがっかりしました。

伊藤:本当にそうなのです。絶対に安易に中国に妥協してはなりません。何度も申し上げたように、日本人へのさらなる暴行を誘発するし、東南アジアの人々の日本への敬意を裏切るからです。



※伊藤澄夫社長は2004年に出版した著書『モノづくりこそニッポンの砦 中小企業の体験的アジア戦略』でアジアや企業経営、日本の政治に関するユニークな意見を縦横無尽に語っています。購入希望者は伊藤製作所のホームページをご覧下さい。




中国とは絶縁し東南アジアと生きる 「反日国家に工場を出すな」と言い続けてきた伊藤澄夫社長に聞く

2012-11-03 | 日本


16年前から対中ビジネスに警鐘


鈴置:16年以上も前から伊藤社長は「反日国家に進出してはいけない」と講演や講義で説き続けてきました。2004年に出版した著書『モノづくりこそニッポンの砦 中小企業の体験的アジア戦略』(注)の中でもはっきりと書いています。

(注)現在、この本の新本を書店で買うのは困難です。購入希望者は伊藤製作所のホームページをご覧下さい。

伊藤:今年夏、日本人への暴行、日本企業の打ちこわしが中国で起きてようやく「伊藤さんの言う通りでしたね」と言われるようになりました。日本企業の中国ラッシュが続くなか「中国へは行くな」なんて大声で言っていたものですから「極右」扱いされていました。


大事な社員を反日国家には送れない」


私は反中派ではありません。若い中国人の親友もたくさんいます。私の本にも書いていますが、敵の子供である日本の残留孤児を1万人も育ててくれた中国人とは何と見上げた人たちかと心から感嘆し、深く感謝しています。当時は食糧が不足し、養父母とて満足に食べられなかった時代なのです。

 でも「中国人の70%は日本人が嫌いだ」といいます。中国では子供の時から徹底的な反日教育を施すからです。反日の人々の国に巨額の投資したり、大事な社員を送り込んだりすべきではないと私は考えます。中小企業はただでさえ人材不足というのに、社員を強引に海外に赴任させた結果、辞められた会社も多いのです。

 ことに金型作りはチームプレーです。海外工場で、“政治”が社員を分断するようなことがあってはなりません。愛社精神を持ち仕事が面白くてしょうがないと思う社員ばかりでないと競争力ある企業には育ちません。給料が少しでも高ければ他の会社に移る社員には技術を教えられない。日本企業が利益を出すことを不快に思う社員がいれば、経営はうまくいきません。



―でも、市場が縮む日本に留まっていては会社は伸びません。


伊藤:ですから東南アジアに行くのです。中小企業は全世界に出ることはできません。そもそも、そんな必要はありません。世界市場でのシェア極大化を目指さざるを得ない大企業とは異なるのです。


中小企業は安全な国だけに出ればいい


 中小は1カ所、多くても2、3カ所に進出すればいいのですから、安全な国に絞って投資すべきです。納入先に依頼されたのならともかく、わざわざ危険な国を選ぶことはないのです。

 アジアに駐在したビジネスマンなら誰でも知っていますが、東南アジアの人々の日本に対する親密感や信頼は、日本人が考える以上に大きい。彼らとは、我々が謙虚に接しさえすればうまくいくことが多いのです。ここが中国や韓国と完全に異なる点です。

 90年代初め、海外進出しようとアジアを歩き回りました。その結果、私が「投資に最適な国」と判断したのはタイとフィリピンでした。この2つの国とインドネシアは世界でも無類の親日国です。

 結局、投資先としてフィリピンを選んだのですが、それは優秀な人材を得やすいからでした。また、英語国だから日本人のカタカナ英語でも従業員とコミュニュケ―ションがとれることも評価できました。鈴置さんは5年前にウチのフィリピン工場を見て下さったでしょう。

鈴置:確かに、私の英語も聞き取ってもらえました(笑)。従業員一人一人の向上心が強いのには驚きました。そして、実に和気あいあいとした雰囲気の工場でした。

 古き良き日本の中小企業経営――親父さんは従業員の面倒をとことん見る。従業員もその意気に感じてついて行く――という空気が見事にフィリピンの地で再現されているな、と感心したものです。



フィリピンの技術者をインドネシアへ派遣



伊藤:まさに、そこなのです。フィリピン人は家族愛が深い。日本の本社と同じように、家族的雰囲気を経営に取り込んだところ、予想以上に士気の高い会社になりました。社員は皆、本当に一生懸命、そして楽しそうに働きます。進出して16年になりますが、日本でも通用する技術力がつきました。


8年前に日本人技術者は帰国し、今では設計から製作まで、フィリピン人の社員だけでやっています。フィリピン人の技術者が転職せず、腕を磨き続けてくれたからです。

 日本人2人の年間経費は合わせて2500万円かかっていました。現地化が利益に大きく貢献しています。反日国家でこうした経営を実現した会社は見たことがありません。

鈴置:中国でも“現地化”に成功した会社はあります。でも、話をよく聞くと、現地化と並行して中国側に事実上、経営権をとられてしまっていることが多いですね。

伊藤:インドネシアの多くの企業からも進出依頼があり、合弁で出ることにしました。来春の稼働を目指し工場を建設中です。フィリピン工場から技術者4人を派遣してモノづくりの技術を移します。

 このため、設備を入れれば直ちに精密金型の製作にかかれます。当面は日本、あるいはフィリピンから設計図面を送りますが、いずれはインドネシアでも設計できるようにするつもりです。

 フィリピンへの進出で利益も出ましたが、いい技術者が育ってくれたことが一番の収穫でした。これも国と国の関係がいいおかげなのです。

「日本企業追い出し」はこれから本格化


―中国に進出してしまった会社はどうすればいいのでしょうか。


伊藤:これから中国で日本車が売れなくなるでしょう。暴徒は日本の量販店を焼き討ちし、日本車に乗っている中国人を暴行しました。
もう、中国人は怖くて日本車は買えません。

 日中両国のために早く元の姿に戻って欲しいと思いますが……。中国や韓国と正反対に、東南アジア各国は我々が驚くほどの親日国家です。日本企業にもっと来て欲しいと言ってくれる東南アジアに改めて目を向ける必要があります。

鈴置:中国が日本人と日本企業を敵視し、追い出しも辞さない空気に変わったことに注目すべきです。これまでは日本に言うことを聞かせるために、人質である日本企業を苛めてみせるというのが政府の作戦でした。ですから「イジメ」にも限度があった。

 でも、日本から資本や技術を貰う必要はなくなったと中国人は考え始めました。資本は輸出するほどになりましたし、技術も退職者やネット経由で容易に盗める時代です。

 そして中国に会社が育ったことが大きい。彼らにとって日本企業は邪魔ものです。中国の政府よりも企業が熱心に日本叩きに乗り出すでしょう。

『在華紡と中国社会』(森時彦編、京都大学学術出版会、2005年)という研究書があります。在華紡とは第一次大戦後に日本資本が中国に設立した紡績工場のことです。


第一次大戦後の「日貨排斥」を読む



 当時の世界の主力産業は繊維で――現在の自動車産業のようなものでしたが――中国市場では民族資本と英国、日本の資本がしのぎを削っていました。

 この本には、日貨排斥運動で日本の在華紡の売上高が半減したり、反日をテコに労働運動が高揚するなど、今、読んで参考になるくだりが多々あります。日本の対中ビジネスは昔から「外交」に揺さぶられてきたことがよく分かります。

伊藤:私は今まで「中小企業は反日の国に行くべきではない」と言い続けてきました。でも、今夏の反日暴動以降は「大企業も中国に行くべきではない」と言う声があちこちであがり始めました。

鈴置:大企業でさえ、会社が揺らぐほどの打撃を受けることがはっきりしましたからね。

伊藤:今後も中国で生産拠点を維持するには、技術力や経営力を背景に主導権をしっかり握れる企業でないと、難しいのではないでしょうか。「中国市場は存在せず」という前提で経営する覚悟が必要になります。

 企業によって事情は異なるでしょうが、中国からの撤収や東南アジアシフトを考える会社が増えるのは間違いありません。経済界もようやく「反日リスク」の存在に気づいたのです。東南アジアの市場だって中国に負けず劣らず大きい。中国から締め出されれば、日本人が東南アジアやインド重視になるのは当然です。


妥協してびくびくするなら黙って我慢



―日本政府に対し「尖閣」に関し中国政府と対話するよう求める経営者が出始めました。鳩山由紀夫元首相もそうです。話し合えば中国政府が「反日」を止めるとの期待からです。


伊藤:それが一番、危険な道です。「日本人に暴行すれば日本政府は言うことを聞く」という悪い先例を作ってしまう。今後、何か日本から得ようとする時、中国政府は日本企業と日本人を襲撃させることになるでしょう。

鈴置:サラリーマン経営者は目先のこと――自分がトップである4-6年間だけを考えればいい。確かに中国と「話し合い」に入れば瞬間的には日本人への暴行や日本企業打ちこわしは止むかもしれない。

伊藤:しかし、そうすれば中国はいずれ日本人と日本企業、そして日本をもっとひどく苛めるでしょう。中小企業の親父は終身、借入金の保証人となることが求められます。大げさに言えば生きている限り、社員と会社の安全を図らねばいけないのです。

 今、相手の顔色を見て妥協した結果、永い将来に渡ってびくびくせざるをえなくなるのなら、短期的には苦しくても黙って我慢した方がまだいい。



「尖閣で対話」は中国のワナ



鈴置:そもそも、下手に「尖閣」での話し合いに応じれば、中国の仕掛けたワナにはまってしまいます。日本人は話せば何らかの妥協ができると無意識に思っている。一方、中国は日本が話し合いに乗ったら、武力を使って「尖閣」を奪取する可能性が高い。

 なぜなら、話し合いに出た瞬間、中国は「日本が中国の領有権も潜在的に認めた」と見なし、軍事力を行使しても世界から非難されなくなる、と考えるからです。

 今まで、中国が武力を使わなかったのは米国が空母打撃部隊を「尖閣」周辺に送って中国を牽制していたことが大きいのです。日中が尖閣を巡り対話し始めた後に米空母が送ろうものなら、中国は「今後は日本と2人で話し合うことになったのだ。第3者はどいていろ」と米軍を追い出すでしょう。

 米国は日本への信頼を、日本は米国への信頼を一気になくしますので、この段階で日米同盟は破綻します。「尖閣」奪取よりもそちらの方が、中国の狙いかもしれません(「『尖閣で中国完勝』と読んだ韓国の誤算」参照)。


―確かに日本人は「話し合いが一番大事」と信じています。だから中国の仕掛けたワナに思わず乗ってしまうのでしょうね。


鈴置: 2005年に日本の国連安保理常任理事国入りを阻止しようと、中国が反日暴動を繰り広げました。直後に中国の金型業界の団体が日本を訪れ、金型工場を見学しようとしました。あの時、伊藤社長の会社を含め、金型メーカーほぼ全社が見学を断りましたね。


「殴っても来る」からまた殴られる



伊藤:そのとおりです。金型企業の経営者たちは、見学を受け入れれば日本人への暴行を容認することになると判断したのでしょう。今回の反日暴動だって、2005年にあれだけ日本が攻撃されても日本企業が投資を続けたことが遠因と思います。

鈴置:2005年の反日暴動の後、日本の役人に中国の役人が不思議そうな顔で聞いてきたそうです。「普通、あれだけ殴られれば来なくなるものだが、なぜ、日本人は投資し続けるのか」と。

伊藤:日本人にはプライドや根性がなくなったのでしょうか。私がこういう話をすれば「政治好きな親父だなあ」とか「中小企業のくせに政治を語るとは生意気な」と思われるかもしれません。でも、中小企業だからこそ政治に関心を持たざるを得ないのです。大手のように政府が守ってくれるわけではないのです。

鈴置:危ない国には投資しない。自分が投資していない国で反日暴動が起きても抗議の意思を示す。日本と言う国が軽んじられれば、いずれは自分の身も軽んじられるのだ――。これが、自分の力だけを頼りに生き抜く経営者の発想ですね。

伊藤:ことに今は、政治家も役人も日本全体の利益を考える人が少ないのです。偉そうなことを言うようですが、今、我々、普通の人間が――モノづくりをする人間が――底力を振り絞って日本のために動かないと、この国は立ち枯れてしまいます。


レアアース同様に金型で反撃


―「モノづくりの人々が動く」とは、どういう意味でしょうか。


伊藤:具体例をあげます。この2つの金属部品を比べて下さい(下の写真)。いずれも同じプレス機械で打ち抜いたものです。左の方は従来の製法の部品で、歯の部分がだれて――ぼやけている、というか尖っていないでしょう。一方、右の方は歯が、よく切れる刃物ですぱっと切ったように鋭角的です。

 右の部品は日本でしかできません。左の部品を右のように鋭角的にするのは、「磨き」が要ります。時間とコストが恐ろしくかかります。




先ほど「中国人が、もう日本企業と良好な関係を結ぶ必要はないと考えている」と鈴置さんは言われました。少なくともプレス金型の世界では、それは誤った認識です。

 確かに中韓とも、日本が作ってきたものは真似て作れるようになりました。でも、独力で新しい技術を創り出す能力はまだ乏しいのです。もう一度、2つの歯をよく見比べて下さい。これが現状です。

 わが社だけがこうした技術を持つわけではありません。多くの日本の金型企業は海外の企業がノドから手が出る技術を持っています。今後、新しい技術が中韓に流れないようにすべきです。もちろん、私も教えません。それにより、中韓両国の経済が相当大きなダメージを受けるのは間違いありません。



「モノづくりこそ ニッポンの砦」



 日本の技術者たちは、中国のレアアース(希土類)輸出打ち切りに技術開発で対抗し、中国の意図――日本への威嚇――を挫きました。日本の鍛冶屋だって同じことができると思うのです。

 中国で作れば安いから、あるいは中国に市場があるから中国に行く。そのためには中国に新しい技術を持っていく――。これが今までの対中投資ブームの本質でした。

 でも、日本企業は余りに中国に深入りし、その工場は中国の政治的な人質となってしまいました。今や、日本を脅す時の材料にされています。

 尖閣や沖縄、ひいては日本を中国にとられないためには、日本経済が中国市場に頼りきりにならないよう、東南アジアとがっちり手を組む。そして新しい技術を中韓には教えず、彼らに対する優位を保つ――これしかない、と思います。

 日本をおとしめる国々に反撃するには、日本がまだ優位を保つモノづくりを担う人間が立ちあがるべきです。「モノづくりこそ ニッポンの砦」なのです。



外国人から見た日本

2012-09-12 | 日本


こんにちは。


書きたいなぁと思うことは山ほどありますが、なかなか…
ここに書いていいものかなぁとも思ったり。


現在のポイントは「それぞれが、自分自身で考え、自分で答えを出す」と言うことですし…
誰かが言ったから、ではなく自分自身で「これが答えだ」と分かる感覚、それを実感する、と言うことなんですが。


アジアの情勢がめまぐるしく変化していますし、特に中国の動きは注視して色々知っておく必要はあると思います。
日本の対応と照らし合わせて。



さて。


沖縄でオスプレイ配備反対集会が開かれました。
これもじっくり観察すると、面白い事実が分かってきます。

沖縄に関しても、私達本土の人間は、あまりにも無関心過ぎました。
沖縄の問題は、私達日本の問題として受け止めねばならない。

オスプレイ配備反対を叫ぶ声の大きい人たちが果たして本当に、沖縄の人たちの「総意」なのか。
米軍が撤退すれば、どうなるのか。


意識的に、考えなければなりません。



私たちはまだ、先の大戦の「意味」を継続しています。
多くの人は戦争に対して無関心ですから、「どうして67年も経った今になって?」と不思議に思っているのではないでしょうか。

日本人は「終わった」と思い込んでいますが、終わっていないが故に、こうして目の前に現れてくるのです。
これを終わらせる(クリアにする、完了する)には、まずは歴史を知らなければなりません。

若狭さんと言う人が自著で「日本人は知に痴れている」と言っていました。
「知」が「病」を得て、「痴」になる、と。なるほど、うまいこと言う(笑)


私たちは今、世界規模で「パラダイムシフト」を起こそうとしていますよね。
今までそうだと信じていた常識や思い込みが、そうではなかったと気付き、「くるり」と内側と外側が逆転する現象です。

「第二次世界大戦がなぜ起こったのか」と言う歴史を辿るだけでも、それを起こせると思っています。
今大切にしている価値観や常識が、何に押し付けられたものなのか。
世界中がその価値観(基準)によって構築されているのですから、そりゃ気付きません。

先の大戦は、それに気付いた人たちによってそれを打ち壊す為の物であったのに、私たちは未だ「それ」によって縛られています。
戦争と言う「形」は終わったように見えるが、実の所全く終わってはおらず、「形」を変えて「意味」がまだ続いている。


だからこそ、私たちはそのシステムに閉じ込められているのであり、「家畜」だと言うのです。
それを打ち破るにはそのシステムや意図に「気づくこと」だけです。

それに多くの人が気付いた時、全体でのパラダイムシフトが起こるのかもね。



洗脳、と言うと私たちはオウム真理教などの新興宗教を思い出し、自分達は関係ないと思いがち。
自分は洗脳なんかされない、と。

ところが。
私たちは日常単位で「常識」と信じ込んでいるその「思い込み」が洗脳だったりする訳です。

それに気付くことが出来るのが、「知」。

日本人は「知」に痴れている。う~んマンダム。厳しいお言葉。
本質を知る、本質に気付く力ですよね。

ある程度は知識からでも、充分目からウロコです。



日本人としての誇りを持つ、と言うのは「日本人として自分に恥じない生き方」が出来ると言うことでもあります。
その自覚は、この場所…この土地で生きるには、非常に大切なことだと、個人的には思います。


人は場所(土地や環境)が育みます。ですので、住む場所によって気質が違ったり特徴があったりするんですよね。



さて。


私たちが戦後、自分達を失ってしまう前、日本の人々はどのように生きていたのか。
江戸時代に日本を訪れた外国人によって、その暮らしの一部を垣間見ることが出来ます。

抜粋したいのは山ほどあるけれど、取り合えずこれをどうぞ。





■ウィリアム・グレイ・ディクソン=イギリス人。

1876年(明治9年)に来日し、工部大学校(現在の東京大学工学部の前身の一つ)の教師を務めた。


「The Land of the Morning(Edinburgh, 1882)」(洋書)より
 東京の街頭風景を描写した後の記述



 ひとつの事実がたちどころに明白になる。つまり上機嫌な様子がゆきわたっているのだ。群衆のあいだでこれほど目につくことはない。
彼らは明らかに世の中の苦労をあまり気にしていないのだ。彼らは生活のきびしい現実に対して、ヨーロッパ人ほど敏感ではないらしい。

西洋の都会の群衆によく見かける心労にひしがれた顔つきなど全く見られない。
頭をまるめた老婆からきゃっきゃっと笑っている赤児にいたるまで、彼ら群衆はにこやかに満ち足りている。

彼ら老若男女を見ていると、世の中には悲哀など存在しないかに思われてくる。



■アレキサンダー・F・V・ヒューブナー=オーストリア人。
作家、外交官。オーストリア宰相メッテルニヒの庶子ともいわれる。1871年(明治4年)来日。


「オーストリア外交官の明治維新」より



 今朝、江戸の主な店をいくつか訪問。
横浜の日本人地区にはヨーロッパ市場向けにわざわざ製造された品物があるが、ここ江戸ではそれとは逆に、物はすべて日本人の好みに合わせて作られている。こういうさまざまな数々の品物をつぶさに眺めることほど面白いことはない。

〈中略〉美術品と工芸品を比較して言えば、ここ日本では、芸術家は職人に極めてよく似ており、また職人はある程度まで本質的に芸術家なのだ。ヨーロッパにおいても中世はこれと同じ状況だったのである。

 玩具を売っている店には感嘆した。
たかが子供を楽しませるのに、どうしてこんなに知恵や創意工夫、美的感覚、知識を費やすのだろう、子供にはこういう小さな傑作を評価する能力もないのに、と思ったほどだ。

聞いてみると答えはごく簡単だった。この国では、暇なときはみんな子供のように遊んで楽しむのだという。
私は祖父、父、息子の三世代が凧を揚げるのに夢中になっているのを見た。




■エドウィン・アーノルド=イギリス人。詩人。
1889年(明治22年)11月来日。インドのデカン大学の学長を務め、帰英後はデーリーテレグラフ紙の編集者。


「ヤポニカ(Japonica)」(1891年)より



 日本には、礼節によって生活を楽しいものにするという、普遍的な社会契約が存在する。
誰もが多かれ少なかれ育ちがよいし、「やかましい」人、すなわち騒々しく無作法だったり、しきりに何か要求するような人物は、男でも女でも嫌われる。すぐかっとなる人、いつもせかせかしている人、ドアをばんと叩きつけたり、罵言を吐いたり、ふんぞり返って歩く人は、最も下層の車夫でさえ、母親の背中でからだをぐらぐらさせていた赤ん坊の頃から古風な礼儀を教わり身につけているこの国では、居場所を見つけることができないのである。

(中略)この国以外世界のどこに、気持よく過すためのこんな共同謀議、人生のつらいことどもを環境の許すかぎり、受け入れやすく品のよいものたらしめようとするこんなにも広汎な合意、洗練された振舞いを万人に定着させ受け入れさせるこんなにもみごとな訓令、言葉と行いの粗野な衝動のかくのごとき普遍的な抑制、毎日の生活のこんな絵のような美しさ、生活を飾るものとしての自然へのかくも生き生きとした愛、美しい工芸品へのこのような心からのよろこび、楽しいことを楽しむ上でのかくのごとき率直さ、子どもへのこんなやさしさ、両親と老人に対するこのような尊重、洗練された趣味と習慣のかくのごとき普及、異邦人に対するかくも丁寧な態度、自分も楽しみひとも楽しませようとする上でのこのような熱心――この国以外のどこにこのようなものが存在するというのか。

(中略)生きていることをあらゆる者にとって、できるかぎり快いものたらしめようとする社会的合意、社会全体にゆきわたる暗黙の合意は、心に悲嘆を抱いているのをけっして見せまいとする習慣、とりわけ自分の悲しみによって人を悲しませることをすまいとする習慣をも含意している。



■エミール・ギメ=フランス人。
世界有数の東洋美術館として知られるパリのギメ博物館の創設者。1876年(明治9年)訪日。


「1876ボンジュールかながわ」より



 日本人は何と自然を熱愛しているのだろう。何と自然の美を利用することをよく知っているのだろう。
安楽で静かで幸福な生活、大それた欲望を持たず、競争もせず、穏やかな感覚と慎ましやかな物質的満足感に満ちた生活を何と上手に組み立てることを知っているのだろう。



最後にこれを。



■小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)=アイルランド人の父とギリシャ人の母の間に生まれる。
1869年(明治2年)に渡米、新聞などで活動。1890年(明治23年)、松江に英語教師として赴任。その後、熊本、神戸、東京と移り住み、日本に帰化。多くの日本論も残した。


八雲の講演「極東の将来」(中島最吉訳)より



 私は将来は極西のためではなく、極東のためにあると信じている。少なくとも中国に関する限りそう信じている。
しかし、日本の場合は危険な可能性があるように思う。

 それは古来の、素朴で健康な、自然な、節制心のある、正直な生き方を放棄する危険性である。私は、日本がその素朴さを保持する限りは、強固であるだろうと思う。日本が舶来の贅沢という思想を取り込んだ時は、弱くなるだろうと思う。 





貧しくても、楽しんで生きている様子が伝わって来ます。

それと、どんなに身分の低い車夫であろうと、自分の仕事に誇りと責任を持っている、と言うことと
どんなに悲惨な火事や災害に会おうとも、泣き叫ぶ人はおらず、避難先で煙草を吹かしたり笑いあったりして、瞬く間に復興していく様に驚いている様子も印象的でした。


あと印象的だったのが、「子供」に関する記述でしょうか。


例えば

エドワード・シルベスタ・モース=アメリカ人。明治10年代に計3回日本に滞在。東京大学で生物学を講じた。大森貝塚を発見。

「日本その日その日2」より


 日本人は確かに児童問題を解決している。日本の子供ほど行儀がよくて親切な子供はいない。
また、日本人の母親ほど辛抱強く愛情に富み、子供につくす母親はいない。



明治10年代~20年代、横浜、東京、大阪、神戸などの水道設計によって名を残したイギリス人のヘンリー・S・パーマー
「彼ら(子供ら)と親しくなると、とても魅力的で、長所ばかりで欠点がほとんどないのに気づく」

明治6年~明治38年まで日本で教師として活躍したイギリス人、バジル・ホール・チェンバレン
「日本人の生活の絵のような美しさを大いに増しているのは、子供たちのかわいらしい行儀作法と、子供たちの元気な遊技である」

明治23年に来日したドイツ人宣教師で、日本についてすこぶる辛口な本を書いたカール・ムンツィンガーも
「私は日本人など嫌いなヨーロッパ人を沢山知っている。しかし日本の子供たちに魅了されない西洋人はいない」と書いています。


「子は親の鏡」ですもんね。



なお、この「抜粋」記述は、こちらのブログさんを参照させて頂きました。
「ぼやきくっくり」さん。


手元に本がなかったため、どこかに落ちていないものかとネットを探していると、行き当りました。
他にもたくさん抜粋してくださっていますので、お時間のある方はどうぞ。面白いですよ!時間を忘れて読んでしまいました。


読む時は、あの頃は良かった、あの頃の日本は素晴らしかったんだ、と言うのでも、江戸時代に戻れ、と言うのでもなく。
ただ、「当時の、外国人から見た日本人はこうだったんだな」と言う具合に、そのまま読んでみてください。


ちょっと長くなってしまいました。



福沢諭吉 『脱亜論』

2012-09-07 | 日本




ちょうどいいので、転載します。「福沢諭吉の『脱亜論』」。

ちょっと長いですが、原文は意味が分かりにくく読みにくいので、訳文にしました。
時間のある時にでもゆっくり読んでみてください。




「現在、西洋人の地球規模での行動の迅速さには目を見張るものがあるが、ただこれは科学技術革命の結果である蒸気機関を利用しているにすぎず、人間精神において何か急激な進歩が起こったわけではない。

したがって、西洋列強の東洋侵略に対してこれを防ごうと思えば、まずは精神的な覚悟を固めるだけで充分である。
西洋人も同じ人間なのだ。


とはいえ西洋に起こった科学技術革命という現実を忘れてはならない。
国家の独立のためには、科学技術革命の波に進んで身を投じ、その利益だけでなく不利益までも受け入れる他はない。
これは近代文明社会で生き残るための必須条件である。


 近代文明とはインフルエンザのようなものである。
インフルエンザを水際で防げるだろうか。私は防げないと断言する。
百害あって一利も無いインフルエンザでも、一度生じてしまえば防げないのである。


それが、利益と不利益を相伴うものの、常に利益の方が多い近代文明を、どのようにして水際で防げるというのだろう。
近代文明の流入を防ごうとするのではなく、むしろその流行感染を促しつつ国民に免疫を与えるのは知識人の義務でさえある。


 西洋の科学技術革命について日本人が知ったのはペリーの黒船以来であって、これによって、国民も、次第に、近代文明を受け入れるべきだという認識を持つようになった。
ところが、その進歩の前に横たわっていたのが徳川幕府である。

徳川幕府がある限り、近代文明を受け入れることは出来なかった。
近代文明か、それとも幕府を中心とした旧体制の維持か。この二者択一が迫られた。


もしここで旧体制を選んでいたら、日本の独立は危うかっただろう。
なぜなら、科学技術を利用しつつ互いに激しく競いながら世界に飛び出した西洋人たちは、東洋の島国が旧体制のなかにひとり眠っていることを許すほどの余裕を持ち合わせてはいなかったからである。


 ここに、日本の有志たちは、徳川幕府よりも国家の独立を重んじることを大義として、皇室の権威に依拠することで旧体制を倒し、新政府をうちたてた。

かくして日本は、国家・国民規模で、西洋に生じた科学技術と近代文明を受け入れることを決めたのだった。
これは全てのアジア諸国に先駆けており、つまり近代文明の受容とは、日本にとって脱アジアという意味でもあったのである。


 日本は、国土はアジアにありながら、国民精神においては西洋の近代文明を受け入れた。

ところが日本の不幸として立ち現れたのは近隣諸国である。
そのひとつはシナであり、もうひとつは朝鮮である。
この二国の人々も日本人と同じく漢字文化圏に属し、同じ古典を共有しているのだが、もともと人種的に異なっているのか、それとも教育に差があるのか、シナ・朝鮮二国と日本との精神的隔たりはあまりにも大きい。

情報がこれほど速く行き来する時代にあって、近代文明や国際法について知りながら、それでも過去に拘り続けるシナ・朝鮮の精神は千年前と違わない。
この近代文明のパワーゲームの時代に、教育といえば儒教を言い、しかもそれは表面だけの知識であって、現実面では科学的真理を軽んじる態度ばかりか、道徳的な退廃をももたらしており、たとえば国際的な紛争の場面でも「悪いのはお前の方だ」と開き直って恥じることもない。



 私の見るところ、このままではシナ・朝鮮が独立を維持することは不可能である。
もしこの二国に改革の志士が現れて明治維新のような政治改革を達成しつつ上からの近代化を推し進めることが出来れば話は別だが、そうでなければ亡国と国土の分割・分断が待っていることに一点の疑いもない。

なぜならインフルエンザのような近代文明の波に洗われながら、それを避けようと一室に閉じこもって空気の流れを絶っていれば、結局は窒息してしまう他はないからである。


『春秋左氏伝』の「輔車唇歯」とは隣国同志が助け合うことを言うが、現在のシナ・朝鮮は日本にとって何の助けにもならないばかりか、この三国が地理的に近い故に欧米人から同一視されかねない危険性をも持っている。

すなわちシナ・朝鮮が独裁体制であれば日本もそうかと疑われ、向こうが儒教の国であればこちらも陰陽五行の国かと疑われ、国際法や国際的マナーなど踏みにじって恥じぬ国であればそれを咎める日本も同じ穴の狢かと邪推され、朝鮮で政治犯への弾圧が行われていれば日本もまたそのような国かと疑われ、等々、例を挙げていけばきりがない。


これを例えれば、一つの村の村人全員が無法で残忍でトチ狂っておれば、たとえ一人がまともでそれを咎めていたとしても、村の外からはどっちもどっちに見えると言うことだ。
実際、アジア外交を評する場面ではこのような見方も散見され、日本にとって一大不幸だと言わざるを得ない。


もはや、この二国が国際的な常識を身につけることを期待してはならない。
「東アジア共同体」の一員としてその繁栄に与ってくれるなどという幻想は捨てるべきである。

日本は、むしろ大陸や半島との関係を絶ち、先進国と共に進まなければならない。
ただ隣国だからという理由だけで特別な感情を持って接してはならないのだ。

この二国に対しても、国際的な常識に従い、国際法に則って接すればよい。
悪友の悪事を見逃す者は、共に悪名を逃れ得ない。私は気持ちにおいては「東アジア」の悪友と絶交するものである。



(『時事新報』1885年(明治18年)3月16日)




言ってることが、現在と同じ、と言う所が面白い。
今読んでも、読み応えがある内容ですよね。非常に鋭い。


彼らの「気質」や「精神性」が、127年前(文章中では千年前)と変わってないことが分かります。
百年も前からずっと日本は同じ問題を繰り返しているってことですね。

しかも、この時はまだ大東亜戦争も起こってないし、韓国併合も行われてない時代。


いかに「同じアジアだから」「同じ漢字文明だから」「似た文化を持つから」「容姿が似ているから」「隣国だから」と言う安易な理由で、日中韓が理解し合える、一つになれると言うのが難しいかがよく分かる。


日本はもっと中韓を知らなければならない。



福沢諭吉はこの社説を書く前は、近隣諸国の近代化に尽力し、朝鮮からの留学生を積極的に支援していました。
ですが、朝鮮の民主化と清朝からの独立を主張していた金玉均により「甲申事変」を起こしたが、清の威信をかけた攻勢により、3日で失敗。日本のような「明治維新」を成すことができなかった。


計画の中心人物だった金玉均らは日本へ亡命することとなったが、残った開化派人士、及び亡命者も含めた彼らの家族らも概ね三親等までの近親者が残忍な方法で処刑され、これらに失望した福沢諭吉が、この社説を記したと言われています。


結局、金玉均も1894年(明治27年)3月28日に刺客洪鐘宇(ホン・ジョンウ)に暗殺され、その遺体は朝鮮半島に移送された後に凌遅刑(清の時代まで中国で行われた処刑の方法のひとつ。生身の人間の肉を少しずつ切り落とし、長時間苦痛を与えたうえで死に至らす刑)に処せられ、五体を引き裂かれたのち朝鮮各地に分割して晒される、と言う悲惨な最期を遂げている。

白人絶対主義の時代、帝国主義の欧米列強の魔の手がそこまで迫って来ている時、中国(シナ)、朝鮮との「東アジア共同体」による防衛は日本にとって必要なものでした。


これらの背景も、脱亜論を読む上で必要になるかと。

彼は最初から「アジア蔑視」をしていたのではなく、朝鮮の近代化のために漢文とハングルの混合文を発案するとともに、朝鮮で初めてのハングル交じりの新聞『漢城周報』へと発展する『漢城旬報』(漢字表記)の創刊にも私財を投じて関わっていたりと、朝鮮の近代化に尽力した結果、変わらぬ中韓に失望し、見限った故の論説である、と言うことです。


そう言えば、民主党も「脱アメリカ」を実現するために「東アジア共同体」を政策に掲げてましたね。


さて。


その後の中韓は彼の言葉通りになった訳ですが…
まだ終わっていません。


中国も韓国も現在、非常に不安定な状況であることは、ご存じの通りです。
そのエネルギーがどこへ向かうのか。
「事実」を並べて行けば、ある方向性が浮かび上がってきます。

現在のアジアの状況は、この時代と共通するものがあります。
日本も他人事ではありません。
「沈黙は最大の同意である」と言うように、事なかれで彼らのすることに黙っていれば同意したのと同じです。


日本がこの状態でまた、「(日中韓中心の)東アジア共同体」や「韓国併合」などと言い出して同じ轍を踏むのか。
ここからでも、様々な重要な情報が読み取れます。


日本は、隣人だからと言って中韓と仲良くしなきゃならないってことはない。
日本を貪ろうとしている国に、わざわざ自分を差し出すこともない。

「信頼し合える」国と、絆を結べばいい。


毅然とNOと言える、そして「凛」とした日本で在る為に。
私達一人一人が、出来ることがあります。




「国民に知って欲しい陛下の祈り」

2012-08-30 | 日本



さてさて。

調子に乗ってイッちゃいますよ。



こんな記事を見つけました。

「高崎経済大学教授・八木秀次 日本人の怒り理解できぬ韓国人」



興味深い内容なので、ぜひご一読を。


前回の記事でも書いたけど、今回の件で日ごろ天皇を意識したことはなかったが、さすがに腹が立って「自分は日本人なんだなぁ」と感じた、と言う人は、はからずも多かったと思う。


日本人の天皇に対する位置づけ、と言うか関係は、他国の人達は理解しがたいそうな。


意外にも天皇陛下が毎日毎日、日本と国民の繁栄と安寧とを祈ってくださっている、と言うことはあまり知られていない。


「 国民に知ってほしい陛下の祈り 」



あまり多くは語るまい。


多く言葉にすると陳腐になる気がする。


このように、日本と言う土地と土地の神様と共に日本は歩んで来た。
それに対する自覚も感謝もなくなってくると、神様たちも動けなくなる。

スムーズな循環が出来なくなる。
いくら日本の神様たちが、日本を守ろうと頑張ってくれていても、当の日本人たちにその気がなきゃ、何もできない。
選択は、私たちに委ねられている。


あぁ今まで日本を守って来てくれた有形無形の存在や思いを知らず、感謝もないから日本は日本のものではない、なんて傲慢な言葉が出てくるんだろなぁ。


あたしゃ泣いたよ。涙が出たよ。


…ま、私の個人的なことなんてどうでもいいんだけれどもね。



良薬は口に苦く、ほんとうのことは耳が痛いもんです。



日本と韓国の関係と、日本にいる在日コリアンたちの件は、これからもどんどん「表」に出てくることと思います。
(中国の件はまだ今度)



内に溜まっているものは全部出してしまわないとね。
その途中のイザコザは、必要なもの。そこは避けて通れない。


全部知って、その上で「何を選択するのか」「意識をどこにフォーカスするのか」ですね。
マザーテレサです。


では。





マザーテレサの名言

2012-06-18 | 日本

こんにちは。

そうですね…


私の説明の仕方が下手なもので、こんがらがっている人はすみません。

上手く伝えられないのは、私の理解度がまだまだなせいです。
「これ」と言う表現で伝えたい、と思うのですが…未熟です。


私も毎日変化しています。
未熟ながら、少しずつ少しずつ前に進んでいます。皆さんもそうです。

昨日と同じ自分はいない。

これが人間の素晴らしい所でよね。
何があっても、前へ進もうする、その姿勢が。

こう言う混乱した時代になると、旧時代に戻ろうとする力が働きます。
ですが、私たちは後戻りすることはできません。

いわゆる「ロウソクの時代には戻れない」と言うものです。
いかに江戸時代が素晴らしくとも、その時代には戻れないのです。

新しく、進んだ文明と「昔からある価値観」(今は見過ごされているけれど、再び脚光を浴びるであろう本質において変わらない価値観)を融合して行くんだと思います。

また理解が深まれば、もっといい表現で書けるようになるかもしれません。

私たちは「思い込み」で自分だけの世界を作ってしまいます。
夢の中でまた夢を作ってしまうようなものです。それが目を曇らせます。

私もそうです。
ちょっと気を抜くと、すぐいろいろごちゃごちゃと、自分だけの物語を作ってしまいます。

透明で在りたい、と思うのですがなかなか。

『全体の中で在って欲しい個』で在りたい。そう思います。




さてさて。ここいらでちょっと一服。お口直しをば。


おなじみ、マザーテレサの名言集です。
真実の言葉、と言うものは心が癒されますね。 


『あなたは、あなたであればいい』


『大切なのは、

どれだけたくさんのことをしたかではなく、

どれだけ心をこめたかです』



『今、この瞬間幸せでいましょう。

それで十分です。

その瞬間、瞬間が、私たちの求めているものすべてであって、他には何もいらないのです』




『神にお仕えするためには、ごくありきたりな仕事を、

出来るだけ楽しく喜んで実行することです』



『わたしたちは 大きなことはできません。

ただ、小さなことを大きな愛でするだけです』



『神様は私たちに成功してほしいなんて思っていません。

ただ、挑戦することを望んでいるだけよ』



『わたしたち一人一人が、

自分の玄関の前を掃除するだけで、

全世界はきれいになるでしょう』







今回の、この偉大なる循環の中で、私たちは何を表現できるだろうか。

ここで起きることは自分にとって優しいことばかりではないけれど、それを逃げずに真正面から直視して、
歪めずありのまま受け入れることの出来る人間でありたい。


いつも読んでくれてありがとうございます。

自分が全体に与える影響、と言うものに思い至れば、見え方や捉え方も少し変わってくるのではないでしょうか。
いつでも「自分の魂にとって」正しい存在でありますように。