Yumi @ Sudan

北アフリカの国、スーダンでの生活日記

サンちゃんの話

2005-08-15 | everyday
サンティーノは大丈夫だろうか?ジョンガランの死、暴動が起きてから、ずっと心配してました。
無事だろうか?魂は挫かれてないだろうか?仕事先のファティアの家にも連絡もなく、一週間が過ぎました。

毎週日曜日、サンティーノは教会へ行くため仕事は休みをとっています。それなのに、昨日、日曜日ファティアからサンティーノが仕事に来たと連絡がありました。早速、サンティーノに会いに、ファティアの家へ。

サンティーノはにっこり笑って、いつもと同じあいさつ、「おーユミ!元気だった?」
「私は元気だよ。みんなサンティーノの事心配してたんだよ、元気だったの?」

ちょっと痩せて、顔もやつれていたけれど、怪我もなく無事だった。
ただ、8月1日の暴動で、18歳のいとこが警察に打たれて亡くなったとのこと。昨日は、そのいとこのお葬式でした。
サンティーノは、8月1日に何もしていないのに捕まり、留置所に6日間も閉じ込められたとの事でした。
「えー???何にもしてないのに、捕まっちゃったの?」って驚く私に、
「でも、僕は馬鹿なことはしないから安心して」って笑ってる。人ってどこまで強くならなくちゃならないのかしら?こんな目に遭っても、私に笑顔を見せてくれるサンティーノ。

暴動が起きてから、南部出身者に対する差別はやっぱりひどくなってしまったらしい。ハルツームでのお手伝いの仕事もガードの仕事も、首になる人が多い。実際サンティーノも午前中は毎日ファティアの家で働いて、午後は他の人の家で仕事がある時には働いていたのが、午後の仕事がすべてキャンセルになってしまって、学校の費用が出せないから、もう学校は辞めなくちゃならないと言っていた。

「ユミの家で英語教えてくれる?」って言うから、「いつでもおいで」って言ったら、嬉しそうに笑う。また、英語の先生だ、わたし。


母がビートルズが好きで、英語の歌を聴いて育った。
お隣のおばちゃんが英語の先生で、小さな頃から近所の友人たちと一緒に遊びながら英語を教えてもらった。アメリカのホストファミリー、ニュージーランドでお世話になった人たち。みんなが教えてくれた英語を、私はこの国でみんなに伝える。
いつか学校の子どもたちも、サンティーノも誰かに、英語を教えたりするかもしれないなあと思う。

サンティーノの努力が、いつか報われますように。彼の夢がかないますように。

コメント
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