陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「Not Found」 Act. 11

2006-09-02 | 感想・二次創作──魔法少女リリカルなのは


今しも数十冊の本が小刻みに背中を震わしながら、棚からずれようとしていた。
もうひとつ大きな揺れがやってきたら、あの天井近くまでの高さを埋める本の山がどさりとなだれうって、この部屋にいるふたりを襲うだろう。さきほど、重い一冊が脳天を直撃したどころの話ではすまされない。大の男が幼児をかばって覆ったところで、立錐の余地なく床を埋めるであろう落下物の重みを加えるだけにすぎない。

ヴィヴィオの頭めがけて落ちてきた本を除けようとして、ユーノは肩先に痛撃をうけた。
かなり厚手の本だったらしく、肩甲骨から首筋までじんと痺れが走る。そこそこの実戦経験のある魔導師だったといえ、防備もない生身で質量のあるものを身に受ければ、やはり痛いことは痛い。

「ヴィヴィオ、僕にしっかり掴まって」

はじめて遭遇した地震が恐怖をかきたてるのか、脅えて悲鳴をあげるヴィヴィオを抱き寄せると、ユーノは片手をかざして魔法を詠唱しはじめる態勢をとった。
しかし、さっきの落下本を避けた際の弾みで片目のコンタクトが飛んでいた。本の一冊ずつを移動したいのならば、検索魔法の遠隔操作で事足りる。視界が悪いので、落下物の仔細を特定できないでいる。しかも、逐一、本のコードを確認している場合などではない。滂沱の書籍が、雨あられどころか、津波のように上から襲ってくるのだ。したがって今とりうるべき最良の選択は、我が身とそれに接している者以外のすべての動きを止めることだ。

「司書長ユーノ・スクライアの名のもとに命ずる。時よ凍れ! 空よ阻め! 風よ留め! 無限の一部を破りて、流れ断て! この庫(くら)を閉じて、壁を立つ──!」

常日ごろ、余力を抑えたかのように穏やかに口こぼす司書長の、その渾身の絶叫はつぶさに書架に響きわたった。
本を開いたような、透明な二枚の板が蝶のようにひらひらと飛んで、二人のまわりに幾重にも折り重なった。この部屋にある、たったふたつの命以外の時間が、ぴたりと停止した。みごとになにもかもが示し合わせたミュージカルのように。崩壊のその直前で、なだれうつその秩序のすべては保存されていた。ややもすると、旋律の途切れ目に縫いこむはずの決め台詞を忘れて黙り込んだ主演のように、青年はしばし言葉を忘れて状況に見入っていた。なにせ、それを行使したのははじめてなのだ。その効果に魅入られたとしても不思議ではない。

「ほら、もうだいじょうぶだよ、ヴィヴィオ」

肩を軽く叩かれて、恐るおそる目を開けたヴィヴィオが目にしたのは、自分の目と鼻の先で吊り下げられたかのように百科事典だった。
傾いた棚から雨あられとばかりに降ったまま、中空で止まっている数十冊の本。降ったというより、ほとんど隙き間なく天井も見えない。覆いかぶさんばかりになっていたというのが正しいか。その直撃を受けたとしたら、さすがに怪我は逃れられない。怪我どころか、ひとの輪郭すら失うほど押しつぶされるかもしれない。蝶のように放たれて舞った透明なカバーが、波濤のように押し寄せる本のそれぞれを宙にとどめていた。うっすらと霜が張ったかのように、本はそれぞれが色褪せている。魔力光がユーノ固有の緑をしていないのは、ほんらい、庫内に埋めこまれた結界を援用したものだからなのだろう。

「いまのは、時制氷結魔法?」
「そう。ふつうのシールドを張ると本が傷む恐れがあるからね。ひさしぶりの魔法で心配だったけど、うまく行ってよかった」

手首をきゅっと鳴らしながら、ユーノはかすかな笑みを浮かべていた。
さすがに実戦から離れているからか、ひさびさの手応えに、痺れるような感覚が残っている。大見栄切って拳をふりあげるポーズをとろうとするも、肩を回せば痛みが走る。本の番人だけしていたこの数年間の代償は大きい。数年前までは悪友クロノ・ハラオウンに手合わせしてもらうこともあったが、いまはまったくご無沙汰だった。遺跡の発掘旅行に出かけていれば、まだしも、鍛えられただろうに、という思いがちらりと頭をかすめた。



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