陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「Not Found」 Act. 10

2006-09-02 | 感想・二次創作──魔法少女リリカルなのは


もちろん、ユーノはユーノ本人で別人の顔にすり替わったわけではない。
もし赤の他人がユーノになりすまして、この禁忌の資料室に潜り込んできたのなら大問題だが、無限書庫は声帯と虹彩、そして指紋という、厳重な認証で入室許可を与えている。ここのシステムの抜け穴を通り抜けられる不法侵入者はめったといない。

「ああ、そうか。今気づいたんだね。古い書庫に入ると、埃をかぶって眼鏡が曇りやすくてね。コンタクトにしたんだ」
「ふぅん」

ユーノが目の下を引っ張ると、うっすらと丸いレンズが瞳に嵌まっているのが見えた。色付きのレンズのせいか、ユーノの瞳がいつもより青みを増していたのだ。

「これでも昔は肉眼だったんだよ」
「うん、知ってる。なのはママが言ってたよ、ユーノくんは本の読みすぎだって。ヴィヴィオも注意しないと、眼を悪くするよって」
「ひどいなぁ、僕は反面教師かい?」

小さく苦笑いを浮かべたユーノは床に寝そべったまま、頭の下に組んだ両手を敷いた。
起き上がってもよかったけれど、ヴィヴィオがじぃっと見つめていて。書庫の底から、てっぺんを見上げているのも悪くはない眺めだった。

さっきの騒動でコンタクトが少しずれて、視界がぼやけていたのを元に戻したユーノに、ヴィヴィオのしげしげと見つめる視線がやけに熱い。

自分に対して顔が違うと口にしたそのヴィヴィオの顔を、焦点の確かさを知るために、ユーノもまじまじと見つめ返していた。
聖王のゆりかご突入時の記録映像を、レイジングハートの内蔵記憶装置をもとに再生した映像を、なのはに見せてもらったことがあった。聖王の玉座の間で、なのはに拳を向ける、あのいちじるしく成長したヴィヴィオらしき女性に、その場に居合わせなかったユーノも、同じくフェイトも、戦慄を覚えたものだ。あの黒い鎧をまとった聖王という、悪魔的な潜在する暴力と怨念に身を支配された女の部分。当時のヴィヴィオのもつ、魔法に長けてはいない大人でさえも握りこめてしまえるほどの脆さや甘ったれた、そのあどけない少女の部分。そのふたつは、ユーノのなかでは重なり合わなかった。

しかし、ユーノは、いまこのとき思った。
この柔らかそうな幼すぎる外貌の奥には、いつまた爆発するかもしれない、危険とも思える暗さと険しさが隠されている。そう告げたフェイトの心配は、あながち杞憂だと片づけられぬのではなかろうか。ユーノは熱心なヴィヴィオの視線に、絡みつかれるようななにかを感じとった。

「ユーノくんの目、ヴィヴィオの左目とおなじだね。ピーマンとおなじ翠をしてる」
「はは、ピーマンか。ヴィヴィオは、この目が嫌いかい?」
「ううん、大好き」

ユーノが指さす左目に、ヴィヴィオは嬉しそうに首を振った。ヴィヴィオが可憐な笑いをみせると、不安な影は消えていた。

かれこれ、そのまま五分ぐらい話し込んだ後だっただろうか。
ユーノは背中に微妙な震動を感じた。揺さぶりは徐々に大きくなり、近くに置かれてあった本ががたがたと震えていたことからも、それと分かった。書庫全体が大きく、ぐらり、と縦に揺れた。今度の揺れはかなり大きい。やはり先ほどの小刻みな震えは予震だったのだろう。

またひとつ、ぐうらりと底から突き上げるような揺れが襲ってきた。
箱の中にいるネズミをいたぶって、もったりと恐怖を撹拌させるかのように、それはやってくる。怖がってしがみつくヴィヴィオをなだめつつ、ユーノはその髪の向こうにあるはるか天井を仰ぎ見た。

震度3以上を察知すると、無限書庫の室内はすべて自動的に特殊な防御フィールドが張られて、本が書架から落下しないように防備されている──はずだった。
だが、上方からはぱらぱらと、情け容赦なく雨あられのように本が降ってくる。一部の棚では防御装置が作動しないという報告を受けてはいたが、まさかそこに居合わせてしまうなんて。そうか、さっき感じた足もとの覚束なさの正体はこれだったのか。地面はすでに傾きはじめていたのだ。




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