陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

神聖にして不可侵の日本国憲法は今

2020-05-04 | 政治・経済・産業・社会・法務

わが国最初の法律は十七条の憲法で、その条文は「和を以て貴しとなす」を例として、とてもシンプルなものだった。古代の律令は、課税や役人の登用などについて書きしるしたもので、庶民の権利などは保障されてはいない。政治は天皇を囲う選りすぐりの貴族でおこなわれ、のちに軍事力で物言う武家がこれに代わったが、法律らしい法律は近代を待つまでなかったといっていい。

日本国憲法は、世界に誇るべき平和主義を謳った成文法典であり、また、一人一人の人権は尊重されること、国民に主権があることが原理になっている。この三原理は学校でかならず習うことで、その崇高な理念と目的の達成を誓うと結ばれた憲法前文はあまりに強く美しく我々に語り掛けてくる。

この憲法改正論議は以前から重ねられ、安倍政権の不断なき目標ともなっている。
数年前には集団的自衛権をめぐって、児戯に類した大規模な集団デモがあった。現在の緊急事態宣言下では、もし政府がいたずらな法改正や制度いじりをしたとしても、歯止めをかけることができるとは思われない。

憲法記念日の5月3日の読売新聞朝刊が報じたところによれば。
非常時対応に備え、憲法を見直す動きがにわかに叫ばれているという。2018年に自民党が出した改憲案は緊急事態条項の創設を盛り込んだものだった。大規模な自然災害を想定して、国会が召集できない場合、政府が法律と同じ効力を持つ政令を制定できるという。その案は海外からの武力攻撃やテロ、このたびの感染症拡大を想定してはないが、目下、再検討がもくろまれている。コロナ禍が終息せねば国政選挙もできないので、国会議員の任期を特例で延長できるようにもしたいと。もちろん、野党は猛反対。

政府が改憲へ乗り気なのは、大災害や戦時には移動の自由や財産権など一定の国民の権利を制限できる、海外諸国の憲法に倣いたいがためだ。
先ごろ補正予算で全国民への10万円給付が成立したが、学校の9月入学待望論にせよ、火事場泥棒的な立法や改正のゴリ押しについては危機感を覚える。マイナンバーやキャッシュレス決済にせよ、行政が後押しした制度はかならずしも進まず、ありがたくない副産物までついてくるというのがオチではなかっただろうか。隣の芝生は青く見えるが、助成金の遅れやマスク配布の不備はあれども、国民皆保険と衛生観念の高さでは日本は世界に負けないというのに。

同日の読売新聞紙面による世論調査によれば、改憲賛否はほぼ同率で拮抗。
自民支持派でも無党派層でもあまり変わらない。たしかに発布からこのかた70数年余経過した憲法はもはや時代に合わないのかもしれない。が、いきなり国の最高法規をかけ替えることについては、いささか拙速すぎるきらいがある。最高法規は、それが容易に時代の気分でうかつに揺るがせにできないからこその権威があるから、それであるのだ。

紙面では、象徴天皇制維持や女性天皇、女性宮家創設、さらには同性婚の容認まで踏み込んでいるが、いずれもそれなりの支持がある。とくに若年層を中心に多様性への尊重を望む声が見られる。少数派への配慮は必要だが、最高法規に一筆入れれば叶うものだろうか。こうした国民の甘すぎる期待を人質として、安易に憲法改正へと進んでよいのだろうか。最近、民法をふくめことごとく改正ラッシュが続く流れについては、どこかシーソーゲームのようで、新たな利権者と法的強者を生むだけのような気がしてならない。

コロナショックでの政府の対応の悪さが露呈している一方で、やにわに政府や一部の国会議員の首切りを帳消しにできるような、強権発動を認めることについては、審議を尽くすべきだが。さしあたっては、政府の債務や権限は、改憲よりも新しい個別法にて明記すべきとの声もある。政府に権限集中を図るのならば、まず国民に直接信託されてはいない内閣総理大臣を国民総投票にすべきところからはじめたほうがよさそうなのだが、まず消極的な理由で政権安定しているだけの現政府に、命の選択を預けたいと思う国民はどれだけいるのか。人気に騙されて労働者の待遇悪化を平然と行ったライオン宰相の二の舞を、日本は避けるべきではないだろうか。

憲法に明文化された個人の自由や権利を盾にした迷惑行為──たとえば、ギャンブラーの県外越境による感染拡大は、むろん許されるべきではない。
しかし、条文に書いたからといって、個々人は倫理にもとづく振舞いをとるのだろうか。教育を受ける権利があるからといっていつまでもモラトリアムをつづける者や、職業選択の自由があるからといって仕事を選んで納税の義務を果たさない者を、憲法にのっとった適切な生き方と捉えることはできるのだろうか。そしてまた、納税や勤労の義務を果たせないからといって、我々はもはや人でなしとして死ぬべきなのだろうか。そもそも、その教育も勤労もやりたくてもやれない状況で、権利保護も義務遵守もへったくれもない。死の恐怖を前にして享楽に浸りたい人に対し、厳正な法が有効だとは思われない。

憲法は誇るべき成文法典だが、どこかのお偉い人が取り決めたことがすべての正義に働かないことを、このような非常事態に遭っても、もはや連帯感をもたない我々はうすうす感じているのではないだろうか。

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