だとしたら、祐巳は祥子さまとは別のやりかたで瞳子ちゃんと関係を保たなくてはいけない。
瞳子ちゃんが一体どんな悩みを抱えているか見当がつかないけれど、ひとつ分かったこと。祐巳がロザリオをいきなり受け取らせようとした行為は、瞳子ちゃんの鍵付の日記帳をこじ開けようとする不躾なことだった。しかも、それは扉の鍵穴に、鍵ではなくキーホルダーを差し込もうとするようなことだったに違いない。
次に彼女に逢ったときは、紛いものの心なんて差し出してはいけない。
彼女を憐れんで救おうなんて同情心を寄せてはいけない。何せ、相手は多くの人格を演じ分ける女優なのだから。嘘いつわりなき想いを伝えなくてはいけない。
キーホルダーがなくても、鍵は回せる。
鍵に飾りなんか要らない。
だけれど。
ロザリオに篭められたもの──貴女が大好きだという気持ち、それがなければロザリオは機能しない。
彼女の固く閉ざした門戸は開かれないだろう。最近とみに敷居の低くなった薔薇の館のそれ以上に重い扉。
心に鍵をつけるのは人の自由なのだから、私は開かれるのを気長に待つことにしよう。
いつも胸一杯の好きを抱え、精一杯の笑みを湛えながら、その扉の前で。
そんな決意を胸に秘めて祥子さまの瞳をまっすぐに見つめた祐巳。その唇からは確信にみちた言葉が滑り出た。
「お姉さま、さっきの発言は訂正します。はじめて戴いたのは、ロザリオじゃありません」
「そうね…。私も祐巳にロザリオだけを渡した覚えはないわ」
愛しいお姉さまの清らかな微笑みが応えてくれる。その「姉」としての微笑みは敬愛する水野蓉子様から受け継がれたものだ。
マリア様の見守る学び舎で、乙女たちは遺伝子のようにロザリオに託された心を受け渡してゆく。天使のように無垢な笑顔が集う園。そのなかでとりわけ、最愛のひとの優雅にして美しい笑み顔に少しでも近い表情を、その彼女に向けられますように。
今の姉の向こう側に、未来の妹となる人を思い浮かべながら、福沢祐巳は静かな笑みを返した。
【了】
【目次】マリア様がみてる二次創作小説「ままならない貴女を開く鍵」