陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「天使のタブロー」(十三)

2013-10-10 | 感想・二次創作──神無月の巫女・京四郎と永遠の空・姫神の巫女


「かおんちゃん、わたしは…」
「ひみこも知ってるでしょう? 私があのフィルムにどんな姿で映っていたか」

あのフィルムとは、ミカが絶対天使ムラクモのかおんの戦闘能力を記録するために隠し撮りした映像のことだった。
誘拐した白鳥くうに、水園の瀑布に映写してみせたあの映像。そこには黒髪をひるがえらせた美少女が、左手に不気味な巨大アームを現出させて、並みいる戦車を一刀で叩き斬り、戦闘機をもののみごとに弾き落とし、島ひとつすらまばたきする間に砂塵に変えて海に沈める。そのおざましい姿の数々を、あますところなく捉えていたものだった。

「あれは私ではないわ。あんな鬼のような、化け物のような姿は…。ひみこだけが私を美しく描いてくれるの。ひみこだけが、私を人間にしてくれる。きれいなものにしてくれる。たとえ、この姿がマナの光りがつくりあげたかりそめのものであったとしても、私は貴女とふたたび逢うために、この姿でこの世界に生まれるように、どこかで願っていた…そんな気がするの」

かおんは切なそうに瞳を瞬かせた。
悲しい思いはしても、その瞳の端からこぼれだす感情のしずくはなかった。ミカの研究所で目覚めたばかりのかおんには、人間はただの不味い餌にしか思えなかった。目前に生け贄にされた少女たちがいくら倒れても、かおんは何も感じなかった。少女たちは絶命寸前まで命を削り取られ、その少女たちの凄惨かつ哀れな姿をいくつも乗り越えてきた。目の前でひとが倒れるたびに、己が殺人鬼なのだと思い知らされていた。その虚しさが変わったのは、あの日、湖畔のアトリエでひみこに出逢ってからだった。

「ちょっと、自信なかったんだけど。かおんちゃんが喜んでくれるなら、これでいいかな」
「ええ、もちろん。ひみこが描いたものはなんでも傑作だから」

ほうら、また、それを言う。ケッサクていう意味も分かってるのかな。
ひみこがこそりと唇を和らげた笑いで応じた。かおんも釣られて、表情の乏しい彼女には珍しい、爽やかな笑いで応えた。

気休めにもならないなんて思いはしない。
いっそのこと、これが不出来だとあの女君に批判されて、つくりなおせと申しつけられた方がいいのではなないか。そんな疾しい考えすら思い浮かぶ。そんな妄念をふりきるために、ひみこはひとりでに軽く首を振ってみせた。

画家とモデルは、ふたりだけの特別な関係。
絵の制作が終わってしまったら、かおんとひみこは、またミカの僕(しもべ)に戻る。かおんは戦士の顔に、ひみこはお側仕えのなかでも雑用係に。ただ、それだけのふたりに。絵の完成による達成感とは別の寂しさが胸に吹き抜けていく。もっと描きたい、という欲求は画家の向上心ではなく、ここでお別れしたくないというただの我がままなのだ。ひみこは自分に生まれたじくじくした想いを、そのように片付けた。こんなこと考えるのは、ここでおしまい。読みさしの本を閉じるかのように、ひみこは二つ折り式のパレットを、潔くていねいに畳んだ。カメラだったら、こうはいかない。被写体が目の前から消えない限りは、延々と撮りつづけてしまうだろう。引き伸ばしたり、複数枚に焼き増ししたりして、ある想い出の一点に執着しつづけるはずだ。




この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 「天使のタブロー」(十四) | TOP | 「天使のタブロー」(十二) »
最新の画像もっと見る

Recent Entries | 感想・二次創作──神無月の巫女・京四郎と永遠の空・姫神の巫女