陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

日本映画「お早よう」

2018-05-06 | 映画──社会派・青春・恋愛

1959年の映画「お早よう」は、小津安二郎監督にしては珍しい、子どもの目線から描いたコミカルな日常劇。集合住宅に住まう五世帯を中心に起こるいざこざが、玉突き事故のように生じていきます。

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東京郊外の川近く、五軒の平屋住宅が並ぶ地域。
奥様連中は例によって噂好きだが、各家庭、同じ年ごろの子どもたちは仲がよく、連れ立って奇妙な遊びに取り憑かれている。彼らの楽しみは、地域で唯一テレビを持つ丸山家の若夫婦のもとへ転がり込んで、相撲観戦することだった。
しかし、ご近所では評判の悪い丸山家への出入りを禁じられたことから、林家の兄弟、実と勇が両親に反抗して絶交状態になってしまうが…。

とりたてて大きなことが起こるわけでもないけれど、いたいけな子どもたちのささやかな抵抗は、時に可愛くて笑わせてくれるもの。しかし、それが大人のいぎたない事情によって、思わぬさざなみをご近所間に起こしてしまいます。

本作の主題は、ずばり挨拶。カメラの切り替えで会話のキャッチボールの上手さを演出してきた、小津作品ならではのテーマですね。
タイトルの言葉は、口答えする息子を叱った父親に対し、子供たちが無言の抵抗として要求が通るまで口にしなかった言葉。「お早よう」を言わなかったがために隣近所に生じる嫌悪感は、「お早よう」でもって終息がつく。子供はみな自分の言いなりで愛想のいい答えを返すものだという、大人のかってな思惑を揺さぶってくれますね。

林家の兄弟の言い分を聞いてくれるのは、お姉さん肌の叔母の節子。そして、お兄さん株の英会話の家庭教師の青年・平一郎。じつは秘かにいい雰囲気のふたりですが、過去の小津作品のように結婚騒動がもちあがるまでもなく。
平一郎は、幼い勇くんが意味も分からず口にする「アイ・ラヴ・ユウ」を、好意をもった節子に最後まで告げられない。大切なことをストレートに言うことができず、お天気話や無駄な挨拶の口上で紛らわしつつ、人間関係を築く日本人の特性を、ややおちょくり気味に見つめたお話です。

口さがないおばさまのねっとりしたお付き合いや、家長としての威厳が失われていく父親、そして定年後の不安、などなど経済成長が右肩あがりに進む時代でありながら決して言うほど豊かではなかった家庭のおかしみを、とことん押し出しています。とくに異色だったのは、子供の間で流行っている下品なお遊び。紀子三部作で叙情豊かな美しい家族愛の小津作品に触れた者としては、いささか意外ではありました。

主演は、林家夫妻に笠智衆と三宅邦子。平一郎には、佐田啓二。節子には久我美子。
杉村春子と高橋とよは、あいかわらず厭味ったらしい役が板についていますよね。
東野英治郎は、「秋刀魚の味」とおなじく、うだつの上がらなさそうな飲んだくれ役。私の世代からすれば水戸黄門は西村晃なんですが、初代の黄門様として有名ですね。

それにしても、家電の機能が便利になっただけで、あんがい五十年前も今も、人間の気の持ちようって進歩がないのかもしれませんね。
テレビを観つづけると馬鹿になるという発言は、映画人ならではの危機感でしょうか。1950年代になると映画産業が衰退し、小津が得意としたようなホームドラマはブラウン管を通してお茶の間に届くようになりました。遺作となった「秋刀魚の味」でも、笠智衆をしてパチンコなどギャンブルが日本を衰退させると言わしめているんですが、日本の行く末を案じていたのでしょう。

安直に物を買い与えただけで子供の機嫌をとった解決にみえますが、幼い弟が叱る父親の表情にわずかな笑みを探ったシーンが微笑ましいですね。こうやって、相手の言葉だけでなく存在すべてで気持ちを読む感覚を身に着けていく大人になるのを学んでいくんでしょう。

そういえば小津作品は、意に染まぬ問題がもちあがって家族間がぎくしゃくし、当事者の友人知人など周囲が介入してくることで快方に向かう(ただし余計にややこしくなる場合もある(苦笑))パターンが多いですよね。現代と問題点はおなじながら、コミュティの親和力の低下によって悩みをひとりで抱え込みやすいというのが、昨今の事情なのでしょうか。

(2010年3月30日)

お早よう(1959) - goo 映画


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