陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

氷上の青い貴公子、頂上対決(二)

2010-11-12 | フィギュアスケート・スポーツ
今季の中国杯でGPシリーズの全制覇を虎視眈々と狙うフランスの大物ブライアン・ジュベールは、SPでもフリーでも奇妙な演技をみせた。折り曲げた足のブレードを持ちながら回転するという、比較的珍しいスピン。その名を、フライングアップライトスピンという。
そのスピンがなぜか印象深かったのは、フランス人にして近代彫刻の父といわれるオーギュスト・ロダンのある作品(タイトルを失念。現在、調査中)を想起してしまったからだった。
すでに四回転が男子に必須の項目として挙げられるいっぽうで、誰にもなしえない滑りの持ち味を出そうとしたベテランの企図が盛り込まれている。思えば、NHK杯で魅せた高橋大輔選手の花びらを開いていくような天井を仰ぐスピンも美しかった。

そのジュベール選手のSP曲は、「レジェンド・オブ・メキシコ」
フラメンコ調の音楽に乗って、冒頭の四回転・三回転を鮮やかに決めると、歓声が沸く。手拍子が伴奏となって勢いに乗るかに思われたが、トリプルアクセルで崩れがあった。74.80点と二位につける。

いっぽう小塚崇彦選手のSPは万全だった。曲は「ソウルマンメドレー」
はじめに四回転を決めて弾みをつける。外国人選手に埋もれるとなんとなく小さくまとまったように見えてしまう小塚選手なのだが、ジャヤンプの軸にぶれがない安定した滑りを見せた。炎の上を歩むかのような細かなステップを極め、途中で柔軟性と高い跳躍力を見せつけるかのような大開脚のジャンプ。そして最後は高速のスパイラル。ここでは拍手が湧き上がった。五輪八位入賞の実力者らしく、自身が漲った完璧な演技で、77.40点をマーク。二位を引き離し、格の違いをみせつけた。

巻き返しを図るジュベール選手のフリープログラムは、その調べが流れはじめたとたんに、誰にもが耳をすませたことだろう。ベートーベンの「交響曲第九番」。ジュベール選手がクラシック曲を選ぶのは珍しいとされる。

やはりSPに続いて、十八番の四回転を初っ端から鮮やかに決めた。だが、トリプルフリップ・トリプトゥーループでバランスを崩し、後半のサルコウでもつまづいてしまった。おなじみ「喜びの歌」のリズムに乗せてはステップで魅せようとするものの、フリーでは135.49点。計210.29点となりメダルの色を銅に落としてしまった。

耳の聞こえないベートーベンと聞けば、バンクーバーでのフリーの終盤に音楽が途切れてしきりと天井を指さした小塚選手を思い出す。最終滑走者として登場した彼に迷いも気負いもなかった。
曲はリストの「ピアノ協奏曲第一番」という王道。そして、紺と黒という二色で固めたいでたちだった。

最初の勝負どころ、四回転で痛恨のミス。回転しきってはいたがうっかり手をついてしまい、ひやりとさせられる。次なるトリプルアクセルも軸が斜めになっているように感じる。危うい。からだが斜めになると、青いウェアの胸元にラメのはいった数本のスリットが傾いてよく目立つので、なんともははらはらさせられる。
だが、小塚選手のその後の演技に抜かりはなかった。手先から足の先まで一直線に水平にして回転するスピンのなんと美しいこと。トリプルアクセル・トリプルループ・ダブルトゥーループの三連続を成功させていくと、ほんらいの調子を整えていたのか、以後すべてのジャンプをきれいに終えた。たっぷりと時間をかけて自身を最大限に表現できるステップでも、さかんにジャッジにアピールするこころ憎さ。首をくねらせ、手の動きに表情をつけるという上体の豊かな舞いと連動した、足もとの軽やかな滑り。ターンやステップに難しい小技を取り入れた点も評価されたのだろう。文句のつけようがない演技。
フリーではパーソナルベスト更新となる156.11点を引き出して、総合233.51点。二位には16点もの大差をつけて、圧勝した。女子シングルを制した安藤美姫選手と並び、日本人のアベック優勝という快挙も成し遂げた。

小塚選手は、派手さはないものの、玄人好みの渋い演技をするタイプだといえる。
高橋選手のもつ華麗なステップ、織田信成選手のもつ珍妙な存在感。それらに比べると、小塚選手は一歩控えめで個性が弱いように見受けられた選手だった。目立たないことの一番の理由は、高橋選手のような復活劇も、織田選手のようなスキャンダラスな側面もないからだろう。

その演技についても、これという突出したものに欠ける。優等生的で枠をはみ出たところがない。彼らしいスタイルというものがない。
だが、逆にいえば、彼は滑ってよし、跳んでよし、踊ってよしの基礎力の高いオールラウンダーだといえるのだろう。日本男子フィギュアスケート界の技術のエッセンスを余すところなく有した、氷上の遺伝子だといえようか。

高橋選手に次期エースと言わしめた日本フィギュアスケート界の純血は、ソチ五輪ではメダル候補として名を連ねることになろう。小塚選手は、浅田真央選手にとっては正念場となるフランス杯(11月26~28日)にも出場する。


【参照】
テレビ朝日フィギュアスケートGPシリーズ世界一決定戦2010公式サイト

【フィギュアスケートGPシリーズスケジュール】
【過去のフィギュアスケート記事一覧】

Comments (2)    この記事についてブログを書く
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2 Comments

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すいません (なな)
2010-11-12 11:59:44
初めまして。いきなり失礼しますが、ジャンプの回転数や技が間違っています。過去のブログもいくつか読ませていただきましたが、大会名が違っていたり、もう少し調べるか推敲してから書かれてはいかがですか?
書かれていることはとても好感が持て、フィギュアがお好きなことが十分伝わってきます。それだけに、技の間違いの記述はとても惜しいと思います。

突然にこのようなコメントをしてすいませんでした。失礼します。
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こちらこそ、すいません(恥) (万葉樹)
2010-11-19 21:05:42
お返事がたいへん遅くなってすみません。
仰るとおり、まだ本格的な鑑賞歴が二年と浅いこともあって、うちのフィギュアスケートの記事は粗末なものばかりです。
技名、大会名どころか、過去には選手名すら平然と間違っていたこともあり、訪問者さまのご指摘ではじめて気づくという有り様なのです。

一度粗書きしたままでうっかり放置したものをそのまま掲載してしまったりした横着さ。フィギュアスケートにお詳しい方にはお笑いぐさであろうかと思われます。

ちなみに、この記事でいえば、「バンクーバーでのフリーの終盤に音楽が途切れてしきりと天井を指さした小塚選手」というのが、自分でも記憶があやふやだったりします(汗)

過去の分に関しては指摘があれば随時訂正していく所存ですが、すべてを見直すことは時間の制約もあってできない状況です。不完全で申し訳ないです。

選手を応援する気持ちだけは汲んでいただきましたことを、ありがたく思っています。
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