「麦の穂を揺らす風」のケン・ローチ、アッバス・キアロスタミ、エルマンノ・オルミ。カンヌ最高賞パルムドールを受賞した巨匠映画監督が夢の共演を果たした、共同制作ドラマ。それが、映画「明日へのチケット」
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各パートはひとつの特急列車において展開され、三部の主人公たちはそれぞれ違うのですが、一貫して登場するある難民の家族が最後を締めてくれます。
第一部は、エルマンノ・オノミ監督担当。
初老の大学教授の淡いロマンスです。仕事先のオーストラリアから思いがけず特急列車でローマへ帰国することになった彼は、
後ろ髪ひかれる思いで列車に乗り込む。孫のパーティに出席するため早く帰らなくてはならないのに、気もそぞろ。彼が気になっていたのは、取引先企業の知性的で美しい秘書で、彼女に初恋の少女を重ねてしまう。と、これだけなら妄想屋の老いらくの恋なのですが、最後にある乗客をみかねて勇気ある行動をするのに、胸がすきますね。
第二部はアッバス・キアロスタミ監督。
イタリアから乗り込んできたのは、恰幅のいい中年婦人とお供の青年。彼は息子ではなく、兵役を逃れるために将軍の未亡人に仕えたのだった。しかし、夫人はかなりのエゴイストで二等客なのに、平然と一等の座席を自分のものにしてしまう始末。うんざりして離れたいと思うが、おとなしい飼い犬のようにしたがってばかりいる。偶然にも同郷の女の子たちと再会した男は、生きる情熱に燃えていた昔を思い出し、ある行動に出た。
婦人はかなりいやな人種なのですが、最後の悲哀に満ちた顔がなんとも。いさかいを起こしたある乗客が、荷物を運んでやるというのも紳士らしいですね。欧州は、さりげなく列車の乗客のマナーが洗練されています。
第三部は、ケン・ローチ監督。最後をかざるにふさわしいお話でした。
スコットランドから来た三人のスーパーの店員。彼らは熱狂的なサッカーファンで、なけなしの給料をはたきローマでの試合観戦を予定していた。車内でアルバニアの難民の少年と仲良くなった彼らは、その少年の一家がひとつのサンドイッチをわけあったのを見かねて、すべての食事をあたえてやる。
ところが、メンバーのひとりの乗車券がなくなったことに気づき、難民の少年に盗まれたのではないかと疑念をいだく。
最後は思わぬ方法で、誰もが(?)希望のある生活のチケットを手にすることになります。
全編にあるのは、階級や人種問題。そして、貧しい暮らしの生活者への監督のやさしいまなざし。見知らぬ他人とおなじ空間に長時間つめこまれたときの、あの緊迫感がよく伝わってきます。
人間の暗部が描かれてもいますが、最後はほぼ全員が救われます。
上等なシートに座れるひとは限られている。しかし、豊かな位置につけたものはそのことに感謝し、貧しい者を救わねばならない。そういうメッセージがうけとれます。とくに第三部のケン・ローチ監督は労働階級社会にふかい関心を寄せていらっしゃるそうなので。
こういう優しさがあれば、希望と幸せのチケットは手に入るのかもしれませんよね。
(〇九年二月二十六日)