1998年のイタリア映画「海の上のピアニスト」(原題:伊: La leggenda del pianista sull'oceano、英: The Legend of 1900)は、船から降りたことのないピアニストの辿る、悲しくも美しい運命を描いた傑作です。
「ピアノ・レッスン」「戦場のピアニスト」とピアノ奏者を扱った映画には優れたものが多いですが、本作はずば抜けています。
芸術家を扱ったものはたいがいエキセントリックで麻薬だとか酒に溺れ、淫蕩にふける描かれ方をするものですが、本作にはそんな下卑た部分が微塵もないのです。まさに崇高な芸術映画にふさわしい作品でしょう。
欧州から米国に向かって出航する豪華客船ヴァージニア号。
その客室ホールのピアノのうえに捨て置かれた赤子は、石炭焚きの坑夫に拾われて「T. D. レモン」と名づけられる。愛称は生まれた年にちなんで”1900(ナインティーン・ハンドレッド)”
やがて成人した赤子は、坑夫たちと共に暮らした船倉から抜けだして、こっそり客室ホールのピアノを引きはじめる。それが客人の目に留まって以来、1900は艦内で人気を博すピアノ奏者となる。
船内の楽団に雇われたトランペット奏者のマックスが語り手となって、1900の生涯が掘りさげられていきます。揺れの激しいホールで床を滑っていくままピアノを演奏するシーン、そして威丈高な黒人ジャズピアニストをやりこめる手口など、身震いするほどすばらしい。その場に居合わせた聴衆たちのひとりとなって、画面向こうに拍手喝采を贈りたくもなります。
物語はマックスがある楽器店で発見した古いレコードをめぐって、ミステリーを匂わせながら、なんとも切ない展開へなだれこみます。
終盤の1900の長広舌の場面は、詩的にこねられた台詞なのに、演技者の瞳にうっすら滲んだ涙をみとめたとたん、胸に込み上げるものが数知れず。
不器用なあまりに世俗の欲得にまみれない主人公の純粋さが、最後に取らせた行動があまりに悲しすぎます。音楽を自分のものだけにしたい、自分の胸にだけ収まるものにしたいという頑な決意を一度だけ揺るがすのは、淡い恋心のみ。
このピアニストの境遇こそは、さしずめ海上版「オペラ座の怪人」といったところか。強固ともいえる芸術への執着と、見返りのなさからくる脆さ。船という巨大な揺りかごから外に出れない、出てしまえばそれは人生を降りることになるという、彼なりの悲しい意思は、無数の情報の海にまどわされて生き方の指針を見失いそうになった人間とどこか重なってきます。
出演はティム・ロス、プルット・テイラー・ヴィンス。
監督は「ニュー・シネマ・パラダイス」のジュゼッペ・トルナト―レ。
(2011年3月1日)
海の上のピアニスト - goo 映画
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「ピアノ・レッスン」「戦場のピアニスト」とピアノ奏者を扱った映画には優れたものが多いですが、本作はずば抜けています。
芸術家を扱ったものはたいがいエキセントリックで麻薬だとか酒に溺れ、淫蕩にふける描かれ方をするものですが、本作にはそんな下卑た部分が微塵もないのです。まさに崇高な芸術映画にふさわしい作品でしょう。
欧州から米国に向かって出航する豪華客船ヴァージニア号。
その客室ホールのピアノのうえに捨て置かれた赤子は、石炭焚きの坑夫に拾われて「T. D. レモン」と名づけられる。愛称は生まれた年にちなんで”1900(ナインティーン・ハンドレッド)”
やがて成人した赤子は、坑夫たちと共に暮らした船倉から抜けだして、こっそり客室ホールのピアノを引きはじめる。それが客人の目に留まって以来、1900は艦内で人気を博すピアノ奏者となる。
船内の楽団に雇われたトランペット奏者のマックスが語り手となって、1900の生涯が掘りさげられていきます。揺れの激しいホールで床を滑っていくままピアノを演奏するシーン、そして威丈高な黒人ジャズピアニストをやりこめる手口など、身震いするほどすばらしい。その場に居合わせた聴衆たちのひとりとなって、画面向こうに拍手喝采を贈りたくもなります。
物語はマックスがある楽器店で発見した古いレコードをめぐって、ミステリーを匂わせながら、なんとも切ない展開へなだれこみます。
終盤の1900の長広舌の場面は、詩的にこねられた台詞なのに、演技者の瞳にうっすら滲んだ涙をみとめたとたん、胸に込み上げるものが数知れず。
不器用なあまりに世俗の欲得にまみれない主人公の純粋さが、最後に取らせた行動があまりに悲しすぎます。音楽を自分のものだけにしたい、自分の胸にだけ収まるものにしたいという頑な決意を一度だけ揺るがすのは、淡い恋心のみ。
このピアニストの境遇こそは、さしずめ海上版「オペラ座の怪人」といったところか。強固ともいえる芸術への執着と、見返りのなさからくる脆さ。船という巨大な揺りかごから外に出れない、出てしまえばそれは人生を降りることになるという、彼なりの悲しい意思は、無数の情報の海にまどわされて生き方の指針を見失いそうになった人間とどこか重なってきます。
出演はティム・ロス、プルット・テイラー・ヴィンス。
監督は「ニュー・シネマ・パラダイス」のジュゼッペ・トルナト―レ。
(2011年3月1日)
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あなたの映画ログに敬意を表します。
「彼なりの悲しい意思は、無数の情報の海にまどわされて生き方の指針を見失いそうになった人間とどこか重なってきます。」に共感します。
「戦場のピアニスト」「ピアノレッスン」。「真夜中のピアニスト」はバイオレンス物なので、好きではありませんが。ストイックなほど技巧の練習を積まないとものになれないという芸術性が。
しかし、純粋すぎて、あまりに不器用な主人公というのは共感を呼びますが、しかし、現実的にはこうあってはならないと思うもの。自分はなれないと思う存在だからこそ惹かれるのかもしれません。
良質な映画ブロガーさんからのご訪問は歓迎いたします。
コメントありがとうございました。