陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「最高の晩餐」 (三)

2007-08-22 | 感想・二次創作──神無月の巫女・京四郎と永遠の空・姫神の巫女
不意に視界がほの温かく柔らかい掌で遮られてしまった。
瞼に感じられる優しい温もり。
千歌音の長い睫毛がくすぐるその指の隙間からは、姫子の円らな瞳がまっすぐ見据えているのが、見てとれる。なんの冗談なのだろう。でも、やめてとはいえない。姫子がこれからとびっきりの素敵をくれそうな、いつもの確信があるから。

「えっ?!いきなり、どうして…?姫子」
「千歌音ちゃん、目を開けちゃ、だめ」
「でも、これでは試食できないわ」
「大丈夫。食べさせてあげるから。はい、あーんして」

姫子の顔が視界から消えたのは残念だけれど、子供のように口を開ける姿を余すところなく眺められるのも、なんとも気恥ずかしい。

一度、不覚にも風邪で寝込んだ際、特製玉子粥(乙羽の事前忠告によって一応砂糖抜きとされた)を一匙ずつ口元へ運んでくれた。
唇の動きを熱い眼差しを向けて窺う姫子に、羞恥心から耐えられなくなって。千歌音は結局、自分で食したのだけれど。

目隠しはちょうどいいかもしれない。それに、うっかり自分の反応次第で姫子をがっかりさせるような表情をしてしまうかもしれないから。姫子を悲しませるような顔はみせたくない。そんなことを考えてしまう、自分はずるいのかもしれないけれど…。

「じゃ、お願いね」

承諾のさわやかな笑みをうかべた千歌音は、はしたなくない程度に唇をゆるめた。
お抱えの歯科医に口内をいじられるときでさえこんなに緊張したことはないのに。異様に胸が高鳴っていた。

いつもの鋭く大きな黒い瞳の隠れた千歌音の顔のなかで、露わになった花唇はとても色っぽく映る。
姫子はしばらく眺め入った。いますべきことも忘れて。

「…姫子?」
「あ、ごめんね、待たせちゃって。すぐに持ってくるから」

怪訝そうに軽く小首を傾げた千歌音に促され、姫子は箸をとりなおした。
まだ、盛り付けてはいない、揚げあがったばかりのものを、息を吹きかけて熱を冷ます。かすかな息づかいを肌に感じて、艶っぽい吐息を耳にして千歌音はなんだかくすぐったくなった。箸の先が軽く白い歯にあたったのさえ、甘やかな痛みにおもえてくる。水分を軽くしぼって、ひと口大に砕かれた狐いろの柔らかな物体が、口内に運ばれてくる。
姫子の息吹を食しているのだ。彼女の命の内側を味わっている。みずからの最奥に彼女をとりこんでいる。
そう考えると、そのひと口はとても尊い神饌のようにさえ思われる。




【目次】神無月の巫女二次創作小説「最高の晩餐」




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