
平成百合ブームの先駆けとなった一大ジャンル、マリア様がみてる(今野緒雪著・ひびき玲音挿絵)。
全39巻のうち、いくつか雑誌コバルト掲載もしくは書き下ろしの短編集があります。この31巻目にあたる「フレーム オブ マインド」では、表紙絵にあるとおり、なんと、武嶋蔦子女史がメインヒロイン! なので、シリーズ初回のほうにあったように、キャラクター紹介で蔦子さん+アルファの絵があったりします。
蔦子さんといえば、気風のいいカメラ小僧。第三者感覚で描かれた回は、ある意味、彼女を目を通して語られるリリアン女学園の実像というべきなのかもしれません。
番外編の短編は主人公がメインキャラでないことが多くて、ほんらいはあまり好きではないのですが。この巻だけはかなり珠玉の出来のお話が多くて、初読時には二度レビューしています。今回の再読では、そのときの感激もあらたに、懐かしく楽しむことができました。写真が主題なのですが、雑誌掲載時にはそれを意識しなかったであろうに、実によくまとまっていますよね。
前回のレビューではつまみ食いが多かったので、今回は各話について触れていくことにしましょう。
「フレーム・オブ・マインド」
表題作と同じで、おなじみの短編ののりしろ部分の書き下ろし。いまば、本編で現在軸にあたるパート。
卒業間近の写真部のいじわる先輩方に勝負を挑まれた二年生エースの蔦子さん。放課後、ここ一番の一枚となる写真をセレクトしているところ、祐巳の誘いに乗じて薔薇の館へ。そこへ次々に来客が舞い込んで、なんと「タケシマツタコ」名義のフィルムが落し物として持ち込まれてしまいます。身に覚えのないネガ、果たしてその正体は…?
「四月のデジャブ」
交通事故で入院していたために一年留年している鈴本いちご。
クラスメイトで仲良しの二葉さんといると、なぜか既視感を抱くように。そして、なぜか二葉さんのお姉さまの存在が気がかりにもなって…。ある意味、タイムトラベル的な因縁なのかもしれないですね、あの姉妹誕生の顛末。前回のレビューにも書きましたが、この話がとても好きで、くりかえし読みたくなります。私自身が高校を復学したからでもあるのですが…。そういえば、加東景さんも大学生だけどダブリ組でしたよね。
「三つ葉のクローバー」
リリアン女学園の要注意人物こと立浪繭。
時おりしも黄薔薇革命ブームのまっただ中、お姉さまになった方に別れを告げて、以来他人のスールにちょっかいを出しては破局させようとする、魔性の女。彼女の求める理想のお姉さまを、いつかは見つけらえるであろう稀少な四葉のクローバーに喩えているんですね。しかも、令さまに懸想する田沼ちさとも絡んできて、バレンタイン企画のあの直前期。けっきょく、ないものねだりで、そのうち元の姉妹に復縁をと思った矢先に、とんでもないカウンターパンチが…。でも、ちさとのおかげでなぜか爽やかなんですね、この人。姉の素敵な部分をつくっているのは妹なのだという分析で、ライバルの由乃を認めてしまうわけですよ。
この次々に姉候補を乗り換えるタイプって、いわゆる飽き性なのですが、恋愛、友情だけではなくて、仕事でもいえますよね。転職が多い私には実に耳に痛い話です。「自分を輝かせてくれる人がいつか現れる」なんて依存心が多いうちは、幸福になれっこありませんもの。
「枯れ木に芽吹き」
内藤笙子の姉のガリ勉優等生克美が主人公。
初回登場時はほんとうにやさぐれていて根暗で嫌な女で、友情を否定している独りよがり。あたかも自分の学生時代の生き写しかと思ったほどでした(苦笑)
大学生になって、昨年の大学受験時のお守りを神社にお返しにきた克美。しかし、約束したはずのかつての学友たちは訪れない。侘しさを感じていたところに遭遇したのは、なんと、ひそかにライバル心を燃やしていた学園の華、もと黄薔薇さまだった鳥居江利子だった! 克美は天才肌でいつもアンニュイな感じの江利子を苦手としていました。進学後に戦意を喪失した後、妹の部屋で見つけた写真をきっかけに、江利子と親しくなれなかった学園時代を後悔しはじめます。正月にばったり出くわしたのはそんな矢先。
で、実はこの克美さん、けっこう大胆なことをしていて、それが奏功して再会と相成ったわけですね。でもひねくれ者だから事実は隠して。そしてペンフレンドになる予感が…。この克美が出てきたお話は本編にちょこちょこありましたが、改心できたのは、蔦子さんの写真のおかげなんですね。胸がほっこりする良作でした。
「黄色い糸」
江利子目線でみた、妹の支倉令とのファーストコンタクト。
珍しもの好きで妹選びもその傾向を外さない二年生江利子に、当時の薔薇さまがたが妹候補リストなるので圧力を。当時は白薔薇のつぼみこと佐藤聖はもちろん、紅薔薇組の水野蓉子さまですら、まだ妹がいない。剣道部のホープでボーイッシュな「支倉」に目をつけますが、拒否されたのは由乃の存在で。でも、江利子さまは令の負担を軽くするために、その重荷となった病弱な少女ごと抱え込もうとして声をかけたわけですね。
由乃と江利子のその後のバトルは妹オーディションさらには有馬菜々の登場まで続くわけですが、もし江利子さまがここで令を選んでいなかったら、のちのイケイケドンドンな黄薔薇の妹や、主人公福沢祐巳の親友である島津由乃は誕生していなかったわけで。令さまを引き抜いた台詞はあっさりしているけれども、「私といると楽しいことがあるわ」という確信をもった誘い文句、なかなかうまいのではないかと思えなくもありません。へた令ちゃんが、なぜこの人を姉と慕い続けたのか分かった回でしたね。
「不器用姫」
二年藤組の寛美には、ミケと呼んで親しいカワイイ妹分がいる。
中学では別れたが、かつていじめっ子から庇ってやった後輩で、お弁当を同伴したりの仲だ。幼馴染の彼女とスール締結も間近かとウキウキしていて、その場面を蔦子さんに記念のスナップにしてもらうつもりでいたが…。いわゆる、ストーカーみたいなものですがね、この彼女。リボン交換とか恰好の百合イベントなのだけども、自分の考えだけが先行してしまって相手の本心は置いてけぼり。瞳子にロザリオを拒否られた祐巳と近いのかもしれません。で、寛美が失敗と決別するために、徳川家康の自画像ではないが、あえて蔦子さんに撮影を頼むあたりも、なんだか潔いというか、気が強いのですね。「悪い顔じゃないわ」と慰めてあげる蔦子さんが素敵すぎますね。
「光のつぼみ」
細川可南子と祐巳の出逢いを描いた小編。以
前のレビューに書きましたが、この可南子のお日さま宣言、あきらかに中の人(川澄綾子さん)狙いですよね。神無月の巫女好きにはたまらんというか、吹き出しそうになりましたよ、あの場面。あと祐巳って学園の人気者のわりには、意外にも自分が興味ない人のことはあまり覚えていないのか、可南子のことは瞳子ほど強烈に食いついてないのですね。で、瞳子が実はツンデレで祐巳に対する屈折した愛憎を抱いていることもなんとなく見抜いていて、それでいて、自分が記憶されなくていい存在だと自認していたわけですが…。でも、本編じゃあきらかにゆきすぎた恋慕を募らせていたから、どこでこじらせたのでしょうね。「バラエティギフト」あたりになると、可南子はじつにいい女に成長してるんですよ。
「温室の妖精」
マリみてシリーズにたまにある、SFちっくな、謎が謎のままに終わってしまうファンタジー回。初出のコバルト掲載時に読んだことがありましたが。なんど再読しても不思議なお話です。けっきょく、三名の本名がわからずじまいなのですが、他の話で明かされたのでしたっけ? フェってお花好きだから環境美化委員の志摩子さんじゃないかと思ったけれども、違うのでしょうね。
「ドッペルかいだん」
漫画研究部の夏の合宿中、イタズラ好き先輩の案で肝試しカメラ撮影をさせられることになった水湊(みなと)。
しんがりを仰せつかったのだが、写真の残り枚数がなぜか少ない。そして、自分と瓜二つの中性的な風貌の少女「アリコ」が現れて…。この話だけ読むとホラーに思えるのですが、この「アリコ」が誰かって、たしか「お釈迦がみてる」か、もしくはマリみて本編にあったような気がします。しかし、いくらなんでも女子校にしかも夜中に、部外者が侵入するかっていうね。涼子さまは確信犯であの罰ゲームになるように仕組まれたんだと思います(艶笑)。
「A Roll of Film」
憧れの蔦子さんを追いかけて写真部に入部した内藤笙子。
しかし、エース格の蔦子を快く思わない先輩方から、とある難題をおしつけられて。しかし、それは笙子にとってはぜひとも実行したい作戦にだったのだが…。「フレーム オブ マインド」の謎の種明かし回になるので、ぜったいに先に読んではいけません! といいましても、うすうす察していた読者さんもいたでしょうけれども。
で、蔦子さんのやんちゃぶり、なんとなく笙子にも伝染している感じがほのみえているラスト。
姉の克美のはじけっぷりといい、内藤姉妹のこの巻の動きはじつにこころ癒されるものでしたね。
2023年の秋口から続けてきたマリみての再読シリーズ。
そろそろ祥子と令の卒業式が、そして祐巳たちが三年に昇級したのちの最終第39巻まで残り僅かとなりました。一冊まるまる番外編の「ステップ」や「私の巣」はすでにレヴュー済みなので、再読して新たに記事を起こすかは未定ですが。次回のセレクトは、卒業にちなんで、時間をさかのぼって、先代薔薇さま方が現役の時代の「チェリーブロッサム」以前に戻るかもしれません。
(2023/09/10)
【レヴュー】小説『マリア様がみてる』の感想一覧
コバルト文庫小説『マリア様がみてる』に関するレヴューです。原作の刊行順に並べています。
(2009/09/27)
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