神に生かされた人生!

日々の生活の中に出来事や、アフリエリトを紹介します。

祝福のフリーマッケット(yahooプログのひとりしずかさんの今日のみ言葉よりの転載)

2017-04-02 07:04:32 | キリスト教
われわれのしている事はよくない。きょうは良いおとずれのある日であるのに、黙っていて、夜明けまで待つならば、われわれは罰をこうむるであろう。
 (列王紀下7:9)
 
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列王紀下7章には痛快な物語が記されています。
 
敵国スリヤ軍に取り囲まれ、サマリヤの人々は飢饉に陥りました。
 
4人のらい病人たちはスリヤ軍のいる方に行き、食べ物を探そうとしました。
 
スリヤ軍に捕らえられたら死んでしまうが、黙ってここにいても飢えて死ぬだけ…。
 
ならば可能性にチャレンジしよう、と、追い詰められたがゆえに、彼らは前向き肯定的生き方を選択しました。
 
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するとどうでしょう、スリヤ軍の陣地は空っぽで、食べ物も武器も金や銀もすべて置き去りにされていました。
 
これは、
 
「主がスリヤびとの軍勢に戦車の音、馬の音、大軍の音を聞かせられた」
 (列王紀下7:6)
 
ので、彼らはあわてて逃げ去った後だったからです。
 
4人のらい病人たちはむさぼるようにして食べました。
 
金、銀、衣服も持ち出し放題です。
 
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やがて彼らは、はたと我に返ります。
 
それが今日の聖句です。
 
「われわれのしている事はよくない。きょうは良いおとずれのある日であるのに、黙っていて、夜明けまで待つならば、われわれは罰をこうむるであろう。」
 (列王紀下7:9)
 
彼らは王にこの良き知らせを伝え、民は飢饉から救われます。
 
実はこのことは、前日にエリシャが預言したことでした。
 
「あすの今ごろサマリヤの門で、麦粉一セアを一シケルで売り、大麦二セアを一シケルで売るようになるであろう」。
 (列王紀下7:1)
 
大量に物資が入るので、経済生活が日常生活に戻る、ということです。
 
4人のらい病人たちは、知らずにこの預言の成就の力となったのです。
 
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神に用いられる人生とはこのようなものです。
 
勇気を出して挑戦し、賭けに勝ったようなものですから、この4人は「お宝は全部我々の物だ!」と思ったことでしょう。
 
その証拠に、彼らは食い飲みした後、
 
「そこから金銀、衣服を持ち出してそれを隠し、また来て、他の天幕に入り、そこからも持ち出してそれを隠した。」
 (列王紀下7:8)
 
とあります。
 
きっと何度も往復し、持ち出しては保存し、持ち出しては保管し、の繰り返しをしたのでしょう。
 
そして恵みでこれ以上無いくらいに満たされた時、この恵みは他者と分かち合うべきなのだ、と思い至ります。
 
ここが人生の分岐点です。
 
祝福を分かち合う。
 
このことが神の計画を進めるのです。
 
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そのためには、分かち合うことができるほどまでに、まず恵みを与えていただきましょう。
 
神が祝福を注がれるのは、あなたを通して他者がその祝福を受け取るためです。
 
まずあなたが祝福を受け、十分恵まれた後、祝福のフリーマーケットを開くことができるのです。
 
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神に用いられる人として、今日一日を送ることができますように…。
 
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