16日は寒さ厳しかった。
朝のウオーキング時は3℃、ウオッチ君による。
どんよりした穏やかな朝と快晴の冷たい朝、快晴の寒い朝に軍配を挙げたい。
空が高いと自然とおおらかな気持ちになり、足取りも軽い。冷たさは適度な緊張感をもたらし、気持ちが引き締まる。
米国ではファイザーに続いてモデルナのワクチンも承認される見通し。
世界が待ち望んでいるワクチン、何となく、世界中の人が同じワクチンを接種するようなイメージを抱いていたような気がする。
ファイザーとモデルナ、異なる製薬会社が開発したワクチン、同じであるはずがない。
アメリカの場合、どういう基準で両ワクチンを使い分けるのだろうか、ふと疑問に思った。
そういえば、ロシアではロシア製のワクチンが、中国では中国製のワクチンの、それぞれ接種が既に始まっている。
日本では、アンジェスに引き続いて塩野義が地検を開始。
ということは、日本で使われるワクチンは日本製のものになるのだろうか。
当然、有効性はそれそれのはず。副作用もであるが。
ということは、コロナ感染症はパンデミック、世界的大流行という点では共通だが、その感染状況や対応が国により異なるように、ワクチン、その接種も、国により異なるということだ。
当たり前と言えば当たり前だが。
ワクチンは一旦利用が始まると、詳細な成分を分析することも可能なので、いすれはよく似たものになるかもしれない。
ということは、我々としては、日本ではどうなるのかが関心事になるが、やや遅れているのだろうか。
来年の五輪、観客対策はどうにでもなる。
しかし、世界各国から集まる選手は、それぞれの国のコロナであり、ワクチンもそれぞれの国のワクチンである。不確定要素の多いコロナが一気に集中するとどうなるのか予測不能なことが多すぎるように思う。
特に、人間というのはその場の雰囲気にのまれてしまう生き物である。
挨拶だけのつもりが、40分も残っていろいろ話をする結果になってしまうものなのだ。
大いに反省しても後の祭りなのである。菅首相もわかっているはずである。
もう一つ、コロナの怖さ、抽象的なことも理由かもしれない。
私たちは数字で怖さを知らされているだけのような気がする。
ワクチン接種が始まった、ハイ、解決ではない。
日本では、ワクチンはまだ少し先のこと。
国民に自助を要求するばかりで、ご自身は自由放題やりたい放題では、国民の一人として思いやられる。
少々脱線してしまった!