歌舞伎見物のお供

歌舞伎、文楽の諸作品の解説です。これ読んで見に行けば、どなたでも混乱なく見られる、はず、です。

「土蜘蛛」 つちぐも

2013年06月05日 | 歌舞伎

「新古典劇十種」というものがあります。
明治以降に書かれた作品の中から主に能狂言をモチーフにし、古典的味わいのある格調高いものが10個選んだものです。
江戸末期から明治びかけての名優だった五代目尾上菊五郎が「尾上家の家の芸」として制定したものです。

これもそのひとつです。
格調高い「松羽目もの」です。
チナミに作者は「河竹黙阿弥(かわたけ もくあみ)」です。
「弁天小僧」などの世話物の印象が強い作者ですが、このかたの芸域の広さと知識の深さは驚愕に値します。
現行上演版の「寿曽我対面(ことぶき そがのたいめん)」もこのかたの作です。

主人公は「源頼光(みなもとの よりみつ)」です。 「らいこう」と音読みします。
頼光は、四天王と呼ばれた強い4人の家来を従えた平安中期の有名な武将なのですが、
ここでは白塗りのキレイな大宮人です。
史実との錯誤にツッコミ入れたりせず、優雅な感じを素直に楽しむのがいいかと思います。

源頼光は強いので有名ではあったのですが、貴族社会であった平安期においてそれほど身分は高くなかったのです。
しかし、江戸期における「源頼光」のイメージは、「将軍さま」みたいなかんじです。
武家統治システムの礎を作った初代将軍の「源頼朝(みなもとの よりとも)」、
その祖先にあたる血筋なので、「頼光も将軍みたいなもんだったんだろう」というイメージで見ていたようです。
古浄瑠璃にも「頼光跡目争い」という作品があり、頼光が政権担当であるようにえがかれています。

さて、頼光は、病気で療養中です。
家来の「平井保昌(ひらい ほうしょう)」がお見舞いに来ます。今日は少し気分がいいようです。
この「平井保昌」については下にちょっと書きます。
保昌は一度退場します。

典薬の守(医者みたいなもん)が薬を持ってきました。
侍女の胡蝶(こちょう)がその薬を持ってきます。
医者が直接薬を頼光に渡せばよさそうに思えますが、
当時の薬なので、一度煮るか煎じるかしないと服用できないのでこの手順になります。

今日は気分がいい頼光。屋敷の外の様子が気になります。そろそろ秋です。
胡蝶ちゃんが頼光に言われて都の名所がいまどんな景色かを舞で説明します。
「山々は、時雨を待たずに、染めて候」すっかり紅葉です。

舞の唄は、清水や嵐山などの京の名所尽くしになっています。

胡蝶ちゃんは若い美しい役者さんの役です。
能装束風の衣装と所作。唄の文句も美しく、ここが一番「松羽目もの」っぽい場面です。

きれいですが、
もっとも寝そうになる場面でもあります。
ストーリーに関係ないので寝ても大事ありません。

急に頼光の具合が悪くなります。どうも妙です。なにかが憑いているのではないかとみなが思いはじめます。

と、怪しげな僧が出てきます。急にあらわれるのでみんなびっくりします。
この時点でこの僧はアヤシイのです。
僧は比叡山の僧の「智疇(ちちゅう)」と名乗り、頼光のために祈祷をすると言います。

ここで智疇の台詞に

 我がせこが 来べき宵なり さゝがにの 蜘蛛の振舞 かねてしるしも

という歌があります。
古今集にある「衣通姫(そとおりひめ)」の歌です。
「ささがに」というのは蜘蛛のことですが、ここでは枕詞のように使っています。
蜘蛛の様子でわかる。今夜は私の大事なあのひとが来るみたいだ。みたいな意味です。
わたくしが来る予兆はあったはずですよ。というような意味になります。

ところで「ちちゅ」と打って変換してみると、「蜘蛛」と出ます。つまり名前からしてすでに蜘蛛なのです。

怪しむ頼光ですが、智疇は比叡の祈祷の威徳を語ったりして納得させ、頼光に近づきます。
しかし、太刀持ちの若者が気づきます。
智疇の影が蜘蛛です。

おそわれる寸前に気付いた頼光は、常にそばに持っている「膝丸(ひざまる)」という名刀で斬り付けます。
蜘蛛は逃げていきます。
「膝丸」というのは、常に膝下に置いてその持ち主を守るような刀という意味で付けられた名前です。
ここで蜘蛛を斬ったので、以降、「蜘蛛切丸」とも呼ばれるようになります。

頼光の声に気付いて、次の間に下がっていた保昌がかけつけます。
様子を聞き、切られた蜘蛛の血の跡を見つけたので
追っていって退治することになります。

さて
これらの「松羽目もの」は殆どが、
前半で美女や僧で出てきた役者さんが、後半モノノケに変わって出てきます。
なので間に「つなぎ」の場面が入ります。着替えるために。
この作品では、
家来でも身分の低い兵隊の、卒平と平作と軍内が、化物と戦うと聞いて怖気づき、
自分は先に行きたくないので譲りあうという内容です。楽しいです。

場面が変わってさびしい荒れ野です。
血の跡をたどって頼光の家来である四天王の4人と、さきほどの平井保昌とがやってきました。
土蜘蛛の巣を見つけ、攻撃します。
姿をあらわした土蜘蛛との激しい戦いになります。

最後は頼光の剣の威光で土蜘蛛が負けるのですが、
舞台上では戦いながらおわります。

戦いの場面の立ち回りが最後の見せ場です。蜘蛛の糸がキレイです。武将たちもかっこいいです。

ちょっと雰囲気が怖いですが、緊張感のあるかっこいい舞台です。お楽しみください。

「つちぐも」は古事記にも出てくる単語です。
中央政権によって統一される前に存在しており、中央政権に従わなかった土着の武装勢力をさします。

なので、このお芝居はお化け退治のおとぎ話、というよりも、
人里離れた場所にある正体のはっきりしない集落とか、古すぎてよく理解できない土俗信仰とか、
夕まぐれにエタイの知れない何者かに襲われたとか、
そういう、ある意味モノノケよりずっと不気味な、中世以前の闇をかいま見るような内容なのかもしれません。

ワタクシが見たもっとも怖い「土蜘蛛」は、写真でですが、六代目尾上梅幸です。明治から昭和初期にかけてのかたです。
完全な「女形(おんながた)」で、立ち役は「義経」すらまずなさらなかったかたですが、
このかたの蜘蛛が一番怖いです。写真で見てもぞっとします。
なんというか、この役は、「蜘蛛」も、蜘蛛が化けた僧の「智疇(ちちゅう)」も、
「強そう」である必要はなく、「不気味で怖」ければいいのだと思います。

初演は五代目尾上菊五郎です。
立役も女形も「兼ねる」役者さんでしたが、細身で粋な体つきのかたで、強そうな武将をなさるかたではありませんでした。

今はこのお芝居は立役の役者さんがなさることが多く、肉体的な「強そうさ」が迫力を生み出している感じなのですが、
違うアプローチもあるのかもしれません。



あと、作品には直接関係ないのですが
頼光の家来として出てくる「保昌(ほうしょう)」、藤原保昌(ふじわらのやすまさ)について書いておきます。
この作品を含めて、「頼光もの」の作品群では、「頼光の家来の四天王と一人武者」というような描写で、
藤原保昌(ふじわらの ほうしょう)というお侍が出てきます。
「四天王」は、
渡辺綱(わたなべの つな)、卜部季武(うらべ すえたけ)、碓氷貞光(うすい さだみつ)、坂田金時8さかた きんとき)
の4人です。
もともとは頼光の配下の強い家来はこの4人なのですが、
近世以降の文芸作品になると、ここに「ひとり武者(ひとりむしゃ)」という形で藤原保昌(ふじわらのほうしょう)が加えられます。

藤原(平井)保昌(ふじわらの やすまさ)という貴族はたしかに存在したのですが、このひとは頼光の家来ではないのです。
保昌は藤原氏であり純粋な貴族でありながらかなり強く、いくつかの逸話を持っています。
「頼光四天王」の強さが文芸作品の中で強調して語られるにつれて、同時代の「強い武者」であった保昌も、
その仲間のようにカウントされるようになったのだと思いますが、
じっさいは頼光と保昌は立場上は同格か、保昌のほうが上であったろうと思います(最終官位は同じ)。

保昌にしてみれば「なんで俺が頼光の家来になってるの!? 」とかなり不満だろうと思いますので
書いておきます(笑)。


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3 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
訂正 (お初)
2013-06-06 21:17:23
松葉目ではなく松羽目ですよね。
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あああああ訂正しました (ひろせがわ)
2013-06-07 21:01:20
ついでに他の松羽目もの作品もチェックついでに加筆しました。
ありがとうございますー。
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表記について (さっちん)
2013-06-26 12:47:09
歌舞伎の場合「土蜘」の2字で【つちぐも】ではないでしょうか?
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