歌舞伎見物のお供

歌舞伎、文楽の諸作品の解説です。これ読んで見に行けば、どなたでも混乱なく見られる、はず、です。

「道明寺」 どうみょうじ (菅原伝授手習鑑)

2010年02月28日 | 歌舞伎
ほかの場面の解説もあります。もくじは=こちら=です
「菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅ てならいかがみ)」という長いお芝居の二段目の部分です。

平安前半期、醍醐(だいご)天皇の時代です。
時の右大臣、「菅原道真(すがわら みちざね)」が政敵、左大臣の「藤原時平(ふじわらの ときひら)」の罠にかかって謀反の罪を着せられ、
大宰府に配流になったのは、当時の一大政変です。
藤原氏が政治の実権を完全に掌握するまでのポイントとなる、歴史的にも非常に重要な事件です。

それを題材にして書かれた名作です。もともとは文楽のものだったのが歌舞伎に移入されました。

今回出る「道明寺(どうみょうじ)」は、あまり出ない段です。
格調高い演目なのですが、まあ、少々退屈かもしれません。
でもこういう作品も歌舞伎のひとつの典型ですので、一度はご覧になっておいていただきたい作品でもあります。

で、まず、重要事項ですが、セリフで
「しょうじょうさま」「かんしょうじょう」
と言っていたら、「丞相 菅丞相」=菅原道真のことです。
ていうか「宰相」の正しい読みは「じょうしょう」ですが、道真については「かんしょうじょう」と慣用的に言います。

同じように
「しへい」「しへいさま」
と言うのは、「時平 時平さま」です。悪役の「藤原時平」の事です。
こういう風に名前を音読みするのが当時はかっこよかったのです。

今はしない呼び方なので覚えておいてください。

九州は大宰府に護送される道真さま。
ていうか一応形式上は「左遷」ですので、本当にこのお芝居のように「罪人護送」モードだったかはちょっとわかりません。
で、船で行きます。当時の遠距離移動は海路なのです。
時期が二月ですので天気が悪いです。
道真さまに同情的なやさしいお役人、判官代輝国(はんがんだい てるくに)のはからいで
天気の回復待ちの間、道真さまの伯母、覚寿(かくじゅ)さんのおうちに滞在することになりました。

悪の親玉、ときの左大臣の「藤原時平(ふじわらの ときひら)」は
道真さまを左遷させただけでは満足できず、道中になんとか暗殺しようとしています。

これを請け負うのが、「宿禰太郎(すくね たろう)」と「土師兵衛(はじの ひょうえ)」というふたりです。
宿禰太郎は、覚寿さんの娘である「立田の前」の夫です。身内に裏切り者がいるのです。デンジャラース。

さて、覚寿さんにはふたり娘がいます。姉は「立田の前(たつたのまえ)」といい、妹娘は「苅屋姫(かりやひめ)」と言います。
道真さまは子供がなかったので、年の離れたはとこの「苅屋姫」を養女にしました。
その苅屋姫が、天皇の弟である「斎世(ときよ)」親王と恋に落ちてしまったのです。

このヒミツの恋に気付いた藤原時平が「道真は娘を使って天皇の弟をたらしこんで現天皇を亡き者にしようとしている」と謀反をでっちあげたのです。
というわけで、苅屋姫も陰謀の加担者として追われています。
そして、自分のせいで父親の道真さまがひどいめに会った、ということでたいへん苦しんでいます。

おおまかな設定はこんなかんじです。

ではストーリーです。

覚寿さんは一家の女主です。いかにも武士の妻というかんじの物堅い老婦人です。
というわけで、苅屋姫のことも、ものすごく怒っています。

立田の前は、母の覚寿さんにだまって妹の苅屋姫をかくまっています。つまり父娘は同じ家にいるのです。
立田の前は苅屋姫を父親の道真にひと目会わせてあげたいと思っているのですが、
どうにもおかあさんに言い出せなくて困っています。
そうこうするうち苅屋姫は母の覚寿さんに見つかってしまい、杖で叩かれます。
「叩くならわたしを」と姉の立田。
でも叩いてる覚寿さんが一番つらいのです。みなさんたいへんです。

と、舞台右手の障子が閉まった部屋の中から道真さまの声がして折檻を止めます。「対面しよう」という道真さま。
苅屋姫が喜んで障子を開けてみると、なんだか妙なものが置いてあります。道真sまはいません。
よく見たらそれは道真が自分で彫った、自分の木像です。
「お父さんには会えないのね」と泣く苅屋姫。
「この木像には魂が入っているからこれをお父さんと思いなさい」と覚寿がなぐさめます。

ここまで前半部分です。

さて、道真さまの暗殺をたくらむ宿禰太郎(すくね たろう)たちの話になります。
そろそろ海もおだやかになりそうです。出港が近いです。
やさしい方の役人の「判官代輝国(はんがんだい てるくに)」は「夜明けに迎えに来る」と言って道真さまを置いていきました。
これを利用して、ニセ迎えを仕立て、道真を連れ出そうという相談をします。
正式な迎えは夜明けに来ますから、その前に「夜明け」を偽装しようとします。ニワトリを鳴かせるのです。
平安時代ですので時の鐘もありません。時計ももちろんありません。ニワトリが鳴けば夜明けだと誰もが思うのです。

さて、ふたりは鶏を鳴かそうといろいろやります。お湯を入れた竹筒の上にとまらせたりします。
怪しいそぶりをしすぎて、妻の立田の前がふたりの計略に気づきます。
ふたりを止める立田の前ですが、ふたりは逆に立田の前を殺して池に沈めてしまいます。
このふたりは、とくに時平の味方というわけではなく、お金がとか息子の出世とかに目がくらんだのです。欲とはおそろしいものです。

さて、足元に死体があるとニワトリはコケコッコと鳴くそうです。
迷信とされていますが、肉食獣に捕食される生き物であるところのニワトリが流血死体の気配に敏感なのはわりと理屈に合っていると思います。
というわけで、立田の前が沈んだ池の上でニワトリが見事に鳴きます。鳴き笛の係の道具方のひとの腕の見せ所です。

「そりゃこそ鳴いたわ、東天紅(トウテンコウ)」
というのが有名なセリフです。トウテンコウというのは漢詩文用語です。ニワトリの事です。

周囲はすっかりニセ迎いにだまされます。道真さまは部屋から出てきて、ニセ迎えの籠に乗って出ていきます。

そのあと立田さんの死体がみつかったり、犯人探しがあったりと、ひと騒ぎあります。

そして本物のお迎え判官代輝国たちがやってきます。
「さっきのはニセか」と気付いてみんなあわてます。知らずに駕籠に載せちゃったよ!!
と思ったら、もういないはずの道真さまが、また部屋から出てくるのです。あら不思議。
道真さまは準備のために一度部屋に引っ込みます。
と、ニセ迎いがなぜか戻ってきます。「木像つかませやがって」
でも駕籠を開けると本物の道真さまが乗っています。
あらふしぎ。

というわけで、わるいやつらの陰謀は失敗して彼らは殺されます。ニセ迎いが載せていったのは、さっきの魂が入った木像だったのです。

さて、道真さま(本物)と苅屋姫との別れの場面になります。
覚寿さんは、着物に香を焚き染める用の大きい籠の中に苅屋姫をいれ、上に「小袖(こそで)」をかけて中身を隠します。
「小袖(こそで)」というのは絹の袷の着物のことです。平安時代は下着のことを言ったのですが、江戸時代には着物の種類の意味になりました。ここでは後者の意味です。
「この小袖をおみやげに」といいます。
小袖を受け取って手に取れば、駕籠の中にいる苅屋姫が目に入るのです。
しかし道真さまは、
「おおかた、香の名前は苅屋であろう、罪人には香は不似合いだからいらない」
と答えます。
中に苅屋姫がいることはわかった上で、今は対面しないほうがいいと言って会うのを断るのです。
悲しむ苅屋姫。

そういうかんじで、緊迫したなかにも親子の離別の悲しみがせつせつと伝わる名場面です。
が、動きがあまりないので、毎度のことですが浄瑠璃(語り)の名文句を聞き取れないと少しタイクツかもしれません。
がんばって楽しんでみてください。

内容的には、まあ、長いお話の一部分ですから大きい起承転結はありません。
菅原道真、という神格化された存在をいかに生身の人間が具現化するか。
周囲のひとびと、覚寿さんや苅屋姫の高貴なかんじとか、
対比的に描かれる悪役たちのリアルな人間くささとか(息子を出世させたいばっかりに悪事に手を貸した、とか)。
そういうのが見どころのお芝居です。

というわけで、どんな時代でも必ず出せるというお芝居ではありません。
道真を神様らしくできる役者さんにいいのがいないと出せないのです。しかも上方役者さん限定です。

ここ数年、仁左衛門さんがいい具合に枯れてきたので、梅がキレイなこの時期、ときどき出ます。
こういうのは巡り合わせですから、ぜひ見ておいてください。

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2 コメント

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Unknown ()
2010-03-21 12:20:51
はじめまして。
すっごくわかりやすい説明で観劇が楽しみになりました。
ありがとうございました☆
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道明寺 (由美子)
2020-03-30 15:33:15
昨夜、NHKで先月歌舞伎座で上演されたばかりの「菅原伝授手習鑑、道明寺」を観ました。 
「寺子屋」は馴染み深いですが、「道明寺」は初めて拝見しました。
テレビで観てから、そもそも「菅原伝授手習鑑」とはどういう物語なのか、全体像を知りたくなりました。
「菅丞相を演じられる役者さんはそうは居ない、上方役者で特別な品位と力量が要求される。今は仁左衛門さんがいい感じに枯れてきて、梅の盛りの頃には上演されるかも」とのこと、納得です!
昨夜観られた私はラッキーでした。まさしく仁左衛門家の当たり役ですね。
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