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歌舞伎見物のお供

歌舞伎、文楽の諸作品の解説です。これ読んで見に行けば、どなたでも混乱なく見られる、はず、です。

「賀の祝」 がの いわい (菅原伝授手習鑑)

2009年02月07日 | 歌舞伎
ほかの場面の解説もあります。もくじは=こちら=です

「菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅ てならいかがみ)」の三段目です。
「桜丸(さくらまる)切腹」の場になります。最近はあまり出ないかもしれません。

平安時代が舞台です。
時の左大臣、藤原時平(ふじわらの ときひら)の陰謀で、右大臣の菅原道真(すがわらの みちざね)は太宰府に左遷されました。
という日本史史上かなり有名な政変が題材です。
ここに、
「梅王丸(うめおうまる)」、「松王丸(まつおうまる)」、「桜丸(さくらまる)」、という
架空の三つ子のキャラクターがからみます。

三つ子のひとりである「桜丸」が切腹する場面がここです。

ここは切腹に至るまでのエピソードを描くだけの部分なので、
なぜ切腹するかは、セリフで一応言いますが聞き取れないと思うので
わかりにくいかと思います。書きます。

道真の娘、苅屋姫(かりやひめ)と、時の天皇の弟である斎世(ときよ)親王とが恋仲でした。
桜丸はふたりが会えるように恋の手引きをしたのですが、
それが悪人時平にバレておおさわぎになります。
「道真は娘を使って親王をたぶらかして、最後は帝位を狙っているのだ」とあることないことでっちあげられ、
ついに道真は博多の大宰府に、罪人として左遷されてしまいます。
もとはといえば桜丸のせいです。

というわけで桜丸は責任を取って切腹しなくてはならないのです。

基本人物設定を書きます。この場面には出てこないひともいますが、
名前わかっていないとセリフの意味がわかりません。

・悪人
藤原時平(ふじわらのときひら)
左大臣です。
右大臣だった菅原道真を「謀反を企てている」と讒言して九州は太宰府に左遷させた悪の黒幕です。

・ええほうの人
菅原道真(すがわらの みちざね)
天神さま、天満宮神社のご神体のかたです。当時は右大臣でした。

というわけで、この段には道真も時平も出てきません。
三つ子がそれぞれ、
梅王→菅原道真(ええ方)、 松王→時平(敵)、 桜丸→齋世親王(ええ方) の家来なので、
仲のよかった兄弟ですが、今は松王だけが敵サイドという、
そのへんの家庭内の複雑な人間関係も、この場面では描かれます。

ところで、セリフをいくら聞いていても「みちざね」とも「ときひら」とも誰も言いません。
「時平」は「しへい」と呼ばれています。音読みです。
「道真」は「しょうじょう(さま)」と呼ばれています。
これは「宰相(じょうしょう、)」の、誤読です。「宰相(じょうしょう)は、「大臣」の中国風の呼びかたです。
誤読なのですが、歴史的にずっとそう呼ばれてきたので
道真のことは慣習的に「しょうじょう」と呼ぶきまりです。
「菅原」のアタマの一字「管」を付けて「かんしょうじょう」とも言います。

というわけでセリフの中で、
「しへい」
「しょうじょう」「かんしょうじょう」
という聞き慣れない音が出てきたら、それが物語の中心人物達です。



三つ子の父親は白太夫(しろたゆう)さんといいます。
このお父さんの70さいの「賀の祝い」に、三つ子とそれぞれの奥さんが集まってきます。

もともと白太夫はもっと貧乏でした。
そこに梅王、松王、桜丸の三つ子が生まれました。
三つ子はめずらしく、縁起がいいということで、道真さまが3人を取り立てます。
梅王を自分の、松王を時平の、桜丸を斎世親王の、それぞれ家来にします(詳細略)。
ついでに白太夫さんにも田んぼを与えてゆったり暮らせるようにしてくれました。
つまり、今、こんなりっぱな暮らしができるのも、
三つ子がみんな、かわいい嫁を取れたのも、全部、道真さまのおかげなのです。
なのに、その道真さまを陥れて大宰府に流したのは時平です。時平許せねえ!!

というかんじで
一家で悪口を言っているのですが、

松王丸は時平の家来です。なので時平の味方です。
道真の家来の梅王丸とさっそく大喧嘩です。とか、
でも嫁は3人とも仲良しです、とか、
梅王と松王は、それぞれ今後の身のふりかたについて父親に相談、というかお願い、とかのシーンがあります。

古い長いお芝居の一部なのもあって、見る側がお芝居全体の内容を把握していることを前提に、話が進みます。
実際はわかっているお客さんのほうが少ないですからセリフだけ聞いても流れがつかみにくいかもしれません。
がんばってついていってください。

松王は時平の家来という立場上、悪役で、一家全体としては道真さまの味方、
という基本設定を押さえてご覧になるだけでも、
ずいぶん違うと思います。

さて、一家一同そろっていますが、桜丸だけがいません。

桜丸が切腹するつもりなのは、父親の白太夫だけが知っています。
じつは桜丸はもう来ていて、奥の部屋にいます。
早い時間に切腹するつもりでやって来ていて、父親にもそう言ったのですが、
白太夫が「ちょっと待て」と言って奥に隠しているのです。
みんなは桜丸がいることも知りません。

そのへんの緊張感が、ところどころの白太夫の不自然な動きに見て取れるのが前半の見どころです。

全体に、「お誕生日のお祝い」「春」「仲良しの嫁」「体力ありあまってる息子たち」と、
春爛漫の命の輝きを描きながら、
ポキっと折れる桜の枝。
どこかはかなげな、不安な陰と緊張感がただよい続ける舞台です。

さて。上にちょっと書いた、梅王丸と松王丸の父親へのいお願いというのは、
梅王丸は太宰府に行って道真さまにお仕えしたい、というものですが、
そんなことする前に、行方不明になっている道真さまの家族を探しだして保護しろ、と白太夫はしかります。

松王丸のお願いは、
自分は時平の家来だからこの一家は敵なので、勘当してくれというものです。
白太夫は許します。怒っています。

妻の千代もいっしょに追い出されてしまいます。
梅王丸も叱られて妻とともに退場します。

そして一同が一度退場したあと、
桜丸が、奥の部屋から登場します。

後半は動きもあるので、前半までの流れが把握できていれば、見ていればわかると思います。
テンポがゆったりなので少々ダレるかもしれませんが、古いお芝居特有の雰囲気を味わってみてください。

白太夫の「なんとか桜丸の命を助けようと、裏の山の祠(ほこら)に御神託を聞きに行ったけど、
どうしても桜丸が死ぬしかないようなお告げしか出なかった。もう仕方がない」

みたいなセリフは、浄瑠璃の語りを聞き取れないとつらいかもしれませんが、
お父さんは本当につらいんだなあ。と気持ちを想像したりしながら
がんばって見て下さるとうれしいです。

内容の説明は以上です。


ところで、
お芝居でご覧いただくとわかりますが、梅王丸と松王丸ががっしりして荒っぽいイメージで描かれるのに対して、
桜丸は非常な「やさ男」です。女性的ですらあります。
妻の「八重(やえ)」も、結婚しているのに振袖を着ていて、小娘のようです。
これはもう型として定着していますし、はかなく散る若い桜のようなイメージを体現していて美しいのですが、

「菅原」のはじめのほうの段である「加茂堤(かもつつみ)」の浄瑠璃をちゃんと聞いてみると、
桜丸はもともとはこういう はかなげなキャラクターじゃないと思います。
じゃあどういうキャラクターかというと、
「色奴(いろやっこ)」だと思います。
たくましく、色気があり、下ネタオッケー、忠義に厚いですがくだけた所もある。ケンカは無茶苦茶強い、
イケメンだけど力持ち。
「機嫌のいい役」という表現がよく使われます。そういう役です。

死ぬのも、だからもともとは、男らしくイキオイでいっちゃうようなイメージで書かれたのだろうと
ワタクシは思います。

今の桜丸のキャラクターは、十五代目市村羽左衛門(いちむら うざえもん)などが完璧に完成してしまった非の打ち所のない演出なので、
もう後戻りはできませんが、
まあ、いつの間にこうなったのか、最初に書かれたときのイメージは今とはすいぶん違う、
ということは、ちょっと覚えておくのもいいかもしれません。

こうやって、いろんな段をバラバラに出すうちにキャラクターのイメージがひとり歩きしてしまって、
通しで出そうとすると、
なんだか「役の性根」がよくわからない→ストーリーに説得力がない、となっているのが
今の「菅原」だとは思います。
後戻りは難しいとは思いますが。

とはいえ、
桜丸を女形から出すのはさすがにカンベンして欲しいです。


「菅原」については、
なんだか「三通りの親子の別れ」が描かれているとか、
そういう本筋から離れた些末な解釈が作品評価の中心に居座りつつあるように思うのですが、
そんなのはただの「モチーフ」「趣向」だと思います。
作品の「テーマ」はあくまで「三つ子3人のそれぞれの生き方」だと思います。
だからこそ、重厚な人間ドラマとしてみることができるのではないでしょうか。


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2 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

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八重の娘姿 (ロコタマ)
2009-02-23 21:08:29
20日と23日歌舞伎座拝見いたしました。丁寧な解説を先に読んでおけばよかったと思いました。手習鑑で八重だけが振袖で娘姿なのがなんとも不思議に思いました「賀の祝」では同色の薄紫色の衣装で道行みたいで夫を待つしぐさが好評のようですが恋女房でなく恋人みたいな感じ 3つ子なら同年齢なのに他の嫁の衣装とかけ離れているのも不思議!作品上演の過程をお聞きして少し了解いたしましたが。今切腹した息子を置いて旅立つのは逆縁なのだからでしょうか?寺子屋の松王丸があまりに立派なので一番上かとずーっと思っておりましたのも素人ですね。
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Unknown (すずか)
2009-05-05 18:14:40
わからない
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