歌舞伎見物のお供

歌舞伎、文楽の諸作品の解説です。これ読んで見に行けば、どなたでも混乱なく見られる、はず、です。

歌舞伎はなぜブツ切りで上演するのか

2010年11月26日 | 歌舞伎の周辺
以前やっていたサイトで質問いただいて回答したものです。
質問:
 歌舞伎は役者ありきだから、
 お話ぶっちぎる事が多いんでしょうか。
 いろんな芸能の中で、途中で始まって途中で終わっちゃうのは
 他にもあるの?

って、あああ、べつに役者さんのためにぶったぎってるわけじゃないです。
そもそも、こんなにブチブチ切るようになったのは明治以降です。
もともと江戸時代の歌舞伎は1日かけてゆったりやってました。芝居見物は一日かけた「物見遊山」的な娯楽でした。
この時代はお芝居も「全段通し」が普通でした。朝始まって、えんえん上演し続け、暮れ六ッごろに終わるのです。
今のお相撲とだいたい同じような感覚です。
芝居と相撲は2大娯楽でしたから、興業形態も似ています。
朝の早い時間は若手の練習のような出し物があって、次に中堅どころが出て、客席が埋まったころから本格的に始まるところも似ていました。

明治以降、生活形態が変化して観劇事情も変化、今のような「切り身」を3~4本「盛り合わせ」る上演形態になりました。

だから、むしろお客さんの都合にあわせて「切り売り」してるのです。
明治のころはお客さんもお芝居の中身に精通していましたから、「全段の内容を把握している」ことを前提に「切り身にしておいしいところだけ出して」いたわけですが、
だんだん全体像が分からないお客さんが増えます。
あとは、前提になる基礎教養、浄瑠璃(語り)の文句にナチュラルに混ざっている和歌や古典の内容、「平家物語」「太平記」系の歴史への知識などが壊滅的に今の観客には足りません。
というわけで「歌舞伎はわかりにくい」と悪口を言われてしまうのです。
そんなの見る側の教養レベルのモンダイですよね(きっぱり)。

江戸時代も、人気のある頻出演目は、特に人気のある段だけ「ぶったぎる」ことはしました。
とくに、新作ものが「コケた」ときなど、「一夜漬け」で古い作品を急に出します。こういうときに「ぶったぎる」のです。
あと、地方廻りの興行なんかは、やはり今のような「切り身」の「盛り合わせ」が一般的だったようです。

それ以外では、ものすごく古い元禄(初代団十郎とかのころ)の作品については、
古すぎ=内容がプリミティブすぎて、江戸後期にはもう出ないわけですが、
「荒事」系の「オイシイ」場面だけを残して、適宜、他のお芝居と組み合わせたりして上演しました。
「暫」「押戻」「鎌髭」などです。
これらの一部をまとめたのが「歌舞伎十八番」です。
いずれにしても、お客さん本位のサービス行為です。

「ぶったぎる」行為については、役のキモチがわかりにくくなるので、むしろ役者さんはつらいみたいです。
「通し上演」だとむしろイキイキなさってます。
よくバラで出る「菅原伝授手習鑑」や「義経千本桜」などはバラバラに出しすぎて役のイメージがつかみにくくなっています。けっこうたいへんなのです。

で、歌舞伎以外の芸能については、そもそもあまり詳しくないのですが(すみません)、
能狂言は、そもそもひとつの作品が短いので、ぶったぎる必要はないかと思います。
ただ能をフルオプションでやると「五番立て」という上演形態になりますが、これだと、上演に時間がかかります。
「五番立て」ですと決まったジャンルの作品を順番に出すなど約束事も多いわけですが、
そういうのを無視して人気演目を2,3作品出すことはあります。これも、ある意味「ぶったぎる」ことになるでしょうか。

文楽について言えば、文楽作品の殆どが歌舞伎に移入されておりますが、本家の文楽の「浄瑠璃」は、初演時に書かれた文句を可能な限り大事にします。
歌舞伎はそのときどきでどんどん変えちゃいますが、文楽は変えません。
ということもあって、「オリジナル」にこだわる文楽、「通し上演」率は歌舞伎より高いです。

とはいえ、今国立劇場で演ってる文楽は、歌舞伎ほどではないですが、それなりに「はしょって」出しています。
完全に全段通してというのはあまり見たことがありません。
これは、今のお客さんが長い、複雑な、ゆったりしたストーリー展開に付いて行けないわけですから、仕方ないかもしれません。
浄瑠璃本は昔だと活字化もされてるので(古本屋さんでマメに探す)、全段読めるのもありますが、
読むぶんにはおもしろいですが、これを舞台で見るのはつらいだろうなと思うのが殆どです。


それ以外の芸能としては、ちょっと手軽なところで、江戸時代には多かった「講談師」。「講釈師」ともいいます。
主に「平家物語」や「太平記」などの軍記物の文章を迫力満点に語ります。
また、「浄瑠璃語り」。これは文楽の浄瑠璃部分を独立させて、三味線とともに語ります。
などがいます。ものすごく古いのは「琵琶法師」です。
これらの興業師、というか芸人たちは、お座敷で語ったり寄席で語ったりいろいろですが、
これは完全にお客さんの要望に合わせて「一段一段ぶったぎって」でした。「××の○段目をやってくれ」みたいなかんじです。
持ち時間が少ないので当然です。

「落語」
今の落語と江戸時代の落語は、ビミョウに位置づけが違い、それを語るとまた長いので割愛ですが、
「寄席」(これ自体の位置づけが違う)は毎日やっており、数日おきに演目が変わります。
そして人気のある落語はだいたい数回に分けて長い話をしゃべりました。 連ドラです。
わりと有名な「与話情浮名横櫛」(切られ与三郎)も、歌舞伎に先行して、講談版と落語版とがあったのです。かなり長いです。
チナミに「世話情…」の歌舞伎版の通し上演台本は今も岩波文庫で買えますが、とてもつまらないです。
才能ねえよ瀬川如皐…。 講談や落語のほうがずっとおもしろかったようです。
そして、初演時はこの如皐の台本はほぼ無視されて役者さんが勝手に落語版に合わせてセリフを言ったそうです。

とまあ、かように昔の落語作品は、長いのは長かったのですが、
オリジナル版を本人が語る→弟子が他の寄席で語る→聞き覚えた他の落語家が他の寄席で語る、というように広まっていったようで(著作権ないので)。
その課程で、 これも持ち時間や興業形態によっては「人気ある部分だけぶったぎった」と思われます。

基本的に、江戸時代の娯楽興業物は、「長い」「有名なものは内容をみんな知っている」、が特徴ですから、
「ぶったぎりやすい」条件を備えていたことは確かです。

こんなもんですか?
おもしろくなくてすみません・・・(さんざん書いてから・・・)。


最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (あつこ)
2010-12-02 17:27:36
面白いですね。
返信する
Unknown (通りすがり)
2013-02-03 16:47:57
面白いですよ。ありがとうございます。
返信する

コメントを投稿