歌舞伎見物のお供

歌舞伎、文楽の諸作品の解説です。これ読んで見に行けば、どなたでも混乱なく見られる、はず、です。

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角力場 すもうば (「双蝶々曲輪日記」)

2012年10月08日 | 歌舞伎
「双蝶々曲輪日記(ふたつちょうちょう くるわにっき)二段目です。
わりとよく出る後半の「引窓」に比べると、あまり出ない段です。
大きなストーリーの動きがあるわけではなく、登場人物の性格や人間関係を見せるだけの、導入部のような部分ですので、
見どころは、描かれるキャラクターの魅力や絵的な美しさだけですよ。いやキレイで楽しいですけどね。

通しで出すとカップルが2組出るのですが、この幕には1組しか出ませんよ。
吾妻(あづま)ちゃんと与五郎(よごろう)さんです。
吾妻は、当時大阪新町に実在した遊女です。
与五郎さんはお金持ちのボンボンで、吾妻と恋仲です。上方世話物の定番ですよ。
与五郎さんはボンボンです。しかしお父さんは豪商ですがすごくケチでです。
ていねいに出すとお父さんがやってくるので説教されないように与五郎くんが逃げる場面があります。今出ません、話がややこしくなるし。
吾妻ちゃんに横恋慕している悪いお侍がいます。平岡郷左衛門(ひらおか ごうざえもん)。
こいつがムリクリ吾妻ちゃんを身請けしようとしているのでふたりは困っています。

チナミに平岡郷左衛門が身請けのために用意したお金は藩の御用金ですよ。横領なので後の方の段(今出ない)でやっつけられます。
というのが基本設定です。

さて、相撲取りがふたり出ます。こっちがお芝居の主人公です。
濡髪長五郎(ぬれがみ ちょうごろう)と
放駒長吉(はなれごま ちょうきち)。
「長」が付く名前がふたりいるので、ここからタイトルの「双蝶々」は取られていますよ。

濡髪長五郎(ぬれがみ ちょうごろう)は大関です。大きいりっぱな関取ですよ。スポンサー(谷町)もたくさんいます。
当時は「横綱」という位はありませんでした。「大関」(大きい、偉大な関取)が一番えらいのです。
「横綱」というのは横に張った綱、つまり注連縄、を付けた関取のことだと思います。ものすごく強い相撲取りを神格化して、相撲取りとしてのランキングとは別に、「横綱」という称号を与えたのです。

放駒長吉(はなれごま ちょうきち)は、ふだんは素人相撲で相撲を取っている若者です。プロの関取じゃありません。本業は小さい米屋の息子です。
相撲は当時人気スポーツだったので、全国津々浦々、色んな場所でいろんな規模で興行していましたよ。思わぬ場所に思わぬ逸材がいたりするのです。
長吉も、素人相撲ながら非常に強いので、京の街ではかなり有名人です。
というわけで、長吉を贔屓にしているお侍、平岡郷左衛門(吾妻ちゃんを身請けしようとしている悪役のヒト)の後押しで一時的に関取扱いにしてもらい、今回濡髪と対戦することになりました。京の街はこの話題で持ちきりですよ、我も我もと見物に詰めかけます。
このときの興行は本場所じゃなく、勧進相撲(かんじんずもう、神社とかの寄付を集めるための非公式の興行)なのでこういうことも可能だったのだと思います。

そして、濡髪は、与五郎さんに贔屓にされています。
放駒は、その恋敵の平岡郷左衛門に贔屓にされています。
二人の相撲取りの対決と、遊女をめぐる二人の男の対立とがシンクロしている部分がストーリーの中心です。



お芝居の流れに沿ってざっと書くと、
まず遊女の吾妻ちゃんが出てだいたいの事情をしゃべり(平岡郷左衛門に身請けされちゃいそうとか)、心配そうな様子を見せます。悩める美女。
二人退場。

次に悪いお侍が出て御用金や、吾妻ちゃんの身請けについての悪巧みをしゃべります。基本設定はここらで説明されてしまいますので聞き取れないと不幸なことになります。まあここ読んで行けば大丈夫です(笑)。

お相撲のシーンはじっさいには出さず、小屋の外から歓声や呼び出しや行事の声が聞こえる演出です。
てか行事さんの役者さんの声が本物そっくりでリアルです。お相撲と歌舞伎、根っこはかなり近いですよ。

で、濡髪さんと長吉くん、それぞれのご贔屓とのやりとりがあります。
ここは、それぞれの、お互いの谷町との関係を通して、二人のキャラクターや全体の人間関係の中での立ち位置を見せる場面です。

長吉が勝ったので大喜びで長吉をほめ、一緒に堂島の生州(当時実在した)という料理茶屋に行きます。いろいろご祝儀をもらう場面もあり、当時の相撲取りを取り巻く雰囲気を味わうことができます。

放駒長吉はまだ若く、しかも素人なので関取らしく重々しくふるまえません。
なので長吉くん、安っぽいかんじでちょこちょこしゃがんだり動いたりするのですが、
実際は大男です。力も強いです。だから縮こまっていても図体はでかいのでバランスが変なのです。
という舞台のはずですが、うまくいっていなくて本当に小さく見えてしまうこともあるのでそのへん脳内保管して見て下さい。よろしくです。
ところで、長吉は町の小さいお米屋さんの息子さんなのですが、最近ときどき、「米屋の丁稚」と言っている舞台がありますよ。何でですか?「息子」だと金持ちっぽいからでしょうか?
原作浄瑠璃での設定は小さい貧乏なお米屋さんの「息子」です。両親が死んでお姉さんしかおらず、お姉さんに心配ばかりかけています。
そんなかんじでよろしくです。

あと、後ろの方の段(出ない)を読めば長吉は、近所の悪ガキとつるんでケンカを繰り返し、近所のみなさんに嫌われてお姉さんを心配させる不良少年であることがわかります。
さらに言うとその後改心してからは頼れる青年になり、濡髪や与五郎を陰で助けてくれますよ。けっこうしっかりした男です。そういう感じがこの段にも出るといいなと思います。

若旦那の与五郎が出てきて、郷左衛門らが見えなくなってから一生懸命ケンカを売ります(怖いので)。
濡髪が出て来ます。押し出しのいいりっぱな相撲取りですよ。
今回の勝負には負けましたが、悔しがる与五郎に対して本人は鷹揚なものです。

吾妻との行く末を心配して帰りたがらない与五郎をなだめて、自分がなんとかするからという濡髪、なんとか与五郎を家に帰します。
ここでの与五郎のボンボンぶりは非常に楽しいです。
実際に現代社会にこんなのがいたら腹が立つと思いますが、大阪という町の、ケタはずれのボンボンという人種はこうだったのです。バカみたいですが品があってにくめないかんじですよ。

ここで、濡髪が、長吉を呼びにやります。やってくる長吉。
ここからお芝居の本題に入ります。

ふたりの会話。
「平岡がしばらく吾妻を見受けしないようにはからってくれ」と長吉くんに頼む濡髪。
濡髪は、「平岡をなんとかして止めてくれ」と与五郎に頼まれているのですが、平岡とは直接面識がないので頼みごとができません。
なので、一度勝負をしてつながりができた長吉に頼もうとしたのです。

当然断る長吉。
ここで、濡髪は長吉に、「さっきの相撲は負けてやったんだ」といいます。「ふった」とセリフで言うのがそれです。

長吉の贔屓の平岡がムリを言って、素人である長吉を関取と対戦させたのです。でもふつうにやったら、やはりかないませんよ。
負けたら長吉も贔屓の平岡郷左衛門も大恥です。濡髪はその顔を立ててやったのです。
自分が負けたときのダメージを考えれば大人なら「ああ、ありがたい」と思ってもいいところですが、長吉は子供なので怒ります。
というか、八百長をされたことが悔しいというより、自分は本気で必死にかかって行ったのに、相手は本気じゃなかった、自分にとって非常に大切な勝負だったものを、交渉事の道具にされたというのが長吉くんは悔しいのです。
濡髪の言っているのはよくも悪くも昔の日本らしい、大人のリクツですが、若い長吉は納得しません。ケンカになりますよ。
実際にはやり合わないで力自慢のデモンストレーションの応酬のところが歌舞伎らしく、お相撲らしくて楽しいですよ。
そして実際には、やはり濡髪は圧倒的に強く、長吉は濡髪にはかなわないということもここでわかります。

お互いにらみあったところで、今後の波乱を予測させながら、幕です。

お芝居としては以上です。

素人っぽい元気一杯の若者、放駒長吉くんと、貫禄のあるかっこいいオトナの関取、濡髪長五郎、
という対比を楽しむお芝居でもあります。どっちも魅力的なのです。野生の若馬と訓練された名馬みたいなかんじです。

この後、長吉の家である「米屋」の段で、長吉が不良仲間に盗みの罪を着せられて難儀しているところを濡髪が助けて、ふたりが仲直りします(ざっくり)。

その後、いろいろあって(略)、吾妻をさらって逃げようとした平左衛門とその仲間を濡髪が斬り殺します。
その場を引き受けて、濡髪を逃がす長吉。

さらに、与五郎の父親と、与五郎の許婚の父親との、お互いを思いやるが故にの言い争いの場面と、吾妻の父親と吾妻との場面がありますが、めったに出ないので割愛です。
長吉がモロモロとりなして、全体に丸く収まります。後半の長吉はじつにしっかりしたいい役になります。

その後に、濡髪長五郎がおたずねものとして逃げながら、こっそり母親山崎にすむ、実の母親に会いに行く場面があります。
「引窓」呼ばれる段です。この作品中、最もよく出る部分です。名作です。


↓以降余力のあるかたはどうぞ↓。 当時のお相撲事情です。

さて、この「角力場」は
当時の「相撲とり」というもの持つ、ちょっとあぶなっかしい雰囲気がわかっているとより楽しめます。
相撲取りは本当に大スターだったのですが、その収入源はかなりええかげんだったようです。
当時の相撲取りは今のように「部屋」に属して安定した給金をもらっているわけではありません。相撲と並ぶ二大娯楽、お芝居の役者さんがそうだったように「個人事業主」です。
もちろん、興行があれば給金は出るし勝てば懸賞金も出ますが、当時の役者さんが年6回コンスタントにある興行の給金&大物は芝居小屋を移籍するときの契約金で一応諸経費をまかなえた(らしい)のに対して、
相撲取りの正規の収入は、少々足りなかったようです。
相撲取りは大酒のみ大食らい、着るものも全部特注ですからお金かかるし。
しかも、強いお相撲さんは役者さんや、当時の職人さんもそうするように数人の「弟子」をとります。濡髪もお弟子さん連れていますね。
これは自分の家に住まわせて食わせて着せて、雑用をさせながら鍛えるのですが、その間の「かかり」はもちろん全て師匠の関取が持ちます。
ということに必要なお金の大半を、それぞれの関取を「ひいき」にする「旦那」がまかなったのです。
同じように相撲取りが主人公の「関取千両幟」ていうお芝居が、よりその雰囲気を伝えています(あまり出ません)。
強い関取にはもちろん複数の「ひいき」が付いているのですが、中心になってめんどうを見る経済力のある「ひいき」が、その関取の「旦那」です。
関取はその「旦那」に頭が上がらない、と言っていいですよ。少々ムリな頼みも聞いちゃいます。
一方、「旦那」のほうも強くてかっこいい関取の男ぶりに「惚れて」いるわけですから、関取のためならかなりのムリは聞いてあげます。
このへんの「惚れた弱み」「世話になった弱み」の駆け引きが、相撲取りが「男芸者」と呼ばれる所以でしょう。

この、「旦那」と「旦那に贔屓にされる相撲取り」との関係を把握した上で見ると、
この「相撲場」のオモムキがたいへんよくわかると思います。

あと、ここで出る若い「放駒長吉」くんはケンカの強い街の不良少年ですが、
プロである関取さんたちも、それほどおとなしくはなかったようで、しょっちゅう街でケンカしては斬った張ったとやっていたようです。
ヤクザさんが持つのと同じ、素人衆は絶対持たない「長脇差」を差しているあたりからも、その無頼な雰囲気が伺えます。

「濡髪長五郎」も実在の相撲取りがモデルなのですが(事件のモデルではなく、キャラクターのモデルですよ)、この「濡髪」の名も、もとはケンカのときに額を斬られないように濡れた紙を頭に乗せてケンカしたことから付いた名前だと言われています。荒っぽい…。



三段目=「引窓」=を読む

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