歌舞伎見物のお供

歌舞伎、文楽の諸作品の解説です。これ読んで見に行けば、どなたでも混乱なく見られる、はず、です。

「極付播随長兵衛」 きわめつき ばんずいちょうべえ

2012年12月31日 | 歌舞伎
「極付播随長兵衛」 きわめつき ばんずいちょうべい

冒頭に「公平法問諍」きんぴらほうもんあらそい という劇中劇が付きます。これが大変おもしろいです。

江戸初期の庶民のヒーローである「幡随院長兵衛(ばんずいいん ちょうべえ)」は人気者でしたから、彼が登場する歌舞伎作品はいくつもあります。

「極(きわめ)」というのは、鑑定書のことです。「極札(きわめふだ)」「極書(きわめがき)」というように使います。日本刀なんかに付いています。
「極付き」は「折紙(おりかみ)付き」と意味は同じです。
本物、かつ、最高級ですよ、みたいな意味です。

この作品は、明治に入って作られたこともあってかなり史実に即した内容です。
「最も本当の長兵衛像に近い」、という意味で、また、「もっとも作品としての完成度が高い」という意味も含めて、
この作品には極付(きわめつき)」の二字が付いています。


冒頭に付く劇中劇の「公平訪問諍」も、楽しい場面なのですが、設定が少しわかりにくいかもしれません。
まあわからなくても十分楽しいですが、一応説明します。

・主人公
坂田公平(さかた きんぴら)。 平安時代を舞台にした伝説の勇士です。強いぞ。
キャラクターとしては武闘派であんまりアタマ使わないかんじに描かれます。江戸荒事の原型としてご覧下さい。
坂田金平について詳しく書くと話がずれるので、いちばん下に書いておきますよ。

・坂田公平の主君=源頼義(みなもとの よりよし)。
頼義は平安時代に実在した武将です。実際は「前九年の役」を平定した北関東の猛者で、そこまで官位は高くないですが、、
この劇中劇に出てくる「源頼義」は、「すごくえらい人」という設定です。

頼義が、息子の加茂義綱(かもの よしつな)を出家させようとします。
当時は自ら出家したり、息子を出家させたりして、同時に寺に多額の寄付をするのが流行っていたのです。
出家を勧める口のうまいお坊さんがたくさんいました。
比叡、三井あたりのお寺が、あの時代に強大な財力と武力(訓練された侍をそのまま出家させたので)を持つに至った経過が感じ取れます。
もちろん市民を仏教に帰依させまくった彼らが、仏教の布教や市井の倫理観の向上に果たした役割は計り知れないのですが、
それはお寺の財力や兵力にもプラスだった、という側面もあったのだと思います。

ここの出てくる「慢容上人(まんようしょうにん)」は、完全に金目当てに出家を勧めるナマグサ坊主です。

家来の坂田公平(さかた きんぴら)は、だいじな坊ちゃんを出家なんてさせてたまるか、というわけで、
「慢容上人(まんようしょうにん)」を相手に、仏教や出家の根本的意義について問答を開始します。
ていうか。そのリクツも問答のやりかたも力ずくです。おもしろいです。

というお芝居です。

これを楽しく見ていると、
急に客席で騒ぎがおきてお芝居にジャマが入ります。

そのあとの展開は何度見ても面白いですが、初めて見るとき特に大変楽しいので書きません。


お芝居の舞台は江戸初期です。1650年ごろ、慶安から承応にかかるころです。
なので当時上演していたお芝居はこんな雰囲気ですよ、というかんじで、古歌舞伎らしい演出でこの劇中劇は仕組まれています。
舞台の形や演出、かなり乱暴な筋立ても、当時はいかにもこうであったろうと思います。

そして「助六」や「暫」のような古い江戸歌舞伎の原型がこれなんだな、と思って見ると、そういう意味でもたいへん興味深いです。
よく見るとやってることは助六によく似ています(笑)。

役者さんたちも遊び心たっぷりで演じる場面です。楽しいです。


さて、劇中劇の説明はこんなもんで、
お芝居そのものは、史実にある
「播随院長兵衛(ばんずいいん ちょうべえ)」と、
旗本の「白柄組(しらつかぐみ)」の「水野十郎左衛門(みずの じゅうろうざえもん)」との争いが題材です。

主役は「播随院長兵衛」です。
実在した、「町奴 (まちやっこ)」 と呼ばれるヒトビトの親玉です。

「町奴」とは何かというと、
まず、「奴(やっこ)さん」というのは、武家屋敷で抱えている下級武士です。
お屋敷内の雑用や、外出時のお供や荷物持ちをしました。
一応刀をさしていますが、武士としての家系は持たず、侍のようで侍でない、非常にビミョウな身分です。

「町奴(まちやっこ)」というのは武家に直接雇われていない、「フリーの奴さん」です。
武家も人件費を節約したいので、期間契約で派遣労働者を「奴」として雇うのです。
これが「町奴」です。
見た目がっしりしていて、しかも定職についていないものが「町奴」になります。仕事がないときは遊んで暮らします。
つまり「町奴」は「町の乱暴者」の総称でもありました(笑)。
その「町奴の派遣会社」の親玉が「幡随院長兵衛」です。

長兵衛は職業不定のゴロツキたちの親玉ではありますが、クライアントであるお大名家ともつきあいがありますので、
それなりに顔も広く、人望もありました。
また、長兵衛がしっかりしているので、無頼分子である「町奴」たちの統制がとれていて、治安が保たれているという側面がありました。

というわけでお芝居の中では、長兵衛がまとめているから「町奴」は乱暴だけど弱いモノいじめはしない、という設定です。

悪役は「水野十郎左衛門(みずの じゅうろうざえもん)」です。
旗本です。
「白柄組(しらつかぐみ)」と呼ばれた「旗本奴(はたもとやっこ)」のグループの親玉です。
「旗本奴」は奴さんではありません。旗本なので身分は高いです。
江戸時代になって「大名」になりそこねた「旗本」たちは行き場を失いました。
そういう身分だけ高い社会不満分子が集まって「旗本奴」を名乗りました。
身分保障のある乱暴者の集団です。手におえません。金持ちが外車で暴走族やってるようなかんじで。

旗本の不満というのは、お芝居のセリフにも出てきますが、
平和になってただでさえ武士は居場所がないのに、「大名」と「旗本」では待遇違いすぎるのです。
もとは同じ「家康の家来の武将」で、規模の差はあっても立場は横一線だったのに。
とくに大きい旗本は「何で俺が大名じゃないのー」という感じで悔しいです。
小金はあるけど権力はない、やる事ない、将来の展望もない、というわけで、とくに若い旗本の息子たちは街で鬱憤晴らしに暴れたのです。
市民はいいメイワクです。
というかんじに、悪役です。

ただ、この作品では「水野十郎左衛門」は悪い奴だけど、武士としてのプライドはあるりっぱな男に描かれています。
そのほうが長兵衛のライバルとしてひきたちますし。
水野は、旗本ですから長兵衛より社会的地位は全然上ですが、
大きい大名家ともつきあいがある長兵衛は、なんとなく水野を軽く見ていたようです。そんなのもモメた理由かと思います。

で、現行上演、ふたりが何でモメてるかは出てきません。
もともとの原作者である河竹黙阿弥(かわたけ もくあみ)が書いた前半部分が、現行上演カットされているからです。
一応、下のほうにざくっと書いておきました。

最初の劇中劇があって、そこで水野と長兵衛がチラっとモメかけますが、そこは双方が引いておさまります。
そこで水野が「きっと、覚えておれよ」と言います。

すぐに長兵衛の家の場面になります。
出し方によっては、長兵衛の一の子分の「唐犬権兵衛(からいぬ ごんべえ)」が牢屋から出てくるのを迎えに行く場面がありますが、
今は彼がなぜ牢屋にいたのかもわからないので、長屋にいるのを迎えに行くような話になっていることも多いです。

で、
イキナリ、長兵衛の家に水野から迎えが来ます。
「酒盛りやってるからおいでください」。
行けば殺されるのですが、そこは町奴の親玉として逃げては男がすたる、アイデンティティーが失われる。
というわけで長兵衛、出かけていきます。

で、あとは見てりゃわかると思いますが、
念のために流れを書くと、

・長兵衛、子分たちが止めるけど
「それじゃあ男が立たねえ、生きていてももう「頭」の仕事は勤まらねえから意味がない」と言ってでかける
・奥さんに、「貧乏暮らしでも、息子はカタギの行き方をさせるように」と言い置きます。
・団十郎型は裃(かみしも)、初代吉右衛門型は羽織袴で出かけます。
セリフに「羽織」とあるので羽織が自然です。もと武士とはいえ町人だし。
・奥さんのお時(おとき)さんが「あ、もし」と呼び止めて、しつけ糸が残っていたのを取る。
ふだんから夫が出先で絶対に恥をかかないように気を配っていたであろうお時さんが、
こういう事態でもふと、「普段通りの仕事」をしてしまう。夫婦の絆を感じる場面だと思います。
・長兵衛、座敷で水野とその仲間に挨拶。
・長兵衛が以前は武士だということが話題になり、剣術の手合わせを望まれる。
・剣術の試合にかこつけて長兵衛をボコらせようとした水野だが、長兵衛は強いので難なくクリア。
・水野の家来が長兵衛に酒をつぐフリをしてこぼす。
・服が乾くまでの間ひと風呂どうぞ、とムリに勧めて長兵衛を風呂に入らせる。
・裸(湯襦袢)で無防備な長兵衛を大勢で襲わせて、殺す。
・長兵衛、タンカを切って死ぬ。

以上です。

最後に長兵衛が殺されるので少し後味が悪いかもしれませんが、通しで出すと「仕返し」の場が付きます。

町奴たちが仕返しに行く途中に幕府のお使いが来て、
今回の一件は水野が悪いということで、水野は切腹に決まった事を知らせます。
というわけで水野も処罰されるのです
(史実でも水野は、この一件が原因ではないですが、暴れすぎたので切腹させられます)。
そのへんは安心してご覧ください。

さて、現行上演では前半部分として上演され、このお芝居の顔のようになっている「公平訪問諍(きんぴらもんどう いさかい)」の部分ですが、
この部分は初演にはなく、原作者の「河竹黙阿弥」が書いたものでもありません。
でも、黙阿弥の愛弟子で、黙阿弥を敬愛していた「三世河竹新七(黙阿弥は二世新七)」が書いたものなので、
原作の味わいを殺さずに、現代の客向けに書き換えた良改変だと思います。

ただ、この出し方だと、悪役の水野がどうしてそこまで長兵衛を敵視するのかがわかりにくくなっているのが難点です。

一応、原作でのモメっぷりを書きます。
お相撲がらみです。
当時のお相撲は芝居とならんだ2大娯楽でしたから、相撲取りも大スターでした。
水野たちが贔屓にしている「黒鷲(くろわし)」という相撲取りが、長兵衛たちが贔屓にしている若手の「櫻川(さくらがわ)」に負けます。
負けて悔しいので「黒鷲」が「櫻川」を闇討ちにしようとします。
え、乱暴なってかんじですが、当時の相撲取りは乱暴だったのです。江戸初期のお話ですし。
しかし「櫻川」は「黒鷲」を返り討ちにして殺してしまいます。
怒った水野が、「櫻川」と、さらに長兵衛にも仕返ししようとしますが、
「櫻川」は世話してくれた長兵衛たちに迷惑がかからないように切腹します。
なんだか凄惨です。

でまあ、その途中でいろいろ水野が顔をつぶされるエピソードがあり、水野は怒っている、というかんじです。

なんとなくこのへんアタマに入っていると、流れがわかりやすいかもしれません。


長兵衛については、旗本の水野と対立したこともあって、
特に戦後は、「武士の圧制に反感を抱く庶民の象徴」みたいに解釈されることが多いのですが、
江戸庶民って、わりと、お侍が好きだったと思います。
長兵衛も「もと武士」という設定がプラスの側面として描かれますし、
「お大名とも親しく話す」、など、むしろ武家階級への単純なあこがれが作品内に見え隠れします。
武士=支配階級=庶民の敵 みたいな類型的な対立構図は、江戸時代にはじつは存在しなかったと思います。



まあ、長兵衛が男らしくてかっこいい、しかも大人の男でシブい、
という、見どころはこれに尽きます。
あんまり考えないで楽しんでください。



・「公平狂言(きんぴらきょうげん)」について

源頼光(みなもとの よりみつ)の部下に「頼光四天王」というのがいます。
坂田金時(さかた きんとき)、渡辺綱(わたなべの つな)、卜部季武(うらべ すえたけ)、碓井定光(うすい さだみつ)の4人です。
これは伝説的勇士たちとして非常に有名です。
そのひとり、坂田金時は子供のころ、山の中で山姥に育てられました。これが有名な「金太郎」です。怪力無双の勇士です。
四天王の中でも人気者です。

ここまでは実在の人物の話なのですが、
上記の「四天王」の「息子たち」という設定で、
それぞれ四天王の息子たちのその家来、
「坂田金平(さかた きんぴら)」、「渡邊竹(武)綱(わたなべ たけつな)」、「卜部季宗(うらべ すえむね)」「碓井定兼(うすい さだかね)」が、
頼光の甥にあたる、源頼義(みなもとの よりよし)の臣下として新たに四天王を名乗り、天下を狙う様々な敵たちを相手に大活躍する、
という設定のシリーズものの浄瑠璃の作品群があるのです。
これが「金平狂言(きんぴらきょうげん)」です。
主人公が、「坂田金平」です。

また、実際の「源頼光」や「源頼義」はそこまでえらくないのですが、
江戸時代の歴史観では、彼らは頼朝の先祖にあたることもあって、「将軍」のような存在だったように思われていました。
そういうわけで、
歌舞伎にはときどき「頼光」や「頼義」が出てくるのですが、江戸時代のこの誤解を覚えておくと、
イメージ上の混乱が少なくなるかもしれません。

ところで、ワタクシそのシリーズの1本を読みましたが、
作劇的に、今のアニメやゲームに非常に近く、完成度の高いあざとい作りです。
毎回おそろしげな敵キャラが現れて頼義はピンチになりますが、
四天王や、各話限定のかっこいい助っ人キャラの大活躍で敵はやっつけられます。
ライダーシリーズの映画版のイメージが近いと思います。
キャラクターも魅力的に描かれており、竹綱が冷静な参謀役で、金平はイケイケの武闘派です。単細胞です。
なので金平はしょっちゅう竹綱に言動に突っ込み入れられたり、いいようにあやつられたりします。が、仲良しです。
ぶっちゃけ萌え設定です。
お約束のふたりの楽しいやりとりがあちこちに散りばめられており、飽きない内容です。

いくつもシリーズが作られ、
浄瑠璃のほかに、「金平本(きんぴらぼん)」と呼ばれる絵入りの子供向けの読み本もよく売れました。
うちわや凧、羽子板なんかも売られました。グッズ展開!!
今も名前が残る「金平牛蒡(きんぴらごぼう)」や「金平糖(こんぺいとう)」、
これらも「金平グッズ」だったのです。

坂田金平(公平)は、当時の人気ヒーローだったのです。


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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
この内容でブログですか ありがたいありがたい (くるみ)
2013-01-17 11:16:26
歌舞伎ファンですがイヤフォンガイドは音がうるさいので最近使わなくなり、細かいことはいいやと役者選んで見ていましたがこのブログを今年発見!やみつきです。ホントにありがたいです。
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見つけて嬉しいブログ (しなの)
2016-10-20 20:21:20
急遽歌舞伎を見に行くこととなり、見に行くからには予習をしなければとあらすじを探していたところ、このブログに辿り着きました。
「女暫」、「浮塒鷗」、「幡随長兵衛」の3つの記事を読みましたが、どれも分かりやすく、また見どころや、何故それが見どころなのかなども説明が書かれていたので、とても為になりました。
初歌舞伎の前に、見ておいてよかったと思います。
今後も更新楽しみにしています。
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