■ フランス左派の星は34歳郵便局員 サルコジ氏最大の敵
2009年3月19日 朝日新聞
http://www.asahi.com/international/update/0317/TKY200903170277.html
フランス政界に、34歳の郵便局員が旋風を巻き起こしている。オリビエ・ブザンスノ氏。
極左政党の大統領候補になったことから演説力が注目され、2月にイデオロギー色を薄めて出直した新党の顔として人気がさらに上昇した。世論調査では「サルコジ大統領の最大のライバル」。
背景には左派支持層の期待に応えられない既成政党の姿が見える。
「サルコジ大統領は53%の得票率で当選しながら、政策といえば、たった7%の特権階級向けばかり」。
パリ郊外で2月上旬に開かれた反資本主義新党(NPA)の設立大会で、黒いセーターにジーパン姿のブザンスノ氏は、前夜発表された大統領の金融危機対策への批判を展開した。
聴衆600人が見つめる。
「新たな5月革命が必要なのだ」。学生や労働者が変革を求めてゼネストに訴えた68年の5月革命を「道徳を崩壊させた」と批判したことがある大統領を意識した発言だ。
「資本主義は行き詰まっている」「自由主義の乱暴な政策は危機に油を注ぐだけ」……機関銃のようにたたみかける。演説の激しい調子と「ベビーフェースの郵便配達人」と呼ばれる親しみやすさで、
スポークスマンのブザンスノ氏はいまやアイドル的存在。休憩時間には入党したての若者らに囲まれた。
「話ができた」と興奮気味の人もいた。
一躍有名になったのは02年の大統領選。極左小党、革命的共産主義者同盟(LCR)から最年少の27歳で立候補した。テレビカメラを前にしたよどみない弁舌は説得力があり、121万票(得票率4.25%)を集めた。LCRは当初、女性候補擁立を模索したが適当な候補が見つからず、いわば代役だった。
07年大統領選でも149万票(同4.08%)を獲得し、12人の候補中5位。
党員がけた違いに多い共産党候補を上回った。
14歳の頃、教師の影響で人種差別など社会問題に関心を持ち、パリ郊外の低所得者層住宅にも通った。91年入党。大学で歴史を学び、大学院に進んだが、97年に郵便局に入った。
「私の世代はいつも失業におびえていた。教師の道もあったが、資格を取るのにもう1年勉強する勇気がなかった」と仏メディアに語る。
新党結成後のフィガロ紙掲載の世論調査では、サルコジ氏に対抗する政治家に最も適した人物として23%の支持で1位になった。社会党のオブリ党首(第1書記)は13%、同党の前大統領候補ロワイヤル氏は6%だった。
「つぶれかけの銀行に資金を注入して国有化するのに、郵便局を民営化しようとしている」。
いまも月給約1100ユーロ(約14万円)の郵便配達人だけに「国民との距離が近く、ことばが心に直接響く」とルモンド紙のシルビア・ザッピ記者は解説する。
新党の「設立原則」は、最終章で「労働者の解放は労働者自身が」と呼びかける「共産党宣言」(1848年)の一節を「我々の羅針盤」として引用し、「階級闘争や社会主義、共産主義、無政府主義などの遺産の最良の部分を生かす」などと続ける。
しかし、まず最初に列挙するのは「食糧や経済、環境、エネルギー、金融、社会……の危機を生む」とする資本主義の弊害。「もう一つの世界は可能」として「21世紀の社会主義」を掲げつつ、自然環境保護や女性解放、反人種差別など国民の関心が高い分野での新党の役割を力説する。
従来のイデオロギーを否定はせず、「反資本主義」で一致できる限り、幅広い結集をめざす。
党員はLCR時代の3倍の約9千人になった。
古くからの党員ピエール・ルセさん(62)は「昔は『ブルジョア国家をどうつぶすか』と真剣に議論したが、女性解放など反差別闘争に関心が移り、最近は自然環境保護も重要だ。
ブザンスノ氏はそれらをブレンドして若者を引きつけている」と話す。
女性党員のレイラ・シェビさん(26)は大学を卒業した後、定職が見つからない。政党とは距離を置いてきたが、「社会を変えるのに、イデオロギーにこだわらないところがいい」と入党した。
「ブザンスノ効果」の著者ドゥニ・パンゴ氏は人気の背景として、左派の厚い支持層の期待に主要な左派政党が応え切れていない点を挙げる。
特に社会党は、97年の総選挙後の5年間、右派のシラク大統領(当時)との保革共存政権(コアビタシオン)に参加し、党第1書記だったジョスパン氏が首相を務めたことが響いたという。
「首相になると『市場経済は良い。市場社会には反対だが』とのスローガンで、行き過ぎを修正すれば経済自由主義に反対しないという立場をとった」。体制批判を弱める結果になり、左派支持者の目には「まるで右派」と映ったと指摘する。
さらに、ジョスパン氏も、前大統領候補のロワイヤル氏も国立行政学院(ENA)出身の超エリート。「社会党のリーダーはエリートばかり。旧来の右派政治家と似通ってしまった」と語る。
金融危機の不安や右派のサルコジ政権への不満も社会党と一線を画した左派への期待を押し上げているようだ。党幹部のピエールフランソワ・グロン氏(43)は「失業者や組織化されていなかった人らにも広がっている」と話す。
(パリ=飯竹恒一)
2009年3月19日 朝日新聞
http://www.asahi.com/international/update/0317/TKY200903170277.html
フランス政界に、34歳の郵便局員が旋風を巻き起こしている。オリビエ・ブザンスノ氏。
極左政党の大統領候補になったことから演説力が注目され、2月にイデオロギー色を薄めて出直した新党の顔として人気がさらに上昇した。世論調査では「サルコジ大統領の最大のライバル」。
背景には左派支持層の期待に応えられない既成政党の姿が見える。
「サルコジ大統領は53%の得票率で当選しながら、政策といえば、たった7%の特権階級向けばかり」。
パリ郊外で2月上旬に開かれた反資本主義新党(NPA)の設立大会で、黒いセーターにジーパン姿のブザンスノ氏は、前夜発表された大統領の金融危機対策への批判を展開した。
聴衆600人が見つめる。
「新たな5月革命が必要なのだ」。学生や労働者が変革を求めてゼネストに訴えた68年の5月革命を「道徳を崩壊させた」と批判したことがある大統領を意識した発言だ。
「資本主義は行き詰まっている」「自由主義の乱暴な政策は危機に油を注ぐだけ」……機関銃のようにたたみかける。演説の激しい調子と「ベビーフェースの郵便配達人」と呼ばれる親しみやすさで、
スポークスマンのブザンスノ氏はいまやアイドル的存在。休憩時間には入党したての若者らに囲まれた。
「話ができた」と興奮気味の人もいた。
一躍有名になったのは02年の大統領選。極左小党、革命的共産主義者同盟(LCR)から最年少の27歳で立候補した。テレビカメラを前にしたよどみない弁舌は説得力があり、121万票(得票率4.25%)を集めた。LCRは当初、女性候補擁立を模索したが適当な候補が見つからず、いわば代役だった。
07年大統領選でも149万票(同4.08%)を獲得し、12人の候補中5位。
党員がけた違いに多い共産党候補を上回った。
14歳の頃、教師の影響で人種差別など社会問題に関心を持ち、パリ郊外の低所得者層住宅にも通った。91年入党。大学で歴史を学び、大学院に進んだが、97年に郵便局に入った。
「私の世代はいつも失業におびえていた。教師の道もあったが、資格を取るのにもう1年勉強する勇気がなかった」と仏メディアに語る。
新党結成後のフィガロ紙掲載の世論調査では、サルコジ氏に対抗する政治家に最も適した人物として23%の支持で1位になった。社会党のオブリ党首(第1書記)は13%、同党の前大統領候補ロワイヤル氏は6%だった。
「つぶれかけの銀行に資金を注入して国有化するのに、郵便局を民営化しようとしている」。
いまも月給約1100ユーロ(約14万円)の郵便配達人だけに「国民との距離が近く、ことばが心に直接響く」とルモンド紙のシルビア・ザッピ記者は解説する。
新党の「設立原則」は、最終章で「労働者の解放は労働者自身が」と呼びかける「共産党宣言」(1848年)の一節を「我々の羅針盤」として引用し、「階級闘争や社会主義、共産主義、無政府主義などの遺産の最良の部分を生かす」などと続ける。
しかし、まず最初に列挙するのは「食糧や経済、環境、エネルギー、金融、社会……の危機を生む」とする資本主義の弊害。「もう一つの世界は可能」として「21世紀の社会主義」を掲げつつ、自然環境保護や女性解放、反人種差別など国民の関心が高い分野での新党の役割を力説する。
従来のイデオロギーを否定はせず、「反資本主義」で一致できる限り、幅広い結集をめざす。
党員はLCR時代の3倍の約9千人になった。
古くからの党員ピエール・ルセさん(62)は「昔は『ブルジョア国家をどうつぶすか』と真剣に議論したが、女性解放など反差別闘争に関心が移り、最近は自然環境保護も重要だ。
ブザンスノ氏はそれらをブレンドして若者を引きつけている」と話す。
女性党員のレイラ・シェビさん(26)は大学を卒業した後、定職が見つからない。政党とは距離を置いてきたが、「社会を変えるのに、イデオロギーにこだわらないところがいい」と入党した。
「ブザンスノ効果」の著者ドゥニ・パンゴ氏は人気の背景として、左派の厚い支持層の期待に主要な左派政党が応え切れていない点を挙げる。
特に社会党は、97年の総選挙後の5年間、右派のシラク大統領(当時)との保革共存政権(コアビタシオン)に参加し、党第1書記だったジョスパン氏が首相を務めたことが響いたという。
「首相になると『市場経済は良い。市場社会には反対だが』とのスローガンで、行き過ぎを修正すれば経済自由主義に反対しないという立場をとった」。体制批判を弱める結果になり、左派支持者の目には「まるで右派」と映ったと指摘する。
さらに、ジョスパン氏も、前大統領候補のロワイヤル氏も国立行政学院(ENA)出身の超エリート。「社会党のリーダーはエリートばかり。旧来の右派政治家と似通ってしまった」と語る。
金融危機の不安や右派のサルコジ政権への不満も社会党と一線を画した左派への期待を押し上げているようだ。党幹部のピエールフランソワ・グロン氏(43)は「失業者や組織化されていなかった人らにも広がっている」と話す。
(パリ=飯竹恒一)