矢嶋武弘・Takehiroの部屋

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『君が代』は民主主義・日本の国歌としては失格。新国歌の制定を

2024年11月07日 14時40分54秒 | 政治・外交・防衛

<2012年10月に書いた以下の記事を復刻します。>

 大阪市の橋下市長は、国歌斉唱などの際に起立しない教員は免職にすべきだと発言し物議を醸してきた。たしかに「公務員」は国歌や国旗に敬意を表すべきだろう。 しかし、問題は国歌「君が代」にあると思う。「日の丸」は問題ないとしても、「君が代」が今の民主主義国家・日本にふさわしいものだろうか。私は全く違うと思う。
 このことはずっと以前から言ってきたのだが、日本が戦前のように君主制の国なら「君が代」が国歌であって良い。しかし、日本は戦後「民が代」、つまり民主主義・国民主権の国家になったのだ。それならば、それにふさわしい国歌があって当然ではないか。
 もちろん、大勢の日本国民が皇室を敬愛し、尊崇していることはよく分かる。私も皇室に敬愛の念を抱いている。天皇・皇后両陛下が大震災の被災地を慰問されるのを見ると、胸にジ~ンとくるものがある。多くの日本国民は皇室を敬愛しているだろう。

 しかし、歌詞の内容から言って「君が代」は国歌にふさわしくない。それは先にも述べたが、「君が代」は皇室を敬愛し、尊崇する歌として残せば良い。きっと歌い継がれていくだろう。
 したがって、私はこの際、国会に「新国歌制定委員会」(仮称)なるものを設置し、国民主権国家にふさわしい国歌を制定するよう訴えたい。日本の民主主義は国民の間に定着しているのだ。
 「新国歌制定委員会」は歌人、詩人、作曲家らが委員となり、国民から国歌を公募すれば良い。きっと大勢の人が応募するだろう。その中から、最もふさわしい作品を軸に、委員らが手を加え歌詞を練り上げれば良い。
 それはともかく、一つだけ注文したいのは、新国歌は生き生きとした躍動感にあふれるものにして欲しい。「君が代」は荘重で厳かな雰囲気があるから、皇室を称え敬愛するにはふさわしい歌である。 しかし、新国歌は日本の明るい未来を目指し、希望に満ちたものにしてもらいたい。歌詞が決まれば、あとは作曲家の出番である。これも先ず曲を公募し、委員の作曲家らが手を加えていけば良いではないか。
 新国歌の制定は思いつきで言っているのではない。私はずっと以前からそれを訴えてきたが、実は保守的な論客の中にも、「君が代」は日本国憲法の基本原理に反すると言っている人が相当数いるのだ。国歌斉唱が“人権侵害”に当たるなどの意見もあるが、まずは歌の内容から再検討すべきだろう。 (2012年10月11日)


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2 コメント

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転載させていただきます。 (希土暁宣)
2012-10-11 09:48:50
日の丸は問題なし、とのご意見、ありがたいです。
日の丸は、あまりにデザインが美しく、君が代とともに葬るのは惜しいと思います。
歴史的役割でなく、歌詞の内容に論点を置けば、こんな議論ができるのですね。
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転載をどうぞ。 (矢嶋武弘)
2012-10-11 10:44:13
希土さん、貴兄と論点が少し違うと思いますが、転載よろしくお願いします。
日の丸は問題ないと思います。これほど美しい国旗は他にないでしょう。
返信する

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