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ドラマ小説・『藤原薬子(くすこ)』(休止)

2024年10月15日 14時38分15秒 | 文学・小説・戯曲・エッセイなど

空想、幻想、妄想の物語

 今から1200年あまり前、長岡京から平安京時代にかけて1人の傑出した女性がいた。名を藤原薬子(ふじわらのくすこ)と言う。彼女は名門・藤原家の1人だが、歴史上「薬子の変」で有名になった。このドラマは、藤原薬子を中心として描くもので、できるだけ現代風に書いていくつもりである。 なお、文体はドラマ風と小説の混合体となっている。 

 

第1部

<長岡京にある藤原縄主(ただぬし)の館。縄主の妻・薬子が独りでいる部屋に、兄の藤原仲成(なかなり)が入ってくる。>

仲成 「いや~、今日は忙しかった。ようやく時間が取れたから来たが、薬子、東宮(とうぐう)へ参内する準備は整ったのかな」
薬子 「ええ、なんとかできましたよ。久子も心の準備は万端です」
仲成 「あの子が“嫁入り”するとは、早いものだな~」
薬子 「ええ、ついこの間までは子供だったのに・・・歳月人を待たずですね」
仲成 「うむ、これでわが藤原式家(しきけ)はますます安泰ということだ。父上が生きておられたら、きっと喜ばれたのにな~」
薬子 「そうですね。式家がいっそう栄える時です。兄上のご栄達も間違いありませんわ、ホッホッホッホ」
仲成 「これ、冷やかすな。わしは立身出世だけを望んでいるのではない。式家の繁栄が第一なのだ。一族の安泰と繁栄こそ家長としての願いだ。そうなれば、ご先祖さまにも顔向けができよう。わしの願いはそれだけだ」
薬子 「ええ、もちろん分かっています。わたしも同じ気持ちです」
(そこへ、久子が挨拶にやって来た。)
久子 「伯父上、お久しぶりです。お元気そうでなによりです」
仲成 「おお、久子か、しばらく見ないうちに立派に成長したな。それに、ずいぶん美しくなったぞ。ハッハッハッハ」
久子 「まあ、伯父上ったら・・・」
(久子が恥ずかしそうに顔を伏せる。)
薬子 「兄上、お褒め頂いてありがとうございます。近日中に東宮へ参内しますが、安殿親王(あてのみこ)はどのようなお人柄でしょうか?」
仲成 「どのようなと言われても答えようがないが、まあ、常識的で普通のお方だよ。あまりかしこまって堅くなる必要はない。素直によろしくと挨拶すればいいのだ。けっこう開けっ広げなところがあるよ」
薬子 「分かりました。正直にこちらの気持ちをお伝えします。ところで、ご進物は反物や陶器、地元の果物などでよろしいでしょうか」
仲成 「おお、それだけ揃えれば上出来だろう。まずは顔合わせだ。いずれ、たっぷりと貢ごうぞ」
薬子 「はい。それでは、東宮からの呼び出しを待つことにします」
仲成 「首尾よくゆくことを願ってるぞ。では、役所に戻ろう」
(薬子と久子が一礼する。去り際に、仲成のモノローグ)
仲成 「薬子は今や“女盛り”だな・・・」

それから数日して呼び出しがあり、薬子と久子は連れ立って東宮へ向かった。安殿(あて)親王の部屋に入ると、2人は緊張しながら親王の出を待った。

薬子 「気を楽にしてね。素直に応答すれば、皇子(みこ)はきっと貴方に好意を持ってくれるはずです」
久子 「はい、分かりました」
緊張感が少しほぐれたところで、やがて安殿親王がお付きの者を従え姿を現わした。薬子と久子が平伏する。安殿の呼びかけに2人は顔を上げた。薬子が見たところ、親王は色白で痩せており、やや神経質な感じがする。

安殿 「このたび帝(みかど)のご承諾により、久子を後宮(こうきゅう)に迎え入れることになった。以後、よろしく頼むぞ」
安殿はそう言うと、東宮や家臣のことなどを簡単に話していたが、やがて久子よりも薬子の方に盛んに目を遣るようになった。明らかに薬子に惹かれているようだ。そして、こう言った。
安殿 「今後はしばらく、薬子も久子に同行するように」
言い終えると安殿は席を立ったが、残った母と娘は不審な思いに駆られた。後宮に入る妃(きさき)の娘に、母親がしばらく同行しなければならないのか。2人は釈然としないまま退席した。
一方、安殿はこれまでになく性的な興奮を感じていた。彼は薬子に魅了されてしまったのだ。彼女は40歳ぐらいで5人の子を持つ母親だが、その容姿は大柄で艶やかそのものだった。安殿はこんなに妖艶な女性を今までに見たことがない。美しくもなまめかしいのだ。
それほどまでに薬子は女盛りで、性的魅力を具現していたのだろう。この日から、安殿は薬子のことが忘れられなくなった。彼にとっては“子供同然”の久子より、その母との交合が切なる願いになったのである。

やがて数日して、母と娘がまた参内する時がきた。その日は安殿親王に会ったあと、久子が後宮に残る手筈になっていた。これは彼女が妃になったから当然なのだが、安殿の指示で薬子も東宮に居残るよう命じられた。そして、彼女はある塗籠(ぬりごめ)に入れられた。
“塗籠”とは周囲を厚く壁で塗りこめた部屋で、主に寝室や納戸に使われる密室のことだ。安殿はその晩、久子のいる後宮には行かなかった。彼は頃合いを見て、薬子のいる塗籠に入ってきたのである。
「まあ、皇子さま・・・」
薬子は驚きの声を上げた。彼女は安殿がどんな思惑で侵入してきたかをすぐに悟った。
「薬子、静かに。わたしが何を思っているか分かるだろう」
安殿はそう言うと、上衣を脱ぎ捨て薬子の胴体にしがみついた。彼女も自然に“あられもない姿”になっていく。安殿はまるで幼児が母親に甘えるように、薬子の懐に顔を埋めていく。こうして、2人は交合を続けたのだ。

その日から、安殿の耽溺ぶりは深まるばかりだった。薬子が来ると必ず塗籠に呼び入れる。彼女の方もすっかり慣れたのか、塗籠に入るのを待っているかのような様子だ。こうして2人の“情事”は日常茶飯になったが、堪り兼ねたのは久子の方である。
彼女は後宮にいながら、安殿にまったく相手にされない。その不満は募るばかりで、ある日、久子は薬子に苦情を訴えた。

久子 「母上、あんまりではありませんか。私は後宮に入ったのに、殿下は見向きもしてくれません。そればかりか、母上は殿下と密事を重ねていることが知れ渡っています。こんなことでは、私はもう宮中にいることができません。参内することを止めようと思いますが、よろしいでしょうか?」
薬子 「久子、あなたは皇子さまの妃(きさき)になったのです。どんなことがあっても、その地位は守らなければなりません。あの方がどう振る舞おうとも、あなたは妃の立場を失ってはいけないのです。そのうち、皇子さまはあなたにも好意を示すでしょう。それまで、じっと我慢することがあなたの務めです。それを忘れてはなりません」
久子 「でも、あまりにも理不尽ではありませんか。私はまだ子供同然ですが、殿下が妃の母と密通するなどとは、これまでに聞いたことがありません。私の名誉はどうなるのですか。 このことは、父上にも報告せねばなりません!」
薬子 「待ちなさい! お前が後宮に入ったのは、藤原式家の誉れなのですよ。そのことを忘れて、勝手に振る舞おうというのは私が許しません! 今はじっと我慢して、皇子さまの心が変わるのを待つだけです。いいですか」
久子はわっと泣き伏した。薬子は娘を不憫に思ったが、それ以上かける言葉がない。彼女がその場にいると、やがて1人の女官が現われ塗籠に案内された。薬子が待ち構えていると、思い詰めた表情で安殿が入ってきた。
安殿 「今日は時間がたっぷりあるぞ。大いに楽しもう」

そう言うと、2人はまた“あられもない姿”になってたわむれ始めた。安殿は華奢(きゃしゃ)な身体をくねらせながら、薬子の身体にしがみつく。女盛りの彼女はそれを受けとめ、優しく、時にはきつく抱きしめる。
そうこうするうちに、安殿は身もだえしながら女の肉体に唇を添えた。薬子の呻き・・・ 交合する前に2人はエクスタシーに達した。うなり声や呻き声は塗籠の外に漏れ、宮中の人々にも聞こえた。
このため、悪い噂がすぐに広まり、それは安殿の父である桓武天皇(かんむてんのう)の耳にも入ったのである。

ある日、桓武帝は東宮にいる藤原真夏(ふじわらのまなつ)を呼び寄せた。真夏は北家(ほっけ)の出身で、安殿(あて)の傍にずっと侍っている身だ。年齢は数えで20歳ぐらいと安殿と変わらない。いわば側近中の側近である。

桓武 「いろいろ嫌な噂を聞いておるが、はっきりと申せ。その方は安殿が薬子とやらと密通を重ねているのを知っておるのだな?」
真夏 「はい、東宮のほとんどの人が知っていることなので正直に申し上げます。殿下は久子妃の母である薬子殿と密通を重ねています」

桓武 「由々しきことだ。このまま放ってはおけない。いいか、安殿にすぐ伝えて欲しい。薬子とやらの参内を直ちに禁じることだ。これ以上のみっともない不義密通はご法度だ。余の命令だと伝えよ」

真夏 「はっ、承知しました」

真夏は平伏するとその場を去り、直ちに安殿のところへ報告に向かった。ところが、桓武帝の話を伝えると、安殿は待ってましたと言わんばかりに口を開いた。
安殿 「そんなことは分かり切ったことだ。帝(みかど)がそう言うと思っていた。だから、こちらには秘策がある。要は薬子を妃の母としてではなく、東宮に仕える女官に任命すれがよいことだ。近く、彼女を“女官長”に任命しよう。そうすれば、薬子は一日も欠かさず堂々と出仕できるのだ」
これには、真夏もすぐに返す言葉がなかった。安殿はもうそこまで考えていたのだ。
真夏 「しかし、殿下、帝はそれに何と申しますか分かりません。たぶん、お怒りになると思いますが・・・」
安殿 「ふむ、そうなっても構わない。東宮の人事は第一義的にはこの私が決めることだ。父君がどう反応されるかは、やってみなければ分からない。な~に、大したことではないさ」

安殿はいたって楽観的に考えているようだ。彼は“皇太子”になって以来、ますます増長してきた面がある。桓武帝の長男としてもともと甘やかされたきたが、最近はとみに自分の意見や考えを主張する傾向があった。
それに長岡京への遷都については、父と考えが合わなかった。安殿は元の平城京が好きだったし、仏教にも帰依するところがあった。ところが、桓武帝は道鏡(どうきょう)などの僧侶が政治に介入し国政を混乱させたとして、仏教勢力を敵視するようになっていた。
このため遷都を実行して仏教政治と決別したが、安殿は成長するにしたがって、父のやや強引なやり方に反発するようになった。また長岡京に都を移したものの、飢饉や疫病、洪水などの被害が多発し、政治は決して上手くいかなかった。そうしたこともあって、安殿は父の桓武帝に対し批判的な態度を強めていったのである。

安殿が薬子を女官長に任命したのはその直後だった。「女官長」は当時、尚侍(ないしのかみ)と言ったが、ここでは現代風にそう呼ぶことにする。その方が分かりやすいからだ。薬子が正式に女官のトップになったことは、多くの人を驚かせた。
彼女が安殿の寵愛を受けているのは分かっているが、まさか東宮の女官長に出世するとは、ほとんどの人が思ってもみなかったことである。安殿の側近である藤原真夏でさえ唖然とした。この知らせが桓武帝に届くと、彼は烈火のごとく怒った。
もはや真夏ごときを通して言っても始まらない。桓武帝はただちに安殿を呼びつけた。

桓武 「何を血迷ったのか。安殿よ、薬子の女官長任命をすぐに白紙に戻せ!」
安殿 「それはできません。薬子は女官長の職務を立派に果たす女です。ほかに適当な人間はおらず、彼女こそ女官長に最適だと思っています。この決定をくつがえす考えはありません」
桓武 「何を抜かすか! 薬子がその方と“みだら”な関係にあるのは、誰もが分かっていることだ。もう一度言う。薬子を女官長から外せ!」
安殿 「それは受け入れられません」
桓武帝と安殿の主張は真っ向から対立した。口論はなおも続いたので、帝(みかど)はついにある決心を伝えずにはおれなくなった。
桓武 「安殿よ、いいか、これは由々しき問題だ。お前がこれ以上 考えを改めないなら、私は重大な決心をせざるを得ない。皇太子の地位を返上する覚悟はあるのだな?」
安殿 「なんと! 父上は逆上なされたか・・・取り乱すのもいい加減にしてください!」
桓武 「いいや、これは私の本心だ。皇太子の地位は他の親王(みこ)たちでも十分に務まる。お前の弟も成長してきたぞ。さあ、覚悟しろ! 薬子を追放するか、それができなければお前が皇太子を辞めるかのどちらかだ!」
桓武帝の激しい怒りに安殿は返す言葉がなかった。彼はしばらく考え込んでいたが、やがて顔を上げると観念したように答えた。
安殿 「分かりました。こうなっては、薬子に身を引いてもらうしかありません。これから彼女に申し渡します」
桓武 「よし、それでよい。すぐさま申し渡せ」
そう言うと、桓武帝は玉座から立ち去った。安殿は悔しさに打ちのめされた様子だったが、やがて彼も席を立ち東宮へ帰っていったのである。

安殿(あて)が戻ると、さっそく薬子が呼び出された。敏感な彼女は安殿の表情を見るなり、一大事だと悟ったようである。
薬子 「殿下、いったい何事があったのでしょうか。顔色が優れませぬ」
安殿 「うむ、いま帝(みかど)に呼ばれてこっぴどく言われた。そなたを女官長からすぐに外せとな」
薬子 「まあ・・・」
安殿 「私はそれはできないと強く反対したが、帝のご意思は想像以上に固かった。それで、もしそなたを女官長から外さなかったらどうなるのかと聞いたら、その時は私を皇太子の位から降ろすというのだ」
薬子 「まあ、何ということを・・・」
安殿 「だから、聞いてくれ。私はもちろん皇太子の位を譲るつもりはない。それが他の親王(みこ)に渡ったら、私の将来はもうなくなる。だからこの際、断腸の思いでそなたに身を引いてもらうしかないのだ。分かってくれるな」
薬子はしばらく黙っていたが、やがてきっぱりとした声で答えた。
薬子 「よく分かりました。殿下が皇太子の位を廃されては、何にもなりません。私も兄も殿下だけを頼りに生きて参りました。それに比べれば、女官長の地位などどれほどのことがあるでしょうか。すぐにも辞めさせていただきます。私が願うのは、殿下の末永いご健勝だけです。どうぞよろしくお取り計らいください」
安殿 「よく言ってくれた。これで私も安心したぞ。あとは都が平安京に移ろうとも、帝がいつまで生き永らえようとも、私のそなたへの想いは変わらない。いずれわれわれの天下になるのだ。それまでじっと我慢してくれ」
薬子 「はい、承知しました。ただし一つだけ、お願いがあります」
安殿 「なんだ?」
薬子 「娘の久子のことですが、殿下の妃として、変わらぬお取り計らいをお願いいたします」
安殿 「おう、分かった分かった、そうしよう。さて、今夜がそなたとの最後の“契り”となるのか・・・心ゆくまで交わろうぞ」
安殿の一言に、薬子は少し顔を赤らめた。このあと、2人はある塗籠(ぬりごめ)に入ると情事に没頭した。当分はこれが最後の交わりだと思うと、2人は時の過ぎるのも忘れて身を焦がしたのである。

そして延暦13年(794年)、都が平安京に移る時がやってきた。長岡京と別れるのだが、これには藤原仲成と薬子の兄妹は悲しい気持にならざるを得なかった。というのは、2人の父である藤原種継(たねつぐ)が長岡京の造営に多大の貢献をしたからである。
種継は桓武帝の信認が厚く、長岡京遷都の最高責任者として全力を挙げて尽くした。ところが延暦4年(785年)9月のある日、新都造営の監督中に矢で射られ殺されてしまったのだ。桓武帝は大いに怒り、暗殺犯として10数人の者を捕らえて処刑したが、種継暗殺の陰には多くの謎が秘められていたようだ。
ある日、仲成は薬子に言った。
仲成 「長岡京を去るのは忍びがたい。亡き父上が全力を尽くしたのに、結局 報われなかったのだ。われわれが平安京に移ろうとも、父上の無念を決して忘れてはならん」
薬子 「私も同じ思いです。でも、帝(みかど)が正体不明の“怨霊”に悩まされているようでは、ここは都としてふさわしくないでしょう。残念ながら、平安京に移るしかありませんね」
仲成 「うむ、やむを得まい。新都に移れば帝も気分一新、政(まつりごと)に励まれるだろう」
薬子 「はい、そう思います」
仲成 「ところで、薬子、安殿さまはたまにはお前の所にお忍びで来られるか?」
薬子 「まあ、ぶしつけなことを・・・数日前に来られましたよ」
そう言って、薬子ははにかんだ笑みを浮かべた。
仲成 「そうか、相変わらずお前に“ご執心”ということだな。それは良いぞ、ハッハッハッハ」
薬子 「冷やかさないでください。殿下はだいぶ慎重になられたし、こちらも十分に気をつけています」
仲成 「縄主(ただぬし)殿はどうか?」
藤原縄主とは薬子の夫である。
薬子 「夫は仕事で出かけることが多いし、自分も外で遊んでいるのでしょう。気づいているでしょうが、何も言いません。お互いさまですね、ホッホッホッホ」
仲成 「ふむ、妻の相手が皇太子さまでは何も言えまいな。ただし、帝の怒りには絶対に触れてはならん。新都に移っても十分に気をつけよう」
仲成がそう言うと、薬子も大きくうなずいた。数日後、兄と妹は思い出深い長岡京を去っていったのである。(休止)


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