金持ち日記

金持ちなるまで続く男の日記

クオリア

2007年06月04日 00時07分48秒 | Weblog
 金持ちは「クオリア」に注目する。

 認知学の世界でクオリアという用語がある。上智大学名誉教授である渡部昇一氏は自然科学を例にこのクオリアを説明していて非常に分かりやすかった。

 現在、自然科学あるいは外科医療の発達によって、能の血流が非常に精密に計れるようになってきている。たとえば、速読をすると脳のどの辺りでどのぐらいの血流が盛んになるかが的確に把握できるそうである。しかし一方で、読んだ本が童話であるのか、バイブルであるのか、お経であるのか、あるいはポルノであるのかについてはさっぱりわからない。また、読んでいる人が悲しんでいるのか、楽しんでいるのかもわからない。これはつまり、自然科学も進めば進むほど、わからない分野がはっきりするようになる。・・・〈中略)・・・この「分からないもの」のことを、最近の学問では「クオリア」という。

 友人がバーで働いている。彼はカクテルの奥の深さについて少しは分かってきたみたいだ。私から見ればカクテルなんてシェイカー振ってればできるものと思っているが、彼にとってはそうもいかないらしい。シェイカーにどのような氷をどのような順番で入れていくか、どれくらいの長さ振れば、どれくらい氷が溶けるのか、その間にアルコールの分子がしっかりとばらばらになっているか試行錯誤しているようだ。バーテンダーの世界は10年シェイカーを振って半人前といわれるようになるらしい。彼はバーテンダーという世界のクオリアの存在に気づいたのだろう。

 桜木花道も当初、バスケットボールをただの「玉入れ」とバカにしていたが、その後、いかにバスケットボールが奥深く、人生までもを左右するものとなるか気づくことになる。

 ソクラテスの「無知の知」もクオリアについて語っているのではないかと思う。あらゆる物事を追求すればするほど、自分が何を知らないかより明確になってくる。このクオリアを認識することをソクラテスは「無知の知」と呼んだのだろう。

 ちなみに私はこの世の真理が分かってきたと思っている。だから友人から「むちむち」と呼ばれているのだろう。