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労働6事件 ルフトハンザ航空事件その3

2012年02月23日 | 労働百選

第三 争点に対する判断
一 争点1(国際裁判管轄)について
1 本来国の裁判権はその主権の一作用としてなされるものであり、裁判権の及ぶ
範囲は原則として主権の及ぶ範囲と同一であるから、被告が外国に本店を有する外
国法人である場合はその法人が進んで服する場合のほか日本の裁判権は及ばないの
が原則である。しかしながら、その例外として、わが国の領土の一部である土地に
関する事件その他被告がわが国となんらかの法的関連を有する事件については、被
告の国籍、所在のいかんを問わず、その者をわが国の裁判権に服させるのを相当と
する場合のあることも否定しがたいところである。そして、この例外的扱いの範囲
については、この点に関する国際裁判管轄を直接規定する法規もなく、また、よる
べき条約も一般に承認された明確な国際法上の原則もいまだ確立していない現状の
もとにおいては、当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念により条
理にしたがって決定するのが相当であり、わが民訴法の国内の土地管轄に関する規
定、たとえば、被告の居所(民訴法二条)、法人その他の団体の事務所又は営業所
(同四条)、義務履行地(同五条)、被告の財産所在地(同八条)、不法行為地
(同一五条)、その他民訴法の規定する裁判籍のいずれかがわが国内にあるとき
は、これらに関する訴訟事件につき、被告をわが国の裁判権に服させるのが右条理
に適うものというべきである(最高裁判所第二小法廷昭和五六年一〇月一六日判
決・民集三五巻七号一二二四頁)。
2 これを本件についてみると、被告は、ドイツ法に準拠して設立され、ドイツに
本店を有する会社であるが、日本における代表者を定め、東京都内に東京営業所を
有するというのであるから、たとえ被告が外国に本店を有する外国法人であって
も、被告をわが国の裁判権に服させるのが相当である。
二 争点2(準拠法)について
1 雇用契約の準拠法については、法例七条の規定に従いこれを定めるべきである
が、当事者間に明示の合意がない場合においても、当事者自治の原則を定めた同条
一項に則り、契約の内容等具体的事情を総合的に考慮して当事者の黙示の意思を推
定すべきである。
2 そこで、本件各雇用契約の準拠法についての黙示の合意の成立について検討す
る。
 前記争いのない事実等1ないし3、証拠(甲第二〇ないし第二二、第四四、第四
五号証、乙第六、第一八、第二二、第四一号証、証人ドクター・dの証言、原告b
本人尋問の結果)並びに弁論の全趣旨によれば、本件各雇用契約においては、被告
と各原告らとの間で、原告らの権利義務については、社団法人ハンブルグ労働法協
会(AVH)とドイツ被用者労働組合(DAG)及び公共サービス輸送交通労働組
合(OTV)との間で締結された被告の乗務員に関する労働協約に依拠することが
合意されていること、右労働協約により、原告ら被告の乗務員の勤務時間、乗務時
間、飛行時間、休憩時間、休日、給与の支給項目、手当、休暇、定年などの基本的
な労働条件全般が定められ、また、右労働協約に基づく賃金協約により、給与の支
給に関する乗務員の分類・等級、昇給等も定められていること、右労働協約は、労
働協約自治の原則を定めるドイツ労働法に独特の規定に基づくものであり、その内
容もドイツの労働法等の法規範に基づいていること、右労働協約の適用を受ける労
働条件の交渉は、労働協約により援用されているドイツ経営組織法の規定に基づ
き、フランクフルト本社の従業員代表を通じてなされていること、本件の付加手当
等の右労働協約の適用を受けない個別的な労働条件についても、原告らはフランク
フルト本社の客室乗務員人事部と交渉してきたこと、原告らに対する具体的労務管
理及び指揮命令は右客室乗務員人事部が行っており、フライトスケジュールの作成
はミュンヘンの乗務員配置計画部門で行い、東京営業所はこれらの伝達等をするに
とどまり、原告らに対する労務管理や指揮命令を行っていないこと、原告らの給与
は雇用契約上ドイツマルクで合意され、ハンブルグにある被告の給与算定部でドイ
ツマルクにより算定され、これにドイツの健康保険料及び年金保険料の各使用者負
担分が付加されて支給総額が算定され、この中からドイツの所得税、年金保険料、
衣服費を控除した後、残額がドイツマルクで東京営業所に一括して送金され、東京
営業所において国外所得として所得税、住民税及び社会保険料が控除された後、手
取額が日本円で原告らに送金されていること、原告らに対する募集及び面接試験は
日本で行われたが、フランクフルト本社の客室乗務員人事部が東京ベースのエアホ
ステスの募集を決定し、同人事部の担当者が来日して面接試験を行い、採用決定を
したもので、東京営業所のクルーコーディネーターは同人事部が提示した募集条件
を充たす者を書類選考するなど補助的に関与したにすぎないこと、原告a及び原告
cはドイツにおいて雇用契約書に署名しており、原告bは日本において雇用契約書
に署名しているが、署名した雇用契約書は東京営業所を通じて被告のフランクフル
ト本社客室乗務員人事部に返送しており、原告らの雇用契約はいずれも被告のフラ
ンクフルト本社の担当者との間で締結されていることが認められる。
 右に認定した諸事実を総合すれば、本件各雇用契約を締結した際、被告と各原告
との間に本件各雇用契約の準拠法はドイツ法であるとの黙示の合意が成立していた
ものと推定することができる。
3 原告らは、原告らのホームベースの所在地は日本であるから、原告らの労務給
付地は日本というべきであり、また、原告らの指摘する事情に照らせば、本件各雇
用契約に密接に関連するのは日本法であり、したがって、準拠法は日本法と解すべ
きである旨主張する。
しかし、証拠(乙第四一号証、証人ドクター・dの証言)及び弁論の全趣旨によれ
ば、原告らの主たる勤務の内容は搭乗業務であり、成田、フランクフルト等の空港
における勤務は待機時間も含めていずれも約二時間程度であって、原告らの勤務の
大半は被告の航空機内において、多国間の領土上空を通過しつつ実施されているこ
とが認められ、準拠法についての黙示の意思の推定の関係では、原告らの労務給付
地は多国間にまたがっていて、単一の労務給付地というものはないというべきであ
る。また、本件においては、前記のとおり、原告らに対する具体的労務管理及び指
揮命令はフランクフルト本社の客室乗務員人事部で行われていて、東京営業所は原
告らの労務管理を行っておらず、ホームベースは労働協約上も休養時間、休日等の
取得場所としての意味しかないこと(乙第六、第四一号証、証人ドクター・dの証
言)が認められ、ホームベースが日本であることのみでは、原告らと被告との間に
本件各雇用契約の準拠法を日本法とする合意が成立していたと推認するには足りな
い。
 さらに、原告らは日本においてミーティング、QC活動、健康診断、救難訓練、
広報活動等に従事することがあり(甲第二四、第二五証、第二六ないし第二九号証
の各一、二、第四四号証、原告b本人尋問の結果)、給与も一旦東京営業所に送金
され、所得税、住民税及び社会保険料が控除された後、手取額が日本円で原告らに
送金されているが、これは原告らが日本に居住していることから、被告や原告ら各
人の便宜のために実施されているのであって、本件各雇用契約の本質的な要素とは
言いがたく、右のような諸事情をもって、本件各雇用契約の準拠法を日本法とする
合意が成立していると推認することはできない。
三 争点4(ドイツ法を準拠法とした場合の付加手当撤回の有効性)について
1 ドイツの判例
 証拠(乙第三七、第五二号証)によれば、連邦労働裁判所(BAG)に確立した
判例は、以下のとおりであることが認められる。
(一) 撤回留保の合意は原則として有効であるが、撤回の対象が雇用契約の本質
的な要素であり、撤回権を行使すれば雇用契約における給付と反対給付の均衡を損
なう結果となるような場合は、強行法規である「解約保護の回避」に当たり、民法
一三四条(法律上の禁止に反する法律行為は無効とする。ただし、法律によって他
の結果を生ずるときはこの限りでない。)により無効となるので、撤回は雇用契約
の本質に関係しない付加的合意に限定される。そして、賃金の一部の撤回権を留保
した契約条項について、その対象が賃金協約外の付加的給付であるときは、連邦労
働裁判所は一貫して「解約保護の回避」には当たらないとしており、撤回の対象と
なった付加的給付が給与総額の一五ないし二〇パーセントを占める場合においても
撤回留保を有効としている。
 後記のとおり、留保された撤回権の具体的な行使は「公正な裁量」に適合しなけ
ればならないが、その前提として、撤回留保条項に「公正な裁量」の文言あるいは
撤回の具体的要件が明示されていることを要するかについて、連邦労働裁判所は、
これを否定し、撤回留保条項に「公正な裁量」の文言あるいは撤回の具体的要件が
明示されていない場合にも、撤回留保条項自体を無効とするのではなく、撤回留保
は公正な裁量の範囲において有効となるか、又は部分的に有効であり、撤回権は公
正な裁量に基づいてさえいれば行使できるとしている。
(二) 留保された撤回権の行使は、民法三一五条による制約を受け、公正な裁量
に適合する場合にのみ有効であり、具体的な撤回権の行使が公正な裁量に適合して
いるといえるためには、撤回理由が当該付加的給付の支給目的と関連性を有してい
ることを要する。
 また、撤回権の行使により平等な取扱いが実現されることが撤回の許容性の重要
な基準となるだけでなく、平等取扱いの必要性自体が撤回理由になり得る。
2 本件留保条項の有効性
 前記(争いのない事実等4の(一)、(二)及び(四))のとおり、本件の付加
手当は賃金協約外で原告ら東京ベースのエアホステスと個別に合意された付加的給
付であり、付加手当が撤回された当時、原告らの月例給与総額に占めるその割合
は、約一〇ないし一三パーセントであったことからすると、付加手当は雇用契約の
本質的要素とはいえず、付加手当が撤回されたとしても、本件各雇用契約における
給付と反対給付の均衡を損なう結果となり、強行法規である解約保護の回避に当た
るものとは認められない。もっとも、ドイツ民法三一五条一項に照らし、本件留保
条項は、被告に公正な裁量の範囲内における撤回権の行使を認める趣旨と解するの
が相当であり、その範囲において有効というべきである。
 なお、原告bにおいては、付加手当の支給を開始する旨の同原告宛て昭和四九年
一一月八日付けの通知書に本件留保条項が記載されていること、右通知書は被告か
らの一方的意思表示にすぎないが、原告bはその後平成三年八月に付加手当が撤回
されるまでの約一七年間、右留保条項について一度も異議を唱えることなく付加手
当の支給を受けていたことからすると、原告bにおいて、右留保条項を黙示に承諾
したものと認められる。
3 撤回権行使の有効性
 前記(争いのない事実等4の(一))のとおり、本件の付加手当は、日本の空港
の駐車料金、高いガソリン代・食料品代・タクシー代等、東京ベースのエアホステ
スがドイツベースのエアホステスにはない出費を余儀なくされることから、これを
補填する趣旨で導入・増額された経緯があり、付加手当にインフレ手当、すなわち
東京とドイツの生活費等の差異を補填する意味合いがあることは、当事者間に争い
がない。他方で、その支給、増額の経緯からして、割高なタクシー料金を背景に交
通費支給の意味合いを有することも明らかであるが、被告は、ドイツベースのエア
ホステスには交通費を支給していないことから、付加手当の支給目的を交通費に限
定することには一貫して否定的な姿勢をとってきたこと、付加手当は、各人の個別
事情を問うことなく東京(成田)ベースの日本人エアホステスに対して一律に一定
額が支給されていることに照らすと、その支給目的は、交通費そのものの補填では
なく、東京ベースの日本人エアホステスがドイツベースのエアホステスに比べ高額
な生活費の負担を余儀なくされていることから、これを補填し、もってドイツベー
スのエアホステスとの間に給与の実質的平等を確保することにあったものと認めら
れる。
 そして、被告が原告らに対する付加手当を撤回した理由は、前記(争いのない事
実等4の(三))のとおり、原告らの給与所得に対する課税方法の変更により、原
告らの給与の手取額が増加したからであるところ、証拠(乙第五四号証の一ないし
三、第五五ないし第六一号証)及び弁論の全趣旨によれば、付加手当を撤回した後
である平成四年度の原告らの月例給与の手取額(実際額)は、原告らの給与所得に
対する課税方法が変更されず、付加手当五〇〇マルクの支給が継続されたと仮定し
た場合の同年度の原告らの月例給与の手取額(仮定額)より、原告aにつき約四万
九〇〇〇円、原告bにつき約九万四五〇〇円、原告cにつき約六万円それぞれ多い
ことが認められる。
 そうすると、原告らは、課税方法の変更後は、五〇〇マルクの付加手当が支給さ
れなくても、課税方法の変更前に付加手当が支給されていたとき以上の手取給与を
取得することが可能になったのであるから、ドイツベースのエアホステスと比べ原
告ら東京(成田)ベースのエアホステスが負担している高額な生活費を補填し、も
ってドイツベースのエアホステスとの間に給与の実質的平等を確保するという付加
手当の支給目的は、課税方法の変更後は付加手当が支給されなくても充足され、か
つ、付加手当の支給を継続すれば、ドイツベースのエアホステスに比べて東京(成
田)ベースのエアホステスを優遇することになり、平等取扱いの原則に反すること
にもなるから、原告らに対する付加手当の撤回は、公正な裁量に適合しているもの
と評価でき、有効というべきである。
四 結論
 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告らの請求はいずれ
も理由がないからこれを棄却して、主文のとおり判決する。
(裁判官 萩尾保繁 白石史子 西理香)