赤ちゃんの産声が440Hzであることは有名な話だ。つまり"A"=「ラ」の音程ということになる。
サイトで見つけた図。これが440Hzを表すサインカーブだそうだ。
では、なぜ赤ちゃんは生まれた瞬間に泣くのか、という問題には昔から諸説ある。
医学心理学生理学系の研究では、人間にとって最初に発達する感覚器官が「耳」で、赤ちゃんはお母さんのお腹のなかにいるときから耳は発達を始めるので、赤ちゃんにとって最も初源的な記憶というのは「お母さんの心音」ということになる。つまり最も安心する「音」ということだ。
それが、生まれ出た瞬間に、外環境の雑音世界に放り出されるわけで、当然、「心音」は聞こえなくなり、途端、不安に落ち入る、というわけである。
だから、いまでも、赤ちゃんを泣き止ますCDというのが出ているが、その中身はいわゆる「お母さんの心音」である。我々が聴いても雑音にしか聴こえない。
でもまあ、これが面白いので、知り合いに子供などができたときは、しばらくこのCDをプレゼントしていたりもしたけど。
一方、生物学者などによると、産声というのは、外的から身を守る哺乳類の名残りだという。
つまり、野生の外的にとっては、この「ラ」の音が嫌な音で、そこには近寄らないというのだ。これには確証がないけれど、もともとなぜ赤ちゃんが新月や満月に左右されたり、明け方産まれるかなど、野生の哺乳類に近い時代の名残りは、ないとはいえない。
いまどきは、医者や家族やその他の都合で、「普通の時間」に産まれるので、そもそもそこに人工的調整が入っていることはあまり知られていない。
ちなみに僕は古風で、お産婆さんに取り上げてもらったので、明け方産まれたそうですが。
ともあれ、この440Hzというのは、地域や人種や身体の大小に関わらず人類共有の現象らしい。今度誰か絶対音感のある音大出身者などに立ち会ってもらって実験したい。希望者は申し出てください。または、どこぞの某日大の音響関係の教授でもいいけど。
でも、産声が全員「ラ」の音なら、同時に何人も同じ場所で産まれたら、ユニゾンで「ラ」の大合唱ということになるんだろうか・・・、それとも、前後で「ラ」の休符もあるだろうから、誰かが「・・ラ・・ラ・・ラ・・ラ・・ラ・」などと泣き出したら、四人もいれば、「ラ」のケチャになるではないか。
赤ちゃんケチャができたら末恐ろしい・・・。
タナロットの5000人ケチャ。何もここまですることはないとおもうけど。
バリもだんだんスケールオーバーしてきた気がするのは僕だけだろうか・・・。
ということもあってか、20世紀になってから、オーケストラのチューニングはオーボエの"A"の音となったのは、オーボエが一体型であって、ピッチが一定だからということだが、"A"であるのは、この赤ちゃんの産声から来ているという説もある。
赤ちゃんの産声と西洋音楽のキーピッチが同じというのは、人類と音程の生物学的関係が潜んでいそうな話だ。
ともかく、そうやって新しい命、「赤ちゃん」はこの世に誕生する。
何を言いたいかというと、実は妹に孫ができたという知らせがあった、ということ。
ということは、僕は人生初の「大伯父」になったということだ。
ちなみに「伯父」とは、年上の兄弟、つまり親のお兄さんこと、「叔父」とは弟のことを表している。だから、大伯父とは祖父祖母の兄ということになる。念のため、お間違いなきよう。
さらに、妹は気丈にも5人の子供がいるので、我が兄弟全体としては、日本の少子化には貢献しているということになる(僕はなにもしてないが)。
この5人にもしそれぞれ2人の子供が産まれたら、僕は10人の大伯父になってしまう。お年玉とか考えると末恐ろしい。
で、ふと困ったのは、その逆はどう呼ぶのか知らなかったということだ。我ながら唖然とした。で、早速、周りの人に訊いてみたけど誰も知らない。
そういうことは案外ある。先日もある会議で5者契約になって、契約書によくあるように契約者を「甲」「乙」「丙」「丁」・・・とまでは普通に出てきたのに、大の大人が集まった会議でもその後が出てこない。
意外だった。甲乙丙丁戊己庚辛壬癸、日本人はどこへいく。
ともあれ、大伯父の逆はどうも「又姪」というらしい。男の子なら「又甥」だそうだ。
いずれにしても、まあ、なんだか春から縁起がいいニュースだった。
この子、いい時代に産まれたのか、どうなのかはわからないけど、きっと産まれた時代がいい時代なのだ。
これから始まるどんな人生の物語であれ、明るい未来に、どうか、たくさんの幸あれ。
「我が輩は「又姪」である。名前はまだない。」(は/226)
初又姪。妹が送ってきた写真。きっと嬉しかったんだろうな。
今日は珍しくたまたま朝から事務所にいる。明日からまた出張。次回は月末か・・・。それまで、ごきげんよう。
サイトで見つけた図。これが440Hzを表すサインカーブだそうだ。
では、なぜ赤ちゃんは生まれた瞬間に泣くのか、という問題には昔から諸説ある。
医学心理学生理学系の研究では、人間にとって最初に発達する感覚器官が「耳」で、赤ちゃんはお母さんのお腹のなかにいるときから耳は発達を始めるので、赤ちゃんにとって最も初源的な記憶というのは「お母さんの心音」ということになる。つまり最も安心する「音」ということだ。
それが、生まれ出た瞬間に、外環境の雑音世界に放り出されるわけで、当然、「心音」は聞こえなくなり、途端、不安に落ち入る、というわけである。
だから、いまでも、赤ちゃんを泣き止ますCDというのが出ているが、その中身はいわゆる「お母さんの心音」である。我々が聴いても雑音にしか聴こえない。
でもまあ、これが面白いので、知り合いに子供などができたときは、しばらくこのCDをプレゼントしていたりもしたけど。
一方、生物学者などによると、産声というのは、外的から身を守る哺乳類の名残りだという。
つまり、野生の外的にとっては、この「ラ」の音が嫌な音で、そこには近寄らないというのだ。これには確証がないけれど、もともとなぜ赤ちゃんが新月や満月に左右されたり、明け方産まれるかなど、野生の哺乳類に近い時代の名残りは、ないとはいえない。
いまどきは、医者や家族やその他の都合で、「普通の時間」に産まれるので、そもそもそこに人工的調整が入っていることはあまり知られていない。
ちなみに僕は古風で、お産婆さんに取り上げてもらったので、明け方産まれたそうですが。
ともあれ、この440Hzというのは、地域や人種や身体の大小に関わらず人類共有の現象らしい。今度誰か絶対音感のある音大出身者などに立ち会ってもらって実験したい。希望者は申し出てください。または、どこぞの某日大の音響関係の教授でもいいけど。
でも、産声が全員「ラ」の音なら、同時に何人も同じ場所で産まれたら、ユニゾンで「ラ」の大合唱ということになるんだろうか・・・、それとも、前後で「ラ」の休符もあるだろうから、誰かが「・・ラ・・ラ・・ラ・・ラ・・ラ・」などと泣き出したら、四人もいれば、「ラ」のケチャになるではないか。
赤ちゃんケチャができたら末恐ろしい・・・。
タナロットの5000人ケチャ。何もここまですることはないとおもうけど。
バリもだんだんスケールオーバーしてきた気がするのは僕だけだろうか・・・。
ということもあってか、20世紀になってから、オーケストラのチューニングはオーボエの"A"の音となったのは、オーボエが一体型であって、ピッチが一定だからということだが、"A"であるのは、この赤ちゃんの産声から来ているという説もある。
赤ちゃんの産声と西洋音楽のキーピッチが同じというのは、人類と音程の生物学的関係が潜んでいそうな話だ。
ともかく、そうやって新しい命、「赤ちゃん」はこの世に誕生する。
何を言いたいかというと、実は妹に孫ができたという知らせがあった、ということ。
ということは、僕は人生初の「大伯父」になったということだ。
ちなみに「伯父」とは、年上の兄弟、つまり親のお兄さんこと、「叔父」とは弟のことを表している。だから、大伯父とは祖父祖母の兄ということになる。念のため、お間違いなきよう。
さらに、妹は気丈にも5人の子供がいるので、我が兄弟全体としては、日本の少子化には貢献しているということになる(僕はなにもしてないが)。
この5人にもしそれぞれ2人の子供が産まれたら、僕は10人の大伯父になってしまう。お年玉とか考えると末恐ろしい。
で、ふと困ったのは、その逆はどう呼ぶのか知らなかったということだ。我ながら唖然とした。で、早速、周りの人に訊いてみたけど誰も知らない。
そういうことは案外ある。先日もある会議で5者契約になって、契約書によくあるように契約者を「甲」「乙」「丙」「丁」・・・とまでは普通に出てきたのに、大の大人が集まった会議でもその後が出てこない。
意外だった。甲乙丙丁戊己庚辛壬癸、日本人はどこへいく。
ともあれ、大伯父の逆はどうも「又姪」というらしい。男の子なら「又甥」だそうだ。
いずれにしても、まあ、なんだか春から縁起がいいニュースだった。
この子、いい時代に産まれたのか、どうなのかはわからないけど、きっと産まれた時代がいい時代なのだ。
これから始まるどんな人生の物語であれ、明るい未来に、どうか、たくさんの幸あれ。
「我が輩は「又姪」である。名前はまだない。」(は/226)
初又姪。妹が送ってきた写真。きっと嬉しかったんだろうな。
今日は珍しくたまたま朝から事務所にいる。明日からまた出張。次回は月末か・・・。それまで、ごきげんよう。