明日香の細い道を尋ねて

生きて行くと言うことは考える事である。何をして何を食べて何に笑い何を求めるか、全ては考える事から始まるのだ。

中国語を学ぶ(1)完璧に発音するのは無理無理!

2023-04-03 12:11:00 | 芸術・読書・外国語

私は今日から朝8時の15分間、NHKラジオ第二で「まいにち中国語」という講座を聴く事にした。再放送と「らじる」で一日3、4回繰り返して聴けば何とか覚えられるんじゃないだろうか。ついでに中国語だけではなんなので、前から興味があったイタリア語も並行して覚えることにした。言わば「2刀流」である。発音は断然イタリア語の方が易しい。発音自体は日本語とほとんど同じと思って構わないそうで、イタリアっぽく抑揚を派手につければ大丈夫との事。発音に関しては何の苦労もなく一発OKらしい。

ただし、「ウー」の音だけは日本語ちょっと違っていて、口を思いっきり突き出して「タコのように口をすぼめて」発音する必要があるそうだ。まあイタリア語は難しいのは発音じゃなくて、語尾の変化とか文法の方だろう。文法は何の言葉でも難しいが、特に「てをには」で何でも片付ける日本語と違って、イタリア語では単語自体が変化する。というか我々が単語と思っているフレーズは実は、「本来の意味+てをには」の形で後ろの変化部分がくっついて一つになっている、と考えるのが正しいと私は思っている。

その点、中国語は「山」と言ったらどこまで行っても「山」なので、あれこれ考えなくて楽である。今日の第一回は「開始行動」というフレーズを「丸暗記」で勉強した。丸暗記とは「有無を言わせず、ひたすら反復習得すること」である。意味は日本で言うところの行動開始で、訳すと「行けーっ!」という感じの言葉になるらしい。中国語はSVO語(主語+動詞+目的語の並び順)なので、中国語で開始行動は「字のままで、1開始せよ+2行動を」の、並び順通りの内容になる(主語がないので命令形だろうと私は思ったが、間違ってるかも知れない)。これは日本語のSOVより余程分かりやすくてしかも正確である。勿論、情緒纏綿などという「回りくどくてはっきり物を言わない」特有の心理描写は、日本語の方が得意かも知れない。とにかくここは「得手不得手」としておこう。因みに、世界の主流は、英語もそうだがSVO語だそうだ。

ただ、発音に関して言えば中国語は恐ろしく難しくて、単語が全て「一つの文字」なので、発音は「一音」で発声する(母音が一つだけ)。例えば「私は学校へ行く」と日本語で11母音の文章は、中国語でいうと「我行学校」と4母音である(例文はあくまで中国語の発音の難しさを言うために私が勝手に作った「出鱈目」な文章だ)。これはターターターターと四つ音が並ぶ。当然、同音異義語が天文学的数字になる。そこで中国語では「四声」で区別する(柿と牡蠣みたいなもの)。この四声の上げ下げが面倒だ。しかもシュ〜とかシェ〜とかカハ〜とかの日本語にないヘンテコな発音が結構な頻度で登場する。発音しにくい点ではフランス語といい勝負となのだ。

まあ、フランスじゃ1歳児もフランス語を喋ってるから全然難しくはないのだろうが、私の母はティッシュペーパーの「ティッ」という語を上手く発音できずに「テッ」シュ、「テッ」シュと言っていた。言葉や耳は「子供のうち」に完成すると言うから、もう還暦を過ぎて相当経つ私が、日本人に慣れてない「新しい発音」を勉強するというのはやはり相当に難しいだろう。だから発音が「中国人に通用するくらい」に上達するなんてことは、そもそも最初っから考えてはいない(要するに「お手上げ」である)。それに私は、旅行に行ったら「ポケトーク」を持っていけば良い派だ。こういう便利なものが世の中にはあるんだから、どんどん使って快適に旅を満喫するのがベストである。まあ、中国に旅行する機会はもう無いだろうけど・・・。

私が中国語を覚えようと思ったのは、何も上海の料理店に入って餃子とビールを注文する為ではない。数ある美しい中国の詩を「原典のまま、原語で堪能したい」という想いからである(大きく出た〜!)。国破れて山河在り~、と日本の読み下し文で頭で理解しても、その抑揚の美しさや端正なリズムは「伝わるべくも無い」のである。今日からNHKで勉強を始めたばかりだというのに何を偉そうに!と思われるかも知れないが、まあ理想の夢というのは「そんなもの」なのだ。日本語の翻訳文では「中国の雄大な風景」は見えてこないと思う。とにかく「千里の道も一歩から」と言うではないか。まずはコツコツと3年程やってみれば、少しは出来てるんじゃないかな?、期待しても良いかも。



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